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第一部
39 ラウル先生と桃
しおりを挟む(ラウル視点)
「ラウル先生~! 今夜、皆で先生の帰国をお祝いしたくてぇ、私がお店予約しましたぁ♡お店の場所を、送りたいので連絡先教えてくれませんかぁ?」
週末のその日、牡丹が辞める事になった原因である女が俺に馴れ馴れしく話しかけてきた。
「いや、会社から誰か他の先生達とタクシーで行くからその必要はないよ」
「えっでもぉ……」
俺は仕事の出来ない馬鹿な女とあざとい女は大嫌いだ。
「今日は虎谷さんは呼んでくれた? 彼女の送別会もしないとだろ」
「虎谷さんの個人的な連絡先は知らないので私は呼んでませぇん、賀来さんが呼んだんじゃないですかね~?」
これは、声をかける気すらなかったな。
牡丹は今日の午前中に会社に……俺の所に来ていたというのに。
「なら、俺から連絡してみようか」
「え゛っ」
「え?」
露骨に嫌そうな表情をし、それを俺の前ですら隠せないようなこんな子供のせいで、本当に牡丹は辞めてしまうのだろうか。
俺は彼女の目の前でスマホのリダイヤルから牡丹に電話をかけた。
『……はい』
「牡丹、今日これから会社の飲み会らしいんだ。俺の帰国を祝ってのものだそうだから、来てくれるよな?」
鳥居は俺が牡丹の名前を呼んだ所で、目を見開き驚いていたようだ。
『え──っと……今からですかぁ……?』
「なんだよ、退職日まではウチの事務所の一員だろ? 牡丹が来ないなら、俺も行かない事にしようかな」
「──っえ?!」
鳥居が目の前で声を上げた。
『主役が行かなくてどうするんですか……それ、脅迫ですからね、熊谷さんに言いつけますよ』
「倫理指導員殿も来るから、直接言いつけたらいいさ。待ってるからな牡丹……必ず来いよ。場所は賀来さんにでも聞いてくれ。じゃ、また後で」
『っちょ! ラウル先生!』
──プッ……
これでよし。
……ワイルド系イケメンだかなんだか知らないが、王道系イケメン(たぶん)の俺にだってワイルドさくらい出せるんだからな牡丹。
かつては大好きだったこの顔を、そう簡単に嫌いになるわけはない。
「……おいおい、なんだよこの店……クラブか?」
「誰だよ予約した奴……」
「弁護士がこんな場所で飲んでもいいのか?」
鳥居が予約したという店に入ると、そこはクラブのような薄暗くいかがわしい雰囲気の店だった。
二次会ならまだしも、一次会でここは……無い。
「あ! きた来たっラウル先生ー♡こっちです、奥のパーティールーム貸し切りにしてあるんで行きましょう♡」
若者だけならいいかもしれないが、うちの事務所には20代から50代、親父のような60代が勤務している。
案の定、乾杯から三十分ほどで、酒好きな年長者達はいたたまれず違う店で飲み直すと言ってこっそりと出ていってしまった。
俺も、一緒に来た先生達と移動したかったが、鳥居が俺の隣から離れないのだ。
──牡丹の奴も来ないし……何やってんだよ。
チラリと牡丹と親しい賀来さんに視線を移すと、彼女はスマホを耳にあてパーティールームを出ていった。
──牡丹が来たんだなっ!
直感的にそう思った俺は、お手洗いに行くふりをして鳥居を振り切りパーティールームを出た。
「虎さぁ~ん!」
「賀来さんっ本当にこの店にいたの?! 幹事だれ……ちょっとまずいんじゃ……」
やはり、賀来さんが外まで牡丹を迎えに出てきていた。
「決まってるじゃん! あの二人だよ!」
「……やっぱりそうだよね……ねぇ賀来さん、私が来てた事だけ、ラウル先生に伝えてくれない? 今日は帰るよ私……さすがに場違い感が……」
──おいおい、俺に顔も見せずに帰る気かよ。来ればいいってもんじゃないだろ。
「ぇえ! せっかくだし、抜けて飲み行こうよ! 年長組なんか乾杯だけして抜けてったんだから! 近くの飲み屋で楽しく飲んでるらしいからそっちに合流しない? ね! 私、荷物とか取ってくるから待ってて!」
賀来さんは牡丹の返事も聞かずに、荷物を取りに中へと戻って行ってしまったようだ。
俺は一人になった牡丹に話しかけることにした。
「俺もそうしようかな、荷物はないしこのまま行けるから」
「っラ、ラウル先生!?」
突然背後から現れた俺に、牡丹は身体を飛び跳ねさせて驚いていた。……可愛い。
「主役が抜けたらバレちゃいますよ……せめてひと言幹事に言ってから」
相変わらず真面目で、あの頃と何も変わらない彼女に、愛しさがこみ上げてくる。
「牡丹、今夜は予定があるんじゃなかったのか?」
「予定があったから、遅くなったんです」
「なら、もう予定は終わったんだな? 賀来さんには悪いが、二人で抜けないか?」
「ラウル先生……私、婚約者がいると言いましたよね? 弁護士のくせに何考えてるんですか。私の婚約者に訴えられても知りませんからね」
「手厳しいな牡丹は……だが、そういう所が好きなんだ」
牡丹は、俺の言葉に凄く嫌そうな顔をした。
彼女は今、その婚約者とやらに気持ちがあるから俺に対してこんなにも冷たいのだろう。
牡丹の気持ちがもう一度俺に向きさえすれば、また元通りだ。
「あれー?! ラウル先生だ! 幹事の二人が探してましたよ? すみません、私達、これで失礼しますねっ」
「いや、俺も一緒に抜けようと思ってね」
その時だった。
「あー! ラウル先生いたぁ! もぉ~探しましたよぉ! ……あれ、虎谷さんじゃないですか、今更来たんですか?」
「……今帰る所だから気にしないでっ行こっ賀来さんっ」
鳥居と猿田の二人が俺の腕にまとわりついてきてうっとおしかったが、それ以上に、俺に背を向けて置いていこうとする牡丹の姿に焦りを感じ、思わず呼び止め腕を掴んだ。
「……牡丹っ待てよ!」
「──あれ? 牡丹ちゃん?」
その時、俺達の横にスーツ姿の男が二人現れ、牡丹に話しかけてきた。
気付けばいつの間にか掴んだはずの牡丹の腕が離されている。
──あれ?
「何してんの? 珍しい場所で会ったね……危ないからこんな所来ちゃ駄目じゃん──ってかなにコイツ、ナンパ?」
牡丹に馴れ馴れしく話しかける男に、賀来さんも鳥居も猿田も見惚れているようなので、俺はその隙に両手を振り切った。
「……っも、ももちゃんと桔平くんこそ、ぐ、偶然……で、すね? こ、こちらは、会社の方々ですっナンパじゃないからっ大丈夫! うん、大丈夫ですはい!」
──不自然すぎるぞ牡丹……。
「へぇ、会社の……ってか牡丹ちゃん? どしたの? 悪さがバレたみたいな可愛い顔してるねぇ~珍しいぃ可愛い~」
ももちゃん、と牡丹が呼んだ男は、彼女の肩を抱き頬をつついている……その距離が異様に近い。
「(小声)ももちゃんっ! 外では止めてってば!」
そんな遠慮のない牡丹の様子に俺はピンときた。
「牡丹、それがワイルド系イケメンの婚約者か?」
どこがワイルド系イケメンだ、むしろ年齢不問の小動物系イケメンじゃないか。
「「「婚約者?!」」」
牡丹に婚約者がいる事を知らなかったのか、女性三人が驚いたように俺を見た。
「ラウル先生、虎谷さんに婚約者だなんて……しかもこんなイケメンの……いるわけないじゃないですかぁ、虎谷さんにはモサモサ頭の眼鏡の陰キャっぽい彼氏がいるだけですよぅ」
「そうですよぉ私も見ましたぁ」
油断した……再び両腕を掴まれてしまった。
「え? ……そうなのか牡丹」
鳥居と猿田の発言に、牡丹がこめかみに手をやりため息をついている。
──あれは牡丹が何か策を練っている時の癖だ……。
つまり、二人の話が事実なのか? 俺にバレて困ってるのか?
「(小声)牡丹ちゃん、策士モードの癖が出てるよ」
“ももちゃん”が牡丹の腰に手を回し寄り添い耳打ちしている。
牡丹の癖を把握していて、本人に指摘までするとは……よほど近しい関係である事はあきらかだ。
それに、何よりも男のその行動に牡丹自身が、恥ずかしいからやめろ、という以外の抵抗や拒絶を一切見せていない。
見るからにイチャイチャしているようにしか見えない牡丹と“ももちゃん”とやらに、俺以外の女性たちも次第に困惑し始めていた。
それに気づいた牡丹が慌てて口にした言葉は……。
「では皆さん、お疲れ様でした。賀来さん、行こっか! ももちゃん、桔平くんまたね。私これから賀来さんと飲んで帰るから」
「うん、またね牡丹ちゃんっ♡もうこの辺では飲んじゃだめだよぉ~、賀来さんとやら、牡丹ちゃんをよろしくねぇ」
爽やかな笑顔で手を振る“ももちゃん”に、賀来さんは、ものすごいスピードで何度も頷いていた。
「「「……え?」」」
──おい、この状況でなんの説明もせずに立ち去る気か……しかも俺を置いて?
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