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第一部

37 ラウル先生の帰国

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(ラウル視点)
 
 
「「「おはようございます! ラウル先生! おかえりなさい!」」」
「「おかえりなさいラウル先生!」」
「きゃーっ! ラウル先生お会いしたかったですぅ♡(小声)本物やばすぎでしょ!」
「私も楽しみにしてましたぁ! (小声)やばっ超イケメン!」
 
 
 数年ぶりに父の経営するSENBA法律事務所へ戻ってきた。
 
 変わらないメンバーに加えて、初めて見る顔もいくつかある。
 
 
「おかえりなさいラウル先生、また今日からよろしくお願いします」
 
「ええ、こちらこそよろしくお願いします犬飼チーフ。ところで、ぼた……虎谷さんは?」
 
 事務所内を見回しても、一番見たかった人の姿が見えない。
 
「あら?メールお読みになりませんでしたか? 虎谷さんは今月末で退職が決まっておりまして、昨日から有休消化に入っているんです」
 
「……え? 退職? 誰が?」
 
「ですから、虎谷さんの話ですよね?」
 
 ──牡丹が退職? どういうことだ。あんなに仕事が好きだった彼女が辞めるはずないだろ。何があったんだ……?
 
「……有休ということはまだうちの社員ですよね、連絡して私の所に来るように伝えてください」
 
「え……ですが、引継ぎなどは完了しておりますし、有休は権利なので……」
 
「では、強制はしないと伝えてください。ただ、私が仕事の件で話があると言っているとだけ伝えてくれればいいです」
 
 俺は一方的に犬飼チーフにそう指示を出し、そのまま自分の個室へと入った。




 
「──っ……」
 
 
 綺麗に整ったデスク回り……資料や備品などの配置や種類、室内の香りまで完璧だ。
 
 おそらく牡丹が整えておいてくれたに違いない……彼女以外にここまで俺の嗜好を熟知している者などいるはずがないからな。
 
 そこまでしておいて……なぜ本人がいない?
 
 まぁ、責任感の強い牡丹の事だ、有休だろうが何だろうがすぐに呼び出しに応じるだろう。
 
 俺はここで待っていればいい。
 
 
 
 
(……ラウル視点end)
 
 

 ○○○○ 
 
 
「え?! ラウル先生が?!」
 
 心機一転、“龍虎先生”の新しい職場で仕事を始める準備を始めたと言うのに、突然かかってきた犬飼チーフからの着信……。

 一抹の不安を覚えつつも、未だ籍をおき、有休中という身であるためしかたなく通話ボタンを押せば、要件は“ラウル先生が出社するなり私に話があるから来いと言っている”という信じられない内容だった。
 
 “ラウル先生”という単語に、側にいた一八さんも怪訝そうな表情をしている。
 
 私は一旦電話を切り、新しい職場の上司である彼に相談することにした。
 
「……元カレのラウル先生が、なんだって?」
 
 私が話すより先に聞かれてしまう。

「私に話があるので会社に来いと言っているそうです。ただ、強制はしないと……ですが、チーフの話では相当不機嫌なご様子みたいで……」
 
 何年かぶりとなる出社から、ものの数分で不機嫌になるだなんて、彼はアメリカで性格が変わってしまったのだろうか。
 
 少しでも気持ちよく仕事をしてもらえればと思い、昨日帰る前に彼の個室を整えておいたのだが、もしかして、それが気に入らなかったのだろうか……アメリカに行って嗜好が変化していてもおかしくはない。
 
「強制ではないなら、行かなくていいんじゃない?」
 
「……ですが、まだ在籍している以上、上司からの要請を断るのも……」
 
 こんな事を言えば、また星ノ友出版の常務さんに連絡しそうなので注意しなければ……。

「その上司が強制はしない、と言ったんだろう? そもそも、数年ぶりに帰国して急に名指しで話だなんて……俺の予想では、元カノ・・・が退職する理由を直接聞きたいとか、その程度だろうな」
 
 確かに、一八さんの言う通りだ。昨日の時点ではラウル先生のデスクには彼に任せる案件などは置かれていなかったし、仮にあったとしても私の関わったクライアントについてはすべて引継ぎを完璧に済ませてあるので、後任者に確認すればわかるはずである。
 
「……」
 
「牡丹、行くの?」

 私がそんな事を考えていると、一八さんに心配そうに尋ねられた。
 
「……行きたくはありません、会いたくないんです彼に……」
 
「それはどうして?」
 
「……正直に言えば、くだらない理由なんです……彼と私との過去をネタにひがんで誹謗中傷を言ってくるあの女子二人に一緒にいるところを見られたくないんです」
 
「……そうか」
 
 くだらない子供っぽい理由に、あきれられてしまっただろうか……。
 
 
「牡丹、さっきのチーフに電話をかけて、行けないと言えばいいよ。理由は、そうだな……新しい職場で研修中だと言えばいい」
 
「……っえ?」
 
「俺の勘では、ラウル先生は自分が呼べば牡丹なら有休だろうか何だろうか来ると思っている。それで、牡丹が来ればそれで満足なんだよ。どうせ大した話もないと思うよ」
 
「……」
 
 なんとなく、一八さんの言っていることは合っているような気がする。彼は私が自分に従順であることにすごく満足していたから。
 

「っ……わかりました!」
 
 私は案ずるより産むが易し、とすぐにチーフに電話をかけ、行けません、とだけ伝えた。
 
 私が何のためにわざわざ狙ったように有休をとったかを知っているチーフは、わかったわ、とだけ言い、それ以上は追求しないでくれた。
 
 申し訳ないが、あとはチーフに任せよう。
 
 
 しかし数分後、再びチーフから着信が入った。
 
 
『虎谷さぁん! ごめんっ! ラウル先生が……来ないなら俺が行くって言って、出てっちゃった!』
 
「っぇえ?!」
 
 ど、どこに行く(来る)つもりなのだろうか……?
 
 
 
 すると、通話中の私のスマホにキャッチが入る。
 
「チーフ! ラウル先生からキャッチが! ご迷惑をおかけしてすみません、一旦切りますね!」
 
 チーフとの通話を終了すると、自動的にラウル先生の着信につながってしまった。
 
「は、はいっ虎谷です!」
 
『牡丹! 今どこだ、お前が来ないなら俺がそっちに行く』
 
「困りますっ今は次の職場の研修中で……」
 
『次の職場だと? どこだ、迎えに行く』
 
「ですから、困りますっ! なんの権限があってそんなこと!」
 
『お前の恋人としての権限だ! 俺に一言の相談も無しに会社を辞めるなんてありえないだろ!』
 
「はぁ?! 私達、付き合ってませんけど?! 別れてますよね?! え?! ちょっと、怖いんですけど!」
 
『っ! だから、会って話そうと言ってるんだ! それをお前がっ──』
 
 
 お互いに声を荒げて通話をしていると、見かねた一八さんがスッと私のスマホを手から抜き取った。
 
 
「お話し中失礼、虎谷牡丹さんは現在すでに私の所で入社前研修中ですので、私用の電話はご遠慮ください、では──プッ」
 
 
 ──切っちまった。いやでも、正当な理由だから文句は言えない。
 
 
「牡丹……俺の言ったとおりだったろ。ラウル先生は牡丹に言い寄ってる。何年も顔を合わせていないのに記憶の中の牡丹に対して未練タラタラな男を、グレードアップした今の牡丹に会わせるわけにはいかないな。断固阻止だ」

 なんだろう、いつもはほんわかな一八さんが、キリッとピリッとしている……私のために……キュン♡
 
「……返すお言葉もございません……ですが、これは未練というよりも、自分の所有物を取り上げられた子供の癇癪みたいなものだと思いますけど……」
 
「仮に今はそうだとしても、顔を合わせれば女として惚れ直すに決まってる」
 
「……」
 
 正直、わからない。ラウル先生が何を考えてのさっきの“恋人”発言をしたのか理解に苦しむ。

 だから、今私がすべき事は──。

 
「……一八さん、ちょっとラウル先生の頭がおかしいみたいなので、私、明日少し顔を出してきます。あのイカれた勢いで、社内で復縁したとでも発表されたら面倒ですから」
 
 彼はちょっとそう言う周りを巻き込む所があるので心配だ。
 チーフに復縁などあり得ないと言った手前……誤解されたくはない。

「……俺が送って連れて帰る。それが条件……恋人としてそれくらいのわがままを言ってもいいだろ?」
 
 なんて可愛いわがままなのだろうか。私の気持ちを尊重して駄目とは言わない彼の気遣いが嬉しい。
 
「もちろん、お願いしますっ!」
 
 
 私はラウル先生に連絡し、明日出社すると伝えると、彼も渋々納得してくれたのだった。
 

 
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