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第一部
35 牡丹のささやかな反撃
しおりを挟む「本当に送って行かなくていいの? 帰りは? 荷物あるなら迎えに行くよ。ほら、よく箱抱えて……」
「あははっ大丈夫ですよっ。ドラマみたいに私物を箱に詰めてなんて帰って来ませんから」
一八さんの退職のイメージが、海外ドラマすぎて面白い。
「でも……最後の日くらい……」
「まだ最後の日は残っています、その日は送迎お願いしますねっ」
「……わかった、任せて。いってらっしゃい牡丹」
「……行ってきます、一八さん」
こんなやり取りも最後だと思うと、なんだかついつい名残り惜しい気持ちになる。
私は無駄にギュッと一八さんにハグをして、玄関をでた。
「おはようございます虎谷さん」
「あ、え?! 熊谷さん?! なんでこのバス停に……」
「お向かいのマンションみたいですね、私達」
──マジか……。
「あ、そうだ……私、今日で最後なのでせっかくだし歩いて行ってみますね」
「……なら、私もご一緒してもいいでしょうか? 道を教えて頂けたら嬉しいです。よく考えたらバス停三つ分くらい男なら歩きますよね普通……」
「はははっ……まぁ、確かにそうですよね。夏なんかは辛いですけど今の季節は気持ちがいいくらいですからね」
ちょっと気まずいが、今日で最後だし断る理由がない為二人で歩くしかないだろう。
「熊谷さんはいつまでこちらに?」
「一ヶ月の予定です」
へぇ……意外と短い。
それならまた引っ越していくだろうから、問題ない。
「そうなんですか、次はどちらへ行くか決まっているんですか?」
「いえ、こちらを最後に指導員は辞める予定です。私もいい歳になりましたので、家業を継がなければならず……」
「え! そうなんですね? いい歳だなんてまだまだお若そうですけど……それにしても、最後がウチだなんてなんともいえない感じですね……なんか、すみません」
あんなに成長の見込みのない二人も、そうそうにいないだろうに。
それにしても、ご実家が継がなければならない家業をしているということは、実はこのピュアボーイ、どこかの御曹司だったりして……なんてね……。
でも、倫理指導員なんてやってきたくらいの人だから、きっとお硬い家業なのだろう。政治家とか議員さんとかかな?
と、勝手に妄想を膨らませて楽しんでいると……。
「……そんな事ありません、素敵な出会いがあったので、私としてはこちらへ来れて良かったです」
「へぇ~素敵な出会い……って、素敵な出会い?! あの会社で?!」
一体誰……?! はっまさか……っ!
「まさか、あの二人のどちらか、なんて事は……?」
まぁ、だとすれば玉の輿おめでとう、だけど……寿退社かな? 会社としては朗報だろう。
「冗談でもやめてくださいっそんなおぞましい事……っこう見えて人を見る目は養ってきたつもりです」
「ははは、失礼しました。そうですよね」
だとすれば……うちの会社にいるフリーで年代が近い人といえば、賀来さんとか? 年上好みなら、チーフか……。
「虎谷さんは、退職後次の職場が決まっておられると言うことですが、そちらはハラスメント系は大丈夫そうな企業ですか?」
「はい、次の職場は個人事務所のようなところですので、関わる人もさほどいないと思いますから大丈夫ですよ、お気遣いありがとうございます」
「そうですか、それなら安心です」
はじめは少し気まずいかも、と思ったが、なかなか話し上手な熊谷氏のペースに飲まれ、会社までの道を歩きながらここのパン屋はおいしい、などとたわいもない話をしながら、私は実質最後の朝の通勤を終えた。
「虎谷さぁん、最後の最後まで男あさりに勤しんで……アラフォー女性は大変ですねぇ、外部の熊谷さんまで狙うのやめてくれますぅ?」
熊谷氏の目の届かない女子トイレで、それこそ最後の最後まで私にモラハラをかましてくる女子二人。
大方、朝歩いてるところでも見られていたのだろう。問題ない、想定の範囲内だ。
「いい男を見たら、狙わずにいられないんですかぁ? 彼氏はあんなんなのに(プッ)」
「……はぁ」
おっと、思わずため息がでてしまった。
「……最後だから言わせてもらうけど、私、あなた達に何かしたかしら? そんなに私が気になるの? それとも、ラウル先生と付き合ってたから妬いてるの?」
「あははは! 何マジになってんの? ラウル先生の元カノだからとか、それも全部妄想なんですよね?」
「うわぁ~……今のはちょっと、かなり痛いですよ虎谷さぁん、自意識過剰って言葉知ってますかぁ?」
──あれ、ここって高校の女子トイレだっけ? 私、いじめられてるの? 初めての経験だからちょっと楽しい……極道の娘なんて、誰も虐めてくれなかったからね。
もう少し堪能したい所ではあるが、一応まだ勤務中なのでここらへんで止めておくことにする。
「……今日で最後だし、いい事教えてあげましょうか? セクハラになるかもしれないから大きな声では言えないけど……ラウル先生はね──」
私は二人の耳元で教えてやった。彼女達の大好きなラウル先生の私しか知らないであろう(どうでもいい)秘密を。
「っ! 最低この女! ばっかじゃないのっキモッ! 引くんだけど!」
「あり得ないっ! ラウル先生が帰国したら絶対話してやるから!」
──これくらいの事であんな大げさにリアクション取ってるガキが、本人に向かって言えるわけないでしょ……
“ギャランドゥすごいんですか”なんて。
それに、今はきっとメンズエステにでも行って綺麗になくしていることだろう。
……私は好きだったけどね、ギャランドゥ。
王子様はどこもかしこもツルツルだと信じてやまないタイプだったかな……ざまぁみろ。
まぁでも、勝手にしゃべっちゃってごめんなさいラウル先生……私がモラハラしちゃいましたね。
○○○○
(ラウル視点)
今は無きギャランドゥの事を暴露されているなど、知るはずもない俺は、すでにその時日本に向かってアメリカを発っていた。
「犬飼チーフにはメールを入れておいたし、今頃牡丹も俺のために慌てて仕事を整理しているだろうな……」
再会して開口一番に、帰国を早めたならもっと早く言え、とプンプンしながら文句を言われるかもしれないが、それすらも愛しく思えるほど、今は彼女が恋しくてたまらない。
あの日、偶然電話で彼女の声を聞いてしまって以来、しまい込んでいたはずの感情が急にあふれ出し、あれからずっと牡丹の事ばかり考えている。
俺は、カバンの中に潜ませている再会記念にサプライズで渡そうと思い購入した彼女に似合いそうな腕時計のギフトボックスにチラリと視線を移す。
──絶対喜んでくれるよな……いい雰囲気だったら、一緒に住もうと言おう。
思い出すのは、付き合っていた頃の幸せだった日々だ。
彼女のプロ顔負けの手料理と、中身が同じでみんなにバレバレだったあの弁当……。
よくこの数年間、彼女のことを思い出さずにいられたな、と自分でも驚いてしまうほどだ。
空港からそのまま彼女のアパートへ行ってしまおうか。
いや、それは紳士としてマナー違反だ。
だが、会社で彼女の姿を見て、冷静でいられるかわからない。
思わず抱きしめてしまうかもしれないし、そのままどこかへ連れ込んでキスしてしまいたくなるかもしれない……などと、馬鹿なことを考えてしまうほどに、早く彼女に会いたい。
「牡丹……」
会えなかった時間の分だけ、俺の彼女への気持ちは膨らんでいた。
(……ラウル視点end)
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