34 / 43
第一部
34 牡丹のお弁当
しおりを挟む──翌朝……。
「牡丹、お弁当作ったからお昼に食べてね」
「お弁当?! 一八さんが?!」
朝から何してるのかと思ったら……まさかのお弁当作り……新妻かな?
「腕によりをかけて、茶色にならないように彩り豊かに仕上げたよ」
「嬉しいっ! ありがとうございます! お昼が楽しみですっ」
──と、朝からそんな幸せな事があり、私はルンルン気分で仕事へと向かった。
私もかつてはお弁当を作っていたことがあった。
ラウル先生と付き合っていた頃、彼にお願いされて毎朝二人分のお弁当を作り会社で渡してそれぞれのデスクで別々に食べていたのだ。
しかし、独身男性の弁当を珍しがる年長者のおせっかいにより、中身が私と一緒であることはすぐにバレてしまい……実はそこから私達の交際がオープンとなってしまったのである。
そんな苦い思い出があるせいか、彼と別れてからはお弁当という物自体、作っていない。
そして──待ちに待ったお昼。
「虎さん今日どこ行くー?」
「ごめん、今日お弁当持ってきたの」
「っえ! ここに来てお弁当始めたの?」
「え、いや、始めたって言うか……たまたま……?」
一八さんが毎日用意してくれるわけはないので、始めたとも言えない。
「え~いきなり弁当女子アピールですかぁ? っあ、ラウル先生にも食べさせてたっていう、例の“茶色い弁当”ですかぁ?」
と、隣のデスクの鳥居舞香が余計なことを言いながら人のお弁当を覗き込もうとしていた。
一八さんが“彩り豊かに仕上げた”と言っていたので、きっと蓋を開ければ本当にプロ顔負けのお弁当に違いない。
だがしかし、彼の愛彼弁当を彼女なんかに見せたくない。ハッピーな運気が減ってしまう気がする。
「……鳥居さん、今の発言はモラ──」
「あ~ハイハイ、熊谷さんっ一緒にランチ行きましょ? そこで詳しくご指導をお願いしますぅ」
「いや、私は一人でっ……ちょっとっ」
注意をしに駆けつけてくれた熊谷氏だったが、今回はタイミングが悪かった……逆に彼女達につかまってしまい、連れていかれるはめに……どんまい。
邪魔者がいなくなった所で、私は可愛らしいわっぱのお弁当箱を開ける。
──っ
「わぁ! おいしそうなお弁当ね! 彩り豊かっ!」
私の心の声をそのまま誰かが口にした。
「チーフっ」
声の主は、私の部署を統括する犬飼チーフだった。
「私もお弁当なの、たまには一緒にどう?」
「……はいっよろこんで」
犬飼チーフとこんな風に二人きりで食事をとることなど、初めてかもしれない。
退職まで残すところあとわずかというところで、なんとも不思議なご縁である。
「その素敵なお弁当は虎谷さんが自分で作ったの?」
「いえ、私ではこんなに彩り豊かにできません。チーフのお弁当こそおいしそうですね、手作りですか?」
一八さんのお弁当には、別で保温容器に入ったスープまでついていた。朝からこんなに大変だっただろうに……有難くて涙が出そうだ。
「私は作ってくれる相手がいないから、自分で作ってる。虎谷さんのは誰がつくってくれたのかしらねぇ~」
「……」
ニヤニヤしているチーフの様子を見るに、きっとわかっていて聞いているような気がする。
「実はね、私この前虎谷さんと彼が◯◯ホテルでディナーしてるとこ見ちゃったの」
「……え?」
いや、一八さんとは◯◯ホテルのディナーになど行っていない。お見合いでラウンジには行ったが……。
「とんでもないオーラのあるイケメンだったけど、もしかして虎谷さんの彼って……」
それは兄です──しかし、チーフの言葉からして、もしかして極道だとバレたのだろうか……。
あまり下手なことは言えない状況に、私は目が泳がないよう必死にお弁当に視線を移した。
「……業界人? モデルとか?」
──よかった、そっちか……兄が無駄にイケメンでよかった。
「食事をしていたのはおそらく私の兄です。お恥ずかしいですが兄妹久しぶりのお出かけで、兄が奮発してくれまして」
「うっそぉ! お兄さん?! でも、ただならぬ雰囲気だったけど……」
「……あはは、それは兄の無駄にある色気のせいでしょうかね」
私はスマホの中のアルバムから兄と写る写真を探しだし、極道っぽく見えない一枚をチーフに見せた。
「この人ですよね?」
「……そう! そのイケメン!」
「兄です」
「なんだぁ~、私てっきり虎谷さんの彼氏さんだと思って、寿退社なんだと思ったのに!」
まぁ、寿退社に関してはあながち間違いでもないが……相手は全く違う。
「この前、次の職場も決まってるって聞こえたけど、どこか聞いたら教えてくれる?」
「……お話ししたいのは山々なのですが、少し特殊でして……職種としては秘書と言いますかマネージャーと言いますか……そんな感じなので、すみません詳しくはお伝えできないんです」
嘘ではない。
「え? あのイケメンお兄さんの?! やっぱり業界人なの?!」
「え、兄ですか?! 違います違います!」
兄のいる業界は業界でも、想像されている業界ではございません。
「虎谷さんのお兄さんって、独身? 恋人はいるの?」
「……兄は……独身で恋人もいませんが、おすすめはできません」
「え? っやだ、そんなつもりで聞いたんじゃないのよ? ヤダぁ~虎谷さんってば! ……でも、なんでおすすめできないのか一応聞いても?」
どうしよう……チーフが私の兄をお気に召したようである……。
「……あの見た目のとおりの男ですから……」
うむ、これ以外は例えようがない。
「えー! 見た目のとおりって……でも、なんとなく危険な男って感じはわかる気がする……」
す、鋭いなチーフ……。
そんな感じでチーフとのランチタイムは楽しく過ぎて行く……。
「そうそう、ラウル先生がね木曜日からこっちに出社されるそうよ」
「っえ?! 今週の木曜日ですか?!」
──嘘でしょ……嘘だと言ってくださいチーフ……。
「虎谷さんが退職する事をまだ知らないのか、また虎谷さんを自分の専属にするから、仕事を調整しといてくれって午前中にメールが着たわ」
「っほ、本当ですか!? それで……チーフはなんと……?」
出来れば、彼には会わずに辞めたかった……。
「まだ返してない……噂で聞いたけど、虎谷さん達が別れたのは遠距離になるからでしょ? 復縁するの?」
「え?! いえ、違いますよ! 遠距離なんて関係なく、他に理由があって別れたんです。復縁なんてとんでもない!」
何故そんなデマが流れているんだ……彼も以前電話で似たような事言ってたけど、まさかラウル先生発信じゃないだろうな……。
「チーフ……私、木曜日から退職日まで有休消化でお願いしたいのですが……」
こうなったら、いちかばちかである。誰か、私のリアルに“ご都合主義”を適応されてくれ。
「え? それはつまりラウル先生に会いたくないってこと?」
チーフ、そんなにハッキリと聞かないでください。答えづらいじゃないですか。
「……水曜日にはデスクも片付けて、他の方が使えるようにしておきます。退職日には人事と代表と皆さんにご挨拶だけして帰りますので……」
私はあえてハッキリとは言わなかった。
会いたくない、などと言えば、変に意識しているようだし、何かおかしな方向に誤解されるのも彼に対して失礼になる。
「うーん……まぁ、引継ぎは済んでるし駄目とは言えないけど……本当にそれでいいの?」
「はい、本当なら今週からその予定でしたが、熊谷さんの指示があり出社していました。ですが、その件もすでに私の役目は果たせたかと」
あの二人のモラハラ現場は何度も押さえてある。もう十分だろう。
「そう……寂しいけど、許可せざるを得ないわ……駄目だなんて言えば、熊谷さんに“モラハラ”って笛吹かれちゃいそう」
「──っ! ありがとうございますチーフ!」
ついでに熊谷氏も追い風になってくれてありがとう。
「こちらこそ、あんな二人を任せっぱなしにしていてごめんなさいね……まさかあんな二人の為に大事な虎谷さんを失うなんて、この会社にとっては大損失よ……これまでよく頑張ってくれたわ、ありがとう……次の仕事も頑張ってね、貴女なら絶対に上手くやれるわ」
「はいっありがとうございます!」
その後の話し合いの結果、私は明日の出社を最後に勤務は終了となる事が決まった。
今日までに自分のデスクは少しずつ片付けを始めていたため、すぐに片付いた。
明日はチーフにパソコンのデータをチェックしてもらった後、不要データを削除して午前で帰る予定だ。
いよいよだ。
ようやく終わる。
57
お気に入りに追加
272
あなたにおすすめの小説
淫らな蜜に狂わされ
歌龍吟伶
恋愛
普段と変わらない日々は思わぬ形で終わりを迎える…突然の出会い、そして体も心も開かれた少女の人生録。
全体的に性的表現・性行為あり。
他所で知人限定公開していましたが、こちらに移しました。
全3話完結済みです。
小さなことから〜露出〜えみ〜
サイコロ
恋愛
私の露出…
毎日更新していこうと思います
よろしくおねがいします
感想等お待ちしております
取り入れて欲しい内容なども
書いてくださいね
よりみなさんにお近く
考えやすく
イケメン彼氏は年上消防士!鍛え上げられた体は、夜の体力まで別物!?
すずなり。
恋愛
私が働く食堂にやってくる消防士さんたち。
翔馬「俺、チャーハン。」
宏斗「俺もー。」
航平「俺、から揚げつけてー。」
優弥「俺はスープ付き。」
みんなガタイがよく、男前。
ひなた「はーいっ。ちょっと待ってくださいねーっ。」
慌ただしい昼時を過ぎると、私の仕事は終わる。
終わった後、私は行かなきゃいけないところがある。
ひなた「すみませーん、子供のお迎えにきましたー。」
保育園に迎えに行かなきゃいけない子、『太陽』。
私は子供と一緒に・・・暮らしてる。
ーーーーーーーーーーーーーーーー
翔馬「おいおい嘘だろ?」
宏斗「子供・・・いたんだ・・。」
航平「いくつん時の子だよ・・・・。」
優弥「マジか・・・。」
消防署で開かれたお祭りに連れて行った太陽。
太陽の存在を知った一人の消防士さんが・・・私に言った。
「俺は太陽がいてもいい。・・・太陽の『パパ』になる。」
「俺はひなたが好きだ。・・・絶対振り向かせるから覚悟しとけよ?」
※お話に出てくる内容は、全て想像の世界です。現実世界とは何ら関係ありません。
※感想やコメントは受け付けることができません。
メンタルが薄氷なもので・・・すみません。
言葉も足りませんが読んでいただけたら幸いです。
楽しんでいただけたら嬉しく思います。
イケメン社長と私が結婚!?初めての『気持ちイイ』を体に教え込まれる!?
すずなり。
恋愛
ある日、彼氏が自分の住んでるアパートを引き払い、勝手に『同棲』を求めてきた。
「お前が働いてるんだから俺は家にいる。」
家事をするわけでもなく、食費をくれるわけでもなく・・・デートもしない。
「私は母親じゃない・・・!」
そう言って家を飛び出した。
夜遅く、何も持たず、靴も履かず・・・一人で泣きながら歩いてるとこを保護してくれた一人の人。
「何があった?送ってく。」
それはいつも仕事場のカフェに来てくれる常連さんだった。
「俺と・・・結婚してほしい。」
「!?」
突然の結婚の申し込み。彼のことは何も知らなかったけど・・・惹かれるのに時間はかからない。
かっこよくて・・優しくて・・・紳士な彼は私を心から愛してくれる。
そんな彼に、私は想いを返したい。
「俺に・・・全てを見せて。」
苦手意識の強かった『営み』。
彼の手によって私の感じ方が変わっていく・・・。
「いあぁぁぁっ・・!!」
「感じやすいんだな・・・。」
※お話は全て想像の世界のものです。現実世界とはなんら関係ありません。
※お話の中に出てくる病気、治療法などは想像のものとしてご覧ください。
※誤字脱字、表現不足は重々承知しております。日々精進してまいりますので温かく見ていただけると嬉しいです。
※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・すみません。
それではお楽しみください。すずなり。
今夜は帰さない~憧れの騎士団長と濃厚な一夜を
澤谷弥(さわたに わたる)
恋愛
ラウニは騎士団で働く事務官である。
そんな彼女が仕事で第五騎士団団長であるオリベルの執務室を訪ねると、彼の姿はなかった。
だが隣の部屋からは、彼が苦しそうに呻いている声が聞こえてきた。
そんな彼を助けようと隣室へと続く扉を開けたラウニが目にしたのは――。
大嫌いな歯科医は変態ドS眼鏡!
霧内杳/眼鏡のさきっぽ
恋愛
……歯が痛い。
でも、歯医者は嫌いで痛み止めを飲んで我慢してた。
けれど虫歯は歯医者に行かなきゃ治らない。
同僚の勧めで痛みの少ない治療をすると評判の歯科医に行ったけれど……。
そこにいたのは変態ドS眼鏡の歯科医だった!?
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる