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第一部

34 牡丹のお弁当

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 ──翌朝……。
 
 
「牡丹、お弁当作ったからお昼に食べてね」
 
「お弁当?! 一八さんが?!」
 
 朝から何してるのかと思ったら……まさかのお弁当作り……新妻かな?
 
「腕によりをかけて、茶色にならないように彩り豊かに仕上げたよ」

「嬉しいっ! ありがとうございます! お昼が楽しみですっ」
 
 
 ──と、朝からそんな幸せな事があり、私はルンルン気分で仕事へと向かった。
 
 
 
 私もかつてはお弁当を作っていたことがあった。
 
 ラウル先生と付き合っていた頃、彼にお願いされて毎朝二人分のお弁当を作り会社で渡してそれぞれのデスクで別々に食べていたのだ。
 しかし、独身男性の弁当を珍しがる年長者のおせっかいにより、中身が私と一緒であることはすぐにバレてしまい……実はそこから私達の交際がオープンとなってしまったのである。
 
 そんな苦い思い出があるせいか、彼と別れてからはお弁当という物自体、作っていない。
 
 



 
 そして──待ちに待ったお昼。
 
「虎さん今日どこ行くー?」
 
「ごめん、今日お弁当持ってきたの」
 
「っえ! ここに来てお弁当始めたの?」
 
「え、いや、始めたって言うか……たまたま……?」
 
 一八さんが毎日用意してくれるわけはないので、始めたとも言えない。
 
 
「え~いきなり弁当女子アピールですかぁ? っあ、ラウル先生にも食べさせてたっていう、例の“茶色い弁当”ですかぁ?」
 
 と、隣のデスクの鳥居舞香が余計なことを言いながら人のお弁当を覗き込もうとしていた。
 
 一八さんが“彩り豊かに仕上げた”と言っていたので、きっと蓋を開ければ本当にプロ顔負けのお弁当に違いない。
 
 だがしかし、彼の愛彼弁当を彼女なんかに見せたくない。ハッピーな運気が減ってしまう気がする。
 
 
「……鳥居さん、今の発言はモラ──」
 
「あ~ハイハイ、熊谷さんっ一緒にランチ行きましょ? そこで詳しくご指導をお願いしますぅ」
 
「いや、私は一人でっ……ちょっとっ」
 
 注意をしに駆けつけてくれた熊谷氏だったが、今回はタイミングが悪かった……逆に彼女達につかまってしまい、連れていかれるはめに……どんまい。
 
 
 邪魔者がいなくなった所で、私は可愛らしいわっぱのお弁当箱を開ける。
 
 ──っ
 
「わぁ! おいしそうなお弁当ね! 彩り豊かっ!」
 
 私の心の声をそのまま誰かが口にした。
 
「チーフっ」
 
 声の主は、私の部署を統括する犬飼チーフだった。
 
「私もお弁当なの、たまには一緒にどう?」
 
「……はいっよろこんで」
 
 
 犬飼チーフとこんな風に二人きりで食事をとることなど、初めてかもしれない。
 退職まで残すところあとわずかというところで、なんとも不思議なご縁である。
 
 
「その素敵なお弁当は虎谷さんが自分で作ったの?」
 
「いえ、私ではこんなに彩り豊かにできません。チーフのお弁当こそおいしそうですね、手作りですか?」
 
 一八さんのお弁当には、別で保温容器に入ったスープまでついていた。朝からこんなに大変だっただろうに……有難くて涙が出そうだ。
 
「私は作ってくれる相手がいないから、自分で作ってる。虎谷さんのは誰がつくってくれたのかしらねぇ~」
 
「……」
 
 ニヤニヤしているチーフの様子を見るに、きっとわかっていて聞いているような気がする。
 
 
「実はね、私この前虎谷さんと彼が◯◯ホテルでディナーしてるとこ見ちゃったの」
 
「……え?」
 
 いや、一八さんとは◯◯ホテルのディナーになど行っていない。お見合いでラウンジには行ったが……。
 
「とんでもないオーラのあるイケメンだったけど、もしかして虎谷さんの彼って……」
 
 それは兄です──しかし、チーフの言葉からして、もしかして極道だとバレたのだろうか……。
 
 あまり下手なことは言えない状況に、私は目が泳がないよう必死にお弁当に視線を移した。
 
「……業界人? モデルとか?」
 
 ──よかった、そっちか……兄が無駄にイケメンでよかった。
 
「食事をしていたのはおそらく私の兄です。お恥ずかしいですが兄妹久しぶりのお出かけで、兄が奮発してくれまして」
 
「うっそぉ! お兄さん?! でも、ただならぬ雰囲気だったけど……」
 
「……あはは、それは兄の無駄にある色気のせいでしょうかね」
 
 私はスマホの中のアルバムから兄と写る写真を探しだし、極道っぽく見えない一枚をチーフに見せた。
 
「この人ですよね?」
 
「……そう! そのイケメン!」
 
「兄です」
 
「なんだぁ~、私てっきり虎谷さんの彼氏さんだと思って、寿退社なんだと思ったのに!」

 まぁ、寿退社に関してはあながち間違いでもないが……相手は全く違う。

「この前、次の職場も決まってるって聞こえたけど、どこか聞いたら教えてくれる?」

「……お話ししたいのは山々なのですが、少し特殊でして……職種としては秘書と言いますかマネージャーと言いますか……そんな感じなので、すみません詳しくはお伝えできないんです」

 嘘ではない。

「え? あのイケメンお兄さんの?! やっぱり業界人なの?!」

「え、兄ですか?! 違います違います!」

 兄のいる業界は業界でも、想像されている業界ではございません。

「虎谷さんのお兄さんって、独身? 恋人はいるの?」

「……兄は……独身で恋人もいませんが、おすすめはできません」

「え? っやだ、そんなつもりで聞いたんじゃないのよ? ヤダぁ~虎谷さんってば! ……でも、なんでおすすめできないのか一応聞いても?」

 どうしよう……チーフが私の兄をお気に召したようである……。

「……あの見た目のとおりの男ですから……」

 うむ、これ以外は例えようがない。

「えー! 見た目のとおりって……でも、なんとなく危険な男って感じはわかる気がする……」

 す、鋭いなチーフ……。

 そんな感じでチーフとのランチタイムは楽しく過ぎて行く……。



「そうそう、ラウル先生がね木曜日からこっちに出社されるそうよ」

「っえ?! 今週の木曜日ですか?!」

 ──嘘でしょ……嘘だと言ってくださいチーフ……。

「虎谷さんが退職する事をまだ知らないのか、また虎谷さんを自分の専属にするから、仕事を調整しといてくれって午前中にメールが着たわ」

「っほ、本当ですか!? それで……チーフはなんと……?」

 出来れば、彼には会わずに辞めたかった……。

「まだ返してない……噂で聞いたけど、虎谷さん達が別れたのは遠距離になるからでしょ? 復縁するの?」

「え?! いえ、違いますよ! 遠距離なんて関係なく、他に理由があって別れたんです。復縁なんてとんでもない!」

 何故そんなデマが流れているんだ……彼も以前電話で似たような事言ってたけど、まさかラウル先生発信じゃないだろうな……。



「チーフ……私、木曜日から退職日まで有休消化でお願いしたいのですが……」

 こうなったら、いちかばちかである。誰か、私のリアルに“ご都合主義”を適応されてくれ。

「え? それはつまりラウル先生に会いたくないってこと?」

 チーフ、そんなにハッキリと聞かないでください。答えづらいじゃないですか。


「……水曜日にはデスクも片付けて、他の方が使えるようにしておきます。退職日には人事と代表と皆さんにご挨拶だけして帰りますので……」

 私はあえてハッキリとは言わなかった。
 会いたくない、などと言えば、変に意識しているようだし、何かおかしな方向に誤解されるのも彼に対して失礼になる。

「うーん……まぁ、引継ぎは済んでるし駄目とは言えないけど……本当にそれでいいの?」

「はい、本当なら今週からその予定でしたが、熊谷さんの指示があり出社していました。ですが、その件もすでに私の役目は果たせたかと」

 あの二人のモラハラ現場は何度も押さえてある。もう十分だろう。

「そう……寂しいけど、許可せざるを得ないわ……駄目だなんて言えば、熊谷さんに“モラハラ”って笛吹かれちゃいそう」

「──っ! ありがとうございますチーフ!」

 ついでに熊谷氏も追い風になってくれてありがとう。

「こちらこそ、あんな二人を任せっぱなしにしていてごめんなさいね……まさかあんな二人の為に大事な虎谷さんを失うなんて、この会社にとっては大損失よ……これまでよく頑張ってくれたわ、ありがとう……次の仕事も頑張ってね、貴女なら絶対に上手くやれるわ」

「はいっありがとうございます!」




 その後の話し合いの結果、私は明日の出社を最後に勤務は終了となる事が決まった。

 今日までに自分のデスクは少しずつ片付けを始めていたため、すぐに片付いた。
 明日はチーフにパソコンのデータをチェックしてもらった後、不要データを削除して午前で帰る予定だ。

 
 いよいよだ。
 
 ようやく終わる。
 
 
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