【R18・完結】その美しき牡丹は龍の背で狂い咲く

hill&peanutbutter

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第一部

28 牡丹の束の間の癒し

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「牡丹は明日からまた有休だよね、せっかくだしこのまま温泉でも行こうか」
 
「え?」
 
 
 そう言いながら、一八さんは突然どこかに連絡を取り始めた。
 
 そしてしばらくすると……
 
 
「よし、宿がとれたから行こうか」
 
「ぇえ?!」
 
 
 
 
 
 
 
 ──っというわけで、やってきました箱根!
 
 
 
 
「こ、こんな素敵な部屋に泊まっていいんですか?」
 
 震えるほどにラグジュアリーなお宿の露天風呂付き客室の離れだった。
 絶対に電話一本で泊まれる宿ではない事は明らかであり、そのお値段もとんでもないに違いない。
 
「牡丹の心を癒すためだからね。それに俺は大浴場入れないから」
 
 ──ああ……お背中のね、超大作がね。
 
「旦那様、連れてきてくださってありがとうございます。お礼にお背中……お流しいたしますね」
 
「嬉しいな、なら早速……こっちにおいで愛しい妻よ、どれ、脱がしてやろう」
 
 と……一八さんが私の背中を抱き込む所までの恥ずかしすぎるバカップル漫才の一部始終を、部屋に案内してくれた美人若女将に聞かれてしまっていた事に今更気付いた。
 
 ニコニコ笑顔の若女将を前に、一八さんの前髪が下りていて良かった、と少し安心する。
 私はつくづく心が狭い女だ。
 尊きイケメンは、共有すべきだというのに……だかしかし、やっぱり恋人は独り占めしたい。
 
 私以外の人類には見つかって欲しくない。
 
 
「仲がよろしい事で……大変羨ましいですわ」
 
「……ははは、すみません、お見苦しいものを……」
 
 素敵過ぎる部屋にテンションが上がりすぎてしまったようだ……いい歳して、実に恥ずかしいかぎりである。
 
「はい、婚約したばかりで。ですので、朝食はゆっくりで結構です。夕食は──そうだな、これから露天風呂に入るから……七時くらいかな」
 
 ──え!! 今、まだ三時だけど! 温泉入ったって、夕食は五時とかでも余裕では?!
 
 ……という私の表情から心を読んだのか、彼は言った。
 
「ほら、牡丹が温泉でのぼせてひと休みする時間が必要だろ?」
 
 ──え、なにゆえ私ってばのぼせる前提なんですか?
 
「……確かに温泉は好きですけど、のぼせる程じゃ……」
 
「だってほら……(小声)一緒に温泉なんて入って我慢出来るわけないだろ、俺が牡丹をベッドに連れて行くことになるのは目に見えてる」
 
 そんないかがわしい事をわざわざ耳元でコソッと言うものだから、美人若女将がいるというのに思わず顔が赤くなってしまう。
 
 しかし、そこはプロだからか、こんなバカップルは毎回お客で見慣れているのか、若女将はニコニコとした表情を全く崩さずに夕食の時間を復唱して出ていった。



 
 二人きりになるやいなや、彼はバックハグ状態で私の服を脱がし始め……あっという間に下着だけを残し、アクセサリーまでしっかりと外してしまった。
 一人満足気に──よし、っと言いながら、続いて自分も脱ぎ始めたのだが、上半身裸になった所で私に背を向け、バスタオルを探しに行った。
 
 ──私を脱がす前に用意してくれたら良かったのに……。

 と彼の背中に恨めしい視線を送る。

 しかし、改めて見る彼の背中は、宿の純和風な庭にマッチし、思わず写真におさめたくなるほどに美しかった。
 
「……美少女図鑑ならぬ、イケメン極道図鑑、作ったら売れるかも……」
 
 一八さんは顔出しNGなので首から下のみの登場で後は……うん、うちの組員だけでもなかなかいい線いってるイケメンいるし、こうなったら龍地会からもイケメンを選抜させてもらって……。
 
 と、くだらない事を考えていると、いつの間にやら下着まで奪われタオルを巻かれて温泉へと運ばれていた。

 
 
 


「手際がよろしいようで……」
 
「おほめに預り幸栄です、“お嬢”」
 
「その呼び方嫌なんですよねっ年齢的にもお嬢って歳じゃないですし……」
 
 会社ではババァ扱いをされていると言うのに、家ではあの女子二人よりも若い男の子にまで“お嬢様”と呼ばれる事もあり、いたたまれなくなる。

「でも今度からは、龍地会の奴らから“姐さん”って呼ばれることになるだろうな……俺は組員じゃないけど、あいつらからしたら関係なく“姐さん”だろうな」
 
 ──“姐さん”?! 頼むから外で人前では絶対に呼ばないでほしい……いやそれよりもその風習をやめて欲しい。



 そんな事よりも今私は最高に……。

「……っ気持ちぃ──! 心が洗われるような気分……この自然豊かな景色も最高ですね」
 
 部屋付きの露天風呂は、脚もしっかり伸ばせるほどに広く開放的な源泉かけ流しの湯だった。
 私は身体を大の字にしてグゥッと伸びをしながら、大きく深呼吸する。
 
「……素敵なお部屋に最高の温泉、この後待ってる絶対美味しいお酒とお食事……それを最高に素敵で完璧な恋人と一緒に味わえるなんて、こんなに幸せ過ぎる私って……まさか、明日死ぬんでしょうか……」
 
 鳥のさえずりと風が木々を揺らす葉音、温泉の流れる水音だけが耳に入って来る空間……。
 午前中のあの嫌な出来事がスゥーッとかき消されるようだ。
 
「死なせないよ、この幸せがこの先ずっと続くと思っていればいい」
 
「……本当にありがとうございます一八さん……大好きです」
 
「嬉しいな……でも俺からの愛の方が重いのは知ってるだろ? ──それにしても……温泉に浸かる牡丹もまた……目に毒だな……」
 
 そう言ってこちらににじり寄って来る一八さんに、私は自分から彼の首に腕を回しギュッと抱き着いた。
 
「──ベッド、行きますか?」

 そう言って私が彼の耳を甘く食むと、一八さんは即座に私を抱いたまま立ち上がり、脱衣所でくまなく水気を拭いてくれたあと、ベッドルームへと連れ込んだ。

「夕食までのタイムリミットまであと三時間……食事の前にもう一度温泉に入る事を考えると……よし、二時間は出来るな……」

 ──え? そんなにすんの?



 
 ────
 
 




 一方その頃、SENBA法律事務所では……。
 

 少し前──ランチを終えた鳥居舞香と猿田綾乃の二人は、仕事の愚痴を言いながら会社に戻っていた。

「ねぇちょっと! 何あの高級車! 超カッコいい! ヤバっ」

 会社の前に横付けされた一八の車を見て、興奮した猿田綾乃が隣にいる鳥居舞香の肩を叩きながら指をさしていた。

「えー? 車ぁ? どうせ乗ってる奴ちんちくりん……って……あれ、虎谷さんじゃね?」

 鳥居が猿田の指差す方へ視線を移すと同時に、牡丹が車へ駆け寄る様子を目にする。

「本当だぁ……あのババァ、また午後休暇なんでしょ? 月曜日から働く気ないとかマジ……って、え?! 見て見て! 男がおりてきた! うわっドア開けてあげてる! 紳士かよ!」

 横付けされた車の中からおりた一八の姿に加えて、彼が牡丹の為に助手席のドアを開けた所を見て、興奮した猿田が再び鳥居の肩をバシバシと叩く。

「痛ったいな! 見てるよ見てる! ……ってか……何あのモッサい男! ヤバくない?! ダッサ」

 そう遠くない距離で見ているにも関わらず、鳥居は牡丹の“イケメン隠し”の罠にまんまとはまり、一八というイケメンの存在に気付く事が出来なかった。

「えー、でもいい車乗ってるぅ~背も高いしスタイル良くない? ってか、マジ車が羨ましい~……っやっぱあのリングもあの人から貰ったんじゃん? 男にドアなんか開けてもらっちゃってさぁ、ババァのくせに何様なん」

 一方で、高級車に並々ならぬ憧れのある猿田は、車が素敵だというだけで一八には好感を持ってはいたが、牡丹への嫉妬心から、やはり一八の容姿の良さにまでは気付くに至らなかった。

「え、女の会社にあんなモサダサで迎えに来るとかあり得ないでしょ! 見た目気にしない男とかマジくそ。完全に相手の事ナメてんじゃん。ってか……あはは! ウチラにあんな偉そうな事言っといて、自分はモサダサ男にナメられてるとか残念な女っ! 虎谷さんってば可哀想すぎ! 同情するぅ~」

「確かにっ! ……可哀想なおばさん……あ! ヤバッ昼休み時間過ぎてるよ舞香! 早く行こっ!」

「えー、別に大丈夫っしょ、うるさい虎谷さんはモサダサ男とデートで帰ったしぃ」



 と……牡丹を馬鹿にするような事を口にしていた鳥居だったが、彼女は心中穏やかではなかった。


 ──なんなのっなんで私があんなおばさんに負けたような気分になるわけ?


 鳥居舞香も猿田綾乃も、牡丹がラウルと交際していたという話を耳にした時から牡丹の事が大嫌いだった。

 鳥居舞香は表向きには代表である千馬弁護士の別れた妻の姪、という事になってはいるが、実は別れた妻の子だ。もちろん、代表の千馬の子ではない。

 鳥居舞香と猿田綾乃の父親は共に会社経営者であり、二人はとにかく甘やかされて育ち、典型的なお姫様気質に成長した。

 二人が千馬の事務所に入社したのは、噂にあるとおり、SNSでラウルを見て一目惚れし、軽い気持ちで両親に頼んだ事がきっかけだったのだが、代表である千馬がこの二人を受け入れたのは、二人の父親の会社がSENBA法律事務所に大口の顧問料を払っている会社だったからである。

 “未熟な娘に社会勉強をさせてやってほしい”
 そう言われ、結婚するまでの間預かる・・・羽目になったのだ。



「ねぇ綾乃、今夜仕事終わったら、またあそこ・・・行こっ!」

「えー? また? 前回もかなり使ってたけど、大丈夫?」

「大丈夫大丈夫っ!」


 ──二人は順調に親の期待とは異なる“社会勉強”を積んでいた。



 
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