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第三章 幸せの連鎖
70 親孝行したい
しおりを挟むそれから子供たちを含め私の夫達はドラガードのチカラによって開かれた転移陣で、あちらの世界へ戻って行った。
両親と姉兄は少し名残惜しそうにしていたが、さすがにあのド派手なメンバーがこちらに長く滞在するのはあまりよろしくないため、仕方がないのだ。
そして、会場を移動した私達はなぜかそのまま海沿いのホテルへ到着し、またもや私はホテルのスタッフに連れていかれる。デジャブ。
そして1時間半後……。
「……冗談でしょ?」
なんと私は今、ウエディングドレスを着てブーケを手に持ち、モーニングにお色直しをしたダディの腕を組み、オーシャンビューのチャペルのドアの前に立っていた。
「冗談じゃないよ! ダディはこれが夢だったんだ! せっかくだからチャペル式もって、ロイ君がねっ! いや~いい婿さんだよロイ君はっ、はははっ」
「ははは、じゃないよ……新郎新婦の結婚式のはしごなんて聞いたことないよ……」
そして、苦笑いの母が私のベールをおろしてくれる。
(……あ、でもこれはなんだかんだうれしいかも……)
よく考えたら、母からのベールダウンもダディとのバージンロードを歩くのも、うれしいかもしれない。
ロイってば、本当に私のことばっかり……。
おまけに、私の好きな”The Rose”が流れる中、入場。
驚くことに、チャペルの客席は半分以上が埋まっていた。
(え……だれ? )
ベールでよく見えなかったが、ちらちらと見たことのある顔がある。従妹達や祖父母達だ。アメリカからダディのグランマグランパまで駆けつけてくれている。
(嘘でしょ……?! ロイの正体どう説明すんの……)
私の心の声が聞こえたのか、ダディがこそっと私に告げた。
「大丈夫だよ……サクラについては無事が分かった時に親族には詳細は伏せて、伝えてあったんだ、ロイ君についても、詳しくは話せないが外国に嫁ぐとだけ説明してある、詳しいことは聞かないでいてくれると思うよ」
「そっか……」
ダディが大丈夫だというのなら大丈夫なのだろう、私は誰よりも私を大切に考えてくれているダディを信じることにする。
そのままゆっくりとダディとバージンロードを歩き、ロイのもとへたどり着くと、私はダディの腕を離れロイの手を取った。
……ダディ、また泣いている。
私達はその後人前式を行い、結婚証明書にアルファベットで自分の名前を記入する。もちろんロイもアルファベットで自分の名前を書いていた。きっと、この日のために頑張って覚えたのだろう……こちらの世界で何か署名を求められた時は”Cooper”と、記入しているのは見たことがあったが、ロイが自分の名前を書いているのは見たことがなかった。
そして流れに沿い指輪の交換となるが、結婚式のことすら知らなかった私は、もちろん指輪など準備してない……が、ロイはきちんと用意していた。まったく、本当にいつの間に……。
「……ロイ、これ」
「……俺はサクラ色のダイヤモンドを選びました」
ロイによってジェイファオのリングとともにつけられた三つ目のシンプルで華奢なそのリングには、小さな淡いピンク色のダイヤモンドとロイの瞳のイエローダイヤモンドが仲良く埋め込まれていた。もちろん、ロイの指輪にも同じものが小さく内側に埋め込まれているという。
そして誓いのキス。
ロイは私の前に跪き、指輪をはめた私の手にキスをした。しかしプロポーズでもあるまいしそんな騎士の誓いのようなキスは私は認めない。
私はすかさず腰を折り、両手で跪くロイの頬をグイっと持ち上げ、ぶちゅっとキスした。
会場は少しざわつくも、妙な盛り上がりをみせ、パチパチと拍手が起こっている。
こうして、私とロイの親族の前での人前式は無事に終わったのだった。
その後、退場しブーケトスを行うと、キャッチしたのはなんと楓姉……妹に先を越されたけど、次は私よっ! っと決意表明を行っていた。いいのか、そんなこと言っちゃって……。
そしてその後、披露宴は行わず立食パーティーが準備されていた。
各々が好き好きに動き回り、おしゃべりできるそのパーティーはとても楽しく、有意義な時間となり出席してくれた親族たちもとても満足そうにしていたようである。
高齢の祖父母も、私の顔を見て安堵の涙を浮かべてくれていた。
私が行方不明だった数年間については、親族といえど真実を話すことはできないが、出席者全員が私にも家族にも、もちろんロイにも、詳しいことを聞かずにいてくれたため、気まずさを感じることなくパーティーは終始和気あいあいとした雰囲気で終わったのだった。
そしてゲストのお見送りなど、全ての工程を終え、両親達とも解散となる。
とはいえ、参加者のほとんどがそのホテルに宿泊となったのだが、さすがに疲れたので詳しい話は家に帰ってからゆっくりしよう、として各自別行動である。
○○●●
私達の部屋であるオーシャンビューのスイートルームの広々としたお風呂に、ロイと二人で浸かり一息つく。
スキンケアを終えて部屋に戻ると、ロイが冷えたシャンパンと軽い軽食をバルコニーに用意してくれていた。
「サクラさん、今夜はここからいいものが見れるそうですよ、先ほどお義父さんが教えてくれました」
「いいもの? 夜の海でいいもの……」
(あ……もしかして)
そして絶好のタイミングでそのいいものが出現した。
ひゅるるる~……バンッ! バンッバンッ!
「花火だぁ! 夏でもないのにいいねぇ~……まさか、これもロイの手配?」
「っ違いますよ、これは本当に偶然です……サクラさんの誕生日に上がる花火なんて、素晴らしいですね」
(いや、別に私の誕生日に当ててきたわけじゃないと思うけどね……今日、土曜日だし……)
空に打ちあがった花火は、夜の海に映り込み、2倍きれいだった。
「でもロイ……サイモンとの結婚式の日、私の誕生日にロイがあげてくれた花火も、私は本当にうれしかったよ……まさか、異世界で花火を見ることが出来るなんて思ってなかったからね、本当に感動した」
「あの時は、ドラクロアの王太子達がうるさかったですけどね……」
そんな言葉と共に、花火に照らされシャンパンを口に含むロイの横顔は最高にかっこよく見えた……本当に、ロイ、大人になったな……。
私の熱いまなざしに気づいたのかロイと目が合う……すると、ニヤッとしたロイがおもむろに次々に打ちあがる花火の方に手をかざした。
「サクラさん、俺ばかり見ていないで花火を見ていてくださいねっ」
「……?」
そういわれて花火の方を見ると……。
「っぎゃ! 何やってんのロイ! 魔法使うなんて!」
その後空に打ち上げられた花火はなんと、メッセージ花火となっていた。
『You’re the one. (あなたは運命の人) I will always be there for you. (いつもあなたの側にいます)』
そのメッセージを読んだ私は、なぜが涙が流れた。
「ロイ……約束だからね……ずっと、ずっと側にいてね……」
泣くような場面でも、雰囲気でもなかったにもかかわらず、涙を流す私に、ロイは少し動揺し、私のひざ元に移動し私の手を握る。
そして私の流した涙にそっと口づけた。
「なぜ泣くんですか……」
私はロイが自分を犠牲にしてすべてを私のために、私を中心に考え行動しているような気がしていた。
尽くされているというよりも、なんとなく護衛の延長のようなもので、そこにロイの意思や望みはあまりないように感じていたのだが……結婚式を挙げたからだろうか、なぜか今のメッセージ花火から、色々な意味を受け取ることが出来た。
ロイにとって、私の護衛という役目がすごく名誉なことであり、特別で大切であることは以前から度々聞いているので知っている。
しかし、私にとって護衛というのは、仕事でしかない、と、どうしても心のどこかで思ってしまっていたのだが、それは間違いだったのかもしれない。
ロイの考える護衛というものは、決して仕事なんかではなく、ロイの存在意義であり、ロイの人生、生きがいなのかもしれない。
つまり、運命の人というその言葉の裏には、自分が守るべき人、護衛の対象者が私であったことに対して、ロイは運命だと感じてくれているということ。
そして、いつもあなたの側にいますという言葉の裏には、これからもずっと私を見捨てず、支え続けてくれるという約束をしてくれたような気がした。
夫達よりも長い時間を共にし、すべてを共有している存在……護衛とはある意味夫達よりも、心のつながりが深い存在であると私は思っている。
スヴェンのようなビジネスライクな護衛であればそうもならないかもしれないだろうが、ロイは最初から私の懐に入り込み、あっという間に信頼関係を構築してしまった。本当に運命の相手なのかもしれない。
ロイが私のために命を捨てる覚悟があるというのならば、私は命をかけてロイに命を捨てさせないようにする。
ロイが刺されたあの時、私の血をロイにあげることが出来ていたならば、私は自分が干乾びたって、喜んで自分の血をすべてロイに差し出していただろう。
そして今は、二度とあんなことが起きないように私なりに気を付けている。
子供達を外に連れて行くと、ロイの気持ちが少しわかる気がするのだ。
それ以来、子供達のように予想できないような行動、つまり護衛しにくい突発的な行動は慎むようにしているし、他人から反感を買ってしまうような思いつきや勢い任せでの言動も控えている。
愛し子が生まれたら、ロイには私よりも我が子を優先してもらいたい。
ただでさえ手がかかると言われているのだから、ロイの助けは必要不可欠だ……。
「ロイ、結婚式挙げたんだから……もう護衛は卒業だよ、これからは私の夫として、家族として私を護って支えてね」
「……」
ロイは驚いている、そして何か言いたげな表情で私を見ている。なんだ、なんなんだ……。
「ですがサクラさん……護衛を辞めるとなると……俺は無職です、幸い仕事をせずともこれまでに俺が構築してきた魔法に対しての収入はありますが、無職では子供達に格好がつきません」
「……」
なんだって? それもそうだな……無職……それは夫としても父親としてもまずい。
「それに、護衛という肩書がなければ、今のようにサクラさんの側に常にいることも難しくなります」
「え、そうなの?」
「そうですよ、他に何か仕事をしなければなりませんからね、それに護衛でもなくずっとサクラさんの側にいたら他の旦那様方から何を言われるか……」
なんだろう、結局ロイにとってやはり護衛とは、仕事であるようだ。
あれ、私のさっきの感動の涙って……あれ? あれれれ?
「俺はこれまで、護衛であるからこそ無条件にサクラさんの側にいることが出来ました、今更、夫になったからと言って突き放されても困りますよ」
「え? いや、そんなつもりじゃ……」
「俺は愛し子のためと思い、ドラニェッリ公爵様のところの養子になりはしましたが、本当は爵位にもお金にも地位も名誉も全く興味はありません……すべては、俺がサクラさんの側にいたいがための手段にすぎません、おわかりですか?」
「……」
つまり……ロイは私の側にいたいから、護衛でいたいと……。
「……ロイは、そんなに私のこと好きなんだね、そんなに私の側にいたかったのね……」
「何をいまさら……ずっとそうお伝えしていたではないですか」
さっきの私の涙……なかったことにして……。
つまり、ロイは自分を犠牲にしてすべてを私のために考え行動しているどころか、護衛であること利用して自分の望みを叶えていた、ということだ。
「ロイ、私少し誤解してたよ、うん、ロイってやっぱり出会ったころのロイだね」
「え? 何を言っているんですか? さすがに俺も大人になりましたよ?」
「いいの、こっちの話っ愛してるよロイっこれからも、護衛よろっ!」
「……御意」
私はロイに抱き着きごまかす。
でも、正直に言えばすごくうれしい。ロイはロイのままだった。突然聞き分けのいい大人になってしまったような気がしていたのだが、昔のチャラさは健在だった。
「ではサクラさん、いつの間にか花火も終わってしまいましたし、そろそろ初夜と決め込みましょうか」
「しょっ初夜?!」
「ええ、俺たちは今日結婚式を挙げたので、今夜は初夜です」
サイモンみたいに二度目の初夜とも言わずに、あくまでも本当に今夜が初夜だと言い切るロイ。
「この際です、ドランティス大公の6回を更新してしまいますか」
「っぇえ?! それはちょっと……もう私も歳だし、さすがに体力が……昨日もカウントダウンで結構したし……ね、ロイ……」
「ご心配にはおよびません、疲れたらいつでも回復魔法をかけて差し上げます、ね、俺の奥さんっ」
ロイはいい顔をして私を横抱きにしてそのままベッドへと運んでしまった。
(もう、なるようになれっ……)
この日、ロイは本当にサイモンの記録を更新してしまった。
その数……7回。
当時のサイモンより若くないのに、怖い男だなロイ……。
○○●●
あれから二ヶ月……私は今、ロイの子をお腹に宿している。
そう……それこそジェイではないが、あの時の子なのだ。
そして結局、私はまだ日本の両親のもとにいる……もちろん、ロイもだ。
その理由は、竜の子の時はほとんどなかった悪阻が、今回はとんでもなくひどいからだ。
母に甘えているとかではなく、信じられないほどに、しんどい……一体こんな状態がいつまで続くのだろうか……。
こんな状態であちらの世界に戻っても、子供達と過ごすことは難しい。どうせベッドでゲェゲェしているだけならば、と、ロイが旦那様ぁズに事情を説明しに行ってくれ、なんとか滞在延長の許可を得てきてくれたのである。
そして今では、時折ジェイとファオが顔を出しに来るようになり、チカラが回復するまでの数日間、滞在するようになっていた。その間はロイがグリグラとリルリムの子守をしに行っている。
しかし、そんな妊婦生活も3ヶ月が過ぎた頃、ジェイが帰った後で、ロイがアルさんを連れて我が家に転移してきた。
「あれ?! っアルさんだっ!」
「サクラっ! ……会いたかった……まだお腹は出てきていないんだな」
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アルさんがダディと母に話……? 一体なんだ……私は、アルさんを連れてきたロイにチラッと視線を移す。
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「ダディ達は今、二人で仲良くお買い物に行ってるけど、お昼前には戻ってくるって言ってたからもうすぐ帰ってくるよ……アルさんが二人に話ってなに? 私も聞いてもいいよね?」
「……いや……その……ロイ、サクラは知らないのか?」
「……はい、ご存じないかと」
なんだ?! まさか、みんなしてまた私に秘密にしていることがあるのか?! さっき帰ったジェイも特にいつもと変わりはなかったが、一体なんだというんだ。
「……むぅ……私も同席するからね、妊婦に隠し事は許しません、ただでさえ情緒不安定になりやすいんだからね」
「……あ、ああ……もちろんだ、私は問題ないが……ご両親が……なぁ、ロイ?」
「……」
ロイはまたもやフイっと私の視線から目をそらす。
どうやら、ロイの様子から推測するに、うちの両親が私には秘密でロイ経由でアルさんに何か相談か、話を持ち掛けたようだ。
「「ただいまぁ~」」
帰ってきたな……。
「ダディ、お母さん……アルさんが話があるって来てくれてる、コソコソ何してるの? 私も一緒に話聞くからね、いいよね」
「「……」」
両親は突然の私の発言に、少しフリーズしたが、数秒後、少し苦笑いの表情で、私の同席を了承した。
○○●●
「アル君、今日はそのぉ……忙しいところ来てくれてありがとう、例の件だよね?」
ダディが私の顔色をチラチラと伺いながら、アルさんに話しかけている。
「はい、ロイから話を聞き、いてもたってもいられずに来てしまいました、突然の訪問をお許しください」
「そんなそんなっいいんだよ、むしろこちらこそ悪かった、アル君は超多忙だとロイ君から聞いていたから、少し気が早いかと思ったが早めに伝えてくれと頼んでおいただけなんだ」
いったい何の話なんだ……さっぱり分からんぞ。
「それで……サクラさんは知らないようですが、話をしてもよろしいですか?」
「……う、うん……いずれ言うつもりだったから……いいよね、ママ」
「……ええ、私は遅すぎるくらいだと思うわ、っだから最初にサクラに相談しなさいって言ったのに……」
どうやらダディの独断だったようである。
「それでは……その前にサクラ、お義父さんとお義母さんはな、我々の世界へ滞在しながら、サクラの産前産後のサポートをしてくださるとおっしゃっているんだ」
「……は?」
ちょいちょいちょい、なんだそれは……聞いてないぞ、なんでそんな話が浮上した? 私が眉間を寄せて考えていると、すかさず母がフォローに入る。
「サクラ違うの、聞いて……サクラが妊娠したばかりの頃にね、ジェイ君とファオ君が来るたびにあちらの世界の話を色々聞かせてくれたのよ……もちろん、サクラの旦那さん達のこともね……」
ジェイもファオもすっかり私の両親と仲良くなっていたことは知ってはいたが、一体どんな話をしたというのだろうか。そして、何がどうなればうちの両親が異世界に行こうなどとなるんだ。
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結論から言うと、私達家族の現状を考えて、家族がバラバラでいる事はよくない、という事のようだ。
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しかし、自分たちも自分の娘の出産を一度くらいはサポートしてあげたい。あわよくば孫の世話もしたい。
そう考えた時、先ほどの話を思いついたのだという。
「ありがたい話だけどさ、ダディ仕事は? この家は? 楓姉達は知ってるの? 産前産後って言うけど、結構長期になるよね?」
「サクラ、そんなにパパを攻め立てないで、興味本位や旅行気分でアル君に話をしてもらったんじゃないのよ……」
当たり前だ、興味本位や旅行気分で異世界に行こう、なんて言ったら駄目である。
……自分たちは里帰り兼旅行でこっちの世界に来ているけどね、またもや自分達の事は、高い高い棚の上に上げちゃうよ、私は。
「サクラちゃん、ダディね、少し早いけど早期退職しようかなって思っているんだ……今ならまだ身体も元気だし、まだまだママと楽しい老後を送れるかなって……孫も生まれるしさ……」
「私は仕事してるかっこいいダディが好きだよ! ダディだって、仕事好きでしょ? 会社の部下の人たちもみんな家族みたいに仲良しじゃん! 定年まで頑張りなよ!」
私が少し声を荒げると、ダディはしょんぼりした。
「……サクラちゃん、ダディね、サクラちゃんが行方不明になった時、ものすごく後悔したんだ……あちこち探し回った時、サクラちゃんが行きそうな場所がサクラちゃんが小学生くらい時の場所しか頭に浮かんでこなくてね……中学生、高校生のサクラちゃんのことをわかっているようで全然わかっていなかったんだよ……」
「そんなことないよっダディは十分いいお父さんだった! 私の自慢のかっこいいお父さんだったよ! 私はダディが大好きだよ!」
私が行方不明になっていた間の話は、再会してからも何となく誰も話題にはしなかった。
私自身も、あの日、ロイと数年ぶりにこの家のインターフォンを鳴らした時のお母さんの最初の反応からして、我が家は長い間、暗く深い闇の中にいたのだろうと感じたから、あえて聞くことはしなかったのである。
「それでもね、後悔したんだよ……苦しかったんだ……家族は一緒にいれる時は一緒にいたほうがいい、絶対にね……家庭を顧みずに仕事に励んでも、得られるものは、自分は仕事して稼いでいる、という自己満足に過ぎない……」
「もちろんお金を稼いで来る事はとても大切だけどね、だからと言って家族との時間がなければ……家族の為に働いているのに、意味がないじゃないか……奥さんは家事と子育てを一人で背負って、子供は寂しい思いをして……そんなの、ダディは幸せだとは思えないよ」
「サクラちゃん、サクラちゃんの旦那さん達は皆んなサクラちゃんが大好きじゃないか……仕事をして疲れた時にね、家に帰って大好きな人の顔を見たりその存在があるだけで、癒やされて回復力というか、気持ちが違うんだよ、子供もそうだけど、奥さんはまた格別だ……ね、ママ……私はママがいないと寂しくて何も手につかないよ……」
自分の隣にいた母を見つめたダディは、そっと母を抱き寄せる。
私はダディのこういう所……恥ずかしげもなく母への愛を表現する所が大好きだ。さすがアメリカ人、といったところだろう。
「サクラ、つまりね、パパが何を言いたいかと言うと……」
「わかった、ダディの言いたい事、凄くよくわかったよ……」
母が要約しようとしてくれたが、私は先ほどのダディの話で十分話の意図は伝わってきた。
「口を挟んで申し訳ございません……奥様、私がご両親のサポートをいたします、表向きは海外にいる娘の所への滞在としておけばビザの期間は不在にしていても問題ないはずですし、ビザ不要の国もあります……数ヶ月に一度、自宅の管理をしにこちらへ戻って来れば、誰にも怪しまれないかと……」
ロイがそう提案する。
「サクラ、先ほどのお義父さんの話には私も感銘をうけた……そのとおりだ、私は正直に言えば、すぐにでもサクラに戻ってきて欲しい、何もしなくていい、ただいてくれるだけでいいんだ、体調が辛い時には支えてやりたいし、心配もさせて欲しい……顔が見たいんだ……それだけで、我々夫は安心できる……最近、子供達も元気がないしな……」
そしてアルさんが意見を述べた。
「……」
つまり、アルさんもロイも私の両親があちらの世界に行く事に賛成、と、いう事なのだろう。
でも、どうしても私は引っかかるのだ。
“私のサポートをするため”という部分が……凄く引っかかる。
産前産後、1年半程度だろうか……その間だけ異世界に来てくれて、それでまたこちらの世界に戻り生活をしていくつもりなのだろうが、そんな私の都合のいい事ばかりでいいのだろうか。
姉と兄は十分過ぎるほどに稼いではいるが、まだ未婚だ。
きっと私のような意味がわからない妹がいると、結婚もし辛いだろう……。
「ダディ、お母さん……どうせ仕事を辞めるなら……もういっそ産前産後と言わずに、移住したら? 税金とか年金の事は若葉兄に任せておけば大丈夫だろうし、月に一度おじいちゃまおばあちゃまとグランパグランマの所に顔出せば、そっちの異変もすぐに気付けるし……」
「「……え?」」
二人は私を見て、何を言い出すんだ? と言うような驚いた顔をしている。
「二人だって、今は元気でも、いずれ老いるでしょ……その時に、私は異世界だから知りませんっなんて嫌なの、私が二人の老後を支えたいよ」
金銭的には私の夫達に頼るが。
「まぁ、異世界が合う合わないは人それぞれだけど、二人なら気に入ると思うよ、アルさんの国もサイモンの国もジェイファオの国も皆んな素晴らしいけど、きっと釣りが好きなダディはサイモンの国が気に入るかな……ねぇアルさん、サイモンに頼んで私のログハウスの隣にお屋敷建ててあげれないかなぁ?」
「ああ、サイモンも喜んで建てると思うぞ」
私もそう思う。母がロイにサクラダイヤモンドを託しただけでヤキモチを妬いていた男だからな。
「あと、あっちの世界での生活とか常識について気軽に相談したり色々とすぐに聞けるように、執事と侍女さんを何人か……後は……心配だからブラックシールズから一人、護衛もお願いできないかな……」
「護衛は3人つけよう」
「二人の毎月の生活費はドランティスの私の公妃の予算をまるまる流すとして……あ、戸籍も作って貰おう、それと……」
「「ちょ、ちょっと待ってサクラ」ちゃん!」
私の両親移住計画にストップが入った。
「サクラ、それこそ気持ちは有難いけど……私達の子供はサクラだけじゃないわ……楓も若葉もいる……サクラだけが私達の老後を背負う必要なんてないのよ、それに私達は老後、住宅型高級老人ホームにでも入って、子供達には迷惑をかけずに二人で、って考えているの、お金の用意もしてるから大丈夫よ」
ダディ達ってば……そんな風に考えてたんだ、なんて謙虚……。
「じゃぁ、そのお金は楓姉と若葉兄にあげたらいいよ、私が子供の中で一番二人に心労というか迷惑をかけたんだから、私が二人の老後を支えたいの、いい? 支えたいの、大丈夫、私には夫が5人もいるんだから! 孫もすでにお腹の子いれたら10人だよっ賑やか賑やかっ退屈させないからっ」
私は何の問題もない、と笑顔で伝える。
「なんなら、異世界の高級住宅型老人ホームに入居するとでも思ってくれたらいいよっ入居費用は孫の子守りでっ! それに、たまに私も甘えさせて欲しいな……この家も立派で気に入ってるけど、もう築20年になるし修復が必要になるでしょ? 二人のいる場所が私の実家だから……楓姉と若葉兄にも定期的に会えるように段どっておけばいいしさ、ね、どう?」
「「……」」
私のマシンガントークに母は明らかに戸惑っている様子だ。
「……どう? ってサクラ、貴女……」
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ダディはどう思っているのだろうか……。
「サクラ、少しパパと二人で相談する時間を……」
ダディをチラッと見た母が、そう口にしたその時だった。
「ママっ!」
「っは、はい?」
ダディが声を上げる。
「とっても素晴らしい話しだと思わないかい?! サクラちゃん、ダディはママがいいなら、両手を上げてサクラちゃんのお世話になりたいよっ!」
「……え」
瞳をキラキラさせ、少年かのような表情をしたダディがそう言った。
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