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第三章 幸せの連鎖
68 ロイと二人旅 ② ◇
しおりを挟む海猫の鳴き声がする。
おかしいな、こんな海のど真ん中にいるのかな……?
昨夜はロイとの行為の途中で意識を手放すように眠りについたのだろう……二人とも何も身に着けておらず、素肌のロイの胸に抱かれ目が覚めた。
「……」
(ロイ……きれいな寝顔……)
目が覚めて、裸でロイが隣に眠っているというこの状況は、初めてのことなのだが、何故だろうか……こんなにも心が平穏で温かい。
妊婦の時にロイと一緒に眠ったことはあったが、それはあくまでも妊婦、今のような感情は抱かなかった。
私は無防備に眠るロイの顔をしばし眺め、逞しいその胸に顔をぐりぐりと擦り付ける。
(やっぱりロイもいい匂い……安心する匂い……好き)
「……? ……あれ……」
寝起きの少しかすれたロイの声に、ドキッとする……私は誰彼問わず、この瞬間が大好きなのである。
「おはよう、ロイ」
ロイの身体に纏わりついたまま、顔を上げ笑顔を向ける私を確認したロイは、突然両手で顔を隠し動かなくなった。
「……? ロイ?」
「……」
なんだ? 頭の中の状況整理でもしているのだろうか……まさかの、やっちまったのか俺! 状態なのだろうか……なんてね、それはないだろう。
「……すみません、幸せを噛みしめていました……俺、今このまま死んでも悔いはありません……いや、やっぱり死にたくありません」
「……ぷふ、どっちなの……でも、私よりも先に死なないでねロイ」
チュッとロイの唇に口付ける。
「っサクラさん!」
ガバッと私に抱き着くロイの背中を、ポンポンとそっと撫でる。
「……おはようございます、サクラさん……I’m all yours(私はあなたのものです)……」
「はい、おはよう……それもダディが教えてくれたの?」
「はい」
私もロイを抱きしめ返し、素肌の脚をロイの脚に絡めれば、下腹部が密着したことで、それに気付いてしまった……いつからかはわからないがすでに元気いっぱいのロイの息子のロイ君が私のお腹を圧迫している。
「……」
「……」
こんな朝を迎えることができたことも、私にとってはすごく幸せだ。きっとロイもそう思ってくれているだろう。
私はもぞもぞと下へ潜り込み、大きな大きなロイのモノを握り舌を這わせた。
「っ! ……っサクラさんっ」
ちょっとだけロイに喜んでもらいたかった私は、朝からサービスしてみることにしたのだが、いいところでロイに上に引っ張り上げられてしまう。
「……っ貴女って人は……」
舌なめずりする私の唇に、ロイにしては少し強引に唇を重ねた。
「っ……んん……」
私をくるりと回転させ、背中から覆い被さるように私を抱きしめるロイ。首から肩にかけてチュッチュッとキスをしながら、ロイの手は私の秘部を探る。
昨夜の余韻が残る私の中はすでに潤い、ほぐれていることを、そっと指でソコに触れ確認したロイは、そのまま後ろから私の片脚を少し持ち上げ、ゆっくりと中に入ってきた。
「っ……ぁ……ん……おっき……」
私ってば、こうして何も言わずに勝手に挿れてくる人、嫌いじゃない。
正直、挿れて、などと言うのは恥ずかしくないわけではないので、こんな風に言わずとも入ってきてくれると大変有難いのである。
ちなみに私の夫達はみんなそのタイプだ。
しかし、入ったはいいが、ロイはなぜかゆっくりゆっくりと自身を私の中に出し入れするばかり。それどころか、チュッチュッと首や肩にキスするだけでなかなか本格的に動いてくれない。
正直、ロイはこんなので気持ちいいのか、イケるのだろうか、と疑問に思ってしまうような抽挿が続く……まるで中に入れておきたいだけ、といったような感じである。
……そうは言いつつも、私はとしては、めちゃめちゃ気持ちがいいのですけどね。
「ん……っ……」
「っ……昨夜は性急過ぎましたよね、すみませんでした……ですので今は……ゆっくり繋がりたいです……サクラさんの中が俺の形になるように……」
いや、それはなりませんね、むしろなったら大変です、こんな大きいの。
あれか、スローセックスとやらだろうか……じれじれだけど、朝だからか……いいかも……気持ちいい……寝ちゃいそう……。
「……ロイ……気持ちいいけど……良すぎて……寝ちゃいそう」
「……いいですよ、眠っても……まだ6時ですから……でも、サクラさんの中凄くトロトロです……」
「……」
しかしロイは、眠ってもいい、という言葉とは裏腹に、時折ズンッと奥を突きはじめた。私はその度に少し目が覚める。
「っん……っんん……」
私は背後のロイの顎に手をやり、顔を自分の方に寄せ、キスを強請る。
「ロイ……っん……」
ロイは繋がったまま器用に寝バックから正常位へ体位を変え、私をベッドに沈めると、甘い甘い私の好きなロイのあのキスで攻めてくる。
私の両頬を掴み、少し貪るように口付けながら、ゆっくりと深い抽挿を繰り返す。その腰使いは本当に艶っぽく、少し眉間を寄せるその表情と相まって、私を視覚から刺激する。
ああ、好き……ロイが好き。
「ロイ……もっと突いてっ……もっと私の事、欲しがって……」
「……いいんですか? 俺、腹の中は欲張りで独占欲酷いですよ……」
いや、今は、セックスの話です……でも、それでもいい、今はそれで。
「この旅の間はそれでいいよっロイの好きにして……全部受け入れる」
「っ! ……サクラさん……」
ロイのロイが私の中で大きさと硬さを増した直後、抽挿のスピードは上がり、喘ぎよがる私に容赦なく突いてくるロイの雄の姿に、私は酷く興奮し嬉しくなる。
「ぁあ……っんっ……ロイ、駄目っすごっ……イッ……んっぁあ!」
「サクラさんっ愛してますっ! ……っ!」
朝から愛し合うついでに子作りをした私達は、二人仲良く共に果て、しばらくの間、ベッドで甘々な時間を過ごした後、シャワーを浴びて身支度を整え、遅めの朝食をとりにレストランへ向かった。
○○●●
「サクラさんとロイ王子だぁ」
朝食のパンケーキを切り分けフォークに刺して口に運んでいた所で、そんな言葉をかけられた。
「……」
「……」
「昨日のディナーショー見てましたぁ、私ぃ、感動しちゃってぇ、ロイ王子素敵過ぎですぅ、握手してくださぁい」
「……」
(うげぇ……こういう女子苦手ですぅ私ぃ、勝手に王子つけて呼ぶなし……)
私達の食事テーブルの横には、一組の二十代らしきカップル……その女性の方が、ロイに両手を差し出している。
「おい、お食事中に失礼だろっ!」
男性の方は常識があるようだが、しかし女性は目をハートマークにしてロイにグイグイ迫った。
まるで芸能人に出くわしたミーハーなファンのようである。
(ロイ、この状況どうするんだろう……)
私の夫達は様々……四者四様だ。
アルさんは絶対に冷たくあしらう、彼は本当に私以外には超絶クールだ……元王子がゆえに、誰かに媚びを売る必要もない人生だったのだろう。
サイモンはあはは……と苦笑いしながらもとりあえず対応するだろう……。
ジェイは絶対にノリノリで対応し、ファオは紳士的だが冷めた態度で一応対応するだろう。
さてロイは……まさかの無視かな……?
私はひとまず無言で手を止めていたパンケーキを口に運び、ぐもぐしながらロイの対応を傍観する。すると……。
「……Entschuldigung, ich verstehe die Sprache nicht(すみません、言葉がわかりません)」
ロイはスッと片手を上げて、困ったような表情でスマートに女性の手を拒んだ。
(ほほぉ、そうきたか……)
ロイはまさかのドイツ語で、言葉がわからない外国人のフリをした。
間違いない、これはダディの入れ知恵である、私もこの方法は昔ダディから教わった事があり、知っている。
「……え?」
女性は少し驚いている。
そう言えば、あのディナーショーで私達はステージ上では英語しか話していない。
ハーフの私も瞳がゴールドのロイも、日本語がわからないフリをしても違和感はないかもしれない……頭いいなロイ。
「え……ねぇ今の何語? カズ君、ロイ様が何て言ったかわかる?」
「いや……わからない、英語じゃなかった気がする……」
女性は隣の男性に聞くも、男性もロイの発した言葉がわからないようだ……そして、言葉が通じないと勘違いした二人は、まずい状況だと判断したのか、ソーリーソーリーと言いながら頭を下げ、逃げるようにその場から立ち去った。
「……ロイ、さすがだねっ……教えたのダディでしょ?」
「はい、さすがサクラさんのお父上です、またもや役に立ちましたね」
そう微笑むロイは、見事に私のダディの有難い教えを絶妙に使いこなしていた。帰ったらダディに話してあげよう、きっと喜ぶに違いない。
しかし、先ほどのカップルのような出来事はその後も何度かあり、結構ウザかった。恨むぜディナーショー。
(皆んな暇なのか? せっかくクルーズ船にいるのに、私達みたいな一般人に絡んでこないでよ……と、言うか、私とロイの邪魔しないで)
面倒くさいので、絡んできた全員に、必殺“言葉わかりません”で押し通し、私達はなんとか朝食を食べ終えた。
今朝方、部屋で海猫の鳴き声がしたのは、どうやら最初の港に入港したからであった、そしてそこは仙台港。
「ロイっ! 仙台といえば、ずんだ餅だよっ食べたいっ! あ、ずんだソフトだって、食べたい! 牛タンも食べたい! 時間なくなっちゃうから早く行こっダッシュ!」
観光案内を見ながら、食べたいもので行き先を決めた私は、ロイの手を握り船を降りた。
「っサクラさんの食べたいもの、全部食べましょう、俺も楽しみです」
私はロイと手を繋いだまま、アウトレットパークに展望台と、あちこちを周り沢山歩いて、沢山食べた。
昼食に牛タンを食べたのだが、厚切りの牛タンにロイが感動していたのがとても可愛いかった。
普通の恋人同士のようなひと時に、一瞬、ここはどこだ? と思ったりしたほどに、楽しくて幸せで怖いくらいだった。
とはいえ、楽しい時間はあっと言う間に過ぎてしまうもの、時間ギリギリでグリグラが喜びそうなお土産を購入し、船に戻ると、クルーズ船のスタッフから声をかけられる。
どうやら昨夜のディナーショーのヴォーカルから私とロイへ謝罪したいという事で、なぜかサインやら贈り物やらが大量に届いていた。
(いや、いらない……迷惑……荷物になるし……)
まぁでも、ダディにあげたら喜ぶかもしれないので、適当にお土産にすることに。いらないと言われたら適当にメル〇リで売ってもらおう。
そんなこんなで私とロイのクルーズ船旅行は翌日以降も岩手、青森、北海道とあちこちの港で食い倒れデートをして過ごすという色気のないものとなったのだが、とても楽しかった。
船から降りれない日などは、船のプールで遊んだり、料理教室に参加してみたりと、それはそれで毎日楽しく過ごすことが出来ている。
そして気付けばあっと言う間に一週間が過ぎ、私は家族との約束どおり、ドランティスのログハウスへ一時帰宅するのだった。
○○●●
「「母上ー!」」
ログハウスに転移するなり、待ち構えていたグリグラが、私のもとに飛び込んで来た。
(可愛い我が娘達……)
私は一気に母親モードに切り替わり、再会を喜んだ。
「チェリーっ!」
グリグラに続いて、ジェイまで私に抱きついてくる。
「「母上、ロイたまは?!」」
(二言目がそれかい……)
そう……ロイは今はいない。
私を転送したロイは、少しウチの両親に話があるとかでお土産を持って私の実家のほうへ行ったのだ。
「ロイたまはちょっと別の用事があるから、後で来るよ」
「「えぇっ! ロイたまに早く会いたいぃー!」」
「「……」」
そんな娘達に、ジェイが目を細くする……うん、わかるよジェイ、どんまい。
「ジェイ、一週間どんなだった? 問題なし?」
「チェリー……それがさ……」
ジェイは深刻そうに語り始めた。
「……え? つまり……子供達は今、グリグラ以外全員いないって事?」
「そうなんだよ、すまない、他の子供等にも会いたかったろ?」
「……そりゃ会いたいけど……」
どうやらグリグラですら、ジェイが私のために無理矢理、ロイに会えるぞ、と言って連れてきたという。
私じゃなくてロイに会いたくて来たのか……グリグラめ……母、悲しい。
「……楽しんでるならまぁ、何よりだ、よね……」
ジェイの話しによれば、我が子達は皆んな、祖父母と叔父叔母総出で分散して旅行に出掛けたのだという。
それぞれにブラックシールズの精鋭が3名ずつ同行し護衛兼トラブル対応に当たっているそうだ。
「え、三つ子は? まだ小さいのにっチカラの制御も微妙なのにっ」
三つ子はまだ誰かと一緒に旅行に行けるほど、チカラの制御を学んでいないはずだ。
「ソル・ミル・カルはアルさんが出張に連れて行ってる、多分どっかの辺境の屋敷に一緒にいるから大丈夫だ、チェリーに会いに一時帰宅するはずだったんだけど……なんかあったかな? 来ないな……」
さすがアルさん……それならよかった。
「じゃぁ、サイモンは? それに、ファオは?」
「サイモンはアバルドラ王国に出張中、ファオは水の竜の代わりに他国との交渉会議に行ってる……」
そもそもこの事態は、おしゃべりなグリグラによって私とロイが旅行に出る事を知ったサイモンのご両親、まだ子供のいないイザベラさん夫婦、アルさんのご両親が、可愛い孫と過ごすチャンスとばかりに、私達の旅行に合わせて密かに計画していた事らしい。
父親達は父親達で、私に会えない寂しさを紛らわせるべく、ここぞとばかりに遠方での仕事を詰め込んだ、と、いうわけだ。
ちなみにその内訳は……サイモンのご両親はアヴとグリグラ、イザベラさんは黒髪だからとお気に入りのリルリム、アルさんのご両親はミルカルとハイトを連れて行こうとしたらしいが、アルさんに止められてハイト一人を連れて行ったようだ。
そして先ほども言ったように、アルさんが三つ子……父親で父親をしているのはアルさんだけのようである。
ちなみにジェイは今回、私のためにグリグラを迎えに行ってくれたが、私が旅行に戻ればすぐにグリグラをサイモンのご両親とアヴのもとに届け、自分も仕事に行くと言っていた。
……私ってばもしかして顔出す必要ない?
「でもチェリー、俺はすげぇ会いたかったぜ……元気そうで良かった……話したい事いっぱいあんだ」
落ち込む私をジェイがグイッと抱き寄せ、私もジェイを抱き締め返すと、それを見たグリグラが、真似をして私の脚にしがみつく。
「ジェイ……グリグラ……ありがとう……そうだっ、ちょっとだけお土産あるの」
「「お土産?! グリとグラに?!」」
私は仙台で買った喜久○の大福と青森のりんごを、時間停止魔法をかけて持ってきたのだ。
グリグラが喜びそうだと思い買ったので丁度良かった。
「ファオから旅先の事は聞いてる、ロイも思いきったよな」
「うん、すごく嬉しかった……あ、そうだジェイ、知ってる? ファオが車買ったって」
「は?! バイクの次は車? 聞いてねぇ」
すまないファオ、バラしてしまったよ。グリグラは大福に夢中で今の話を気にしている様子はない。
「ごめんね、ウチの父親がファオに見せたみたいで……」
「チェリーの親父さんのところの車なのか……俺がカッコいいって言ったデカいやつかな……」
(全部デカイからよくわからん……)
「まぁ、いずれわかるよ……それに今回の旅行、ファオも色々と協力してくれてたみたいでさ、お礼言いたかったんだけど……会議なら仕方ないな、会えるのは来週かな?」
「……それがさ、皆んなしばらく今の状況のままなんだよ……」
「……え?」
どうやら、しばらく皆さん数ヶ月は旅行と出張らしい。
「……へぇ……なら私、しばらくは顔出す必要ないかな?」
少し寂しくもあるが、皆んなが楽しくやっているならそれはそれで良かったし、有難い。
その時だった。
「……っサクラ!」
「アルさんっ!?」
突如現れたアルさんに、私は反射的に駆け寄り抱きつく。
アルさんも私の首に顔をうめてから、頬にキスをした。
「会いたかった……出迎えてやれずすまない……三つ子も寝てしまってな、連れて来れなかった」
「んーん、丁度今、ジェイから話しを聞いたところ、色々とありがとねアルさん」
大福を頬張りながら私とアルさんの熱い抱擁をガン見していたグリグラが、ジェイにコソッと耳打ちする。
「父……いつも思うけど本当にアルおじ様って、母上の前だと別人だよね……」
「いつもはおっかないのに……」
「しっ、黙っとけ」
「「……」」
アルさんはグリグラとジェイがいるのもお構いなしに、私の顔中にキスをし、超甘々モードだ。
しばらくしてようやくロイが来た。
グリグラはロイの登場に大喜びし、ロイにまとわりつく。
そんなロイに子供達の状況を説明すると、どうやらロイは祖父母達にそんな動きがあることは勘づいていたと言っていた。
そしてその後、何やらロイはアルさんとジェイと三人で話しがあるとして席を外してしまい、グリグラはもちろんイジケる……いや、私がいるじゃないっ! 母悲しい!
とはいえ、女三人で大福を食べながら女子会を始めた。
お互いの旅行の話しをしてなんとなく盛り上がって過ごしていると、一時間ほどで男性三人が戻り、あっと言う間に解散となる。
……皆んな、忙しいようだ。
○○●●
再びクルーズ船に戻った私は、少ししょんぼりしていた。
「なんかホッとしたけど、少し寂しいもんだね、贅沢だけどっ」
「ですがそのうち、リルリム辺りはサクラさんに会いたいと泣き出すと思いますよ」
「どうかねぇ~……まぁ、もういいやっ……ロイ……こっち来てっ」
久しぶりにあちらの世界の服を着たロイに、少しときめいた私は少しロイに甘える事にする。
「どうされました?」
「ロイ……好きっ」
「……俺の方が好きです」
「……ふふっ……負けず嫌いめ」
私とロイはチュッとキスだけに留め、船の中にあるプールに遊びに行く事にした。
「気持ちぃ~なんかいいね、のんびりだぁ」
浮き輪に乗り、プールに浮かぶ私を、ロイがゆっくりと引っ張る。
「ずっと子育てに追われてましたからね」
「ロイもね、いつもありがとう」
ぷかぷかと浮かぶ私は、この十年間を少しだけ振り返りながら目を閉じていた。
「ねぇロイ、ずっと聞かなかったけど……あの時どうして私の護衛を外れて一年間いなくなったの? ドラガードがいなかったら、あのままお別れするつもりだった?」
「……」
ロイは黙ってしまったが、しばらくして少し言いにくそうに口を開いた。
「ドラガードがいなかったら……正直わかりません……修行が順調だったのもドラガードのおかげですので……ですが、俺はサクラさんの事をお慕いしてましたから……お別れかそうでないかは、色々と考えてしまった事は事実です」
「色々って?」
「……サクラさんから離れれば、溢れ出そうな俺の欲求や気持ちがなくなるかもしれない、とか……いや……ですが護衛を外れた時はサクラさんを守れなかった自分が許せなかったという事の方が大きかったですが……あとは誘拐事件の時に自分とボスとの差を痛感したと言いますか……」
ロイは恥ずかしいのかブクブクとプールに沈み消えそうになっている。
アルさんと比べたら誰も対等になんてなれないから……それはしたら駄目だ、アルさんは異次元なの。
「……アルさんとの差、ねぇ……それで、離れて気持ちは少しは無くなったの? それとも、ドラガードのせいで無理だった?」
「ドラガードは関係なく……無理でしたね……そもそもがサクラさんを護れるチカラを身につけたくて修行に出たので、いつかまた……護衛としてサクラさんのお側に戻れたらそれで、と……」
本当にロイは……欲が無い。
仕事柄なのか、ロイはたまに自分を影で生きてる人間みたいな言い方をする時がある。
それはロイが過去に、お役目として暗殺忍者なんかもこなしていた事が理由かもしれないが、あちらは特殊な世界だし、暗殺忍者は必要かと言われれば必要だと思う。
むしろ、少し違うが死刑執行人のように、幼い頃によくあんな嫌な役目をしてくれていたとすら、私は思っている。そして、それをやらせていたアルさんにも聞いたときは少しビックリした。
「ロイって最初、本当にちょっと変わった適当な感じの少年だったよね……私、末っ子だから弟がいたらこんななのかな、とか一人で考えててさ、でも……ロイに護衛を外れるって言われたあの時、初めて気付いたんだ、私……」
「っ何に気付いたのですか?」
(珍しくグイグイくるな、ロイ……)
「ロイは可愛い弟なんかじゃなくて、私の事を本気で護ろうって心から思ってくれてた人なんだって……私はロイがいてくれたからずっとポンコツなのに無事でいられたんだって……だから、ロイがいなくなるなんて事を、私は受け入れられなくて……しばらく泣いて引きこもってた」
最初は自分に護衛だなんて、と思っていた私だったが、帝国じゃないが、意外と私は鉄壁のランドラー公爵の唯一の弱点として、あちこちから狙われてた。
街に出れば後をつけられたり、何度か連れ去り紛いな事があったりなかったり……
その度にロイは喜々として、『奥様、今日はダルマさんがころんだです』、『奥様、今日は鬼ごっこしましょう』、『奥様、今日はかくれんぼです』と言って私を怖がらせないように、対処し護ってくれていた。
ちなみに遊びの名前と方法は、暇すぎてする事がなかった時に、ロイと一緒に遊ぶために私が教えた。
「その時の事は……ドラガードとスヴェン先輩から少し聞きました」
ロイは何かを思い出しているのか、少し嬉しそうな顔をしている……可愛い奴め。
「スヴェンはコーチだから別として、私、ロイ以外の護衛はいらないっ! ってアルさんにも怒鳴ったんだよ? だから、自分の身は自分で守れるように魔法も体術も、色々と頑張ったの」
「……」
「やっとスヴェンコーチからも卒業できて……よし、これでロイがいなくても大丈夫だ! って意気込んだら……わりとすぐにロイが戻って来たの」
「……すみません」
バツが悪そうにするロイだったが、私は浮き輪の上からロイの頬に手を伸ばし触れる。
「ロイが戻ってきたあの日、私の護衛に戻ってくれるってわかった時さ、私がどんな気持ちだったか当ててみて?」
「……ったく、今更戻って来やがって、私はもう護衛なんていらねぇし……とかですか?」
ロイの中で私はそんなキャラなのだろうか……ちょっとショック。
「ぶーっ……正解はね……」
「……正解は?」
よし、少し意地悪をしてやろう。
「……秘密です」
「っ!」
(にししし……ロイの真似だよん)
するとロイはニヤリと笑い、浮き輪に乗る私の上に体重をかけ、私の口にチュッとキスをした。
それだけならば良かったのだが、ロイが体重をかけたせいで、私は浮き輪ごとひっくり返ってプールにドボンと落ちてしまう。
それも計算のうちとばかりに、水中まで追いかけてきたロイが、再び私にキスをしてくる。
(この野郎! ロイめっ! )
プハッ! っと水面に顔を出した私は、ニコニコしているロイを睨むも、つい口元が緩んでしまう。
(ったく……水も滴るいい男め……怒る気なくすぜっ)
「もう、絶対に秘密を貫くから! 教えてあげないからね!」
「……えー、サクラさん教えてください」
こうして、私とロイの平和なバカップルぶりは続く……。
○○●●
その後も順調に旅は進み、ゴール地点であるバンクーバーで船を乗り換えた私達は、バンクーバーの街を探訪し、その後飛行機で日本へと戻った。
「おかえりサクラちゃん、ロイくん!」
「ただいまっダディー!」
「只今戻りましたお父上」
私は空港に迎えに来てくれていたダディに抱きつく。
帰りの車中、ダディは娘夫婦のお迎えの夢が叶った、とまた喜んでいた。我が父ながら、可愛い奴め。
最初はわいわいとおしゃべりしていたが、フライトで疲れていた私は、ロイにもたれかかり移動中に一人で眠ってしまった。
○○●●
(ロイ視点)
「お父上、ありがとうございました、本当に素晴らしい旅になりました」
「いいんだよ、サクラちゃんの顔を見たらわかる、楽しかったようで良かった、ありがとうねロイくん……幸せそうな寝顔だ」
「……ええ、本当に……」
本当に俺にとっても夢のように幸せな時間だった。
「君達は複雑な関係のようだったから少し心配だったけど、杞憂だったね」
「確かにそうですね……私もつい護衛の気分になったりもする瞬間もありましたが……サクラさんが自然体でいてくださったので……とても幸せで楽しかったです」
「それは良かった……(チラッ)……ロイくん、例の件だけど……」
お父上がミラー越しにサクラさんが眠っていることを確認し、慎重に言葉を選ぶ。
「……はい」
「守備は上々だよ」
「……ありがとうございます、私の方も話しをつけてきました、このまま予定どおりに……」
「オッケー」
「ご協力、感謝いたします」
「なに、むしろ我々がロイくんに感謝したいくらいだよ」
サクラさんのお父上はじめ、ご家族の皆さんは異世界人である俺に、とても親切で自然でいてくださる。魔法を使えば喜ばれ、感謝され、また頼ってくれる。ご家族全員がサクラさんっといった感じがし、凄く安心してしまう。
俺は生家であるオハラウッド伯爵家とは疎遠だ……家族の中で俺だけが突出した魔力を持ち、習ってもいないのに魔法が使えた俺は、兄弟から疎まれ両親からは不気味がられた。
俺の扱いに困った父親が俺をボスに紹介し、そこで初めて俺はボスから自分の魔法にセンスがある、と誉められ、すぐにボスを好きになり、今でもずっと尊敬している。
その後は国の魔法軍ではなく、訳ありの人間やずば抜けて優秀な魔法の使い手が所属するドラリトアの諜報員として訓練の訓練を受け、俺は頭角を現した……暗殺者として。
そんな俺が、太陽や月のように周囲を照らし癒す存在であるサクラさんの隣にいることが、はたして許されるのかどうか、葛藤した時期もあった。
そんな俺の存在を許し、求めてくださったのは誰でもない、サクラさんだ。そして加えてサクラさんの頼もしい旦那様方だ。
感謝してもしきれない。
親の愛情を知らない俺が愛し子の父親? そんなのとんでもない、と初めは思ったが、サクラさんと一緒なら出来るかもしれない。
俺はサクラさんを愛することが出来たのだから、サクラさんとの子供だって同じように愛せるはずだ。
事実、俺は今、サクラさんの生んだ子7男2女、全員の子育てに携わった事で、全員を自分の子供のように大切に思っている。
俺はもう怖がったりしない、愛し子の父親でもなんでもなって見せる。世界一幸せな愛し子にしてみせる。
竜神の愛し子? 違う、俺とサクラさんの子は俺とサクラさんの愛し子だ。
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※この作品はムーンライトノベルズ様にも掲載しております。
※以前投稿していたものに、大幅加筆修正しております。
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