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第二章 異世界転移の意味
38 ロータドラス
しおりを挟む3月上旬のある日、伝次郎ファミリーは定期検診のために一家でドランティスのログハウスに来ていた。
ジェフリーさんとマッサンで伝次郎ジュニアもといチビーズの診察をしてくれ、クラウスさんはチビーズの愛くるしさにデレデレしながら診察のアシスタントをしてくれている。
「ねぇねぇマッサン、こっちで桜って見たことある?」
私は異世界の先輩であるマッサンに尋ねてみた。
この世界にも季節があり、今は丁度春をむかえている。
私は昔から自分の名前にもなっている桜が大好きだ。
パリピな私のお父さんは、必ず毎年盛大に花見パーティーを催しており、いい具合にお酒が入るとその度に私に向かって、お前の名前の由来はな、っと語るのが恒例となっていた。毎年の事であったため、家族中がまた始まったとなっているのだが、私はお父さんが嬉しそうに私の名前の由来を語るその姿が大好きだった。
「んー、桜なら今俺の目の前に綺麗なのが咲いてるけど」
「……」
おやじギャグやめてほしいです。今はそういうの求めてません。
「薄いピンク色の小さな花の集合した、春に満開になる木の事です」
私は真顔でマッサンのオヤジギャグにスルーを決め込む。
「……わかってるよ、ちょっと俺も今のオヤジっぽかったなって思ってたんだからそんな顔で見ないで……っでも桜かぁ……どっかで見たかなぁ……」
「ん? 春にピンク色の小さな花の沢山咲く木なら、ロータドラスにあるぞ」
私達の話を聞いていたジェフリーさんがなんて名前の木だったかなぁ、と言いながらも有力情報をもたらしてくれた。
「ロイ少年、ロータドラスってお米の国だよね?」
「そうっすね」
私はジェフリーさんにその木についてもう少し詳しく聞いてみたが、聞けば聞くほどに桜の木にしか思えない。しかも、丁度そろそろ咲き始める頃だと言うではないか。
「ロイ少年、早速だがロータドラスまで行くぞ、まずはその木をこの目で確かめてみる必要がある、本当に桜の木なら、満開になる頃に皆でお花見に行くのだ!」
「御意」
私達はもう少し時間がかかるという伝次郎ファミリーの検診の時間を使って、ロータドラスの街に転移したのだった。
「おぉ……ここがお米の国、ロータドラス王国?」
「お米の国ではないですけどね、この国はどの国よりも自然豊かで食物の種類が豊富なんすよ、品種改良の技術で言えばどの国よりもずば抜けてますね、なので野菜やフルーツ、小麦なんかも、ロータドラス産の物は美味いですよ」
ロイ少年がガイドのように素晴らしい説明をしてくれた。正直そういうの期待していなかったが、ガイドまで出来ちゃう護衛だったとは……恐れ入ったぞロイ少年。
「ちなみにこの国は代々女王陛下が君臨しているんすよ、そのせいかはわかりませんが、美容と健康に関してはとてつもないこだわりが強い国っす、今は、なんて言ったっけな……美容にいいスーパーフルーツ……それの生産にチカラを入れているらしいっす」
それってまさか……お姉ちゃんが飲んでいたアレだろうか……きっとそうだ、あれだ……濃いオレンジ色のアレだな。
「奥様も美容にいいそのフルーツが気になるなら、自分が今度ジュースをお持ちしますよ」
ロイ少年はにっこり笑顔で私にスーパーフルーツの営業をかける。美少年に営業されたらさ、ついつい買ってしまうよね。
「……そうだな、今度お願いしようかな」
私にもいっちょ前にいつまでも若く美しくいたいという気持ちくらいはあるのだ。
私はロータドラスの城下の商店街を徘徊し、アレコレ気になるものを手に取っては頭の中に記憶した。ロイ少年が言っていたように、この世界ではあまり見かけない食物や香辛料が沢山あるようだ。
……さて、本来の目的である桜の木はどこだ?
「すみません、春にピンク色の花が咲く木はどこに行けば見れますか?」
私は、近くのお店にいた優しそうな店員さんに尋ねてみることに。
店員さんはすぐに私の問いかけの意味を理解してくれ、キルシュバオムならこの先の河川敷に沢山あるわよ、と教えてくれた。つまり、それほどにここロータドラスではその花がメジャーなのだろう。
キルシュバオム……ドイツ語でいう所の桜の木という意味だったはずである。
私達は言われたとおり、商店街を抜けた先にある河川敷に行ってみた。
「あった……」
間違いない、これは桜の木だ。懐かしい、私の名前の木。
アルさんに教えれば、取り寄せてお屋敷の庭に植えてくれるかもしれない。帰ったら、早速話してみよう。
私は一本の木に向かって『ババブア』と唱えた。
すると、蕾がほんの少し開きかけ、すかさずもう一度唱えると、六分咲程まで咲いたのだった。
間違いない、花もちゃんと桜である。
「ロイ少年、少し思い出した記憶の中では、私の故郷でこの木は私の名前と同じ名前の木だったんだ」
「……ウィルヘルミーナ・サクラ、ですか?」
「サクラの方、アルさんだけが呼んでいい私の本当のファーストネーム……」
ロイ少年は、本当のファーストネーム? と、不思議がっていたが、面倒だったのでスルーする。
見た所、この河川敷にはズラっと沢山の桜の木が植えられているようだ。全部が見頃になればさぞかし綺麗なのだろう。
と、その時だった。
「すみません、失礼ですがランドラー公爵夫人では?」
黒髪の私達を見て声をかけてきたであろうその人物は、シルクのように細くなめらかなダークグリーンの長い髪を一つに束ね肩に乗せて前に流し、青白いともいえる程の白い肌の色に、たれ目がちで幅の広い二重瞼、琥珀のような温かみのある黄色い瞳を丸い眼鏡で隠した知的な印象の壮年男性だった。
なんでそんな詳細に語れるかって? そのくらいその人物がめっちゃ近くにいるからである。
なんだろうこのゼロ距離感は……パーソナルスペース完全無視だ。目が悪いのだろうか……
何だ、不法入国したのがばれたか? いや、この世界はそもそも入国審査なんか無いよね?
私と男性の間には、私を庇うようにロイ少年が立ちはだかっている。ロイ少年の影から、チラリと男性を確認すると、どっかで見たことあるような気がしたため、私は記憶の引き出しを片っ端から開けてこの人物を探し出す。
あ、見つけた!
「い、いかにも……私はランドラーの妻です、失礼ですが貴方様はケイマン公爵様でいらっしゃいましたか?」
「なんと! 一度もきちんとご挨拶ができておりませんでしたが、私の事をご存知でいらっしゃいましたか、光栄にございます」
あ……そうだった。私この人と会った時はアジアンビューティーになってたんだった。
でもなんでこの人こそ私の事を知ってるんだろう? 挨拶した事もないのに……。
この人は、一番初めのクライドラー公爵様の屋敷での会議にいたロータドラス王国のケイマン公爵様だ。ゲスター執事情報によれば、ロータドラスの王配のお兄さんだったはず……。
「ああ、すみません、何故私が夫人を知っていて、失礼にもお声をかけさせて頂いたか、ですよね」
まずい、不審に思っていた事がバレていたようだ。顔に出やすいこの性格はどうにかせねば。
ケイマン公爵は、ドラクロアに帝国の特使が着た際に開かれた会議……私が開始前に号泣したあの会議に参加していたらしい。
ついでに言えば、私とアルさんの結婚式にも来てくれていたが、急用が入り挙式だけ参列し、挨拶も出来ずに帰る事になってしまったそうだ。
いつか私に会う機会があれば、ロータドラスの米を輸入してくれたお礼を言いたかったのだという。
(まぁ、私のおかげでドラリトア竜王国とドランティス公国と二カ国と取引始まったんだもんね)
「こちらこそロータドラス産のお米にはとてもお世話になっております、それに、ドラリトアへの稲作指導の方々の派遣につきましても、感謝しておりました、引き続きよろしくお願いします」
私は当たり障りない言葉を交わし、その場から去ろうとした、のだが、ケイマン公爵は言葉巧みに私を誘導しあれよあれよと何故かケイマン公爵邸に連れてこられてしまった。
え? チョロすぎだろって? ……いや、美形なオジサマはお上手なんです、断れないってばよ。
ロイ少年は空きあらば、今すぐ帰りましょう、と言うが、会話の中でケイマン公爵が口にした粘度の高い米の品種改良に成功した、というものが気になり、ついつい着いてきてしまったのである。
だってそれ、もち米でしょ、お餅が作れるかもしれないじゃない。お餅好きなんだよ私。
「父上! またフラフラと! 一体どちらへ行かれていたのですか! っと……そちらは?」
ケイマン公爵邸のエントランスでお出迎えを受けているところで突如現れたのは、ケイマン公爵の息子であろう男性だった。ケイマン公爵にそっくりである……少し違うと言えば眼鏡がない事と、健康的な肌に立派な体躯をしている所くらいだ。騎士なのだろうか、腰に剣を下げている。
「ヴォルフ、来ていたのか、ご挨拶しなさい、こちらはドラリトア竜王国のランドラー公爵夫人だ、夫人、私の息子です」
「はじめまして美しい人、自分はヴォルフガング・エルンスト・ケイマン、この国の騎士団の団長をしております、どうぞヴォルフとお呼びください」
ヴォルフさんはそう言って、私の手の甲にキスをした。
でたな、騎士団長! 騎士団長と言えばクリスマスカラーである。ドラクロアの騎士団長は赤髪に白騎士服だけどこっちの団長は緑髪に赤騎士服か。やっぱりクリスマスカラーだ。
「はじめまして、ウィルヘルミーナ・サクラ・クーパー・ランドラー・ドランティスと申します、本日はお招き頂きありがとうございます」
「クーパー、ランドラー、ドランティス……残念だ、既に三人目の夫をお持ちなのですね……」
クーパーは私の旧姓だ。アルさんとの入籍時に残したいと言ったら、あっさり許可されたのでそのまま残しているだけである。
「いえ、クーパーは旧姓ですので夫は二人です」
誤解させておいてもいいが、本当に三人目の夫を決めた時におかしな事になると面倒なので一応正しておく。
「なんと、では私にもまだチャンスはあるのですね、是非とも貴方様の三人目の夫候補に立候補させて頂きたい」
え、何この人自分の父親の前で初対面の女口説いてんの、恥ずかしくないのか?
「こらヴォルフ、夫人がお困りだろう止しなさい」
そうだ、もっと言ってやれ。ついでにきちんと教育し直してくれ。他人の妻を水が流れるがごとく口説くな、とね。
「後ほど私からきちんとお願いしてみるから……お前の用事は何だ?」
え、きちんとお願い、とは……? お見合い話しでしょうか? アルさんを通してくださいね、断るけどさ……この親にしてこの子ありという事だった。
「そうだ、父上、王女様が急にキルシュバオム祭りに参加したいとおっしゃったんだ、急で悪いが席を確保してもらいたい」
キルシュバオム祭り……祭り? つまり……桜祭り? えーいいなぁ、私も皆で参加したい。
「王女様が? ……わかった、用意しておこう、用事はそれだけか?」
ヴォルフ騎士団長の用事はそれだけだったらしい。どうやらそのキルシュバオム祭りは大変人気でいい席はすぐに埋まってしまうようだ。ケイマン公爵様は祭りの主催者兼スポンサーなのだと言う。
「そうだ、ランドラー公爵夫人もいかがですかな? 我が国のキルシュバオムは大変素晴らしいですよ、先程眺めていらっしゃいましたよね、このまま天気が続けばおそらくは5日後には開催となる予定です」
その言葉を待っていたよケイマン公爵!
「よろしいのですか? 是非、お言葉に甘えさせて頂きたいです」
アルさんもサイモンも忙しそうだから無理だろうから、ロイ少年とマッサンでも誘おうかなぁ。
「すみませんが連れを一人とこの護衛と私の3名でお願い出来ますか?」
ケイマン公爵様は心良く引き受けてくれた。
「失礼ですがお連れ様はまさかランドラー公爵様でしょうか?」
ヴォルフ騎士団長が食い気味に聞いてきた。
「いいえ、夫は忙しいので別の方と……」
ではドランティス大公か、となかなかにしつこい。誰だっていいだろうが。この調子だと誰とくるか言うまで聞いてきそうだ。
「ドランティス公国の知人と来ようかと思っております」
……まだ本人には聞いてないけどね、戻ったら聞いてみよう。
「ドランティス公国の知人……」
誰だ、と言ったような表情をする騎士団長。なんだよ、なんか文句あんのか?
私は移動も転移魔法で目立たないようにするし護衛もいるから警護も不要だと伝え、頼むから仰々しい待遇はやめてくれとお願いし、なんとかしぶしぶ了承してもらうことが出来た。
結局、そんな話しをしていたら時間がなくなってしまったので、もち米の話はまた今度にしてもらい、私達はそそくさとドランティスに戻ってきたのだった。
○○●○
待ちに待ったキルシュバオム祭り当日。
今日のために侍女さんにわがままを言って町娘風の格好を用意してもらった。
「祭りは今日だったか、私が行けたらよかったんだがすまない……」
アルさんが申し訳無さそうに言う。
「残念だけど仕方ないよ、キルシュバオム輸入してくれるんでしょ?」
そう、アルさんに桜の木の話をしたらすぐに庭に植えると言い、輸入の手配をしてくれたのだ。なので、数年後にはここの庭でお花見が出来るだろう。またケイマン公爵にお礼を言われてしまいそうだ。
「ケイマン公爵によろしく伝えてくれ、彼はなかなか紳士的な方だから、息子はアレだが……ロイ、しっかり守ってやってくれ」
「御意」
「お土産も買ってくるね! 行ってきます!」
アルさんに行ってきますのキスをして、私はロイ少年と共にマッサンを迎えに行った。
○●○●
「マッサンお待たせ~」
「ウィーちゃん! 今日は随分可愛らしい格好だね、似合うよ」
さり気ない気遣いがやはりお兄ちゃん属性である。
「ありがとマッサン! では、行きますか! ロイ少年行っちゃって下さい!」
「御意」
私達は桜並木のあった河川敷に直接転移したため、すぐに満開の桜が目に入ってきた。
沢山の屋台と訪れた人々でロータドラスの街は先日来た時よりもとても賑わいを見せている。
……異世界でこんな綺麗な満開の桜が見れるなんて思っても見なかった、感無量である。
「綺麗だね、ロータドラスすらもすでに懐かしい気がするけど、桜なんて日本に住んでた子供の頃以来かも」
そうか、マッサンは最初ロータドラスに転移してきたって言ってたな。
「ウィーちゃん、今日はデートだと思っていいのかな?」
「え、ロイ少年もいるのにデートじゃないよ、今日は仲良し黒髪三人兄妹にしか見えないんじゃないかな!」
「「……」」
え、何か? お兄ちゃんと弟の二人が冷たい目でこちらを見ている。
少し歩くと花見席への入場口があり、そこでランドラーですと名乗ると、すぐにケイマン公爵が確保してくれたらしい個室というかコの字形に区切られた1スペースに案内された。
キルシュバオムの木がよく見えるようになのか、天井と正面の壁が無く、両サイドと後ろに壁と扉がある造りで、中にはテーブルとソファーがあり、周りを気にせずプライベートな空間でお花見ができそうなしくみである。
食べ物や飲み物は部屋でオーダーもできるし、屋台で買って持ち込んでもいいという。
もちろん私とマッサンは屋台一択である。
私達はすぐに屋台巡りを始めた。屋台での支払いについてお金は不要の特別フリーパスをもらったので、手ぶらでOK。実にいいシステムである。
マッサンが、はぐれると悪いから手を繋ごうと言ってきたのだが、私は手汗が気になるお年頃だからヤメておく、と断った。ロイ少年は護衛は両手が空く方がいいと言うのでもちろん繋がない。マッサン、なんだかしょんぼり。
「マッサン見て! あれ美味しそう! あ、アレも! コレも!」
「凄いな、なんか屋台のクオリティー高いね」
屋台で選んで注文した時に割り当てられた部屋の区画番号を伝えると、後でできたてを届けてもらえるそうだ。これまた素晴らしいシステムである。
私は甘いものとしょっぱいものとを数種類ずつ注文して、最後に部屋でお酒をオーダーした。
部屋に戻って、宴会のスタートである。
「ではマッサン、ロイ少年、キルシュバオムにかんぱーい!」
乾杯したあと、ロイ少年は周りを調べてくると言って出ていってしまい、結局私とマッサンの二人になってしまったのだが、私とマッサンは地球トークが出来るので問題ない。何時間だって話していられるのだ。
綺麗な桜に美味しい食べ物と美味しいお酒、楽しい地球トークに盛り上がる事二時間。ほろ酔い気味の私は、一人お手洗いへと向かう。
いつものようにロイ少年がついてきてくれているとばかり思って周囲なんて気にもしていなかった私は、やらかしてしまうのだった。
○○●●
(……えっと……なにがどうなっちゃった感じ? )
私は今、目隠しをされ、両手を後ろで縛られ、横たわっている。
ザ、誘拐。
(むむむ……私とわかっての誘拐かな、それとも適当に運悪く誘拐されちゃっただけかな)
後者であれば、犯人は大変気の毒である。
ロイ少年しかり、アルさんの耳に入りでもすれば命はないだろう。
だがしかし、多少酔ってはいたが、どうして誘拐された時の記憶がないのだろうか……タイマンなら負ける気がしないのだが、ヤバい薬か何かを嗅がされたとかってやつかもしれない。
「おい、目が覚めたか?」
「……」
知らないオッサンの声が聞こえてきた直後、キャッという女性の小さな悲鳴が上がった。
(え、私以外にも女性がいるの? つまり、ただの人攫い? ……私がランドラー公爵夫人だと知っての誘拐じゃないわけか……)
今ごろアルさんの耳に入ってるだろうか。
アルさんは私の事が大好きだから何するかわからない……ロイ少年もマッサンも叱られないといいが。
「あの……悪い事は言わないので、私達を開放したほうが貴方のためですよ」
「ああ? オメーは何様だ、黙ってろ」
忠告はしましたよ私、ご愁傷様です……ではもう私は黙っていますとも。
それにしたって私は今、どこにいるのだろうか、どのくらいの時間気を失っていたかわからないが、乗り物に乗っている様子はない、そう遠くではないだろう。
こういう時、なんでもかんでも日本語に聞こえるのは不便だ、犯人がどこの国の言葉を話しているだとかヒントがまったく無い。
人攫いってことは……人身売買かな……まさか私ってば奴隷落ち? でもそうだとすれば、私達は大事な商品だろうからすぐには乱暴されたりはしないだろう。
祭りで人がごった返している時を狙って誘拐するなんて、こりゃ常習犯だな。
「おら、一人ずつ立て!」
一人ずつと言われても、目隠しされているのでわからない……と思っていたら、私の腕が乱暴に掴まれ、引っ張り立たされた。
「いったいなもう! 暴力反対!」
「さっきからうるせえ女だな、黙ってろ!」
「……」
ムカつく……目隠しさえなければ絞めてやるのに。
私は引きずられるようにどこかに連れて行かれ、私に黙ってろと言っていた誘拐犯の男の声とは違う数人の声が聞こえたかと思うと、誘拐犯達は部屋を出ていったのか突然周囲が静かになった。
そして……数分後。
「まいどっ」
誘拐犯の機嫌の良さそうな声が聞こえてきた。
(まいどって……やっぱり人身売買だったんだ)
それから私と他数名は何か乗り物に乗せられ、どこかに移動し始めたようだが、アルさんという頼もしいヒーローの存在に安心しきっていた私は呑気にも移動中に居眠りをしてしまう。
(すぐにアルさんが見つけて迎えに来てくれるだろうから、なんとか無傷で生き延びなきゃね)
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