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44 兄にごまをすってみる
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「イヴリン! 見てくれ! ノワールが、俺にくれるって! 初めてみたよ! 解体処理前のモウモウだ!」
テオ義兄さんはノワールからの貢ぎ物に大興奮だ。
その日、俺はテオ義兄さんが来ると聞き、朝からノワールにモウモウを狩りに行かせた。
モウモウとは、トントンとはまた違う、肉が美味い獣のことで、その個体の大きさが肉の旨さに比例する。今日ノワールが狩ってきたのは五トンを超える超大物だ。
ノワールは外傷無く獲物を狩る事ができるため、超高級食材であるモウモウを、料理人にって最高の状態で提供する事が出来る。
「アギット君、いやぁ~君のパートナーは最高に気が利くね! イヴリン、今日はモウモウのステーキにしようか!」
「いいですわね。兄様っ、私、ソースはあの酸味の強いサッパリしたものがいいですわっ」
「あれか、わかったわかった! そうしよっか!」
うん、いい……仲のいい見目麗しい兄妹は見ていて気持ちがホッコリする。
「よーし、なら、俺が華麗に捌いてやろう。」
……なんでいるんだ、おっさん。しかもこの巨大なモウモウを捌けるとか、一体何者なんだよあんた。
最近、仕事が暇になったと言い、大家さんがちょくちょく顔を見せるようになった。
ちょっと目を離すと、すぐに俺のイヴリンを誘惑するので気が気じゃない。
「……アギット様、ありがとうございます。兄様があんなに喜んでいて、私も嬉しいです。」
「イヴリン! (ギュッ)……」
可愛い……テオ義兄さんに関しては、イヴリンは凄く素直なんだよな……。いいな、義兄さんはこんなに愛されてて……。
「あ! アギット君、イヴリンに何しているんだ! イエローカードだぞ! 君のステーキソースは激辛にするからな!」
……何故? ぐすん……。
テオ義兄さんも、初めこそ大家さんを怪しんでいたが、最近では、大家さんのイケオジっぷりに絆され始めている気がする。
今だって、華麗な解体ショーを楽しんでいるし。
俺だって、別にイヴリンを独り占めしようとは思ってないがシェアしたいわけでもない。
そもそも、大家さんの目的は何なんだ。
イヴリンが“可愛いからやらん”、としか言ってなかったが、可愛いから、何なんだよ。大家さんは、イヴリンを好きなのか? それとも、身体が目当てなのか?
後者なら許さんが、好きだと言うならライバルとして認めてやらん事もない。
イヴリンは“結婚しない”と言っているから、俺ももうそれは諦めたけど、子供は欲しいんだよな……。
イヴリンと俺の子、絶対可愛いはず……。
「おい、鼻の下伸びてんぞ。エロい事考えてんなよ。」
……ッチ。大家さんめ。
「違いますよ、イヴリンと俺の子供、可愛いだろうな、って……勝手に幸せな妄想してたんです。」
「嘘! まだリベンジも成功してないのに、もう子供の妄想?! ……おじさん、びっくり……ポジティブだな、お前。」
「……。」
俺は、妄想すら許してはもらえないのか?
「……イヴリィーン! 大家さんが虐める! (ギュッ)」
どさくさに紛れて俺はイヴリンに抱きつく。
「……アギット君! イエローカードだぞ! あと一枚で退場だからね! 激辛増々にするからね!」
……だから、何故? ……ぐすん……。
結局、その日は皆で庭でバーベキューをした。
モウモウの肉はやっぱり美味くて、でもあれはテオ義兄さんの調理の腕がいいからだろう……。イヴリンも美味しそうに食べてたし、あの顔を見れただけで俺は幸せだ。
食事を終えると、テオ義兄さんは、モウモウの肉を店で加工しないと、と言って、ウキウキしながら帰って行った。
残った俺達三人は酒を飲みながら、少しづつ後片付けをしていたのだが、俺はテオ義兄さんが帰るという珍しい状況に、チャンスを見出した。
「イヴリン、俺、今日泊まってもいい? テオ義兄さんも帰っちゃってイヴリン寂しいだろ?」
「え? ……酔ってますの? 兄様がいない夜なんてほとんど毎日ですわ。」
正論で返されてしまった。さてどうする俺。
「……そうかも、俺、酔ったかな? ドラゴンの酔っぱらい運転は駄目だからさ……お願い、イヴリン……。」
嘘です。酔ってません。ノワールとつながってから、なぜか俺はザルになってしまったのだ。
そもそも、ドラゴンの飲酒運転の禁止なんて、聞いた事ありません。ドラゴンに乗れるのなんて、俺達だけなのでそんな上空交通法のような決まりすら存在すらしません。
しかし、ラッキーなことに、イヴリンは信じた。
「……なら仕方ありませんわね、フリードリヒ様から頂いたベッドもありますし、いいですわよ。」
ベッドが無かったら駄目だったのだろうか……。フリード兄さん、どうして二つもベッドあげたんだよ! テオ義兄さんの分だけで良かっただろ!
「大家さんは、今日帰りますよね? 貴方はポータルでドアトゥドアですもんね!」
帰れ! 帰るんだ! 帰ると言え!
「……しょうがねぇな、アギットもいい加減リベンジ成功しないと可哀想だからな……子供の妄想までするくらいヤバいみたいだしな。」
二言多いです。でも帰ってくださるようなので、ありがとうございます。
「イヴリン、じゃぁな、アギットに壊されんなよ? おやすみ(チュッ)」
「あ! 何、自然にキスしてるんですか!」
大家さんは、流れるような動作でかっこよくスマートにイヴリンにキスをして去っていった。いちいちかっこいいんだよな、あの人……本当に、何者なんだよ。
だが、よし、邪魔者はいなくなった。
「イヴリン、お風呂入って来ていいよ、あとここは俺が片付けるから。」
「ありがとうございます、精霊達にも頼んでおきましたので、ほどほどで結構ですわ。」
「うん!」
よし。
イヴリンがお風呂から出て、俺もすぐに入った。そして超最速で出た。イヴリンが寝たら困るからな!
幸い、俺が風呂から出ると、イヴリンは一人、ダイニングでお酒を飲んでいた。この国では18歳から飲酒が許されている。
「珍しいね、飲んでるなんて。」
バーベキューの時は、男性陣だけ飲んで、イヴリンは食べる専門だった事を思い出した。
「私もたまに夜寝る前に飲んでますのよ?」
そうだったのか。寝る前に酒を飲むなんて……イヴリン、眠れないのかな?
「……なんだか、私にこんな幸せな日々が、やってくるなんて未だに信じられなくて……たまに一人でひたってますの。」
「……またそんな事言って。イヴリンだって当たり前に普通に幸せになれるよ。……俺も一杯いい?」
俺は自分でグラスを持ってくると、イヴリンは飲んでいたお酒をついでくれた。
……二人で晩酌……いいねぇ。
「ねぇイヴリン、覚えてる? 俺と一緒にアレクの結婚式に行った時の事。」
「そこまで耄碌してませんわ。覚えてます。」
あの日、イヴリンは花嫁がバージンロードを歩いている時、その姿をじっと見つめたまま、涙を流していた。
「どうして、花嫁さんの入場で泣いてたの?」
「……。」
答えてくれないかな?
「……とても……美しかったからです……あんなに美しいのに、この女性は、これから幸せになるのか、それとも不幸になるのか……それを考えたら、同情心から涙がでました。」
え?! そうだったの!? そんなシュールな感じだったの?!
「俺、てっきり、自分に重ねて感動したんだとばっかり……。」
「……ふふっ、私がそんな感受性豊かに……感情移入するような人間だと思いますか?」
イヴリンが笑った。かわっ……可愛い。言ってることはなかなかパンチがあるけど。
「人並みにするんだと思ってたよ。……ねぇイヴリン……もし俺が、結婚はしなくてもいいから、一緒にドレスを着て式を挙げて、一緒に生活して、一緒に子供を育てたい、ってお願いしたら、どうする?」
「それはもはや結婚ですわ。」
「違うよ違う! 全然違う! 俺はイヴリンの夫を名乗らないし、イヴリンも俺の奥さんだと思わなくていいんだ! ただ、子供のパパとママなだけ。」
「子供になんて説明しますの? パパとママは他人です、って?」
「……事情があって夫婦じゃないけど、パパはママを愛してるよって……。」
「……“パパ、それは屁理屈ですわ”って言われますわよ。」
……いい。子供が女の子ならイヴリンみたいなクールなおませちゃんでも可愛いかも……。
「アギット様、結婚して子供が欲しいなら、ちゃんと結婚してくださいませ。私のような快楽主義者に付き合っている時間はもったいないですわ。」
「か、快楽主義者? なの? イヴリン……。」
「たぶん、いずれそうなると思いますわ……。だって、アギット様に触れられればアギット様を求め、ギルバート様に触れられれば、ギルバート様を求め……これって、違うかしら? ただの淫乱?」
うーん……違うとも言い切れないが、雰囲気に流されやすいだけな気もするし……いやむしろ……。
「それはさ、俺と、大家さんの事が“好き”だから、って事はないの?」
「“好き”? 好きとは、相手を想うと胸が苦しくなって、毎日顔が見たくなって、自分だけを見て欲しくなって……ってやつですわよね? ……違いますもの。」
俺はまさに、君に対してそうです。
でもそっか違うのか……ぐすん。
「……でも、アギット様もギルバート様も、テオ兄様の次に大切な方々ですわ……今日のように皆で食卓を囲み、今みたいに一緒にお酒を飲んで、おしゃべりができて、家族のようでとても幸せですもの……失いたくないですわ……。」
「イヴリン……。」
もしかしたら、イヴリンは快楽主義者どころか、“無欲”なんじゃないか?
自分は幸せになれない、と思い込むがあまりに……。
「イヴリン、俺はずっと君の側にいるよ。」
「……ふふ、そんな事を言って、いずれ可愛らしいお嫁さんを貰って、子供が産まれて、私の事なんて思い出しもしないんですのよ、きっと。」
「嘘じゃない。俺は、イヴリン以外の女性と結婚するくらいなら、一生独身でイヴリンの側にいる。君が許してくれるならね。いや、許してくれなくても、イヴリンが独身でいる限り、一生口説き続けるよ。」
もう、この堂々巡りも終わりにして、試しに俺を受け入れてくれたらいいんだけど……。
「……アギット様、なんだか、意地になってませんこと? 最終的な目的はなんですの?」
「だから、俺はイヴリンと一緒にいたいんだって。毎日君の顔をみて、くだらない話をして、笑ったり泣いたり喧嘩したり……子育てしたり……そんな生活がしたいんだ。」
「……。」
「……。」
「そうですか……そんなおとぎ話の幸せ家族みたいな事が実現すれば、とても幸せそうですね……。アギット様、私は結婚はしません、でも……お好きになさってください。」
……え?
「イヴリン、それって……どういう意味?」
「ですから、お好きにどうぞ。毎日私の顔を見て頂いて構いませんし、くだらない話も……笑いますし泣きますわ。」
待って待って……それって……。
「こ、子供は?!」
「子供は……私もいつかは産めたらいいと考えています。エレミの血を残したいですから。」
「俺の血も混ざっていいの?!」
「子供は一人では作れませんもの。アギット様かギルバート様に子種を分けて頂けたら有り難いですわ。」
「俺が! 子種なら、俺がいくらでもあげるよ! いっぱい! もう、そりゃいっぱい!」
もうそれって、俺の事ウェルカムってことだよな?!
受け入れてくれたってことだよな?!
……イヴリン、酔っぱらっている様子もないし、これはもう、一歩も二歩も前進どころか、もうゴールだよな?!
「イヴリン、それじゃ、俺、好きにするね! 二言はないね?」
「ええ、お好きにどうぞ。」
「俺、めっちゃ尽くすタイプだと思う! もうね、イヴリンにいっぱい喜んで欲しいし、いっぱい楽しんで欲しいんだ! うざいとか、やっぱりなし、とか、言わないでね。」
「それはわかりませんわね……私、もう寝ます。」
「俺も! 俺も一緒に寝る!」
俺は尻尾を振って、イヴリンの後を追いかけた。
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