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40 ギルバート、オコです
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『ギルバート、ギルバート、イヴリンがムラムラ、困ってる! 頭の中、ギルバート!』
「っん゛?! っ……ゴホン……」
「……? いかがされましたか?」
「いや、なんでもない。続けてくれ。」
真面目な会議中、精霊達がぽっと現れ、とんでもないことを俺に伝えてきた。
……イヴリンがムラムラってどういうこった。
駄目だ、今は会議に集中しないと。
『ギルバート、ギルバート、イヴリン、オヤツ食べてる! いっぱい食べてる! 僕たちのオヤツ食べてる!』
「……。」
駄目だ……なんなんだ……どうしてアイツはムラムラしてオヤツ食ってんだ?
指輪外すか……。今は仕事中だ。
しかし俺は、そのまま仕事に忙殺され、指輪を外したまま一日過ごし、指輪のことを思い出したのは、仕事を終えた夜中の事で、その時には精霊達の話もすっかり忘れて、そのまま眠ってしまったのだった。
翌朝、目が覚めると、再び精霊達が騒いでいた。
『ギルバート、ギルバート、オヤツ頂戴!』
「んぁ? オヤツぅ? ……朝からどうした? なんだ? 俺、なんか頼んでたか?」
『ギルバート、森のおうち来ない! オヤツ頂戴!』
ちょっと意味が分からん。
「仕事が忙しいんだ。悪いな……。もうちっと寝かせてくれ……。」
アギットが目を覚ましたことは、精霊達から聞いて知っていたが、すぐに屋敷に戻ったと聞いていたし、それ以前に別に俺はアイツの顔を見に行くような関係でもない。と、思い仕事にかこつけて放っておいたのだが……。
仲間意識の強い精霊達は、それが面白くないのだろうか?
結局、俺が森の家に行けたのはそれから一週間後の事だった。
「おぉ! お前、ノワールか? でっかくなったなぁ! お前の顔を見るには首が痛いぞ。」
『クルルゥゥ』
なんだ、機嫌がいいな、今日は唸らないのか?
突然巨大化したノワールもさることながら、俺は森の空気が変わっていることに驚いた。
ノワールを恐れているのか、家の周辺にはなんの生き物の気配もなく、更には空気が澄んでいる気がする。
まるで、森が浄化されたようだ。
精霊達の数も増えている。
……一体、シュヴァルツの成長と、森とは何の関係があるんだ? こんなにも変わるものなのか?
「あら、ギルバート様、お久しぶりですわね。」
「おお、イヴリン、ずっと忙しくてな。寂しかったか?」
「……いえ、特には。」
「なんだよ、そこは嘘でもそうだって言えよな、可愛くねぇな。」
「……。」
しかし、相変わらず無表情なイヴリンの顔をみて、俺はようやく思い出した。
……そうだ、精霊たちはこいつがムラムラしてるとかどうとか言ってたな、オヤツ食われたとかなんとか……。
「イヴリン、本当に寂しくなかったのか? オヤツバク食いしてたらしいじゃねぇか。」
俺の言葉に、イヴリンが反応した。
「っ! せ、精霊達ですわね?! 嘘です、ギルバート様をからかったんですわ。」
どうやら図星のようだな、耳が赤くなっている。
「イヴリンちゃぁ~ん、おじさんが恋しくて身体がうずいちゃったのかな? ん? 困った身体になっちまったもんだなぁ。」
いつものように、からかったつもりだったのだが、イヴリンは俺を恨めしそうに睨み、ズンッと顔を近づけて言った。
「……本当ですわ、どうしてくれますの? 殿方に触れられると、身体がうずいて、ムラムラしてしまう身体になってしまったかもしれませんわ。」
こいつの金色の瞳は、人を魅了するチカラでもあるのだろうか……この俺が、一歩引いちまう。
「……なんて、冗談ですわ。私だって、いつもからかわれっぱなしではないんですのよ。」
いや、絶対マジだったろ、今の。こいつの冗談とか、わかりづらいんだよ。
「そうか、ならいい。お前みたいのに、ところ構わず誘惑されちゃ、男の方が迷惑だからな。」
「……え、そうなんですの? 男性は、私みたいな女から誘惑されると迷惑なんですの?」
なんだ、急に食いついてきたな。
やっぱり、マジだったんじゃねぇか。
「当たり前だろ、イヴリンみたいな若くて可愛い女から誘われて、断れる男がいると思うか? 人生棒に振っても、腰振っちまうだろうよ。」
「やだ……なんだかその言い方、下品ですわ……。」
お前が言わせたんだろ。
「では、私はどこで発散したらよろしいのでしょうか?」
「発散?!」
「ええ、お兄様に聞いたら、女性は一人で出来なければ、誰かに慰めてもらうしかない、と伺いましたわ。」
おい、あの馬鹿兄貴……何考えてんだ。
イヴリンみたいなのが発情して男の前に出たら、どうなると思ってんだ。
「アギットはどうしたんだ、生き返ったんだろ?」
「もともと死んでませんわ。」
「……どっちでもいいけどよ、アギットに慰めてもらえよ。」
「……それはちょっと……。」
おいおい、アギットの奴はまだ進展してないのか?
今時の若いもんは勢いが足りん。勢いが。
「どうしてアギットはちょっと、なんだよ?」
「……アギット様は、私を好きだとおっしゃってくださいました。」
「そうだろうな、なおの事いいじゃねぇか。」
「……なおの事いけません。私のような不純な動機で、近づいてはいけない方です。」
おいおい……まさかまさかだな。男女逆かよ。
「つまり、お前は相手が自分に気があると、嫌だってか? めんどくせぇ女だな、おい。気持ちのある相手とやる方が気持ちいいに決まってんだろ?」
「……そうなのですか? ギルバート様は、ご経験がおありなのですか? 気持ちとは、双方に、ということでしょうか?」
っ……と、そうきたか。
「そりゃぁ、双方に、が一番いいだろうな。だが女は男の方に気があれば、十分良くしてもらえるだろうよ。」
「それは……フェアではありません。相手の気持ちを利用することになるではないですか。」
いい子ちゃんかよ。変なとこ真面目だな。
「……あのなぁ、男なんか利用してなんぼだろ、相手だって好きな女抱けるんだから、嬉しいに決まってんだろうが。」
「……ですが……その先が無いのに、虚しいではないですか。」
……ないのか? イヴリンは、アギットとどうこうなる気がないってのか? なんでだよ、まだ若いし、七男だし、いい男じゃねぇか。
「その先が無いなんて、わからねぇじゃねぇか、人の気持ちなんて変わるんだぞ?」
「……私は、結婚はしません。」
結婚しないだと? 女が一人で生きていくってか? ……おいおい、どれだけ拗らせてるんだこいつは。
「花嫁姿見せてやらねぇのか? 兄貴悲しむぞ?」
「悲しみません、ずっとお兄様と一緒にいますから。」
ああ、そういうこと。
「ブラコンかよ。」
「……駄目でしょうか?」
ったく、あの兄貴には困ったもんだな、甘やかしすぎなんだよ。
「だが、兄貴はムラムラした時、慰めてくれないぞ? どうするんだ?」
「ですから、その時のことを悩んでいるのです……ギルバート様は、ムラムラした時、どうされているのですか?」
ここに来ています。とは……この話の流れで言えねぇわな。
「男はほら、女のいる店に行けばいいからなぁ。」
「ずるいですわ、男がいる店はないんですの?」
「お前、男買う気か?」
「いけませんの?」
「……。」
駄目だ、こいつと話してると、頭がおかしくなる。誰か、こいつに常識を教えてやってくれ。
「世間一般的に、おかしいことを言っている自覚はございますわ。ですが、その世間一般が私の考えとは、合致しないというだけですの。」
なおの事、質が悪いな。
「いいかイヴリン、俺もな、お前を抱いてやりたいが、お前を好いてるアギットに、約束させられたんだよ、もうお前を誘惑しないってな。」
別に守る義理はねぇが、頑張るアギットを邪魔するほど女に困ってもいないからなぁ……俺。
「それならば、私がギルバート様を誘惑する分には良いということでしょうか?」
「……イヴリン、それは屁理屈というんだぞ。」
アギットに抱いて貰えばいい話じゃねぇか。ったく、最近の若い奴らってのは、頭でっかちなんだよ。
若者は、本能のままに行動してりゃいいんだ。いざとなれば、“若気の至り”で、全て済ませる事が出来るってのに。
「……はぁ、では、やはり、一人で出来るようになる以外、方法は無いのでしょうか? 虚しいですわ。」
「イヴリン、お前、こんな話し、絶対に他所でするなよ? 回されんぞ。」
「……回され?」
「男に強姦されちまうって事だ! 女はチカラで男に敵わないんだぞ、もっと自分を大事にしろ。世の中にはいい人間ばかりじゃない。傷つきたくないだろ。簡単に男買うなんて口にするな。」
「……。」
イヴリンは想像したのか、少し深妙な面持ちでわかりやすく、萎んだ。
「いいか? 俺も悪かったが、本来セックスは好いた相手とするのが一番なんだ。大前提はそこだ。」
「……それは理解していますわ。ですが……。」
ですが? なんだ?
「怖いのです。人を好きになったら、その先に何が待っているのか……考えたら、何も無くて……。」
だったら、最初から適当な関係が安心ってか? ガキめ。
だがそうか……こいつは、知らないのか。
愛して、愛される、幸せな関係ってやつを……なんだか複雑そうな家庭で育ったみたいだからな。
誰か、臆病者のイヴリンに愛した人に愛される事の幸せを教えてやって欲しいんだが……。
俺には教えてやれないから……。
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