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39 味のしないタルト R15
しおりを挟む(sideアギット)
兄さん達に強制連行されたその日の昼過ぎ、イヴリンが沢山の荷物と共に屋敷に現れた。
「イヴリンっ! 俺の荷物、本当に持って来てくれたの? ……そのまま置いておいてくれても良かったのに……」
せっかくどさくさ紛れて持ち込んだのに……。
「ですが……家にあっても、必要ありませんもの。」
グサッ!
そ、そっか……そうだよね……でも、めげませんよ、生まれ変わったんだぜ俺っ!
「あ! 大家さんのひげ剃りが置いてあった横に、俺も歯ブラシとか色々置いて来ちゃった! そのまま置いたままにしててくれる?」
そうやって、少しずつ増やしていこう。うん。
「ご安心ください、全て持ってきましたわ。」
……ガーン。
「でもイヴリン、俺、一番邪魔な奴置いて来ちゃったから、またすぐにお邪魔してもいいかな?」
「一番邪魔なヤツ、ですか? 何ですの? すぐにお持ちしますわ。」
あれ? イヴリン、まだ俺の事嫌いなのかな?! アレ?!
「大丈夫大丈夫、俺じゃないと動かせないからさ。でも、一回じゃ難しいから、何回も通わないといけないかもしれないんだ、いいかな? お願い、イヴリン。」
俺は最近わかってきた。
イヴリンは、“お願い”に弱い。理由はわからないが、俺に対するカミル兄さん並みに弱い気がする。
「……っ……し、仕方ありませんわね。何かはわかりませんが……それに、別に邪魔な物などなかった気がしますが……。」
……俺の置いてきちゃった物、それは……“ノワール”だ。
アイツは絶対にイヴリンの側から離れないから、しばらくは通えるな。
「……イヴリン。」
「……はい?」
「好きだよ。」
「っ!? な、なんですの、突然!」
「言っただろ、毎日伝えようかなって。」
ああ、赤くなった。
「そうやってご冗談ばかり! からかうのはおやめください!」
冗談? からかう? まだそんな風に思ってんのか?
俺は命がけで気持ちを伝えたつもりだったんだぞ?
ドンッ。
俺はイヴリンを壁に押し付けて、腕を伸ばし、彼女の逃げ場を無くした。
「……イヴリンっ、本当に冗談だとか、からかってるとかって思ってる?」
「……っそ、それは……っ」
「イヴリン、俺は君が好きだ。……好きだから、今この瞬間も一秒後も、十秒後も明日も明後日も、毎日キスしたいし、もっと君に触れたいと思ってる。俺は、本気だよ。」
鼻先と鼻先が触れ合うほどの距離で、お互いの吐息を感じながら、俺はイヴリンの目をジッと見つめ、ハッキリと気持ちを伝えた。
「イヴリン……そろそろ、誤魔化さずに俺の事、考えて……(チュッ)……ぁ。」
……勢いあまってキスしてしまった。
しかし、イヴリンは怒る様子もなければ、顔をそむけたり抵抗する素振りも見せない。いいのだろうか……?
「……イヴリン? いつもみたいに怒らないの? ……?」
「今のキスは、嫌ではなかったですわ。」
嫌ではない……。つまり、イヴリン語を読み解くとすると、良かった、と言う事だろう。
ゴクリ……
「……なら、これは? ……」
俺はイヴリンのしっとりと柔らかな頬に手を添え、再度彼女の唇に自分の唇を重ね、角度を変えては何度も口付けた。
そしてゆっくりと彼女の顎を引き、できた隙間に舌を滑り込ませ、イヴリンの控えめな舌を誘い出す。
「……っん……っ」
もう、自分が今、何がどうなっているのか、よくわからないほど、夢中でイヴリンの唇を貪ろうとしていた。
「……っイヴリン……っ……」
「っんんんっ! ……っ」
抵抗されないことをいいことに、俺は彼女の細い腰を抱き寄せ、脚の間に膝を割り入れる。
「っはっ……っむ……ん……っい、息っ……」
「っごめん、もう少し……っ」
「んんっ! ……っ」
駄目だ、何なんだよイヴリンのこの匂い! ノワールじゃないが、いい匂い過ぎて駄目だっ頭がおかしくなるっ……。
しかし、やっぱり駄目だと気付いた俺は、イヴリンから唇を離し、その首筋に顔をうめた。
「……ごめん……我慢できなくて……。」
「……今日のおやつは甘芋のタルトですの、帰りますわ。」
……え? タルト?
イヴリンはそう言い残して、ポータルの中に消えてしまった。
○○●●
(sideテオバルト)
おやつの甘芋のタルトが焼きあがる頃、ちょうどイヴリンが戻ってきた。
「お! おかえりイヴリン、ちょうど焼けたぞぉ~いい匂いだろぉ~」
「っほ、本当ね! 早く食べたいわ! 歯を磨いてくるわね!」
ん? どうしたんだ? なんか変だぞ? ……普通、“手を洗ってくる”じゃないだろうか? どうして歯なんて……。
少し気になりつつも、ひとまず俺は、イヴリンとの楽しいおやつタイムのために、タルトを切り分け、紅茶を入れてウッドデッキのテーブルにセットした。
「お待たせ、私、この大きいのがいいわ!」
「お、食いしん坊め、大きいのでなくても、いくつでも食べたらいいよ。」
可愛いなぁ、イヴリンは俺が作ったものをいつも残さず美味しそうに食べてくれる。
「いいの、なんだか食欲が湧いていて……お腹が空いているの!」
そこまで言うなら、と、俺は一番大きく切れているタルトをイヴリンの皿にのせた。
「……。っ美味しぃわ! とってもおいしいお兄様っ!」
イヴリンは、タルトが皿に乗るなりフォークをぶっさし、大きな口をあけて、ほおばった。
……そ、そんなにお腹が空いていたのか?
「そうか、よかった、いっぱい食べろよ。」
「……食べたらなんだか少し落ち着いてきたわ……。」
「ん? 何か言ったか?」
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「お兄様、笑わずに真面目に聞いて欲しいのだけど、女性がムラムラした時はどうしたらいいの?」
「ッッブフッ!!」
お、俺の聞き間違いだろうか? 可愛い妹の口から、とんでもない言葉が聞こえてきたぞ!?
「イ、イヴリン、ム、ムラムラって、あのムラムラ?」
「ええ、多分、そのムラムラですわ」
……ぴえん。俺の知らないムラムラであって欲しかった!
「……ゴホン……イヴリン? 一体、どこで何があったのかは知らないが、お兄ちゃんは、そんな子に育てた覚えはないぞ?」
まさか、行く先々でムラムラしているんじゃないだろうな?
「お兄様と再会する前に、すでにこのように育ってしまったの! 諦めて!」
……泣いてもいいかな?
「いいかいイヴリン、俺は今から、お前が妹じゃない者として話すからな?」
「ええ、兄様の精神の安定上、その必要があるなら、それでもいいわ。」
……お気遣いありがとう妹よ。でも、そう思うなら、兄にそんなことを聞かないでくれ。
「一番手っ取り早いのは、その女性をムラムラさせた相手に慰めてもらうのが早いだろうな。相手がいたのならな? ただ、相手もいない状況で何かを見てムラムラした場合は……。」
「何かを見てムラムラすることなんてあるの? 違うからいいわ。その相手に慰めてもらうのがちょっと……って時はどうしたらいいの?」
妹よ……お兄ちゃん、心が折れそうだ。つまり、どこかで誰かに何かされたんだね? ……アギット君かな? 後でお説教かな?
「男なら、娼館に行くか一人でするか……だろうけど……女性は一人で出来ない人も多いからな、誰か相手をしてくれそうな男に頼むか、今みたいに何かを食べて、別の欲を満たして気を紛らわすとかじゃないか?」
「……。」
イヴリン、突然無言にならないでくれ! 何を考えているの?! 変なことは止めてね! お兄ちゃん、心配!
「……ありがとう兄様、いただきましょうっ?」
「え? あ、うん、もういいの? いや、食べよっか。」
……その日、俺のタルトは味がしなかった。
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