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35 兄と大家
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「……お兄様、こちらはこの森とこの家の大家さんで、ギルバート様です。そして、あちらで眠っているのが、オスマンサス辺境伯のご子息のアギット様です。ギルバート様、こちらは私の兄ですわ。」
久しぶりの休みに、イヴリンの家に訪れてみると、森の木々は一帯がなぎ倒され、あちらこちらに血痕が飛び散っていた。
警戒心の強いはずの大人のシュヴァルツが二体、眠っているノワールを守るように付き添っている。
何があったというんだ。
おまけに、家の中ではなにやら、イヴリンのベッドで黒髪の男が死んだように眠っているし、突然、赤髪のイケメンが親しげに家に飛び込んでくるしで……。
全く、イヴリンめ。お兄ちゃんに内緒事が多すぎるんじゃないか?
「なるほど! 大家さんでしたか、はじめまして! イヴリンの兄のテオバルトです。森が大変な事になったので、見に来てくださったのですね? ご苦労様です!」
「ギルバートだ。あんたが精霊達の言っていた“お兄様”だったのか。見事にそっくりだな。」
「「……。」」
俺は大家さんと硬い硬い握手を交わした。
なんだろう、妙に気になるなこの大家……。
精霊達と話せるようだし、エレミ族の血縁者か? ……顔が良すぎるし、身なりもいいし、ガサツそうに見せているが、めちゃめちゃ育ちがよさそうだ、絶対貴族だろ……。それ以上に、なんだ、イヴリンとの距離感……ただの貸主と借主の関係じゃないだろ。
だが今はそれよりも……。
「イヴリン、一体何があったんだ? 外は大荒れ血祭で、ノワールは外で俺に気付かず眠ったままだし……貴族のご子息が妹のベッドで眠っているのとか、すっごくビックリだし……大家さんは胡散臭いくらいイケメンだし……お兄ちゃん、とにかくびっくりだよ。」
それに、オスマンサスって、俺でも聞いた事あるぞ。
確か、ドラゴンの生息地の……。あ、つまり、ノワール絡みかな? それならまぁ、いいか。
「驚かせてごめんなさい、テオ兄様……話すと長くなるのだけど……。」
「あ、ちょっと待った。イヴリン、その様子じゃ食事がまだだろ? サンドイッチとスープを作って持ってきたから、食べながら話そう。キッチンにあるスープを温めて持って来てくれる?」
「ええ、わかった。ありがとう、兄様。」
俺はイヴリンのために昨日から仕込んでおいたスープとイヴリンが好きなトントンを揚げたサンドイッチなどを沢山作って持ってきていた。
ウッドデッキで一緒に食べようと思ったのに……。あんな血まみれの森を見ながら食事なんて無理だな……。
「っお、いいな! ちょうど俺も腹が減ってたんだ。」
大家、図々しいな。
「……大家さんは、少し私と話しましょうか。(ニッコリ)」
イヴリンがキッチンに行ってる間に、俺は怪しい大家に尋ねた。
「大家さん、手短に伺いますが、貴方、エレミの血縁者ですか?」
「俺か? 違うぞ、精霊が見えるのは、世話になった人の影響だ。後はこれ。」
そう言って俺の前に見せられたのは、指輪だった。
「……俺と同じ指輪……。」
「やっぱりそうだよな? 俺もさっきあんたのが目に入って思ったんだ。おそらく同じ精霊石の指輪だ。」
つまり、世話になった人、というのがエレミの?
「これは、バルナバスの指輪だ。一度、イヴリンに返したんだが、突っ返されてな。」
「バルナバス様とは、この森と家の所有者だった……最後の精霊士ではないですか。」
バルナバス様の事はイヴリンから聞いているし、日記も書物も少しずつ読み進めている。
「そうだ、イヴリンから聞いてるか? 俺は、バルナバスの最後の弟子だったんだ。エレミ族とはなんの関係もないが、なぜか昔から精霊に好かれる質でな。バルナバスに勧誘されたんだよ。だが、俺には無理だった。もう少し早くイヴリンやあんたが現れてくれていれば、バルナバスも嬉しかっただろうにな。」
少し寂し気にそう口にする大家の顔を、まじまじと見ていた俺は、どこかで見たことがあるような気がして仕方なかった。
……あ! 思い出したぞ。
「俺は、十年ほど前からずっとラウリルアに住んでましてね、数年前からは中心街で貴族向けのレストランを経営していますが……大家さん、うちの店で貴方をお見かけしたことがあります。」
「……。」
「なぜ貴方のような御方がこんな所で俺の妹に御執心なのですか? 貴方の妹を見る眼は、ただの大家の眼じゃない。」
「イヴリンは俺がどこの誰なのか、普段何をしているのかすら、何も聞かないんだ。聡いアイツのことだから、勘づいていそうだが、知りたくないんだろうな。だから、言わないでくれるか、“お兄様”?」
イヴリンをどう思っているかについては、答えない気だな。
「お待たせ、ギルバート様も召し上がりますわよね?」
「おう、そっちのスープも旨そうだな!」
それから、イヴリンはちびちびと食事をしながら、一連の出来事を話してくれた。
話を聞いた俺の中に生まれた感情は三つ。
一つ、チュベローズの野郎、とその継母とその娘……覚えてろよ……。
二つ、オスマンサス一家、最高。俺も貴族好きじゃないけど、オスマンサス一家は好きになれそう! 夫人に会ってみたいな! あと、イヴリンを救ってくれたちびデブハゲな辺境伯様にも。
三つ、アギット君、イヴリンを君に任せるよ! 義弟よ!
だった。
命がけでイヴリンを護ってくれた彼に、俺は感謝してもしきれない。
「イヴリン、俺はオスマンサス辺境伯様ご一家にご挨拶した方がよさそうだな、それくらいお世話になったようだ。」
「ええ、兄様の事は夫人にお手紙でお伝えはしてあるの、是非今度レストランにお邪魔させていただくわ、とおっしゃっていたから、その時は、席をお願いできるかしら。」
おお、さすが俺の妹、できるな。
「もちろんだ、予約が入っていても個室を空けるよ。」
「ありがとう、お兄様」
うんうん、いいんだよイヴリン、可愛い妹のためだからな。
「いいんだよイヴリンっ! 美味しいか? まだまだあるから、沢山食べるんだぞ。」
「ええ、とてもおいしいわ、トントンのお肉がとても柔らかくて、食べやすい、お兄様は天才ね。」
……俺の妹が天使すぎる。
「仲良いんだな、まだ会って数回なんだろ?」
出たな……。
「ええ、そうです。やはり見た目でしょうか? なんだか今では、この18年間、兄様が兄様でなかったなんて、信じられないくらいですの。」
「“お兄様”も、精霊士なのか?」
なんだ、その強調した呼び方は。
「いいえ、俺も貴方と一緒で指輪がないと見えません。指輪があればハッキリ子供の姿に見えますが、指輪がなければ、ぼんやりとだけで、実態はわからない感じですね。会話は出来ますが。」
「なら、俺よりは優秀だ、俺は指輪がなければ見えないし、会話も出来ない。指輪があってもぼんやりだ。」
へぇ、そうなのか。だが、エレミの血ではないのにそれなら、十分すごいと思うが……よほど精霊に愛されてるんだな。
「ところでイヴリン、アギットは結局これからどうするんだ?」
ああ、俺もそれは気になっていた。
「ノワールの二次成長が完了して目覚めれば、アギット様が“制御”する必要はなくなりますので、それまではここで看病させていただくつもりです。」
うんうん、それがいいよイヴリン、命の恩人だしな、そうしなさい、お兄ちゃんもお手伝いするよ。
「ノワールは目覚めるだろうが、アギットは目を覚ますのか? アギットの兄貴の話だと、あまりいい状況には聞こえなかったんだが。」
「……それは……私にもわかりません。ですが、精霊たちが言うには、精霊王の石で救えるかもしれないと……でも、使い方がわからず……。」
「「精霊王の石?」」
なんと、イヴリンの持つ奥様の形見の石が、精霊王の石だというじゃないか。
「なら、その石の使い方がわかれば、アギット君も目覚めると?」
「それはわからないけど……奇跡でも起こるような気がしない?」
うう……イヴリン、奇跡を信じたいほど、アギット君に目覚めて欲しいんだね。いい子だ。
「案外、お姫様の口づけであっさり起きるかもしれないぜ。」
……大家め、そんな気休めを……童話の世界じゃあるまいし。
「……王子様のキス、ではなくてですか?」
イヴリンまで、なに興味持っちゃってるんだ。
「要は、愛の力ってやつだろ? ラブパワーだ。」
「っぷ……ゴホン、すみません大家さん。貴方の見た目でそんな言葉が出てくるとは思いもしませんでしたので、つい笑いが……。」
「愛がなくても発動するものでしょうか?」
イヴリン? まさか、本気にしてる? あ、そうか、絵本で読んだことが印象に残っているんだね。なんてピュアなんだ俺の妹。
「さぁ……俺はそこまで知らねぇな、そういうのこそ、女が好きな分野だろ。普通に考えりゃ、する側に愛がないと、意味ないかもな。」
「……。」
イヴリンは考え込んでいる。
「カミル様に口付けてもらってみたらどうかしら……。」
「「……ブッ!」」
イヴリンの言葉に、俺と大家さんは吹き出した。
「イブリン、カミル様って、アギット君のお兄さんだよね!?」
「ええ、とてもアギット様を愛されているようでしたので。」
……アギット君、早く目覚めてイヴリンを何とかしないと、一生このままだよ、君。
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