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34 四男カミル
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私はオスマンサス辺境伯家の四男カミル。
今までほとんど登場しなかったのは、微妙にアギットに避けられているからだと思う。
私の可愛い可愛いアギットは、その容姿もさることながら、すべてにおいて完璧だ。老若男女問わず魅了する、あの無自覚に可愛い子犬のような甘える仕草に、少し強がってしまうツンデレさんな所……。たまらなく可愛らしい。
アギットが生まれた時、天からの贈り物だと思った。
五男のエルンストや六男のコンラートが生まれた時にはそんなことは全く思わなかったのだが、アギットだけは光り輝いていたんだ。
私はアギットの成長を誰よりも側で見守り続けたが、アギットは成長するにつれて、私と距離を置くようになってしまった……。
「カミル兄さん、ちょっと重いよ。」
そう言い残して。
そのすぐ後、傷心中だった私に父上が探してきた私の妻は、アギットと同じ黒髪にブルーの瞳をしたシュッとした美人だ。色味がアギットに似ているから、好きになった。
そんなアギット大好きな私のドラゴンは、紫のパールス。
パールスは不思議なチカラがあり、気分で少し先の未来を見ることが出来るのだ。
そんなパールスのうち、私とつながる一体の雌のヴィオレが、慌てた様子で私の所へ飛んできた。
『カミル、大変よ! あんたの大好きなアギットが、瀕死になるところが視えた!』
「……ななななな、ななななんだって? 私のアギットが……ひひひひ瀕死?」
紅茶を持つ手が震え、カップはソーサーと共に激しく音を立て、中の紅茶はほとんど空になってしまった。
「ヴィオレ、どういうことです!! 私のアギットが! なぜ! 瀕死になんぞなるのですか!」
『黒よ! シュヴァルツの幼体がいたでしょ! あいつ! あいつが二次成長を迎えたの! とにかく、もうすぐシュヴァルツの一体がアギットの兄の誰かを迎えにここに来るから、私に乗って待ってなさい! カミル、あんたがアギットを治癒してあげるのよ!』
「わわわわわわかりました! わかりましたよヴィオレ!! 教えてくれて感謝します!」
そして数分後、本当にシュヴァルツの成体が一体現れた。
ヴィオレが通訳し、私が治癒要員としてアギットの所へと向かうことに。
私を迎えにきたシュヴァルツは、アギットと繋がっている一体のようだ。アギットと共に、幼体の二次成長を抑えていたようだが、そのチカラがすさまじく、もうこれ以上は保てない、というところで、アギットが危険を冒して暴れる幼体と繋がろうとしたのだとか。
何故そんな危険を冒したのか。
『愛のチカラね……アギットったら、いつのまにか大人になって……』
「ああああああ愛?! いいいいい今、愛と言いましたか? ヴィオレ!」
『ええ、そのイヴリンって子を護りたくて、無理しちゃったんでしょう?』
「イイイイイイイイヴリン! あの女! まだアギットを誑かしていたのですか!」
覚えているぞ、あの、平民になるとかわけわからんことを言って、アギットとの結婚を破談にして半年でいなくなった緑の頭の女だ。
そういえば、なんだかそんな話も出ていたようだが、聞きたくなかったので、右から左に聞き流していたのだった。
そうこうしていると、アギットの元に到着した。
地面に寝そべるアギットの横には、あの緑髪の女がいた。
何やら治癒の真似事のようなことをしているが、アギットは深い傷を負い、出血もひどい状態のまま眠っているようだ。
「そこをどいてください!」
「っきゃ!」
私は女をアギットの横からどかし、すぐに治癒魔法をかけ始めた。
「アギット、痛かったですね、可哀想に……アギットの綺麗な手足が傷だらけじゃないですか……兄さんがきれいに直してあげますからね……」
「……っあの! カミル様でいらっしゃいますよね! アギット様は、大丈夫なのでしょうか? 助かるのでしょうか?」
「うるさいです! 黙っていてください! 誰のせいでこんなことになったと思っているのですか!」
あまりにもひどいアギットの姿に、胸が張り裂けそうで、ついつい、女に八つ当たりをしてしまった。
私は治療に集中したが、あまりに傷が深く、時間がかかりそうだ。
「ヴィオレ、もう一人誰か呼んで来てください! そうですね、フリードリヒ兄さんがいいですね。」
「っカミル様、フリードリヒ様は私がお連れいたしますわ! 少し失礼いたします!」
『……行っちゃったわよ? あの子……』
行きそびれたヴィオレが言う。
行っちゃったって、どこに? おや? 本当にいない。どこに行ったんだあの女は……。
すると、ものの数分でフリードリヒ兄さんを連れて現れたのである。
……一体、どうやってこんな短時間で……? いや、今はとにかくアギットの治療が先だ。
「アギットっ! ……なんてことだ、カミル、急ぐぞ。」
「はい、すでに急いでいます。兄さんも死ぬ気で急いでください。」
私と兄さんと二人係でアギットの外傷を治療し、とにかくひどかった出血を止めた。
大方傷はふさがったところで、アギットの様子を確認すると、アギットはまるで心臓だけ動いている人形のように美し……いや、人形のようで、全く精気が感じられなかった。
『カミル、黒が言うには、そこの動きを止められた幼体の成長し続けるコアのチカラを、アギットが代わりに引き受け続けているらしいわ!』
「なんですって!?」
「どうしたカミル?」
私はフリードリヒ兄さんに、ヴィオレの話しを伝えた。
「……そんなことをしたら、アギットの受け入れ量を超過してしまうだろ……しかしそうだとすると、もしかしたら……。」
「ええ、アギットはまだ、ブラックとそこの成体一体ですでに受け入れ量ギリギリだったはずです。」
その時だった。
「……あの、何か問題が?」
緑髪の女が話に入ってきた。
「貴女には関係ありま……」
「イヴちゃん、怖かっただろう、すまなかったね、この森でシュヴァルツの幼体を引き受けてくれて感謝するよ、私を連れてきてくれたチカラがあれば、どこへでも逃げられたはずなのに……本当にありがとう。」
私が“関係ないからあっちへ行け”、と言おうとしたら、遮られてしまった。
え? フリードリヒ兄さん、なぜそんな女に感謝しているんだ? 誰のせいで、アギットが一人、犠牲になったと思ってるんだよ。
「とんでもありません、そんなことよりも、私のせいでアギット様が……。それで、何か問題があるのですか? 治癒魔法でも駄目なのですか?」
「それが……」
フリードリヒ兄さんは、馬鹿みたいに正直に、アギットの状況を話してしまった。
○○●●
(sideイヴリン)
ノワールが動かなくなったので、私は精霊たちとアギット様の所へ駆けつけた。
あまりにもひどい怪我と出血に、気分が悪くなりそうになったが、今はそんなことを言っている場合ではない。何とかしなければ……。
幸い、心臓の鼓動は感じるので、まだ生きている。
「ねぇ、精霊王の石はどうやって使うの?」
『どうやって使うの? 誰か教えて! 僕わからない!』
『僕もわかんない! 誰か、王様呼んで来たら!』
『王様来ないよ! 呼んでも来ないよ!』
突然、精霊たちが慌てだした。
どうやら、精霊王の石で助けられる、という事は知っていても、その使い方までは知らなかったようだ。
助ける、と言っていたわりに、結構適当だったのね。
……でもどうしよう……こんな状態のままのアギット様を放ってはおけない……何とかしないと。
私は、適当に石を握りしめ、願ってみたりしたが、なにも起こらなかった。
そうこうしていると、ネーロが戻り、その後を追うようにして、アギット様のお兄様の一人の……カミル様が、紫のドラゴンに乗って駆けつけて下さった。
……そうか、ネーロはお兄様を呼びに行っていたのね……。何か考えがあるんだわ。よかった。
……しかし、フリードリヒ様をポータルでお連れして、二人係で治癒魔法をかけ、怪我はほとんど治ったにもかかわらず、アギット様は目覚めない。
カミル様とフリードリヒ様も、何やら不穏な雰囲気でお話しをしていらっしゃるし、一体どうなっているのだろうか。
私は、先ほどカミル様に言われた、『誰のせいでこんなことに』という言葉が深く胸に刺さっていた。
そして、フリードリヒ様のお話しは残酷なものだった。
「アギットの心臓が動いていたのは、ドラゴンのコアから流れてくるチカラと、幼体を“制御”するというアギットの強い意志でなんとか成り立っていたようなんだ。身体はすでに限界を迎えていた……。手遅れだったのかもしれない。怪我の治療は大方済んだが、今後目を覚ますかどうかは、まさに神頼みだ。ただ……」
フリードリヒ様がおっしゃるには、屋敷に連れ帰りたいが、“制御”中のノワールの身体と、アギット様の身体を物理的に離すわけにはいかない、というので、いったん、私の家でアギット様を寝かせておくこととなった。
最終的にこの日、フリードリヒ様は、できることはやった、として、屋敷に戻って家族で話し合いをしてくると言って帰られたのだが、その際にもひと悶着あったのである。
……アギット様から離れたくない、と、カミル様が駄々をこねてしまったのだ。我が家で一緒に看病すると言ってきかないカミル様を、フリードリヒ様が、なんとかかんとかやっとの思いで、引きずって連れて行ってくださった。
カミル様って、半年間で一言もお話ししなかったけど、あんな感じの方だったのか……。
アギット様の血だらけでボロボロだった服や身体は、お兄様方がキレイにして行ってくださったので、ベッドに横たわるアギット様は、本当にただ眠っているだけのように見える。
ノワールの身体は、しばらくして動き出したが、すぐに眠りにつくように丸くうずくまり、今は家の前にいるため、ネーロ達が見ている。
それにしても……どうしよう……大変な事になったわね……。
その時だった。
「イヴリン! 無事か?! 一体、何があったんだ?! 何故森があんな事に……? あの大量の血痕はなんだい?!」
「……っ……お兄様……。」
バタバタしていて忘れていた……。
今日からまた三日間、テオ兄様が店休をとって、遊びに来てくれると、手紙が着ていたのだった。
そして、面倒な事に……。
「イヴリン! アギットが死んだと精霊達が!」
「……ギルバート様……。」
……死んでませんわ。
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