31 / 47
31 また一つ増えていく
しおりを挟む(sideギルバート)
『あ! ドラゴンだ! ドラゴン、イヴリンとじゃがいも掘った!』
……シュヴァルツの成体と一緒にいた男をこちらに呼ぶと、不思議なことが起きた。
本来俺たち以外の人間がここに来れば、近寄っては来ようとしない精霊たちが、わらわらと集まりだしたのだ。
それだけで、この男が信用に値する人間であるとわかる。
……おまけに、こいつがあの夜のトマトスープの“ドラゴン”か。“お兄様”ではないにしても、精霊たちから聞いたことのある名前だな。
俺は少し探りを入れてみることにした。
だが、話せば話すほど、なんだか俺が悪者になっている気がして仕方がない。
容姿は女受けしそうないい顔とスタイルをしているのに、なぜこんなにも自分に自信がないのだろうか?
……ああ、イヴリンにコテンパンにやられたんだな。
本人は気付いていないが、俺達が会話をしている最中ずっと、精霊たちがアギットの周りをうろうろして、頭の上に乗ってみたり、髪の毛を持ち上げたりと、悪戯をしている。
聞こえていないにも関わらず、“オヤツ頂戴っ”ともおねだりしている奴もいるほどだ。
精霊がオヤツを強請るのは、相手の為に何かをしてあげたい、と思った時だ。相手の役に立ってあげたい、そんなとき、精霊は報酬を強請るのだ。もちろん、オヤツは欲しいのだろうが。
初めは、精霊にこんなに好かれるなんて、珍しい人間がいるもんだ。くらいにしか思わなかったが、話しているうちに、俺は気づいた。
……めっちゃいいヤツじゃん、こいつ。
素直だし、なんか俺の事キラキラした目で見てくるし、何よりも、イヴリンの事、大好きみたいだしな。
しかしなんだ、どうしてイヴリンはこんなにいいヤツから逃げてきたんだ? まさか、夜が駄目だったからか?
俺はドラゴンの話を聞いた後で、イヴリンと家と精霊達の安全をアギットに任せると伝え、追い返しすつもりもなかった、という話をした後、その件についても少し聞いてみた。
「なぁ、イヴリンの初めての相手ってお前か?」
「な……っなぜそんなことを?」
わかりやすい。嘘がつけないタイプだな。
「いやな、ちょっと色々あってよ。俺が女を抱きに行くって出かけようとしたら、自分も女だ、とか言って俺に抱かれようとするから、ずいぶん尻の軽い女なのかと思ったら、全然違ったからよ。」
「イ、イヴリンが貴方を誘ったと? ……。」
「ああ、初対面の日にだ。それから、何度か関係を持ってる。まぁ、あいつも嫌がらねぇから、主に俺が一方的に始めるだけだけどな。お前もそうじゃないかと思ってたろ? でなきゃ、おっさんが早朝から裸で人ん家うろつかねぇだろうよ。」
さて、これを聞いて、こいつはどうするだろうか。彼女を嫌いになるか、俺を責めるか。
少し顔を伏せて何かを考えているようだったが、返ってきたのは思わぬ言葉だった。
「……イヴリンは、痛がりませんでしたか?」
「ん? 初め、身体が強張ってたからな、俺もさすがに気付いて、ガッツかねぇで初めての子仕様で優しくしてやったよ。痛がる様子はなかったぞ。それどころか今じゃ……。」
おっと、これ以上はやめておこう。
「そうですか、良かったです。……俺、あの時自分も初めてで……丁寧にはしたつもりだったんですが、初めての彼女に、辛い思いをさせてしまって……行為自体を嫌いになってしまったらどうしようかと、心配だったんです。」
え、もしかして、俺に感謝しちゃう感じ? いやいや、それでいいのかよアギット!
「ですが、本当なら彼女との関係を改善して、自分で彼女を満足させてあげたかったのですが……先を越されてしまいましたね。悔しいです。」
……いい子じゃねぇか。若人よ……、おじさん、応援したくなっちゃうよ。
「いいかアギット、さっきからお前、自分に自信が無いような事ばっかり言うけどよ、俺からすれば、好きな相手を護れるチカラを持ってるお前はすげぇぞ。そもそも、自分を振った女なんかを助けたいと思えること自体、俺には考えられない。眩しいぜ若人よ。」
「……彼女からしたら、迷惑なだけかもしれませんけどね。」
「いいか? 何事も初めからうまく出来る奴なんてほんの一握りの奴だけだ、それに未熟なのはお前だけじゃないぞ、俺からすれば、イヴリンだってまだまだ未熟も未熟、口だけは達者だがな。……お似合いだよ、お前らは。一緒に仲良く成長したらいいんじゃないか?」
俺、何言っちゃってんだろう。
なんかこれ、似たようなことイヴリンにも言ったよな俺。
アギットって、なんかこう……ほっとけないんだよな。弟みたいな感じで……。
「……ギルバートさん、俺の事応援してくれるんですか?」
「したくなっちゃうよ、お前、なんか不憫なんだもんよ。」
「……なら、これからはイヴリンの事、誘惑しないでくださいね! 約束ですよ!」
アギットは、ニッコリといい笑顔を俺に向けてそう言い放った。
「……ぜ、善処しよう……」
誘惑するな、という事は、もう彼女を抱くな、と、一丁前にけん制してきやがったな?
……こ、こいつ……子犬かと思ったら……とんだ……いや、違うな。俺が間違ってた。
“ドラゴン”だったな……こいつは。今はこんなだが、きっと大物になるぞ。
イヴリンも大変な奴に惚れられたもんだ……。
○○●●
(sideイヴリン)
なにやら遠くで話し声が聞こえて目が覚めた。
ギルバート様が精霊達とおしゃべりしているのだろうか。
昨夜はとてもお疲れのご様子だったのに、夜もあんなで、朝も早いだなんて、元気な人だ。
私は服を着て上着を羽織り寝室を出た。
キッチンで白湯を一杯飲み干し、声のする方へ行くと、窓に背を向け二人の人影が見える。
……え、誰?
こっそりと気付かれないように窓の外を見れば、外にはノワールとネーロ、そしてネーロと双子のメラン、だっただろうか……が見える。
ネーロがいるという事は、もしかするとギルバート様と話しているのはアギット様だろうか。連れてくるなと言ったのに、ネーロは連れてきたのだろうか。
すると、何やらアギット様らしき人の少し大きな声がした。
『っち、違います! (たぶん)……、色々事情があるんです。確かに、“もう私に構うな”や“ここへ来るな”、と同義の事は言われましたが、今はそれどころではなく、火急の要件と大切な話があって来ました。』
火急の要件と大切な話、ですって? 何かしら……。
そのまま私は二人のいるウッドデッキに接する壁の所に座り、少し話を聞いていることにした。
どうやら、ノワールがここにいることで私の身に命の危機が迫っているという事らしい。
私もギルバート様と一緒で、精霊たちがいるので安全だろうと思ったが、アギット様の言葉を聞く限りでは彼にしか、いや、オスマンサスの男性の持つチカラでなければ防ぐことが出来ないようだ。
最終的に、具体的に何が起こるのかは語られなかったが、ギルバート様は、なぜか勝手に私とこの家と精霊達のことをアギット様に任せてしまった。
……あんなひどい態度をとってしまったのに、どの面して護られたらいいのよ……。
しかし、まだ死にたくはない。やっとテオ兄様という家族に出会えたのだから、もっと一緒にいたい。
ここはひとつ、今までの態度をお詫びして、素直に護ってもらった方がいいかもしれない。
そして、話はおかしな方向へと向かった。
ギルバート様のとんでもない質問から、私とアギット様の関係がバレ、おまけにギルバート様は私と身体を交えていることをアギット様に話してしまったではないか。
別に私はアギット様と交際しているわけでも、婚約者でもないので、なんの問題もないはずだ。
しかし、アギット様は、仮面舞踏会の夜、私が痛いだの下手だのと騒いでしまったせいで、とても気にされていた。
私の方こそ、彼にトラウマを植え付けてしまったのではないだろうか。
アギット様はきっと、自分が下手なせいで、私が痛がったと思っているに違いない。
確かに、ギルバート様の時と比べれば、アギット様との行為はとても痛かったが、それは何をされるのかわからないという不安な精神状況と、お互いに仮面をつけて表情も見えないような状態だったから、という、精神的な部分が原因だったと思う。
……本当に、ギルバート様に未熟者と言われても仕方ない……私こそ反省すべきだわ。今度、テオ兄様に相談してみようかしら。
それにしても、ギルバート様も何を余計なことを……アギット様と私がお似合いなわけないじゃない。彼には、私みたいな未熟でへそ曲がりな女なんか、もったいないわ。
しかし、アギット様はそのままギルバート様を味方につけるような会話を続け、さらには私を誘惑するな、と約束させてしまった。……なかなかの交渉上手である。
「ギルバートさん、イヴリンは俺が彼女を側で護ることを受け入れてくれるでしょうか?」
「大丈夫だろう、ここにいて危険なのはあいつだけじゃない、精霊達だって危険になるってことだ。お前に護って貰う事が最善だとわからない女ではないと思うがな。」
「ですが……イヴリンって……なかなか頑固じゃないですか……俺を拒絶した手前、“護っていただく理由がございませんわ”とか言われそうで……。」
「……ぁあ、まぁ、そうかもな、強情というかなぁ、まぁそう言い始めたら俺が説得するさ。」
……なによ、男二人で私の悪口かしら。確かに頑固で強情ですけど、時と場合くらい考えられますわ。
この二人の会話は、私が答えれば終わりそうだったので、丁度いいタイミングかと思い、私は二人の前に顔を出した。
「おはようございます。なにやら楽しそうなお話をされていらっしゃいましたね。」
「「イ、イヴリン! いたのか!」」
っま! ギルバート様ったら、どうして下は下着一枚なの?! 信じられないわ、そんな恰好でアギット様をずっと真面目な会話をしていらっしゃったというの?! 全く説得力がないじゃない。
「ええ、悪いとは思いつつもなかなかタイミングが無くて出てこれませんでしたわ。」
男性二人は、一体どこから私が話を聞いていたのか、気になっている様子。
「……アギット様、先日は失礼な態度をとり申し訳ございませんでした。図々しいようですが、私などをお守り頂けるのでしたら、是非ともお願いいたします。可能なら、精霊達の事もお守りください。」
「っ!」
アギット様は、なんとも言えない、驚きと喜びの入り混じったような表情で、立ち上がり、私の手を握った。
「うん! 君を護るよ! 俺の命を懸けてもこの森と家と精霊達、君の望むものすべて護るよ! ありがとうイヴリン!」
なんだろう、言葉遣いが……ずいぶんと砕けていらっしゃる。こっちの方がいいわ。
「重ね重ね図々しいようですが、お願いがございます。私の前で猫をかぶるのをおやめください。今のような砕けた態度の方が私は居心地がいいです。」
「っうん! わかった! そうするよ! 実は俺も、イヴリンの前でだけ紳士のフリをしていたけど、限界を感じていたんだ! 胡散臭かっただろ、ごめんな?」
「……はい、作ったような笑顔も嫌でしたわ……。」
「っ本当にすまなかった! どうしてもっと早く気付かなかったんだろう……ごめんねイヴリン……」
っ……う! な、なんですの、この子犬のような上目遣いは!
「……あのぉ~、俺もいますからね?」
「ギルバート様! 貴方は今すぐ下を履いてきてくださいませ! お二人とも、ご朝食は? 私、お兄様に指導して頂いて、朝食くらいはまともに作れるようになりましたの。」
「「食べる!」」
この日、また一つ、私のかけがえのないものが増えていくような気がした。
372
お気に入りに追加
1,410
あなたにおすすめの小説

私は5歳で4人の許嫁になりました【完結】
Lynx🐈⬛
恋愛
ナターシャは公爵家の令嬢として産まれ、5歳の誕生日に、顔も名前も知らない、爵位も不明な男の許嫁にさせられた。
それからというものの、公爵令嬢として恥ずかしくないように育てられる。
14歳になった頃、お行儀見習いと称し、王宮に上がる事になったナターシャは、そこで4人の皇子と出会う。
皇太子リュカリオン【リュカ】、第二皇子トーマス、第三皇子タイタス、第四皇子コリン。
この4人の誰かと結婚をする事になったナターシャは誰と結婚するのか………。
※Hシーンは終盤しかありません。
※この話は4部作で予定しています。
【私が欲しいのはこの皇子】
【誰が叔父様の側室になんてなるもんか!】
【放浪の花嫁】
本編は99話迄です。
番外編1話アリ。
※全ての話を公開後、【私を奪いに来るんじゃない!】を一気公開する予定です。


【完結】もう無理して私に笑いかけなくてもいいですよ?
冬馬亮
恋愛
公爵令嬢のエリーゼは、遅れて出席した夜会で、婚約者のオズワルドがエリーゼへの不満を口にするのを偶然耳にする。
オズワルドを愛していたエリーゼはひどくショックを受けるが、悩んだ末に婚約解消を決意する。
だが、喜んで受け入れると思っていたオズワルドが、なぜか婚約解消を拒否。関係の再構築を提案する。
その後、プレゼント攻撃や突撃訪問の日々が始まるが、オズワルドは別の令嬢をそばに置くようになり・・・
「彼女は友人の妹で、なんとも思ってない。オレが好きなのはエリーゼだ」
「私みたいな女に無理して笑いかけるのも限界だって夜会で愚痴をこぼしてたじゃないですか。よかったですね、これでもう、無理して私に笑いかけなくてよくなりましたよ」

転生したら、6人の最強旦那様に溺愛されてます!?~6人の愛が重すぎて困ってます!~
月
恋愛
ある日、女子高生だった白川凛(しらかわりん)
は学校の帰り道、バイトに遅刻しそうになったのでスピードを上げすぎ、そのまま階段から落ちて死亡した。
しかし、目が覚めるとそこは異世界だった!?
(もしかして、私、転生してる!!?)
そして、なんと凛が転生した世界は女性が少なく、一妻多夫制だった!!!
そんな世界に転生した凛と、将来の旦那様は一体誰!?

今夜は帰さない~憧れの騎士団長と濃厚な一夜を
澤谷弥(さわたに わたる)
恋愛
ラウニは騎士団で働く事務官である。
そんな彼女が仕事で第五騎士団団長であるオリベルの執務室を訪ねると、彼の姿はなかった。
だが隣の部屋からは、彼が苦しそうに呻いている声が聞こえてきた。
そんな彼を助けようと隣室へと続く扉を開けたラウニが目にしたのは――。
断る――――前にもそう言ったはずだ
鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」
結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。
周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。
けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。
他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。
(わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)
そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。
ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。
そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?

【完結】『飯炊き女』と呼ばれている騎士団の寮母ですが、実は最高位の聖女です
葉桜鹿乃
恋愛
ルーシーが『飯炊き女』と、呼ばれてそろそろ3年が経とうとしている。
王宮内に兵舎がある王立騎士団【鷹の爪】の寮母を担っているルーシー。
孤児院の出で、働き口を探してここに配置された事になっているが、実はこの国の最も高貴な存在とされる『金剛の聖女』である。
王宮という国で一番安全な場所で、更には周囲に常に複数人の騎士が控えている場所に、本人と王族、宰相が話し合って所属することになったものの、存在を秘する為に扱いは『飯炊き女』である。
働くのは苦では無いし、顔を隠すための不細工な丸眼鏡にソバカスと眉を太くする化粧、粗末な服。これを襲いに来るような輩は男所帯の騎士団にも居ないし、聖女の力で存在感を常に薄めるようにしている。
何故このような擬態をしているかというと、隣国から聖女を狙って何者かが間者として侵入していると言われているためだ。
隣国は既に瘴気で汚れた土地が多くなり、作物もまともに育たないと聞いて、ルーシーはしばらく隣国に行ってもいいと思っているのだが、長く冷戦状態にある隣国に行かせるのは命が危ないのでは、と躊躇いを見せる国王たちをルーシーは説得する教養もなく……。
そんな折、ある日の月夜に、明日の雨を予見して変装をせずに水汲みをしている時に「見つけた」と言われて振り向いたそこにいたのは、騎士団の中でもルーシーに優しい一人の騎士だった。
※感想の取り扱いは近況ボードを参照してください。
※小説家になろう様でも掲載予定です。

どうせ運命の番に出会う婚約者に捨てられる運命なら、最高に良い男に育ててから捨てられてやろうってお話
下菊みこと
恋愛
運命の番に出会って自分を捨てるだろう婚約者を、とびきりの良い男に育てて捨てられに行く気満々の悪役令嬢のお話。
御都合主義のハッピーエンド。
小説家になろう様でも投稿しています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる