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30 二人の男
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『ノワールはな、ブラックの子だ。』
「……っな……!」
ドラゴンは、群れ全体が家族のような認識であるため、親が違えど、生まれた順に、みんな兄弟姉妹なのだ。そのため、ネーロとノワールの親が違っても、不思議ではない。不思議ではないが、よりにもよってブラックの子だったとは……。
ブラックは、俺がネーロの前に一番最初に繋がったシュヴァルツなのだが、彼はシュヴァルツの長的な存在のドラゴンだ。
「だから、ネーロとメラン二人がかりで子守してたのか……」
『そうだ。』
長の子……つまり、ノワールは人間でいう所の王太子だ。名実共に、次期長のチカラをひめている。
……俺って、ノワールに血統でも負けてるじゃないか。
「なら、ノワールもとんでもないコアを持つのか……俺、繋がれるかな……ブラックとネーロですでに余力あんまりないのに……」
ブラック一体だけで、ネーロクラスのシュヴァルツ五体分くらいはあるのだ。
本当に鍛えなければ……オスマンサスの役割は長を制御してこそなのである。
『……ノワールはまもなく二次成長を迎える。俺達も側にはいるが……どういうことかわかるか?』
「二次成長か……。」
二次成長とは、ドラゴンの成長期みたいなもので、ノワールの身体が成体になる前に、コアも成体用に変化する時期の事なのだが、身体が成体に変化する前にコアだけ成長するので、激痛を伴うと共に、その間はドラゴン自体が無防備になるため、防衛本能が働き、より凶暴化するのである。
俺はまだ、シュヴァルツの幼体が二次成長を迎える所を見た事はないが、兄さん達はそれぞれのドラゴンで経験があるはずだ。
「シュヴァルツの次期長の二次成長だなんて考えるだけで恐ろしいな……。」
『だから、ノワールが側から離れない限り、イヴリンは危険だぞ。ブラックの二次成長の時には、森の一部を物理的に消滅させたと聞く。あのデカい湖になっている場所だ。』
森の端にあるあの湖……そうだったのか……。直径で言っても、30キロ以上はあるぞ。どうやったら、魔法でもなく、物理的に消滅できるんだ?
100年以上前の事だから、誰も知らないのだろうが……。
「……でも、イヴリンは精霊達が守ってくれるんじゃないか?」
『あのチビ共がどうにか出来るわけないだろ。』
精霊ってチビなのか……。っていうか、ネーロは精霊が見えているのか?
『アギット、言っただろ? “それを聞いて、どうするかはお前次第だ。やるというなら、少しは協力してやる。”とな。お前にしか出来ない事だと思うがな。』
言われなくたって……やるに決まってるだろ。何をどうすればいいかはよくわからないが……。
オスマンサスの七男として、俺にはドラゴンから領民を護る役目がある。加えて、イヴリンが危険なら尚更だ。
そうと決まれば、ウジウジしている場合ではない。
でもその前に……。
「……なぁ、捻くれた事言っていいか?」
『……なんだ。』
「ネーロお前、自分が楽したいから、体よく俺にノワールの二次成長の被害を抑えさせようとしてるだろ。」
『……。察しが良くなってきたな、アギ坊。』
「……。」
俺はそれからすぐに、兄さんたちに事情を説明し、二次成長を迎えるドラゴンの対処法を学び、両親にはイヴリンを護りたい旨を伝え、屋敷を離れる許可をもらった。
俺は、たとえイヴリンに拒絶されたとしても、森で野宿でもして、いつでも彼女を守れるようにするつもりで準備をし、たくさんの荷物をネーロに括り付ける。
そして、親父と母上、兄さん達からは、“お前はイヴちゃんの安全を第一に考えて行動すればいい。何が起きても、領地はこちらでなんとかするから。”、と心強い言葉を贈られたのだった。
ネーロ曰く、ノワールの二次成長はすでにいつ始まってもおかしくない時期に差し掛かっているというので、俺は翌朝すぐに屋敷を発った。
「……こんなに朝から来てしまったけど、イヴリン寝てるよな?」
『そうだろうな』
森の家のそばに到着したはいいが、またもや俺はイヴリンになんと説明しようかを考えていなかったことに気付いた。しばらく外で待つか、とネーロから降りて、荷物を外してやる事に。
すると、しばらくして、ノワールが森の家のすぐそばに降り立ち、ちょこん、とお座りをしてイヴリンを待ち始めた。
あんな姿を見ると、とてもじゃないが彼女を害するとは思えないが、二次成長の際は、意識とは別で身体が動いてしまうようなので、どうなるかはわからない。
「……ん? 待った、誰か出てきたぞ。」
ノワールの可愛らしい姿を見ていたら、家の中から裸の男が現れた。
「(小声)おい! ネーロ! 誰だよあのいい身体したイケおじは! なんで裸なんだよ! 服はどこに置いてきたんだ! どうしてイヴリンの家から出てくるんだよ!」
俺の視力は2.0はある。これくらいの距離なら、バッチリ見えるぞ。
『ああ、アレだ、イヴリンが一緒にラウリルアに行っていた男は。』
「……ああ、大家さん? あのイケおじが大家さんなのか?」
……だが、なぜ大家さんがこんな早朝に裸でイヴリンの家から出てくるんだ? おまけに、やけにスッキリした顔して、気持ちよさそうに朝の森の空気を吸い込んで、直後に身体に悪い煙草なんか吸って……色々おかしい。
すると、俺達のコソコソ話に気付いたノワールが、こちらに向かって唸り声をあげてしまった。
……どうして目の前の怪しい男ではなく、遠くの自分の兄達といっしょにいる俺に唸るんだノワールよ。
ノワールの唸り声と視線で、もちろん、大家さんも俺達の存在に気付いてしまう。さてどうするか……。
ひとまず俺は、あちらを見ていないふりをして背を向けてネーロと作戦会議を開いた。
「なぁネーロ、大家さんはイヴリンと親密な関係なのか? それとも、ただ単に彼が寝るときは裸というだけで、別々のベッドで寝てるのか?」
『さぁな』
そこは教えてくれないのかネーロよ。ここまで来れば、もういいだろ! 教えてくれ! 俺は間男なのか?
「おーい! そこの人! こっち来いよ!」
ん? 聞き間違いか? ……いや、聞き間違いではない。大家さんが俺に向かって笑顔で手招きをしている。
先ほどまでは裸だったが、いつのまにやらシャツを一枚着衣済みだ。……だが、下はパンツ一枚。常識があるんだかないんだか……。
「どうするネーロ?」
『俺に聞くな、気になるなら自分で二人の関係を確かめて来ればいいだろう。』
「だが、勝手に大家さんと話したりしたら、またイヴリンに嫌われないか?」
『すでにどん底まで嫌われてるやつが何を恐れている?』
「……ごもっとも……よし、ここは男らしく、毅然とした対応といくか。」
俺は、にこやかな笑みを浮かべる大家さんのもとへと向かった。
「なにか?」
「いや、こんな危険な森のど真ん中に人がいるから、誰かと思ってな。俺はギルバートだ。」
近くで見てもイケおじだな。……挨拶もスマートだ。……むむ……歳は……ルドルフ兄さんより少し上くらいか?
家名を名乗らない所を見ると、身バレしたくない訳ありのおじさんなのだろう。
だが、下半身パンイチで、握手を求められても……。
「アギットです。森にはこの家に住んでいる女性に話があって来ました。」
「どこのアギットくんだ? まさかお前まで、“ただのアギットです”だなんて言わないでくれよ?」
“ただのアギットです”? なんだそれは。
……ああ、きっとイヴリンがチュベローズを名乗りたくなくて、そう名乗ったのかもしれないな。
「アギット・オスマンサスです。失礼ですがそちらは?」
「俺か? 俺は“ただのギルバート”だ、そういう事で頼むよアギット。」
俺には聞いたくせに。ズルいおじさんだな。
「イヴリンはまだ寝てるぞ、起きてくるまで俺とお話ししてようぜ。」
なぜあんたがそれを知ってるんだ。
「なら、聞いてもいいですか?」
「おう。」
「ギルバートさんは、そんなパンツ1枚で、ここで何を?」
「俺か? ちょうど朝の一服をしていた所だ。」
俺が聞きたいのは、そういう事ではない。この人、わかってて言ってるな。
「じゃ、次は俺が聞く番だな。アギット、イヴリンからお前の話は聞いた事はないが、もしかして、トマトスープを作ったか?」
トマトスープ? ……ああ……イヴリンの手料理の全てを詰め込んだスープの事か? なぜこの人が知ってるんだ。
「味がイマイチだったぞ。薄かった。」
え、スープのダメ出し? そして、食べたのか。
「……未完成だったんです。」
本当なら、一緒に仲良く味付けして一緒に食べたかったんだ。
「あの夜、イヴリンの元気がなかったんだよなぁ~。お前、何を言ったんだ?」
いやいやいや! あの夜は、素敵な夜景の前で俺が言われたんです! 絶縁宣告されたんです。
でも……。
「……理由は多々ありますが、俺が彼女を怒らせてしまった事は確かです。」
あの夜の俺の発言が、彼女の導火線に火をつけてしまった事は間違いない。
積もりに積もった不満が爆発した感じだったしな。
なんとなく、傷付いていたような気もしたが……。
「う~ん、お前、イヴリンとどういう関係なんだ? イヴリンのケツ追いかけまわしてるだけの迷惑ストーカー野郎なら、貴族の息子だろうがなんだろうが、今すぐ追い返すが。」
俺とイヴリンの関係……?
「いや、次の質問は俺の番ですよね。……貴方とイヴリンのご関係は?」
「バレたか。しっかりしてんな~。俺とイヴリンか? 関係なんて関係ではないぞ。」
関係はない関係ではない? なんだそのなぞなぞみたいな……。
「答えになってませんね。」
「え~、だって、ある日偶然知り合って、ちょっと共通の知人がいて話すようになって、俺がたまにここに癒されに来てるだけだからな。」
偶然……共通の知人……癒されに……?
え、この人、大家さんじゃないのか?
「ほら、早く俺の質問に答えろ。イヴリンとどういう関係だ? 追い返す必要があるかもしれない奴に、話す事はないからな。」
まぁ、確かにそうだが……。
「っ……彼女とは……色々と事情があって、半年間同じデパンダンスで生活した関係です。あとは……彼女のデビュタントのエスコートも自分が。よく考えたら、関係を名乗れるほどの関係ではありません……。」
嘘ではない。が、これではストーカー容疑で追い返されてしまうだろうか……。最悪出禁……。
「なんだ、元婚約者か何かか? お前、イヴリンに愛想つかされて、逃げられたのか? つまり、イヴリンはお前が嫌だからこんな森に逃げてきた、と。」
「っち、違います! (たぶん)……、色々事情があるんです。確かに、“もう私に構うな”や“ここへ来るな”、と同義の事は言われましたが、今はそれどころではなく、火急の要件と大切な話があって来ました。」
大家さんは、俺を怪しむ目で見てくる。
イヴリンに直接言われるならまだしも、今ここで大家さんに追い出されるわけにはいかない。
「火急の要件と大切な話、ねぇ……なんだ? 愛の告白か? それにしたらこんな朝っぱらからってのは、どうかと思うぞ。」
「俺の一方的な告白より大切な話です! イヴリンの命に関わる事ですから! あ、貴方もしばらくは、こちらには来ない方がいいです。死にたくなければ。」
イヴリンだけならまだしも、この人が俺の知らない間に森に立ち入った際に何かが起きたら、護れるかわからない。
「……それはまた物騒な……何が起こるってんだ。だが、俺もイヴリンも大抵の事は大丈夫だぞ。(精霊の加護があるからな)」
「精霊がいるからですか?」
「お、そこまで知ってるのか。そうだ、俺達には加護があるから大抵の危険からは護られるんだ。」
「加護がどれほどのものかはわかりませんが、小さな精霊達で防ぐ事は不可能です。防御結界のようなものは、役にたちませんよ。」
兄さん達が言っていた。
色々試したが、魔法での防御結界はドラゴンのチカラに押し負けてしまったのだと。
魔法と精霊のチカラは違うかもしれないが、あまり過信しすぎるのもよくないだろう。
「一体、何が起きるってんだよ。この森で戦争でも起きるってか?」
まぁ、ドラゴンの事を知らない人達にとっては、ノワールがイヴリンの近くにいる事が、どれだけありえない事かも、どれだけ危険な事かも想像出来ないのだろう。
「……ギルバートさんはドラゴンが暴れたら止められますか? イヴリンを護れますか?」
もしかして、この人、ヤバい凄い人かもしれないから、一応聞いておこう。
「ドラゴン? 生身の人間が止められるわけないだろ、あんなの。ああ、お前はオスマンサスの男だから出来るってか。」
そうか、精霊の加護と言っていたが、この人も一応生身の人間なのか。
「はい。逆に言えば、俺にはそれしか出来ません。イヴリンにはどん底まで嫌われているし、男としても人間としても色々と未熟で……その……色々と下手くそですし……。」
大家さんを見ていると、余計に自信がなくなる。
筋肉的な身体の大きさも、男としての色気も余裕も……俺にはない。
「……お前もまた、ずいぶんと自己否定が強いのな。見た目はいい男なのに、今の若い奴らって皆そうなのか?」
「……さぁ。」
あれ? 俺ってそんなだったっけ? 結構、生意気って言われてた気がするけど……。
「よくわからないが、ドラゴンが関係するんだな? ならお前に任せた方が良さそうだ。イヴリンとこの家と森の精霊達を頼むぞ。」
「……え、あ、はい。そんなあっさりいいんですか? 俺、追い返されるか否かだったと思うんですが。」
「最初から、お前を追い返すつもりはなかった。お前がいい奴なのはわかってたからな。」
「……え、それは……どういったあれで……?」
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