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28 俺だけ出遅れています
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『アギット、イヴリンからだ。』
「イヴリンから?!」
イヴリンが母上から廃貴届を回収し、自らヘキシルカノールの王太子に直談判しに行ったと聞いてから、一週間が経ったある日、ネーロがイヴリンからの手紙を預かってきた。
まぁ、イヴリンはノワールに預けて、ノワールからネーロが預かったのだろうが。
「……なんだよ、母上宛てじゃないか。」
『ふっ……アギットには、これを預かってきた。』
……ネーロのやつ、完全に俺のイヴリンへの純粋な気持ちをネタにして面白がっていやがる。大したドラゴンだぜ。
とはいえ……。
「え! 俺にもあるのか? なんだよネーロ、それを早く言えよ!」
俺も大概、現金な奴だという自覚はある。
イヴリンからの俺宛の荷物は、俺がいつぞやにネーロに精霊用の菓子を入れて渡したはずの大きな袋だった。
……まさか、送り返してきたのだろうか……精霊用なら受け取ってくれるかもしれない、などと、嫌われ者の俺なりに、一生懸命考えたのに……。
かなり心が折れそうになったが、袋を手にすると、その重量感から、中身が菓子ではないことがすぐにわかった。
良かった……菓子は受け取ってくれたみたいだ。
菓子と入れ替えられた袋の中身は、袋いっぱいの“じゃがいも”だった。
あの日一緒に掘ったものだろうか? なんだ? お礼のつもりか? じゃがいも掘り……イヴリンとの共同作業……楽しかったな。
だが……きっと違う。
「菓子がじゃがいもになって返ってきた……。」
『だな』
まるで、“また送ってきたら、次こそ送り返すぞ”と言われたような気分である……。
袋の中いっぱいのじゃがいも達が、俺を嘲笑っている。
思わずため息がもれでた。
「ネーロ、イヴリンはどうしてる? 元気か?」
『さぁーーな。』
「……。」
面白がっているのか、ネーロは徹底してイヴリンの情報を俺にくれない。
「仕方ない……母上に手紙を届けてくるか……。」
「母上、イヴリンから手紙が届きましたよ。」
「あら! イヴちゃんから?! すぐに読むわ! 貴方もここにいなさい。」
母上は俺に自慢したいのか、目の前でイヴリンからの手紙を読み始めた。
「……あら……まぁ……あらあらあら! ……まぁ! まぁ! まぁまぁ! ……やだぁ! ……もう……良かったわ……。ん? え……? ぇええ!? 嘘よ! そんな事ってある?! さすが、オークモス侯爵の息子ね……うん、うん……うん……そっかそっか……良かったわ……。」
母上はイヴリンの手紙を読み進めながら、大げさにリアクションを取り続け、最終的に何度も何度も良かったわ、と口にしながら若干涙ぐんで、手紙を置いた。
「……ですって。」
「いや、俺なにも知りませんけど。」
何なんだよ母上は! 皆して、俺をからかって楽しんでるんだな。
「冗談よ。貴方も読んでみなさい……イヴちゃんはこれから、幸せで愛に溢れた新しい人生が始まるわ。」
「……え? あ、愛?!」
まさかフリッツ・オークモスと?!
俺は手渡された手紙を手に取り、悩んだ末に読む事にした。
「……。」
……そうか、ヘキシルカノールの王太子はイヴリンを王太子妃にする事を諦めたようだな。
……へぇ、イヴリンの母親の肖像画が……。ふーん。
でたな、フリッツ・オークモス……。
は? ぇ? ぇえ?! 兄だって?!
つまり……イヴリンは全てを知ったのか……?
フリッツ・オークモスが……兄を見つけて……イヴリンに全てを話した……。
イヴリンの父親の件は、俺があんなに悩んでいたのに、フリッツ・オークモスが、あっさり解決したと……。そっかそっか……。
兄はラウリルアでレストランを経営?!
イヴリンもラウリルアで働くかもしれない?!
あ、でも生活は森で続けるのか……良かった。
ん? ちょっと待った。
俺がイヴリンに嫌われてる間に、ヘキシルカノールの王太子もフリッツ・オークモスもイヴリンを喜ばせて感謝されて、いい感じの関係に納まってないか?
王太子妃も婚約も、結果的には駄目だったのだろうが、イヴリンに会いたい時にいつでも会ってもらえる、良好な関係だろう?
俺って……ずっとイヴリンの居場所も知ってて、いつでも会いに行けたって言うのに……。
それなのに……居場所も知らなかった奴らに、何百歩出遅れたんだ!
馬鹿か俺は! 大馬鹿野郎か俺!
「は、母上……俺もラウリルアのお兄様のレストランで修行をば……料理も出来るようになって、お兄様に気に入られて……一石二鳥の作戦で……」
もうこれしか俺に残された道はない。
「馬鹿ね、何を言ってるの! これ以上イヴちゃんに嫌われてどうするのよ!」
……やっぱり嫌われるのか……。
俺って、やる事なす事考える事すら、嫌われる運命なのかもしれない。
「……母上、俺は本気です。イヴリンさえ許してくれるなら、この家を出て、彼女と生活していきたいです。もちろん、今の仕事は続けます、有事にはシュヴァルツの制御も行います。」
まぁ、夢のまた夢な上に、もはや願望でしかない話ですが。
「あら、そうなの? なら、別に誰も文句はないんじゃなくて? てっきり、オスマンサスと縁を切るんだとばっかり考えちゃったわ。」
「……え?」
「イヴちゃんと生活したいだけなら、貴族籍を抜ける必要も無いじゃない。籍なんて関係無いわ、事実婚でもいいじゃない。我が家にはもう次期オスマンサス辺境伯はいるのだし、その次もいるのだから。仕事だけきちんとしてくれるなら、次男以降はどこで寝食しようが私もミハエルも強制はしないわよ。」
え? なら、あのデパンダンスってなんなのでしょうか母上……。
「でもアギット、気が早すぎるわ。まずはせめて、お友達、そこからよ! 頑張りなさい! あと、言い忘れたけど、我が家は息子の恋人にまで、家の事を強要する気はないわ。息子が幸せでドラゴンと繋がることができる血を絶やさずにいてくれるだけで、十分親孝行よ。覚えておきなさい。」
「……はい、母上。」
そうは言ってもなぁ……。
取り付く島もない状態で、一体何をどうすればいいんだ……。
これまで恋愛なんてしたことがないから、こんな時に何をしたら女性に嫌がられないか、喜んでもらえるのかが、全くわからない。
しつこくすればもっと嫌われてしまうだろうし……。
そういえば……ヘキシルカノールの王太子も、フリッツ・オークモスも、彼らなりの自分達しか知らない、出来ない事でイヴリンを喜ばせていたよな……。
……俺には何がある? 何が出来る?
魔法? ドラゴン? ……顔?
駄目だ……顔以外全部ノワールでことが足りるじゃないか……。俺にしか出来ない事は無いのか?
……俺は……無力だ……。
こんなんじゃ、キュアノエイデスを追いかけまわすエリュトロンと同じではないか……。
ん? 待てよ……キュアノエイデス……エリュトロン……青と赤のドラゴン……。
いやいやいや、何考えてる俺。それは駄目だ。
でも……ちょっとだけ……。
「フリード兄さんっ! ちょっとキュアノエイデスと話がしたいんだけど、協力してくれない?」
結局俺は、再びドラゴンに恋愛相談をする事にした。
「アギットか、いいぞ。丁度ほら、あそこに“おしゃべりシーニー”がいるぞ。」
良かった、丁度話好きな奴が来ている。俺は兄さんに通訳を頼んだ。
『アギ坊、なんだ? どうした?』
「シーニー、聞きたい。何故エリュトロンと仲良くしないんだ?」
『あん? 赤の馬鹿とか? 馬鹿が伝染るからに決まってるだろ。』
イヴリンにとっても俺は馬鹿なのだろうか……いや、違う、違うはずだ。
「エリュトロンが馬鹿じゃなかったら、仲良くするのか? エリュトロンはキュアノエイデスの事が大好きなだけじゃないか。」
そこまで邪険にしなくても……。
『我らは赤が嫌いだ。好きなら何をしても許されると? 大事なのは我らの気持ちだろう。突然炎を吹かれるこちらの身にもなってみろ。我らの鱗とて、赤の炎を浴びればちょっと熱いんだぞ。』
ドラゴンの鱗はとても丈夫であり、矛と盾みたいな関係だと思っていたが、やはりエリュトロンの炎は防げないらしい。……でも、ちょっと熱いくらいならいいじゃないか。
「でもさ、キュアノエイデス達は歩み寄ろうとすらしないだろ? エリュトロンも何が嫌なのかを話せば、わかるかもしれない、とは思わないのか?」
エリュトロンだって、キュアノエイデスが何故ツンケンするのかわかれば、改めるかもしれないではないか。
『なら赤は、なぜ我らが嫌がるのかを、知ろうとしない? ……アギ坊、いいか? ドラゴンにもな、どうしても相容れない相手というのもいるものなのだぞ。』
何故俺は今、ドラゴンに諭されているのだろうか……。
だが、人間もドラゴンも同じだな。
「……嫌がる理由を、自分で気付いて改善したら、仲良くしてやれるか?」
『ふむ……想像もつかぬが、これまでの非礼を心より詫び、今後一切我らに迷惑をかけぬと約束するのならば、考えてやらんこともない。』
「そっか……謝って、約束する……。ありがとうシーニー、フリード兄さん。参考になったよ。」
謝って、約束。
俺がイヴリンに嫌われた原因があるとすれば、いくつか思い当たることがある。
一つ目……あの夜、俺が下手くそすぎたせいで、彼女に苦痛を与えてしまったこと。
二つ目……ルイーゼ夫人が言っていた、胡散臭い紳士のフリ。
三つ目……俺に恋愛経験が無いせいで、女心をわかっておらず、気持ちを汲み取る事が出来ない事。
四つ目……彼女が嫌いな貴族だということ。
謝ることが出来るとなると、一つ目と三つ目か。二つ目はすぐに紳士の仮面をかぶることをやめてしまえばいい。だが、いきなりだと驚くよな。一言伝えるか。
あとは……自分の気持ちをきちんと伝えた方がいいよな……。
何のために彼女に会いに行って、構ってしまうのか。
イヴリンは、俺があの夜に責任を感じている、などと言っていたが……申し訳ないが、責任という点で言えば、そんなに感じてはいなかった。それも最低だよな俺って。
彼女の性格的に、いきなり好きだなんだと伝えても、“私の何を知っていて、好きだと言えるのか”などと、偏屈を言いそうだから……。気持ちは小出しにした方がいいな。うん。
そうと決まれば、会いに! ……行けないんだった……。どうしたらいいんだ、まず会えないという大きな壁を突破できそうにない……。
百面相しながら右往左往としている俺の様子を、観察するように遠くから見ていたらしいネーロが、突然目の前に現れて言った。
『アギット、お前を見ていると、さすがの俺も少し同情してきたぞ。……まさか青にまですがるとは……。黒として恥ずかしいぞ。……代わりと言っては何だが、いい事を教えてやろう。それを聞いて、どうするかはお前次第だ。やるというなら、少しは協力してやる。』
それを聞いた俺は、藁をもすがる思いで、二つ返事をした。
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