【R18・完結】結婚はしません、お好きにどうぞ

hill&peanutbutter

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27 今となっては唯一の存在

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(sideイヴリン)


 
「イヴリン、こちらテオバルトさん……君のお兄さんだよ。」
 
 
 フリッツに連れられ、久しぶりにオークモス侯爵家を訪れた私が紹介されたのは、その見た目も含め、予想だにしない人物だった。

 私の頭は思考停止寸前だ。

 
「こんにちはイヴリン、テオバルトです。会えて嬉しいよ。」










「……っ。」

 思わず、言葉につまってしまう。

「……フリッツ、彼女はもう貴族の令嬢じゃないと言っていたけど、挨拶はこれで良かったのかな? 駄目だった?」
 
 どこかぎこちない様子のその男性は、フリッツが見つけてきた私のだという。
 
 突然のことに、まったく頭がついていかない。
 一体、何がどうなっているのだろうか。
 
「イヴリン、説明すると長くなるんだけど、結論から言うと、君はチュベローズ伯爵の実子じゃないんだ。伯爵とは血のつながりはない。」
 
 目の前の状況に動揺している私の耳に、最近聞いた中でも最も喜ばしく嬉しい言葉が聞こえてきた。

 ……チュベローズ伯爵と血が繋がっていない、ですって?

 
「……それが本当なら、踊りだしたいくらいに喜ばしいわ、フリッツ。」
 
 ようやく出た言葉が、これだった。


「本当だとも。証人もいるから間違いないよ。……よかった。正直、突然こんな事を言うのはどうかとも思ったのだけど、イヴリンなら喜ぶと思っていたよ。」
 
 フリッツの認識は間違いではない。
 普通の家門の令嬢相手なら、とんでもなくショッキングな話だろう。

 フリッツは本当に私の事をわかってくれている。

 彼は、伯爵が屋敷の中で私を蔑ろにしていた事までは知らなかったと思うが、少なくとも、私が伯爵の事をあまりよく思っていない、と言う事は昔から一緒にいたので、よく知っていたのだろう。

チュベローズ伯爵あの男と赤の他人だったことは、素晴らしいことに違いないとしても、どうしてテオバルト様が私のお兄様になるの? もちろん、疑う余地のないお姿ではあるけど……。」

 テオバルト様にお会いした瞬間から、私の心拍数は上がりっぱなしだった。
 
 なぜなら、テオバルト様は私と同じモスグリーンの髪に金色の瞳をしていたのである。顔の造形や肌の色なんかも、どことなく自分と似ている気がする。

 
 そもそも、何故フリッツがそんな事を知っているか、という所からなのだが……。

 話を聞けば、どうやらフリッツは、私が辺境伯様のお屋敷を出た後、アギット様から私の事情を聞き、ずっと、行方を捜してくれていたのだという。

 私を探していて、偶然見つけたのが、テオバルト様だったのだとか。
 
 
「実はねイヴリン、あまり気持ちのいい話ではないんだけど……。」

 大丈夫、あの男が関係している以上、ろくな話では無い事は想像するに容易い。

「テオさんの父親とイヴリンの父親が同じ人なんだよ。母親はもちろん違うんだけど……。」

 私の父親……。
 
「フリッツ、ここからは俺が自分で説明するよ。」
 
 君ではなかなか話しづらいだろ? と、テオバルト様。

 どうやらフリッツが代わりに説明するにはあまりにもセンシティブな話しであるようで、ここからは当事者であるテオバルト様が自ら話をしてくれた。
 
 
「イヴリン、君も知っているかはわからないけど、俺の父さんは森の民と呼ばれたエレミ族の血を濃く引いた人でね……あの頃はまだ差別みたいなのが酷かったから、仕事もろくなのがなくて、俺と父さんと母さんは三人でヘキシルカノールの貧民街で貧しい生活をしてたんだ。あ、母さんは普通の人だよ。」

 つまり、今の国王陛下が即位される前の話なのだろう。

「父さんは若い頃、今の俺にそっくりな人だったよ。髪の色も瞳の色も同じだった。……イケメンだろ? (ウィンク)」
 
「ええ、とっても。」

 やっぱり……そうではないかと思った。つまり、私達のこの髪の色はエレミ族の特徴だと言う事だろうか?
 
「ありがとうイヴリン! ……でね、俺がまだ小さい頃、突然、チュベローズ伯爵の遣いだ、っていう男性が俺達家族の所に現れたんだ。ぼんやりとしか覚えてないけどね。」
 
 それからテオバルト様が続けてくださったお話しは、言葉は悪いが、胸くそ悪すぎて、聞くに堪えない内容だった。
 
 簡単に言えば、チュベローズ伯爵は、エレミ族の血をより濃く引いた子供欲しさに、テオバルト様のお父上の子種を金で買ったのだ。
 
 つまり、お母様は好きでもない男と結婚させられた挙句、知らない男性と子供を作らされた、ということだ。
 
 本当に本当に許せない。地獄に落ちて欲しい。
 
 チュベローズ伯爵に対するあまりの嫌悪感から、私は床に視線を向け俯き、こぶしを握り震えていると、テオバルト様が“嫌な話しを聞かせてごめんね”と、言いながらそっと私の拳に手を重ねてくださった。

 とても大きくて暖かく、頼もしい大人の手だ。

「実は俺、イヴリンが赤ちゃんの時に一度だけ会った事があるんだよ。」
 
「え?」
 
「父さんはチュベローズ伯爵の奥様が妊娠して、子供が無事に生まれて、さらに健康だとわかるまでは、どこにも行けない契約を結んでいたらしくてね、月に何度も伯爵の御屋敷に通っていたんだ。」

 ……それはそうだろう、子供はすぐに出来るものではないし、生まれても、すぐに死んでしまっては意味がない。

 チュベローズ伯爵は、つくづく嫌な男である。

 だが、母親が仕事で不在の時には、テオバルト様もお父様と一緒に伯爵家について来る事があり、その時はオヤツをもらって待っていたりしたこともあったのだとか。


「それで、最終的に無事にイヴリンが生まれて、ようやく父さんの契約が満了した最後の日にね、奥様が俺達にお別れの挨拶を言いにわざわざ出てきてくださってね……その時、こっそり俺に、赤ちゃんのイヴリンを見せてくれたんだ。」

 お母様がわざわざ、私を連れて見送りに? ……。

 つまり、お母様はテオバルト様のお父様を憎んではいなかった、ということだろう。良かった。それだけは救いだ。

 テオバルト様もお父様も奥様も、私を含め、チュベローズ伯爵家が心底憎かった事だろう。

 謝罪すべきかもしれないが、私はもうチュベローズの名を捨てた身だ……その発言はなんの意味もない立場でしかない。

「……俺と同じ髪の色に同じ瞳の色をした、小さな小さなイヴリンを見たあの時さ、あまりの可愛さに、俺は幼いながらに感動したのを覚えてるよ……この小さな可愛い子を、僕が守らなきゃって、本気で思ってた。……大きくなったねイヴリン……。」
 
「……テオバルト様……。」
 
「お兄ちゃん、って呼んでくれてもいいよ?」
 
「……。」
 
 兄……私に兄がいた。私の本当のお父様もエレミ族だった……。そこに至るまでの過程は、とても複雑で、とてもじゃないが、喜んでいいのかはわからない。
 ……わからないが、私は今、とても嬉しい。目の前の男性を兄と呼んでみたいと思った。
 

「ぉ……兄様……」

 なんとか絞り出したような私の小さな声に、テオバルト様は微笑み、両腕を広げた。

 
「イヴリン、おいで。再会のハグだ。」
 
 両腕を広げたまま、私が飛び込んで来ることを待つテオバルト様。

 いいのだろうか……私がその胸に飛び込んでも、本当に許されるのだろうか。
 
「イヴリーン、まだぁ~? お兄ちゃんのここ、空いてますよ~。」
 
 気の抜けるようなお兄様の言葉に、私は考えることをやめ、思いっきりその胸に飛び込んだ。
 
「私もっ……お会いできてうれしいですお兄様っ」
 
 お兄様は、そのままぎゅっと、私の身体を包み込み、きつく抱きしめてくれた。
 
 ……これが、家族のぬくもりなのだろうか。
 
 
 しばらく抱きしめ合い、満足した私が離れようとすると、まだ駄目、と聞こえ、お兄様は私を背中から抱きしめ直す。

 私に、家族と呼べる人が出来て、こんなじゃれ合いをする日がくるなんて……信じられない……信じられないけど、夢でない事を祈りたい。
 
 私は、背中にお兄様をくっつけたまま、フリッツに向き直り、感謝の気持ちを伝えた。
 
 
「フリッツ、本当にありがとう。本当に本当にうれしいわ。お兄様を見つけてくれて、会わせてくれて、本当にありがとう。」
 
「喜んでくれて俺も嬉しいよ、イヴリン。」
 
 フリッツの優しい笑みが、なんだかとても懐かしく感じる。
 
「そういえば、ラウラとの婚約を解消したと聞いたわ。よかったわね。あんな子との結婚は止めて正解よ。」

 つまりラウラは本気でアギット様からの求婚を待っているのだろうか? 馬鹿な子だ。

 アギット様のお父上を、気持ち悪いだのと散々言って、本当に婚約者になれると思っているのだろうか。

 
「ああ、そうなんだ、だから俺は今、絶賛婚約者募集中なんだけど、イヴリン、どうかな? 今度こそ、俺と本当に婚約してくれないか?」
 
 冗談っぽく言っているように見えるが、フリッツの目は本気だ。それならば、私もきちんと答えなければならない。
 
「ごめんなさい。フリッツの事はとても好き。でも私は平民……庶民の生活が性に合ってるみたいなの。だから、このまま本当に貴族籍を捨てるから、婚約は出来ません。」
 
 それに、フリッツの婚約者の枠はすぐに希望者が殺到するだろう。彼は女性からも人気だから、心配ない。

 悩む素振りすらみせない私の返答に、わかっていたよ、とでも言いたげな表情のフリッツ。
 そこにすかさず、気の抜けた声が割り込んできた。

「だってさフリッツ、残念だったな~。イヴリンは俺と一緒に 庶民の生活が送りたいんだって!」
 
「え?」
 
 ……お兄様と一緒に庶民の生活? うそ……まさか、一緒に暮らそう、と言ってくださっているの?!

 でも……浮かれては駄目だ。


「お兄様のご家族にご迷惑になりますから、それは……。」


 本当のお父様にはお会いしてみたいけど、そこまで私は図々しくはない。いくらお金のためとはいえ、奥様にとって、私は夫がよそで作った子供に違いないのだから……。

 しかし……。
 
「……俺には奥さんも子供もいないし、父さんも母さんも、だいぶ前に亡くなったから、家族はいない、今は一人だよ。」
 
 あ……今……なんと?

「……ご両親は……亡くなっていらっしゃるのですね。」

 つまり、私の本当のお父様はもうこの世にいない……という事か……一度くらい会ってみたかったが、こればかりは仕方ない……。

 私はどれだけ親と縁が無いのだろう。

「イヴリン……そんな悲しい顔しないで? 俺がイヴリンのお父さんになるよ! ……一人二役するから! ね! ……こうみえて俺、ラウリルアでレストランを経営してるんだ。だから、イヴリンくらい養えるよ。それに、イヴリンみたいなかわいい子がウエイトレスになってくれたら、お客さん増えそうだなぁ~! っなんて!」
 
 ラウリルア公国ですって?! そんなに近くにいらっしゃったのね!

 どうやら、チュベローズ伯爵との契約を終えたあと、テオバルト様達家族は、ラウリルアへ移住したのだという。

 ……それにしても、私はあんなに料理が駄目なのに、お兄様はレストランを経営ですって? 教えてと、頼んだら、教えてくれるかしら。
 
 それよりも……。


「お兄様、話したいことがたくさんありますので、今度お兄様がゆっくりと時間が取れる日に、ラウリルアへ遊びに行ってもよろしいですか? もちろん、私の住む場所にも招待させてください。」
 
「もちろん! その時は店を貸し切りにして、イヴリンのためにご馳走を用意するよっ、だから残さず食べてね! (ウィンク)」



 
 
 その後、私はフリッツとお兄様と三人で外で食事をしながら、私が今、森で生活していることなどを伝え、また会う約束をして別れた。
 精霊の事などは、さすがにフリッツの前では話せないので、今度お兄様と二人きりの時に話してみようと思う。
 
 



 この日、私は、最低な気持ちで訪れたはずのヘキシルカノールで、思いもよらず、たくさんのかけがえのないものを得ることが出来たのだった。
 
 
 
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