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25 伯爵がクズな件
しおりを挟む(sideアギット)
「父上、母上、兄さん、ヴィルさん、義姉さん、お話しがあります。」
俺は、イヴリンへの気持ちを自覚した翌日、家族全員が集まる朝食の席で話を切り出した。
「一緒にいたいと思う女性がいます。」
突然の俺の言葉に、親父はフォークを落とし固まり、母上は水を吹き出し、兄さん、義姉さん達は沢山い過ぎて把握していない。
「ですから、父上、俺の新しい結婚相手は探さないで下さい。……とはいえ、今俺は、その女性からとても嫌われていますので……俺の結婚は期待しないでください。」
続く俺の不穏な言葉に、その場の全員が心配そうな表情をみせた。
「アギット、結婚は期待するな、とはどういう意味だ? 相手の方から嫌われているからか?」
親父が落としたフォークを取り替えてもらいながら、質問してきたが、全員が気になった事だったようで、食事の手が止まっている。
きっと、嫌われているだけなら、好きになって貰えばいいだろうとでも言いたいのだろう。簡単に言うな。
「嫌われている、どころか、避けられてます……それから、俺も貴族籍を捨てようと考えています。」
「駄目よ!」
母上が声を上げ、席から立ち上がった。
「アギット、一緒にいたい好きな人とは、イヴちゃんなのでしょう? 貴方がそうなる事は、ここにいる全員がわかっていたわ。」
え、なにそれ……全員? 全員俺がイヴリン好きって知ってたの?
「貴方がそう言うとわかっていたから、母はイヴちゃんの廃貴届になかなかサインできなかったの……。」
「母上、その件に関しても、イヴリンとの約束を守ってあげてください。きちんとサインして提出するなり、サインできないと本人に返すなり……黙って彼女を貴族のままにしておくのは、母上を慕い信じているイヴリンに対する裏切りです。」
もし今のタイミングでバレたら、とばっちりで、さらに俺が嫌われるじゃないか。
母上はぐうの音も言えず、ゆっくりと椅子に座り直した。
「でもアギット、ローズちゃんの言う通りだよ。貴族籍を抜ける事は私も許可出来ない。お前もオスマンサスの血を受継ぐ大切な息子だ。一時の感情で判断せず、二人にとって最善を導き出す努力をしなさい。」
親父が珍しく毅然とした態度でそう口にした。
「そうだぜアギット、貴族籍云々よりまずは、イヴちゃんからの好感度上げてからだろ。嫌いな奴から、いきなり“君の為に貴族やめました”っなんて言われたら、俺が女なら恐怖で震え上がるぜ?」
「……コンラート、そんな言い方……。」
「ニーナ義姉さん、いいんです。コンラート兄さん、今思えば、兄さんの言葉をもっとちゃんと聞いておけば良かったと思っています。」
イヴリンの実家での件もそうだが、コンラート兄さんの馬鹿な話は、あながち間違いばかりではなかった。
俺が彼女の事が好きだと、気付いていて、俺に教えてくれたのも、兄さんだった。
「お? ……ぉう、そうだろ? これからはちゃんと俺に相談しろよ? ……(小声)ニ、ニーナ、どうしよう、アギットが素直で怖いっ!」
「……もう、コンラートったら、素直に心配だったって言えば良いのに。」
「でもさ、イヴちゃんは、どうしてそんなにアギットが嫌いなの? アギット、何かしたの?」
「……エルンスト、女性には色々あるのよ?」
「ベアトリーチェ義姉さん、ありがとうございます。実は私も、原因がコレだ、というのが正直わからないのです……。イヴリンの前では出来るだけ紳士である事を心掛けていたのですが……」
嘘ではない。仮面舞踏会の夜も含め、徹底的に心に紳士の仮面をつけて接していたのだが……。
「それがいけなかったのではなくて?」
「ルイーゼ、どうしたいきなり……俺、あんまりアギットのこの件、関わってなかったんだけど……」
「ブルーノ、貴方がいつもフラフラとどこかへ行ってしまうから、私がきちんと“嫁の会”で二人のお話しは聞いていましたわ。だからお願い、言わせて頂戴。」
よ、嫁の会? なんだその謎の会は……男子禁制な感じがするが、どんな会話がなされているか想像するだけで恐ろしい。
「ブルーノ兄さん、いいよ、聞きたい。ルイーゼ義姉さん、紳士的な態度が問題だったという事ですか?」
「いーーい? アギット君、女はね、作った紳士的態度なんてわかってしまうものなのよ。作った笑顔なんて向けれた日には、もうその男は信用出来ないわね。胡散臭くて。アギット君は、イヴちゃんといる時、作った笑顔がバレバレだったわ。」
……なら、何故それをもっと早く教えてくれなかったんですか義姉さん……。
「いっその事、普段みたいにクールだけど可愛いアギット君のままで接していたら良かったと思うわ。そう思いませんこと皆さん?」
ルイーゼ義姉さんの言葉に、義姉さんと母上までもが一斉に無言で力強く頷いた。
……な、なんだ、この団結力は……。
でも、やっぱり思うのは、どうして今になってそれを……最初にその助言を頂きたかったです……グスン。
「……アギットがちょっと可哀想だからフォローするわけではないけど、私からもいいかしら?」
「なんでしょう母上。」
思えば母上は、当初からイヴリンを気に入っていた。
俺はずっとそれがなぜだか気にはなっていたのだが、我が家の両親は二人とも秘密主義であるため、どうせ聞いても答えてはもらえないと思い、聞くことはなかったのだ。
「イヴちゃんの異常な貴族嫌いと、拗らせてるあの性格は、あの子のご両親の影響が強いと思うのよ……。」
「お義母様は、チュベローズ伯爵夫妻について、何かご存知なのですか?」
自分も少なからず知っているからか、ベアトリーチェ夫人が反応を示した。
「ええ、チュベローズ伯爵の悪評はベアトリーチェさんもご存知の通りだけど……それだけじゃないの。イヴちゃんのお母様であるクリスティナはね、私の友人だったのよ。」
そ、そうだったのか! だから、母上は最初からイヴリンを……。
「クリスティナは当時、今のチュベローズ伯爵に脅迫まがいに結婚を迫られて、仕方なく結婚したの。だから、夫婦の間に愛なんて存在しなかったはずよ……おまけにチュベローズ伯爵は愛人も沢山いて、愛人に子供まで……それなのに、クリスティナの事は屋敷から一歩も外に出さなかったの。だから、イヴちゃんもほとんど屋敷の敷地内で過ごしていたみたい。」
「まぁ……なんて事……お二人とも可哀想に……。」
「ええ、本当に……。」
「まるで監禁に虐待だわ……。」
「イヴちゃんがあんなに可愛いんだもの、お母様もきっと大層お美しかったのでしょうね。」
「私なら耐えられなくて逃げ出すわね。」
「許せない……一発殴ってやりたいわ。」
義姉達がそれぞれ思い思いの感想を述べている。
だが本当に最低な野郎だな、チュベローズ伯爵は……。
……はっ! まさかイヴリンは、貴族の男は皆そういうものだと?! だから結婚が嫌なのか?!
「そんな中でも、隣の屋敷のオークモス侯爵家の歳の近い兄妹とは仲が良かったようですよ。」
一応情報として皆に伝えておく。
それはそれだ。フリッツ・オークモスめ……お隣のそんな状況に、気が付かなかったのか?
まぁ、俺が奴の立場でも、間違いなく気づかないだろうが。
「あら、オークモス侯爵の? そうなのね。仲の良いお友達がいたなら良かったわ。お隣だから、伯爵の目を盗んで子供だけで遊んでいたんじゃないかしらね。」
「母上、それで? 続きをお願いします。」
俺のせいだが、脱線しそうになったため、話を元に戻す。
「え? ああ、そうね……そんな状況でも、クリスティナはきっと、イヴちゃんを立派な伯爵令嬢に育てあげようとしたのよ。あの子の立ち振る舞い方を見たらわかるでしょ?」
全員が無言で頷く。
「それなのに、彼女は病気になってしまったの。イヴちゃんにとって、たった一人の家族と言える存在の、生命の灯火が消えていく所を、あの子はずっと側で見ていたの。誰もお見舞いにも来ず、病気で苦しみ痩せ細っていく母親の姿を、まだ幼い娘がたった一人で……そして最後を看取ったのよ。」
その場の全員がショックで言葉を失い、義姉さんの中には、涙する人もいた。
「私なら、絶対に母親にそんな孤独な死を迎えさせた父親を許さないわ。もちろん、見ていて知っていたのに、助けてすらくれなかった周囲の大人達も同じよ……。当時のイヴちゃんにとってはきっと、大人イコール貴族なの。だから、今でも貴族を憎んでいるんだわ。そして、結果的に誰かに頼る事も甘える事も出来ない子になってしまったのよ。自分自身が強く逞しく生きなければ母親と同じになるとでも思ったのかもしれないわね。」
増々思ってしまう。……フリッツ・オークモス……何故助けてやらなかった……。
まぁ、あいつも子供だったのか……。
「それで、実はクリスティナがね、多分亡くなる少し前に私に手紙をくれたのよ。これはイヴちゃんにも話していないのだけど……イヴちゃんは、チュベローズ伯爵の本当の子供じゃないそうなの。だから、もしチュベローズ伯爵が罪を犯して裁かれても、イヴリンは血の繋がらない他人だから、守ってあげて欲しい、と書かれていたわ。」
「っえ?! 母上、何故そんな大事な事を隠していたのですか!」
それで何故今、皆の前で言うんだ……。
「だって、信じられる? 自分の妻を他の男に種付させるなんて……。チュベローズ伯爵は人間のクズよ。」
え、それはつまり、チュベローズ伯爵は種なし? え、なら、あの妹は? ……え?
「イヴリンのお母様の手紙には、本当の父親についても書かれていたのですか?」
「いいえ、詳しい事は何も……。」
「本当の父親はイヴリンの存在を知ってるのですか?」
「知らない……と、いうよりも、その方はもうこの世にいないわ。かなり昔に亡くなられているそうよ。」
だ、誰なんだ。イヴリンの本当の父親とは……。……いや、そんな事より。
「……つまり、イヴリンは血の繋がった親を、二人とも亡くしたのですね……。」
嫌いなチュベローズ伯爵と血の繋がりがないと知れば、イヴリンは喜ぶかもしれないが、本当の父親が亡くなっていると知れば、二度も親を失う哀しみを負う事になってしまうだろう。
「と、言うわけなの、皆、これは内緒よ? 人生、知らない方がいい事もあるの。この話しはおしまい。……アギットも、イヴちゃんに言っちゃ駄目よ? いいわね。」
……。
「……わかりました。」
だが、本当に本人が知らずにいていい事なのだろうか? 髪の色が同じ同族を探そうとするくらい、彼女はチュベローズ伯爵以外の“家族”を見つけようとしているというのに……。
俺はこの件がずっと胸に引っかかる事になるのだった。
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