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22 久しぶりの彼女
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イヴリンの場所へは、ネーロの背中に馬につける鞍のような物を装着し、乗って空から移動した。
ネーロは、鞍を“屈辱だ……”と言いながらイヤイヤつけているようだったが、俺の知ったことではない。乗り心地はいい方がいい。
シュヴァルツの背中に乗った人間なんて、間違いなく俺が初めてだろう。ふふふ……鼻が高いぜ。
俺を乗せたネーロの後ろをメランがついてくる。
シュヴァルツの成体二体と言うだけで、気を失う人間がいるというのに、俺はオスマンサス辺境伯の息子だと言うだけで背中に乗り、彼らを移動手段にしている。
……つくづく、チカラは正しく使わなければならないな、と感じる……俺が悪い奴で、このままどこかの王宮に乗り込んで、シュヴァルツ二体を使って暴れまわり、壊滅させる事だって簡単に出来てしまうのだから。
そんな事を考えていると、森が見えてきて、そのど真ん中辺りにぽっかり木が生えていない空間が現れる。
『あそこにイヴリンが住んでいる家がある。今はノワールがいるから、怪我しないように気をつけろよ。』
「おい、そこは兄として弟を止めてくれよ」
『俺にはノワールが正義だ。』
シュヴァルツ、怖い……グスン……。
ネーロが地面に降りたので、俺も降りる。
少し先に思ったより立派なログハウスが建っており、家の横の菜園らしい場所に、ノワールがいた。
そしてその横には麦わら帽子を被った女性の姿が。
……あの髪色は間違いない、イヴリンだ……ひと月ぶりだが、突然俺が現れて驚くだろうな。
なんて説明する?
マズイ、何も考えずに来てしまったぞ。
とりあえず紳士の仮面……紳士の仮面……と……。
ノワールが俺に気付いて、唸り声をあげるとイヴリンも振り返り俺に気付いた。
「っ?! あ、アギット様?」
「や、やぁ、イヴリン! 久しぶりですね……早速、家庭菜園かな? 精がでるね!」
『グルルゥゥ……』
「ノワール、久しぶりだなっ、唸るなよ……大丈夫だ、何もしないよ。」
イヴリンは俺が訪ねた時、丁度じゃがいもの収穫をしていたらしい。
もう少しで終わるから、と待つように言われたので、俺もじゃがいも掘りを手伝う事にして、二人でやったからか、収穫作業は早めに終わり、今はログハウスのウッドデッキのテーブルで紅茶をご馳走になっている。
「ひと月ぶりほどでしょうか? 辺境伯様はお元気ですか? 夫人も皆様も。」
気にする事がまず、親父が元気かどうかなのか。相変わらずだなイヴリン。
「ええ、皆元気にしてますよ。イヴリンも元気そうですね。」
「はい、おかげ様で……縁あって、しばらくはこちらに住むことにいたしました。」
……しばらくは? またどこかに行くつもりなのか?!
「ところで、アギット様はどうされたのですか? 何故私がここにいると? なぜシュヴァルツの幼体の名前を? ノワール、でしたか?」
良かった……イヴリンからの質問に答えていけば、この場は大丈夫そうだな。
「まずどこから話しましょうか……これまで聞かれなかったので、話していなかったかもしれませんが、我々オスマンサス辺境伯家とドラゴンの関係から説明しますね。」
俺はまず、簡単かつ完結に俺達とドラゴンとの関係を説明し、さらにはノワールとネーロ、メランとの関係を話した。
「あの子はノワール、というのですね……それにご両親ではなく、御兄弟……ならば、アギット様はノワールのお兄さんのネーロ、でしたか? と、お話しが出来るから、私がここにいるとわかったのですね。」
ここはひとまずそういう事にしておこう。
「ざっくり言えばそうですね。」
「事情はわかりました。ですが、今日はなぜこちらへ? 何か私に御用ですか?」
そうきたか……。壁を感じる……グスン。
まるで用がなければ会いに来ては駄目かのような言い草である。
「イヴリンの顔を見に来ました、半年も一緒に過ごした仲じゃないですか、ご迷惑でしたか?」
そういえば……ネーロとアレクが言っていた男は、今日はいないようだな。
「迷惑も何も、こんな場所にお客様がいらっしゃる事がないので、ただ驚いたのです。突然でしたし、このような身なりで申し訳ございません。」
俺の前で身なりを気にするなんて、イヴリンはやっぱり根っからの令嬢だな……あ、母上はまだ例の書類出してないようだから、名実共にまだ貴族令嬢だけど。
「イヴリンはどんな姿でも可愛らしくて美しいですよ。」
サラッとそんな事を言ってはみたが、何故か彼女は訝しげな表情を見せた。
「……どうなされたのですかアギット様……何か良い事でも? 私はもう貴族の娘でもなければ、オスマンサス辺境伯夫人の侍女でもありません、お世辞は結構ですわ。」
……拗らせてるなイヴリン、素直に受け取ってくれたらいいのに。
「そんな事ありませんよ本心です。……そうだイヴリン、アレクが君を新婚旅行先のラウリルアで見かけたそうなんですが、行きましたか? 男性と一緒だったと言うし、貴女じゃないのなら、お探しの同じ髪色の人ではないかな、と思いまして。」
よし、これなら自然だろ! 一緒にいた男とは、最近よく訪ねてくる男とは、誰なんだ!
「ええ、確かに先日ラウリルアの街に行きましたわ。ですので王太子殿下がお見かけになったのは、私だと思います。男性と一緒でしたから。」
「そうだったのですね、ご友人ですか? ……そもそもどうやってこの森から……? いや、どうやってこの森に?」
「そうですわね、話すと長くなるので割愛いたしますが、簡単に申し上げますと、こちらのログハウスの大家さん、ですわね。」
……大家、だと?
確かに、ノワールがこの家を用意出来たわけはないから、持ち主なりがいたのだろうが……。
「“死の森”のログハウスを維持管理されているとは、相当な方ですよね?」
「そうですわね、身分は存じ上げませんが、それが出来る方、と申しましょうか……。私もお名前と年齢しかお聞きしておりませんので。」
名前と年齢しか知らない男と……ハネムーン人気ナンバーワンの街でショッピングしたと言うのかイヴリン!
「そ、そうですか、精霊都市と言われる街はいかがでした? 今度私とも……」
「あ! そうですわ! 丁度買い物に行きたかったのですが、アギット様お時間ございますか? 重い物はどうやっても自分では運べなくて……ギルバート様……大家さんがいらっしゃらるまで待とうと思ったのですが……平民の私がアギット様にお願いするなど図々しいのですが……」
「行きましょう。」(即答)
なんだか今、ギルバート様、と聞こえた気がしたが……大家の名前はギルバート……っと……覚えておこう。
「……あの……イヴリン、色々聞きたい事があるのですが……」
「後にしてくださいませ! アギット様、お早く!」
何がどうなった?
森にいたのに、なんか歩いてたらここは……オスマンサス?
「イヴリン、何を買うのですか?」
「大量のお菓子ですわ。後はお菓子の材料と、レシピの本でしょうか。」
どうやらイヴリンはお菓子に目覚めたらしい。
次に訪ねる時はお菓子を持って行こう。崩れないやつ。
イヴリンは日持ちのする菓子を大きな袋いっぱいに詰め込み購入し、さらには小麦粉やバターやグラニュー糖などを段ボールいっぱいに購入した。俺は両腕に菓子の袋をぶら下げ、段ボールの箱を持った。重かった……。
途中、マーベルを呼ぼうかと思ったが、我慢した。
「助かりましたわ、アギット様。ラウリルアは物価が高いので、オスマンサスで買えて良かったです。」
「喜んで頂けて良かったです……大家さんは、ラウリルアの方なのですか?」
「わかりませんわ。ですが、精霊都市と言うくらいですから、そうかもしれませんわね。」
え、何? 精霊都市とログハウスと男の大家さんに繫がる物がわからない。
「さて、お茶にいたしましょうか。お話しいたしますわね。」
「はい、是非。」
荷物持ちをしたからか、今度はウッドデッキではなく、ログハウスの中に入れもらえた。
中は空調が効き、とても快適だった。
「涼しいですね」
「そうでしょう、水の精霊のおかげですわ。お座りください。」
ダイニングテーブルに俺が座り、イヴリンがキッチンで湯を沸かし、紅茶を入れ給仕をしてくれる……。まるで、平民の新婚夫婦のようではないか。
いい……。
「私、口で説明する事は苦手ですので、こちらをお読みください。」
イヴリンはそう言いながら一冊の薄い本を俺の前に差し出した。
“子供でもわかるエレミ族と精霊のおはなし バルナバス・エレミ 著”
俺はその本を読み始める。
イヴリンは向かいに座ったまま、俺がページをめくり読み進めるのを、覗きこみながら待っていた。
と、ここで物語の中に、“精霊士”なる、気になる存在が登場する。
“精霊士”とは、エレミ族の中でも特に精霊に愛される血を持つ者が呼ばれる称号らしい。
部族の中でも、世代ごとに一名ほどしかいなかったそうだ。“精霊士”は代々部族長となる事が多かったようだ。
「あ、ここに出てくる“精霊士”というのが、この本の作者であり、エレミとしては最後の精霊士だったのだそうですわ。そして、このログハウスとこの森の持ち主でした。」
つまり、最後のエレミ族の部族長という事か?
でも待って待って、情報量が多いです。
ツッコミたい事は沢山あったが、俺は、意外と面白いその本を無言で読み進める。
パタン……。
「イヴリン、読み終わりました。」
「お疲れ様でございました。」
いや~、夢中で読んでしまった。読者を引き込む上手い書き方をする作者だな。バルナバス・エレミか……。
「つまり、イヴリンはエレミ族の末裔であるから、エレミ族最後の精霊士だったバルナバス・エレミ氏の遺産であるこの森とログハウスを譲り受けた、という話しに繫がるのですか?」
この森でこのログハウスに住んでいるというなら、きっとそうなのだろう。
「はい、ただ、エレミの末裔だからというわけではなく、どうやらその中でも私は“精霊士”の血をひいているようなのです。ですから、私は精霊のチカラを借りて様々な魔法のような事が出来るのです。先ほどの街への移動やこの部屋の中の空調から、何から何まで……」
いやいや……。
「魔法より素晴らしいチカラですよ。私達が魔力をもって使える魔法は、決められた法則に基づき発生させていますが、精霊のチカラは、まさに……」
想像力の限り、精霊の種類の限り、何でも出来そうだ。
「アギット様の魔法を何か見せて頂いても?」
「……いいですよ、そうだな……。」
と、ここで俺は閃いた。
席を立ち、イヴリンの手を引き玄関を出て、庭で土遊びをしているノワールを呼んだ。
「ノワール、こっちに来てくれ! ……ネーロ、頼む。」
俺と繋がってはいないが、ノワールも俺の言葉を理解しているはずだ。だが、イヴリンの隣にいる俺の事をライバル視している節があるので、一応ネーロにも頼む。
ネーロに言われたのか、泥だらけのノワールは、テケテケと歩き玄関の俺達の前にやってきた。
「見ていてくださいイヴリン。」
俺は縮小の魔法を発動する。
ポンッ! と、その場に、デブ猫ほどのサイズまで小さくなったノワールが転がった。
「あらやだ! ノワールが!」
イヴリンは、小さくなったノワールのもとに駆けつけ、泥だらけのノワールを、気にもせず抱き上げる。
ノワール本人もネーロも、自分達も魔法が使えるため、またいつでももとに戻れるとわかっており、特に焦りも怒りもしていない。
それどころか、ノワールにいたってはイヴリンに抱っこしてもらえてご満悦だ。
「ノワール、小さくて可愛らしくなったわね。泥を洗い流さなくては……」
『クルルル……』
イヴリンは、精霊に水を出して貰い、ノワールの泥を落とし始めた。
「アギット様、ノワールはもとに戻れるのですわよね?」
「はい、もちろんです。ドラゴンも魔法を使えるので、自力でも戻れるはずですよ。」
「それは良かったですわ。」
その後の話しになるが、俺は後悔した。
小さくなればイヴリンに抱っこしてもらえるし、どこでもついて行きやすいとわかったノワールは、イヴリンの所では終始チビの姿でいるようになったのだった。
だが、イヴリンは決してノワールを家の中には入れなかった。
何故なのか聞いてみると、一度あの可愛いノワールを入れてしまうと、自分では追い出せなくなるから、だと言っていた。
優しいんだなイヴリンは。
もちろん、ドラゴンはペットには向かないし、ノワールも成長し成体となれば、ネーロのようなヤリチンドラゴンになるかもしれないし、今のイヴリンとの関係も変わるかもしれない。
彼女はそこまで考えているのだろう。
きっと彼女は、一度自分の領域に入れた者をとても大事にするタイプだ。
俺は……つがいだとかなんだと理由をつけたが、理由が無くてもイヴリンと過ごす時間が好きだ。もう少し……彼女と時間を過ごしたら、何かがわかりそうな気がする。
「イヴリン、今夜、一緒に食事はいかがですか?」
「食事? でしたら、お礼になるかはわかりませんが、荷物を持って頂いたのでご馳走いたします。」
まさか! イヴリンの手料理が食べられるのか?!
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