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14 貴族が嫌いな理由

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(sideアギット)

 
 ヘキシルカノールの王太子に拉致されたイヴリンを俺が救出したあの後、デビュタント会場からすぐさま転移門でオスマンサスへ戻ると、翌日から俺達に待っていたのは、あちこちからのティーパーティーなどの招待状攻撃だった。
 
 一躍時の人となったイヴリンが、ヘキシルカノールのチュベローズ伯爵家ではなく、オスマンサスの我が家にいる事がどこかから漏れ、次期王太子妃とお近づきになろうという輩である。
 
 イヴリンの居場所の出どころは、十中八九、あの義理の妹に違いない。
 
 さらには、これもその妹のせいか、チュベローズ伯爵からもイヴリンを返してほしい、という手紙まできたという。
 
 その理由もふざけていた。
 
 ヘキシルカノールの王太子殿下から、求婚状が届いたからだと言うではないか。
 
 イヴリンをチビデブハゲの変態おやじに嫁がせておいて、自国の王太子から求婚されたから、返せだと?
 イヴリンは伯爵の持ち株じゃないんだ。
 好きに売ったり買ったり出来るわけないだろ。
 
 イヴリンは沢山の招待状一通一通にきちんと目を通して、丁寧に丁寧に断りの返事を書き、送り返していた。
 
 そんな慌ただしい日々がしばらく続いたある日の事。
 
 
「アギット様、ふと思い出したのですが、ラウラに私との結婚を“保留中”とおっしゃっていましたよね、何故でしょうか。私は夫人の侍女になる際に、ハッキリと、アギット様との結婚はなかった事にしてほしい、と申しましたよね。」
 
 バレたか。
 
「それに、レオポルト王太子殿下には、私をご自分の“婚約者”だと叫んでいらっしゃいましたよね。殿下は信じてらっしゃらないようでしたけど。」
 
 聞こえてたか。
 
「私は夫人との約束の半年が経過したら、本当にこちらを発ちますので、アギット様もそろそろ新しい婚約者様をお探し頂いた方がよろしいかと。本当にラウラと結婚するおつもりなら別ですが……お勧めはいたしません。」
 
 ……まだ平民になる事を諦めていなかったのか。
 
「イヴリン、貴族のままだとできない事が、平民になったら出来るのですか? 伯爵家から自由になりたいだけなら、オスマンサスの籍に入れば……ある程度は自由がききますよ?」
 
 イヴリンはじっと俺を見つめた後、ゆっくりと呼吸をしてから、答えた。
 
「まず大前提に私は、貴族でいる事に何のメリットも感じません。爵位だの階級だの、たまたま親が貴族だったというだけで自分で努力して得たものでないのに、偉そうなチュベローズ伯爵のような貴族を沢山見ましたわ。もちろん、努力家の素晴らしい方もいらっしゃいますが。」
 
「私は母が亡くなって以降の三年間、伯爵令嬢から、新入りの使用人のような生活に一変し、伯爵家の人間を客観的に観察していました。そこで気付いた事は……」
 
 
 ……気付いた事、とは? ……なんなんだ?
 
 
 それより、三年間も使用人だと? しかも新入り?
 
 ……新入りが何をさせられているのか、後で執事長に聞いてみよう……。何事も、知らない事は知ればいいんだ。うん。よし。
 
 
「商人から、似合ってもいない綺麗なドレスや宝石を高額で購入して、本人達は、買ってやった・・・・・・と思い、満足していますが、商人達は違います。ただの馬鹿な金持ちとしか思っていませんでした。つまり、チュベローズのような人間達は、貴族でも平民に馬鹿にされているのです。」
 
「貴族令嬢や夫人なんて所詮、一人では何も出来ません。使用人が掃除に洗濯、食事、全てを行います。他人任せで生きているのです。……あんなに馬鹿でかい屋敷を建てるのも、掃除の大変さを知らないからですわ。」
 
「とはいえ、そんな貴族がいるからこそ、仕事として雇用が生まれ、経済が回るのですもんね。ですが、そんな事は、少数の貴族が大量のお金を使わなくても、国民の大多数をしめる平民一人一人がもっとお金を使えるようになれば、絶対に国は発展していきます。」
 
「……ですが、そんな事を女である私が考えていた所で、なんの意味もありません……理想論だけで、具体的な方法もわかりませんし……。ですが、私だって、少しくらい考えつく事はあるのですよ? ですので……次期国王陛下となられる王太子殿下から求婚された時には、少し迷いましたが……王太子妃など、自分勝手で感情的な私には向いていません。それくらいの自覚はございます。」
 
「長くなりましたわね、つまり、こんなにも貴族に不満を持つ私が貴族でいる事自体、おかしいのです。それに、貴族は地位や権力がある分、誰が決めたかわからないマナーや常識、周囲の評価など、縛られる物が多い事も事実です……。結局の所、私は爵位もお金も地位もいらないので、自由が欲しいのです。」

「本当は私、言葉使いも恋愛も、もっと気楽に自由にしたいの……以上です。ご清聴、ありがとうございました。」
 
「……」
 
 俺の頭はイヴリンの一言一句を理解しようと、フル回転していた。頭から煙が出そうだ。
 そして話しが終わると思わず……。
 
 
 パチパチ……パチパチパチパチ……。
 
「……凄いです……本当に17歳ですか? 中身は20歳過ぎた人が入ってませんか?」
 
 馬鹿な事を言ったが、本音だ。
 そして思わずでた拍手も、嫌味などではなく本当に拍手を贈りたいと無意識に思ったからである。
 
「……中身も17歳ですわ。」
 
 ここまで確固たる意志があるなら、引き止める方が野暮な気がしてきたな……。少し残念な気もするが……。
 
 
「イヴリンは具体的に、平民になったら何がしたいのですか? 決まってますか?」
 
「そうですわね……ざっくりですが。」
 
「聞いたら話してくれますか?」
 
「ええ、大したことではないのでお話しできますよ……私は母のルーツを辿りたいと思っております。……私の髪の色は珍しいでしょう? 私は母以外に、同じ髪色の人に会ったことがありません。」
 
 ……もしかして、どこかの部族の末裔だという母親の事を話してくれるのか?
 
「私も、イヴリン以外会ったことも見かけたこともありませんね。」
 
 本人に確認したわけではないが、あの夜の仮面の女性も、結局イヴリンだったしな。
 
「ですから、きっとどこかにいると思う同じ髪色の方を、母の故郷のあたりに行って探してみようと思うのです。具体的な故郷の場所はまだわからないので、平民になったらゆっくり探そうと思います。」
 
「そうなんですね、見つけた後は? どうするのですか?」
 
 恐らく、彼女と同じ髪の色の人物がいるとしたらきっと、同じ部族の末裔なのだろう。どうやら、そこは教えてはくれないようだ。
 
「それからのことは、その方とお話してみてからですわ。行き当たりばったり、なんていう旅も、いいでしょう?」
 
 そう話す彼女は、そうなった自分を想像しているのか、とても楽しそうな表情をしていた。
 
「ですが、女性一人で旅など危険ではないですか?」
 
 か弱い婦女子を狙う強盗や強姦は、未だにどこの街でも多いと聞く。心配だ。
 
「どうにかなりますわ、だって皆そうしてリスクを抱えて生活しているのですから。貴族だって旅の安全は保障できませんし。」
 
 強い子だな彼女は……。
 
「強い方ですね貴女は……ですが、半年とはいえ、共に過ごした者として心配くらいさせてください。何かあれば、いつでも頼ってくださいね。私もイヴリンに世間知らずのお坊ちゃんと言われないよう努力するつもりですから」
 
「……ありがとうございます。フリッツの次に頼ることにいたしますわ。その時は、よろしくお願いいたします。」
 
「いやいや、彼より先に頼ってくださいよ!」
 
 いやっなんでだよっ! こんなにいいこと言ったのに、どうしてあいつより後なんだ! ぶれない人だな!
 
「ふふっ……私、散々ひどい態度をとっていましたのに、アギット様はお優しいですね。本当に……ラウラなどではなく、素敵な奥様をお迎えください。そして、幸せになってくださいませね。」
 
 
 そんなことを言っていたかと思えば、イヴリンは本当に母上との約束の半年間が経過すると、我が家を出て行ってしまった。
 心配した母上が、しばらくの間マーベルにこっそりと見守らせていたようだが、数日してオスマンサスからも発ってしまったようだ。
 その後の足取りはわからない。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 俺はそれからしばらく、彼女の去った後の主のいなくなったデパンダンスで一人、抜け殻のように彼女との思い出に浸っていた。
 
 衝撃の出会いから、結婚の保留、シュヴァルツの件、結婚の取りやめ、デビュタント……。
 
 色々あったデビュタントだったが、あれから彼女は、チュベローズ伯爵家からの要求をすべて断っていた。もちろん、フリッツ・オークモスからの求婚も王太子からの求婚も、いずれもハッキリと、断りの手紙を送っていた。
 
 しかし、イヴリンに断られたお三方が、しつこく我が家への転移門の使用を求めていたため、親父はイヴリンに意向を確認したうえで、チュベローズ伯爵家もフリッツ・オークモスも王太子すらも、転移門の使用をこちら側から断り続けた。
 
 まぁ、親父は角が立たないように、断りではなく、故障して使用できない、ということにしていたみたいだが。
 
 
 
 イヴリンは、そんな状況でも母上の指示で俺のパートナーとしてアレクの結婚式に参加してくれた。
 
 イヴリンと連れ添う俺を見たこの国の王太子であるアレクは、面白いほどに、予想していた通りのリアクションを取ってくれ、思わず吹き出して笑いそうになってしまったほどだ。
 
 もちろん、イヴリンが打合せしたわけでもないのに、曇りなき眼で“私はただの侍女でございます。”とハッキリ答えてくれたおかげで、アレクも信じたわけだが……。
 
 最終的には母上の目論見通り、アレクは俺に勝った、と喜んでいたらしい。
 馬鹿な奴め。結婚は勝ち負けじゃないぞ。
 
 ……幸せになれよ。
 
  
 
 
 
 
 
 
 
 
 
「アギット、お前大丈夫か?」
 
「何が? 別に普通だけど…。」
 
「いやいやっお兄ちゃんにはわかるぞ。」
 
「だから何が?」
 
「いいから、コンラートお兄ちゃん話してみろよ、素晴らしい助言が聞けるかもしれないぞ?」
 
「……つまり、何もわかってないってことだろ?」
 

 コンラート兄さんは、なんだかんだいって、イヴリンはあのまま侍女としてこの屋敷に残ると思っていたらしい。
 
 だから、彼女が本当に出て行った後、ものすごく驚いていたと共に、それ以降、今まで以上に俺を構ってくるようになった。
 
「弟よ、正直になれ。お前はイヴちゃんのこと、好きだったんだろ? どうして引き留めなかったんだ? ん?」

 なんでそうなる。
 あ、これが恋愛脳の人間の思考なのだろうか。
 全てを恋愛に結び付けるという……。
 
「え? 俺がイヴリンを好き? いやいやいや、違うよ、好きとかそんなのはなかった。」
 
 確かにイヴリンは美人で可愛い……見た目はな。
 でも、性格は頑固で意地っ張りで人の事なんだと思ってんだ、って感じの事を平気で言っちゃう毒娘だろ。

 つまり……そこまで“いい子だなぁ~”って感じではない。

 やっぱりさ、嫁さんはいい子で、一緒にいて癒される娘がいいに決まってる。

 フリッツ・オークモスは知らないが、ヘキシルカノールの王太子なんかは完全に見た目だろ? イヴリンの性格知らないから、あんなにせっせと求婚なんかしてるんだよな。

 結婚はさ、ほら、ずっと一緒に過ごすんだからさ、見た目に騙されたら駄目だよな。うん。

 ……まぁ、イヴリンも毒だけってわけじゃなかったけどな。

 一緒に街を歩いた時は楽しかったし……女性とのダンスで、初めて楽しいと思えたし……勉強も苦じゃなかったな。

 あ、わかった。あれか、お互いに好意がないから、気取らない気楽さがあったんだ。



 なるほど……。

 相手が俺に好意があると、なんとなく引いてしまうから、イヴリンみたいなのが丁度、居心地が良かったのか。

 でも、結婚は別だよな?
 ……ん?



 誰か教えてくれ……。


 


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