【R18・完結】結婚はしません、お好きにどうぞ

hill&peanutbutter

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13 初恋の肖像画

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(sideレオポルト)
 
 
 幼い頃、父上の書斎の奥の部屋で見つけた若い女性の肖像画。

 その画はまるで、父上以外には誰にも見られぬよう、触れられぬように、という思いすら感じる閉鎖的な部屋に飾られていた。

 あるのは一脚の椅子と、その前に飾られた肖像画のみ。
 
 肖像画が傷まないようにするためか、空調設備はどこの部屋よりも完璧に整えられていた。

 
 
 母上とは違うその美しい女性の姿は、ひと目見たその瞬間から、私の中に深く刻み込まれる事になる。





 私は父の目を盗んでは、幾度となくその肖像画を見に行った。いいや、肖像画の中の女性に会いたくて会いに行っていたのだ。

 それは23歳になる今でも、続けている。

 父に肖像画について尋ねた事は一度もない。
 万が一聞いて、鍵でもかけられてしまっては困るからだ。


 ある年齢になり、婚約者を決めるように言われると、私は肖像画の女性に似た女性を探すようになった。

 しかし、見つからない。

 せめて、髪色だけでも同じならと考えたが、私の婚約者候補の貴族の令嬢の中にはいなかった。


 いつまでたっても婚約者を決めない私に、周囲が焦りだし候補者以外も集めたパーティーを開いたが、何十人といる令嬢の中に、その髪色を見つける事は出来ず……。

 諦めかけていた。


 そんな中、ある日突然父が、隣国に嫁いだ妹に頼まれて、我が家主催のパーティーを開くと言い出し、私の参加も命じられた。

 誰かのデビュタントのために開くパーティーのようだが、そこまで手を回すほどに、父の妹にとって、特別な女性なのだろう。
 
 デビュタントと言うからには14歳かそのくらいだろうから……私の婚約者候補ではないな。


 そう思っていた。


 父と母と共に、パーティー会場に入場した後は、退屈しのぎに遠くにある会場の入口を出入りする人を観察しながら過ごす。

 父からデビュタントの祝福を貰いに、令嬢達が列をなす中、それはあまりに突然に、私の目の前に現れた。


「国王陛下並び王妃陛下、王太子殿下にご挨拶いたします。チュベローズ伯爵家長女、イヴリン・チュベローズと申します。本日はご招待頂き誠に感謝申し上げます……。遅ればせながら、私は本日がデビューとなりますので、陛下よりお言葉を頂戴できますと光栄にございます。」



 ガタッ!



「っ! ……み……見つけた……。」

「……? 王太子、どうした、座れ。……王太子? ……レオポルト! 座れ。」

 私は父からの指示を聞かず、目の前の女性……イヴリン・チュベローズから目が離せずにいた。


「ゴホンッ……イヴリン・チュベローズ伯爵令嬢、息子が失礼した……」

 父は私を無視し、そのまま祝福を伝えると、彼女は嬉しそうに微笑んで、美しい礼をとり壇上を降りて行った。


「父上! 私は少しこの場を失礼いたします!」

 私はそう口にしながら、身体はすでに彼女を追いかけていた。


「チュベローズ伯爵令嬢!」

「……?」

 私の呼びかけに、彼女がゆっくりと振り返る。

 モスグリーンの髪に金色の瞳……。
 まさに私の探していた女性だ。心做しか、肖像画の女性にそっくりな気もするが、私にとっては、目の前にいる彼女が他の誰よりも美しく見え、輝いていた。


「イヴリン・チュベローズ伯爵令嬢、どうか、私の妃になって欲しい! 私はずっと貴女を探していた……ようやく見つけた。」

 私は周囲の注目も関係無しに、彼女の前に片膝を立て跪き、その場で求婚した。


 本人の驚き以上に、会場が大騒ぎとなり、私達の周囲からは人が消え、ぐるりと周囲を囲うように注目を集めている。

「……え、あの……状況が全く把握出来ておらず……申し訳ございませんっ……殿下、ひとまずお立ちくださいませ!」


 キョロキョロと周囲を見回し、私を立ち上がらせようと彼女が手を差し出したので、私はその手をしっかりと握り、立ち上がると、そのまま彼女を抱き寄せた。

「……イヴリン・チュベローズ……イヴリン……ようやく見つけた……絶対に逃がしはしません。」

 耳元で彼女だけに聞こえるように伝えれば、彼女の耳が赤く色づく。

「で、殿下……場所を……場所をお考えくださいませ!」

「場所を変えたら答えをくれるか?」

「え? ……あ、キャッ!」


 私はイヴリンを抱きあげ、スタスタと会場の外へでようとした。

 が……。

「王太子! 一体何をしている! すぐに彼女をおろし、こちらに戻れ!」

「父上、私は彼女と……イヴリンと結婚します。これだけは、絶対に譲りません。」

「な、何を申すか! 頭でもおかしくなったのかレオポルト!」


 珍しく父上が焦っている様子は、なかなかに見ものだったが、私はイヴリンを抱いたまま、今度こそ会場を出た。



 王族以外立ち入れないエリアまで連れてくると、ゆっくりと彼女をソファーにおろし、そのまま隣に腰掛ける。

「驚かせてすまない。私とした事が、嬉しさのあまり無茶をした……謝る。」

「とんでもございません殿下っ! 頭をあげてくださいませ!」

 イヴリンはその声も澄んでいて、耳心地がとてもいい。近くにいるとほのかに香ってくる彼女の優しい香りも心地いい。

「殿下、何故私を探されていたなどと……」

「私はモスグリーンの髪に金色の瞳をした女性を探していたんだ。幼い頃から、その女性と結婚すると決めていた。」

「……え?」

 彼女は、あまり嬉しそうではない。

「確かに、私と同じ髪色の方には出会った事はありませんが……私の母もそうですし、他にもいると思いますが……」

「貴女の母上と結婚しろと?」

「……あ……そういう意味ではなく……」


 駄目だ、困っている表情すら愛しい。
 肖像画から抜け出し、動き話しているようだ。

「イヴリン、答えを聞きたい。私の妻になってくれるか? 生涯、君だけを見て君だけを愛すと誓おう……私は一途なんだ、嘘じゃないぞ。」

「で……殿下……。」


 王族に直接求婚され、断わる事が出来るこの国の貴族はいない。そう考えれば、私は卑怯だろう。

 しかし、そんなきれい事を言っている場合ではない。

 今までどこを探しても見つからなかったんだ、これを逃したら、また隠れてしまうやもしれぬ。
 
 
 しかし、何やら外が騒がしい。雰囲気が台無しだ。


「すまない、ちょっと待っていてくれ……」

 私は扉を開けて、騒いでいる者達に、静かにするように注意した。
 
「おい、静かにしろ。」
 
「殿下! この男が殿下がお連れのご令嬢を返せと……っおい、こら暴れるな!」
 
「イヴリンを? ……そちらはどこの誰だ。」

 見たことのない男だな……。

「私は隣国オスマンサス辺境伯家のアギット・オスマンサスと申します! 殿下が連れて行かれた女性は、私の婚約者です、お返しください。」

「……イヴリンの婚約者? だと?」

 それに、オスマンサスと言えば、父上の……それこそ今回のパーティーを開かせた妹王女の嫁ぎ先ではないか。
 やけに見覚えのある整った容姿をしていると思ったが、そうか、叔母の血か。


 その時だった。

「……アギット様?」

 イヴリンが部屋から出てきてしまった。

「イヴリン、部屋で待っていろ。」

「王太子殿下、彼は今日の私のパートナーです。罪には問わないでくださいませ!」
 
 イヴリンが彼を庇い立てる様子が妙に気に入らない。
 そして、彼女のその姿に喜んだ様子の私の従兄弟はさらに気に入らない。


 だが、今、ことを荒立てるのはイヴリンと私の未来のためにも良くない。

 仕方ない……。

「イヴリン……改めて正式に求婚状をチュベローズ伯爵家へ送り、然るべき手段で貴女と結婚するとしよう。待っていてくれ。」

 チュッ



 私は彼女の手に口付け、目の前で見ていたアギット・オスマンサスのもとに送り届けた。


「あ、私はチュベローズ伯爵家とはもう……」

「イヴリン、今、それは言わなくていいだろ、もう帰ろう。」


 イヴリンが何か言いかけていたが、アギット・オスマンサスが遮ってしまった。
 
 
 ……気に入らない奴だ。
 
 
 
 だが……イヴリン……会えて嬉しい……私の愛しい人……。










「レオポルト! お前は一体何を考えておる! あのような場で、やって良いことと悪い事の区別もつかんのか!」

「父上、常々私に結婚しろとうるさく言っていたではありませんか! ようやく見つけたのです、結婚相手を!」

「あの娘は駄目だ!」

 こんなにも父上が感情的になるとは、珍しい。
 だが、何故イヴリンが駄目なのだ。この国の伯爵家の令嬢ではないか。候補の中には伯爵令嬢もいたはずた。爵位は問題ないだろ。

 だとすれば他に何か……。

「何故ですか! 父上の部屋に隠してある肖像画の女性と何か関係があるのですか?!」

「……っ何故お前がそれを知っている……まさか勝手に入ったのか?」

「ええ! 幼い頃から知っていました! 一体、イヴリンにそっくりなあの女性は誰なのですか! 妻以外の女性の肖像画をあのように大切に隠しているなんて!」

 聞いてしまった。
 物心がついてから、ずっと聞きたかった事を……。

 しかし、父上の表情をみて、聞いた事を後悔する。

 父上は、見たことのないような悲痛な表情をしていた。
 一国の王という仮面を捨て、まるで、たった一人の最愛の人を失った、ただの男のように……。

「……愛していたのですね……あの女性を……。」

「……」

 おそらく、理由はわからないが、父上は愛する人と結婚できなかったのだろう。

「イヴリンの母君ですか? 事情はわかりませんが、画ではなく、お会いになればいいではないですか。」

「……彼女はもうこの世にはいない。」

「……そう、でしたか……失礼しました。」



 結局、肖像画の女性がイヴリンの母君であるという事は父上から聞けなかったが、あれだけ似ていて、他人という事はないだろう。

 だがなぜ、今までイヴリンはその名前や姿を全く目にしなかったんだ? 今回がデビュタントだと言っていたが……。

 ……っまさか!


 今回のパーティーは彼女のためか?
 つまり、イヴリンは叔母の特別な女性という事か……?
 おまけに、息子と婚約させている、と……。


 少し厄介だな。

 だが、私は父上のように後悔しながら肖像画を眺めて一生を終えるつもりはない。必ず、イヴリンを手に入れてみせる。
 

 


※ 指が変ですがお気になさらなず…
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