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12 中央貴族、怖い
しおりを挟む(sudeアギット)
「兄さん、お義姉さん、遅くにすみません、ちょっといいかな?」
「あら、エルンスト、珍しいお客様がいらっしゃったわよ?」
「えぇ? 誰ぇ~?」
俺は五男のエルンスト兄さんのデパンダンスを訪ねた。
エルンスト兄さんというよりも、今回はベアトリーチェ夫人に話しを聞きたかったのである。
ベアトリーチェ夫人は母上の一つ歳上の姐さん女房で、エルンスト兄さんとは25歳も歳が離れている。
いわば、この屋敷でもっとも貴族社会での経験が長く、酸いも甘いも噛み分けたベテランなのだ。
「ベアトリーチェ夫人、中央貴族についてお聞きしたいのですが……」
俺だっていつまでも兄弟家族に守られる世間知らずの坊っちゃんでいるわけにいかない。
腹芸でもなんでも出来るようにならなければ。
少なくとも、17歳の女の子にあんな事を言われるようでは駄目だ。
童貞を捨てる前に、もっと大事な事があったというのに、それに気付けなかった自分が凄く恥ずかしい。
「中央貴族? 構わないけど……また……どうしたの?」
「実は……中央貴族の知り合いに、世間知らずと言われて、返す言葉もなかった上、その人の経験した事に対してかける言葉もわからなかったので……情けなくて。」
「……アギット……もしかして、チュベローズ伯爵の事が知りたいの?」
「チュベローズ伯爵? ヘキシルカノールの?」
「ベアトリーチェ、知ってるの?」
「ええ、知ってるもなにも、クズ野郎よ。あんな男の事、アギット君のようないい子が知る必要はないわ。」
「……チュベローズ伯爵は保留になっている俺の結婚相手の父親なんです……。」
「まぁ! ごめんなさい、そうとは知らず……」
そして俺は、田舎の貴族では考えられないような中央貴族の反吐が出るような話しを包み隠さず教えてもらった。
ベアトリーチェ夫人の話しには、一緒に聞いていたエルンスト兄さんも顔を引きつらせていたほどだ。
金に女、薬や奴隷、武器などの違法物の密売に政治的な闇など……都会は恐ろしい。
「それでね、チュベローズ伯爵はその中でも奴隷関係に顔が利いていたの……ヘキシルカノールの国王陛下がいかなる部族の差別を禁止して以降、奴隷も廃止されたのだけど、やっぱり奴隷を求める貴族は多いの。」
それは、女性であれば性的な目的の奴隷であったり、男性であれば過酷な肉体労働であったりだ。
「チュベローズ伯爵の親の時代から、珍しい部族なんかはその見た目の物珍しさからコアな変態貴族に人気みたいでね……確か、今のチュベローズ伯爵の奥様も珍しい部族の末裔か何かでとても美しい方だと聞いた事があるわ。そのせいか、奥様は屋敷から一歩も出しては貰えなかったようだけど……」
「な! そんな事があっていいの?! 信じられない!」
エルンスト兄さんのいうとおりだ。信じられないが、イヴリンのあの様子からして、事実なのだろう。
「チュベローズ伯爵夫人は、すでにお亡くなりだそうです……そしてすぐに伯爵が外で作っていた愛人が後妻としてその娘と来たのだそうです……」
その女も、よく前妻が亡くなってすぐの屋敷に来れたよな。どんな顔して伯爵夫人の座についたんだか……。
「まぁ……そうだったのね……だとしたら、可哀想だけど、継母が前妻の子を冷遇するなんて事も、よくある話しなの。ましてや、自分に子供がいるなら、尚更ね。継母に地下に閉じ込められていたとか、食事を与えられず……なんて話しはたまに耳にしたわね。」
なんて事だ……まさかイヴリンもそんな目に?
「後はあれね、金で売るように年老いた変態貴族に嫁がせるとか。」
「「っ!!」」
俺は、兄さんと目が合う。
「でもその点、アギット君が相手のその娘は良かったわよね。でも、どうして“保留”なの? エルンストが教えてくれないのよ。」
「……ベアトリーチェ、実はそれがさ……」
エルンスト兄さんは俺を伺うように確認してきたので、俺は話しても構わない、という意味で、頷く。
話しを聞いたベアトリーチェ夫人は、絶句した。
「お義父様がそうとは言わないけど……さすがに年の差がねぇ……普通に考えたら大事な娘なら、そんな所に嫁にはやらないわよね。それに、侍女も荷物も見送りもないなんて、絶対に辛い目にあっていたに違いないわね……可哀想に……」
「やっぱりそうですよね……」
さらに俺は、今日イヴリンから聞いた婚約者の話しも付け加える。
「うわ~姉の婚約者を奪うって、性格悪すぎない? 信じられない……気持ち悪いぃ~ベアトリーチェぇ!」
エルンスト兄さんがベアトリーチェ夫人に甘えだした。夫人も頭を撫でながら微笑んでいる。……仲良しだなぁ。
「でも、残念だけどそれもよくある話しよ……元平民だったりすると、強欲だったりね。まぁ、相手の侯爵家もすんなり了承してる辺り、何かしら取り引きがあったかもわからないけどね。聞けば聞くほど、気の毒な子ね……アギット君を受け入れられず、貴族籍を捨てたいと言うのも仕方ない事かもしれないわね……。」
「彼女はまだ17歳なのに、まるで人生を諦めているような気がして……やるせないです。」
「アギット君……でもね、同情で下手に手を差し伸べる事はやめてあげて。聞いていると、彼女には伯爵令嬢としてのプライドが残っていると思うわ。」
まぁ、ただの気が強くて頑固と言うわけでない事は俺もわかる。それが、伯爵令嬢としてのプライドなのかもしれない。
「ねぇ、話し戻るけどさ、つまり、チュベローズ伯爵令嬢はなんかの部族の末裔って事?」
エルンスト兄さんが首をかしげて俺とベアトリーチェ夫人を交互に見る。
「あ、そうね、そうなるわよね。さすがエルンスト! いい子いい子っ」
「ヘヘっ」
いや、兄さんのそんな姿見たくない……でも、そうか……なんかの部族の末裔……シュバルツの件も、それが何か関係しているのだろうか……。
だが、何故俺が知っているんだという話になるし、こちらからは聞けない……イヴリンから話してくれるわけもないしな……。
仕方ない……血筋の件は保留だな。
「ベアトリーチェ夫人、兄さん、ありがとう。勉強になったよ。もう少し考えてみるよ。」
二人のデパンダンスを出て、俺達のデパンダンスに戻ると、イヴリンは先に眠っていた。
手紙を書いていたのだろうか、机の上に置いてある。
悪いとは思いつつも、宛先が気になり、チラッと宛先を確認すると……。
「フ……フリッツ、だと? ……あの元婚約者で紳士的な20歳のフリッツか? ……フリッツ・オークモス……ふーん、オークモス侯爵家の息子なのか……。知らんけど。」
何故か面白くない。
元婚約者何かに手紙を送るとは……それに、その男は今、義理の妹の婚約者なのだろう?
二人は一体、どういう関係なんだ?
その夜はモヤモヤしていたせいか、あまり眠れなかった。
翌日、またもや母上のバレバレな回りくどい方法で、イヴリンのパーティードレスの仕立て屋がくる事になっていた。
本当にアレクの結婚式に行かせるつもりらしいな。
しかし、なんとイヴリンはデビュタントを済ませていないというではないか。
デビュタントは女性の憧れと言うし、流石に気の毒だ……。
今回ばかりは、俺も母上の行動には賛成する。
とはいえ、何故俺まで昔受けた王太子教育をまた受けねばならないんだ!
しかしこのひと月、イヴリンと切磋琢磨し学ぶのも、なかなかに楽しかった。
アレクと学んでいた頃とは大違いである。
特にダンスなんかは、息が合うのかストレスなく踊ることが出来たし、座学にしてもクイズを出し合ったりしながら、お互いの苦手を克服したのだ。
イヴリンはすぐにでもヘキシルカノールでもこの国でも王太子妃になれるだろう。彼女は大変優秀だ。俺もだけど。
平民になるなんて、もったいなさすぎる。
そしてイヴリンのデビュタント当日。
母上は本当に無理矢理ヘキシルカノールでデビュタントにふさわしいパーティーを開かせてしまったので、俺達は転移門を使い、移動した。
転移門の存在を知らなかったらしいイヴリンは、とても感動していたが、マーベルとの馬車の旅も楽しかった、とマーベルが聞いたら泣いて喜びそうな事を言っていたな。
「……緊張しているのですか?」
「……はい、少し……。」
いつも堂々としている彼女が珍しく緊張していたので、俺はとにかく褒めて気を紛らわせようとした。
いつものように、女性からの視線を感じるが、今日は違う視線も感じる……。
男共だ。
イヴリンを見て、その隣にいる俺が邪魔だとでも言いたげな射るような視線を送られ、なんだかちょっと優越感。
女性をエスコートしているだけで、いつもと違うパーティー会場がとても新鮮で気分が良かった。
パーティー会場に充満する香水の匂い問題については、こっそりとイヴリンの髪の匂いを嗅ぐ事で中和し、なんとかクリアだ。
そんな所に現れた二人。
気に入らない男、フリッツ・オークモスとラウラ・チュベローズ。
義理の妹は、全くと言っていいほど似ていなかった。イヴリンは母親似なのだろうか。
フリッツ・オークモス……あからさまに俺を牽制しているその様子に、ついつい俺も逆毛を立ててしまう。あきらかにイヴリンに好意があるようなのに、何故妹と婚約したんだ? 継母達から、イヴリンを守ってやれば良かったのに。
そう思うと、増々気に入らないぜフリッツ・オークモス。
しかし、馬鹿な妹が俺の撒いた餌に食いつき、さらに馬鹿な事を言い出した。
俺の見た目を気に入ったのか、俺と婚約したいがために、フリッツ・オークモスを捨てるようだ。その二人の婚約解消自体はどうでもいいが、イヴリンを後釜に据えるのは違うだろ。
喜ぶなフリッツ・オークモス! 乗り気じゃないかお前!
イヴリンは平民になりたいんだ。チュベローズ伯爵家になんて戻りたくないんだぞ。と、心の中で毒を吐く。
と、ここで俺はいい事を思いついた。
少なくとも、義理の妹にはざまあみろとなるだろう。
俺との婚約をチラつかせて、オークモス侯爵家との縁を切らせれば、こんな女、他に貰い手はないだろう。全然美人じゃないからな。
もちろん、俺だってこんな性格の悪い女はごめんなさいだ。ドラゴンをひと目見たら、すぐに逃げ出すに決まってるしな。
それにしても、フリッツ・オークモスのその手はなんだ。
イヴリンの肩の上の手だよ。どかせよ。イヴリンのエスコートは俺がしてるんだ。
と、ここで、ようやく登場したヘキシルカノールの王族達に気付いたイヴリンは、何故か突然走り去って行く。
「え! イヴリン?!」
「ははは、相変わらずだな。大丈夫ですよ卿。イヴリンは国王陛下のお姿を誰よりも前で見ようと行ったのです。」
……なんか気に入らないな。自分の方がイヴリンをよくわかってる的なその感じ。
「そうでしたね、ですが美しい私のパートナーに悪い虫がつくと悪いので私も追いかけます。ではお二人とも、失礼。」
イヴリンは、その珍しい髪色のおかげですぐに見つかった。が、イヴリンがいない事をいい事に、知らない令嬢に囲まれてしまう。
うぇっ香水臭い……吐きそうだ……。
“パートナーがおりますので”と言い、なんとか令嬢の沼を抜け出し、イヴリンの腕を掴んだ。
もう放さないからな。また令嬢沼はごめんだ。
しかし……。
『アギット様、先ほどのお話しは一体何なのですか? 私への嫌がらせも良いところです。お願いですから、ラウラとの婚約は、私が夫人の侍女を辞めた後にしてくださいませ! 私、陛下の所に祝福を頂きに行ってまいりますわ。』
イヴリンはご立腹だ。
またもや置いて行かれた。
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