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11 デビュタントはしていません
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アギット様にオスマンサスの街を案内してもらったその夜、彼は何番目かのお兄様ご夫婦のデパンダンスに行ってくるといい不在だったので、私はフリッツに手紙を書く事にした。
アギット様に私の残念な身の上ばなしをお伝えしたら、何故かフリッツを思い出したのだ。
フリッツには仮面舞踏会の件で協力してもらったのに、あれ以来会えないまま、こちらに来てしまったのである。
今回の結婚についても、ラウラの嘘を信じてそのまま伝えたせいで、心配させてしまったし、せめて結婚が勘違いだった事と、今、夫人の侍女をしている事だけでも、彼には伝えておきたい。
ついでに、フリッツにはラウラなんてもったいない。
侯爵家の方から婚約を解消して、もっと性格の良いご令嬢と婚約し直した方がいいと助言しておこう。
ラウラに侯爵家の夫人が務まるわけがない。
彼の妹のリリーもラウラの事が大嫌いと言っていたから、小姑との関係も悪いだろう。
フリッツは小さい頃から本当にお世話になったから、幸せになってもらいたい。
私は手紙をこう締めくくった。
“フリッツ、貴方は必ず幸せになって……そして、いつかまた私が貴方に頼らざるをえない時が来た時には、必ずまた助けてくれると嬉しいわ。貴方の可愛いお隣の妹、イヴリンより愛を込めて。”
その夜、手紙を書き終えた私は、アギット様が帰ってくる前に、眠ってしまったのだった。
翌日、事件は起きた。
「イヴちゃん、今日はアギットと一緒に仕立て屋の対応をお願いするわ。二ヶ月後に、この国の王太子殿下の結婚式に呼ばれているから、その時に着るドレスを三着頼んでおいて欲しいの。貴女のセンスに任せるわ。サイズは変わってないと伝えてくれたらいいから。」
夫人からはさらに、しっかりと着心地や生地の肌触りなんかも自分で試着して確かめるようにとの指示を受けた。
アギット様は、ドレスを着た私の首から上を夫人だと思って似合うかどうかジャッジするように指示されている。
さらに、アギット様は辺境伯様の分を、同じように試着し、私がジャッジするようにとの事だった。フォルムが全く異なるので、さすがに別のモノになってしまう気もするが……。
もちろん、ご夫妻の生地はペアになるように、とのこと。
しかし、このミッションをクリアするには大きな問題があった。
「夫人……申し訳ございません……本日の任務は私では難しいため、別の方にして頂けないでしょうか……。」
「あら? 何故?」
何故なら私は……。
「「ぇえ?! デビュタントをしていない!?」」
夫人と、何故かアギット様にまでも、とても驚かれた。
「……はい、予定していた丁度その年に母が亡くなりまして……その後はもう、継母に行かせてはもらえなかったものですから……。」
だから、あの仮面舞踏会は本当に馴れなくて、ついついバルコニーに逃げてしまったのよね。
「ゆ、許せないわ! 若きレディの夢と希望のデビュタントを奪うだなんて!」
と、いうわけなので、国王陛下からの祝福もデビューしてい私が、ドレスなど選べるはずが無いのだ。
「イヴちゃん! 大丈夫よ、まだ17歳だもの、遅くはないわ。でもね、私の侍女として、そのままでは業務に支障が出てしまうから……。」
あ……やはりそうなのね……平民になるから、別に関係ないと安易に考えてしまっていたわ。
「だからね、我が家から貴女をデビュタントに送り出してあげたいのだけれど、いかがかしら? えっと……次はいつかしら……」
オスマンサス辺境伯家から、私がデビュタントに?
「そんな事までして頂くわけにはいきません夫人! 業務上支障が出てしまう事は大変申し訳ありませんが、私は平民となるので、デビュタントなど不要なのでございます!」
「え~、いいじゃない、貴女一人送り出すくらい、問題ないわよ? 私、娘がいないから、やって見たかったのよぉ~! アギット、エスコートは貴方がなさい。」
「はい」
ちょ、ちょっと待って! アギット様も普通に“はい”って何ですかっ!
「夫人! 本当に大変身に余るお話しでございますが、私は……っ私はあのっ……」
私は、尊敬するヘキシルカノールの国王陛下から祝福を受けたかった……。それが私にとってのデビュタントへの憧れと同義だったから。
「あぁ~、イヴちゃん、さては兄から祝福を受けたいのね……?」
「兄とは、つまりヘキシルカノールの国王陛下からという事ですか母上。」
「そうよ、イヴちゃんは兄を尊敬していてね、憧れもあるみたいだったから。」
ひゃー! なんて鋭いのでしょうか夫人はっ!
「そうねぇ~、なら私が可愛い侍女の為にひと肌脱いじゃおうかしら!」
「……え?」
その後やって来た仕立て屋には、夫人のドレスの他に、有無を言わさず私のドレスを注文する羽目になったり、後日やって来た夫人のジュエリー屋や靴屋、その全てで私の分まで注文することとなった。
戸惑う私を、何故か夫人はニコニコと嬉しそうに見ていらっしゃるので、本当に娘の代わりとして楽しんでいらっしゃるのかもしれない。
こうなったら、夫人の余興としてやるしかない、と腹をくくったのである。
そして、ひと月後……予定になかったはずが、何故かヘキシルカノール王国の王家主催のパーティーが開かれ、私は初めての転移門を使用し、六日かかるはずの移動を一瞬で済ませ、その会場へと立っていた。
元王女の脱いだひと肌、恐ろしいチカラでありました。
「……緊張しているのですか?」
「……はい、少し……。」
このひと月、私とアギット様は目まぐるしく過酷な日々だった。
ドレス選びと並行し、夫人はどうせなら淑女教育も、と言い出し、ありとあらゆる講師を呼び寄せ、私は侍女の仕事ではなく、王太子妃にでもなれるかと言うような高等教育を受けさせられたのである。
最初の目的は違ったらしいのだが、私が基本的な事は母から教育されていたので、復習程度で済んだのだ。
その事を講師から聞き知った夫人が、何故かメラメラと闘志を燃やすように教育ママへと変貌してしまったのである。
アギット様まで巻き添えとなり、二人で過酷なひと月を送った、というわけだ。
「イヴリン、何度も言いますが、本当に綺麗ですよ、この会場にいる誰よりも美しいです。自信を持ってください。それに、私がずっと隣にいますから。」
……アギット様が隣にいるからこそ、変に注目されて居心地が悪いとは気付いてくれないようですね。
アギット様は、隣国であるヘキシルカノールのこういった場にはある年齢からはあまり顔を出した事がないと言っていたが、そのせいか、見慣れない美男子に、令嬢達がギラギラした視線を向けている。
「アギット様のせいでより注目されている気がします……」
「そうですか? 余所者が珍しいのですかね? 私は先ほどから、男性からの射るような視線を感じますけどね。」
それは、貴方が会場にいる令嬢達の視線を独り占めしているからですね。
居心地が悪いので、早く陛下から祝福を受けてさっさと帰りたい。
そんな事を考えて、アギット様と会場の真ん中辺りを歩いていた時だった。
「お姉様?! お姉様ですよね?! 何故こんな所いらっしゃいますの?! その格好は一体……」
「……ラウラ」
もしかしたらと、思わないわけではなかったが、16歳になるラウラもパーティーに参加していたようだ。
……でも、この子、デビュタントは済ませていなかったかしら。
「偶然ね、何しているの?」
「何って、私が先に聞いたのよ! やっとお姉様がいなくなったから、今日が私のデビュタントなのに! お姉様に会うなんて信じられないわ! 気持ち悪い旦那はどうしたのよ! 一体誰と来た……のっ?!」
アギット様の存在に気付いたラウラは、一瞬で目がハートマークになっていた。
本当に……美男子なら誰でもそうなるのね。
と、そんな馬鹿な義理の妹をエスコートしているとすれば……。
「フリッツ!」
「イヴリン? っ……本当にイヴリンなのか?! 見違えたよ、本当に綺麗だ……」
ああ、懐かしい……私の頼れるお隣のお兄様。
「まだラウラと婚約してるのね。」
私が小声で話しかけると、フリッツは気まずそうな表情で答えた。
「……イヴリン、時間はあるか? 少し話せないかな?」
「いいけど……でも……」
私はチラッとアギット様を見た。
「……イヴリン、こちらは?」
「ご挨拶が遅れました、私はデシルテトラ王国のオスマンサス辺境伯家のアギット・オスマンサスです。貴方がお噂の紳士的なフリッツ卿ですか。イヴリンから聞いております。」
……え!? 何故そんな嘘をっ! 私、フリッツの事なんて……。あ……さては、あの年齢の話しをした時の事を根に持っているのね。
「はじめまして、オークモス侯爵家のフリッツ・オークモスです。イヴリンとは幼い頃からの付き合いでして……。今回の結婚の件は、イヴリンから手紙を通じて聞いております。大変でしたね。」
「とんでもない、大変な事などありませんよ。……ところで、お二人は今でも頻繁に手紙のやり取りを?」
「そうですね、週に一度は手紙を出しています。イヴリンからもきますから。」
な、何かしら、この二人の作った笑顔。気持ち悪いわ。
「ちょっとお姉様、私にも紹介してくださらない?」
ラウラを紹介すれば、アギット様にまでちょっかいをかけるに決まっている。
「嫌よ。こちらは貴女に紹介するような関係の御方じゃないの。フリッツ、じゃぁ、また後でね。」
ラウラがいては、ゆっくり話しもままならないので、その場を離れる事にしたのだが……。
「ちょっとお姉様!」
「待ってくれイヴリン。」
何故か二人に引き止められる。ラウラはともかく、爵位が上のフリッツを無視はできない。
そんな私達を黙って見ていたアギット様が、気を使ってくれたのか、ラウラの事を紹介してもいいと言い出してしまう。
「……イヴリン、君の義妹さんかな? いいですよ、紹介してください。」
「アギット様、お気になさららず……あの子に関わると……。」
「私を奪われる? とでも? 安心してください。私は貴女のモノでなければ、貴女も私のモノでもないですから。」
あ……それもそうよね……。私とアギット様はただの夫人を介した侍女と護衛の関係なんだから。
でも、そんな事、今改めて口にすることないじゃない。わかっているわよ。
「そうですわね……。アギット様、こちらはラウラ・チュベローズ伯爵令嬢です。ラウラ、こちらは私が結婚したオスマンサス辺境伯家のご子息よ。」
なぜ私がこの二人を……と、心底嫌な気分で二人を紹介した。
「え! あの気持ち悪いおやじの息子なの?! ……信じられない……。あっ……やだわ、私ったら……。」
なんて失礼な子……私はフリッツと視線を交え、ため息をついた。
「はじめまして、アギット・オスマンサスです。そうですね、その気持ち悪いおやじは私の父です。ですが、私の父は大変な愛妻家で、愛人もいなければ、変態おやじでもありません。おかしな噂は信じないで頂きたいですね。」
アギット様の笑顔が恐ろしいほどに作られたものである事に、私とフリッツは若干戦慄がはしるが、ラウラは気付いていない。
「……そ、そうなのですね……ところで、アギット様は何故姉のエスコートを? まだ独身でいらっしゃるのですか?」
「ええ、結婚する予定の女性が何故か私の父と結婚するつもりで嫁いで来てしまいましてね、今は結婚自体が“保留中”なのですよ。」
「え~、そんな事あるんですの? アギット様のような素敵な方を保留にする女性なんてどこに……あ……まさか……!?」
「……ご想像のとおりです」
ラウラは、突然私に視線を移し、ニヤリと嫌な予感のする笑みを浮かべた。
「アギット様、聞いてくださいませ……姉とそこにいる私の婚約者のフリッツ様は愛し合っていたんです……ですが両親のせいで無理矢理婚約者が私に代わってしまいまして……」
ちょっとちょっと……一体、何を言い出すつもり? これ以上、この場で恥をかかせないで欲しいのだけど……。
「アギット様、ご提案なのですけど、私、フリッツ様との婚約を解消できないか両親に頼んでみますわ! 解消できれば、姉はフリッツ様と結婚できますものね。でも、そうすると私の婚約者がいなくなってしまいますので……アギット様がなってくだされば、両親も安心すると思うのです。」
「「……」」
私とフリッツは信じられない、という表情でラウラを見た。
しかし、フリッツは直後……。
「ラウラ、君がそうしたいと言うなら、私も父に願い出てみよう。相手がイヴリンならば問題ないだろうからな。」
ちょっと! フリッツ! 貴方までどうしたと言うの?!
私の平民ライフはどうなるのよ、皆、勝手な事ばかり言って!
思わず、こんな場所で怒りに肩が震え叫びそうになる。
すると、アギット様が私の肩にポンッと、手を置いた。……それはまるで、あまり感情的になるな、とでも言われたようで、少し冷静になれた気がする。
「ははは、お二人とも面白い事をおっしゃる。」
作られた笑顔で棒読みにツッコむアギット様。
「ラウラ嬢、オスマンサスでの生活は女性には過酷ですよ? それでも私と婚約したいですか?」
そうよ、爬虫類が嫌いなラウラじゃ、ドラゴンが夜遊びにくる所で生活出来るわけないじゃない。
「もちろんです、アギット様と一緒にいられるならば、私、頑張りますわ!」
ちょっと……仮にもまだ婚約者のフリッツの前でそんな事……。
「……そうですか。ならばそちらお二人の婚約解消が成立したあかつきには、私も父に話してみましょう。」
笑顔でそう口にしたアギット様が、何を考えているのか私には理解できなかった。
ラウラは何が何でも両親におねだりして、フリッツとの婚約を解消するはずだ。
一度書面で交わした婚約を解消した相手とは、再度婚約する事は出来ない。
私とフリッツは書面で婚約を交わしたわけではないので、婚約する事は出来るが……。
「三人が、何を話しているのか私には全く理解出来ませんわ。幸い、今のお話しに私は関わりありませんので、聞かなかった事にいたしますが。」
「何言ってるのよお姉様、私がアギット様と婚約するんだから、お姉様はオスマンサス領から出ていってよね」
「本当にそうなるなら、私だってすぐに出て行くわ。貴女の顔なんて見たくないもの。」
「イヴリンはチュベローズ伯爵家に戻り、そのまま私と結婚すればいいさ。リリーもその方が喜ぶ。」
「フリッツ……」
何故か、私の肩にはフリッツの手が置かれており、アギット様の腕には、ラウラがへばりついている。
と、ここで国王陛下と王妃陛下、王太子殿下がご入場されたため、私は馬鹿な三人を置き捨て、憧れの国王陛下のお顔を一番前で見ようと、人混みをかき分けて前に出た。
……なんて素敵な方なの……凛々しくて優しいそうで……お母様ったら、もったいない事をしたんだから!
そんな事を考えながら陛下を見つめていると、ふと、陛下と目があったような気がした。さらには、フッと笑みを向けてくださった気すらしたのだ。
「っイヴリン! やっと見つけた……急にいなくなるな! 君がその髪の色で良かったよ。」
「……アギット様」
突然腕を掴まれたので驚いたが、慌てた様子のアギット様だった。なぜか言葉遣いがくだけている。こっちが素なのだろうか。
「アギット様、先ほどのお話しは一体何なのですか? 私への嫌がらせも良いところです。お願いですから、ラウラとの婚約は、私が夫人の侍女を辞めた後にしてくださいませ! では、私、陛下の所に祝福を頂きに行ってまいりますわ。」
私は早口にアギット様を責め立て、再び彼から離れた。
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