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6 チビデブハゲが相手のはず
しおりを挟む(sideイヴリン)
『ですが、これから時間は沢山ありますし、ゆっくりと焦らずに、お互いを知っていきましょう。どのみち私達は数日後には神に誓い、夫婦になるのですから。』
……ん?
「あ、着きましたね。この離れが、私達夫婦の住むデパンダンスです。6人の兄夫婦のデパンダンスも屋敷を囲うようにこの並びに等間隔に建っているんですよ。実は私も中に入るのは今日が初めてなんです。」
……んん?
……私達は神に誓い、夫婦になる?
……私達夫婦? デパンダンス? ……デパンダンスってなにかしら……離れのこと?
彼の言葉の端々に、気になる単語が多すぎて、会話が頭に入ってこない。
……そんな事より、アギット様は何か勘違いしていらっしゃるようね……私がこの場で間違いを正して差し上げても大丈夫かしら? でも、やっぱり辺境伯様にご相談してからの方がいいかしら……。
いいえ、さすがに勘違いしたままだと、ご本人も恥ずかしいわよね。
「アギット様、よろしいでしょうか?」
「はい、なんですか? でも、ここまで来たんですし、中で話しましょう。……あ、新居に入るときは、こうするんでしたっけ?」
「っきゃ!」
アギット様は突然、ひょいっと私の身体を抱きあげ、横抱きにすると、器用にデパンダンスとやらの扉を開けて中へと入った。
「急に何をなさるのですか! お、おろしてください!」
「……ですが、新婚夫婦が新居に入るときはこうするものだと、兄達から教わりました。ヘキシルカノールでは違うのですか?」
なによそれ! 新婚夫婦?! 新居?! 一体この人は何の話をしているの?! 勘違いも大概にして!
とはいえ、親しくない男性との接触にあまり免疫のない私にとって、この状況は心臓に悪い。心拍数が急上昇しているせいか、ドキドキがおさまらない。
……顔がっ……顔が近すぎるわっ!
「よ、よくわかりませんわ! とにかく、おろしてくださいませ!」
何度目かのお願いで、ようやく床におろして貰うことが出来た。
……全く……。
自分の父親が結婚する女性相手に、何をしてくれてるのよ。あぁびっくりした……ここはやっぱり、ビシッと言ってやらなくては駄目ね。アギット様は一応私の義理の息子になるのだから。レディーに対する礼儀がなっていないわ。
「アギット様、私の口からお伝えするのは心苦しいのですが、私は辺境伯様の妻となるために参ったのです。まるでアギット様のお相手であるかのような言動はおやめくださいませ。」
私の突然の告白に、アギット様は自身の左斜め上の空間を見つめ、思案するような素振りをみせると、その後ゆっくり私に視線を移してニコリと笑みを浮かべた。
「……父の妻に? そんなはずはありませんよ。イヴリン、貴女の相手は私で間違いありません。」
「なぜそう言い切れるのです? 私は、辺境伯様より直々に、“気に入りました”、と目の前で言われ、それから、直々に、家族の一員になって欲しい、と言われたのですよ? それに……」
そうよ……確かにあの時、辺境伯様から短めの可愛らしい手を差し出されて……私はその温かく柔らかな、若干湿った手を握ったのよ。
「それは……“息子の嫁として”気に入ったのでしょう。そして、私の妻となった場合も、父にとっては“家族の一員”で違いありませんからね。」
「っな! なんですって?!」
……っよく恥ずかしげもなく、そんな屁理屈を言えるわね! なんて人なの!
「それと……私は今朝、父から直々に、“今日、マーベルがアギットのお嫁さんを連れて到着するから、お出迎えをして、仲良くなりなさいね”と言われて、このデパンダンスの鍵を渡されました。」
「……っ」
……そんなの嘘よ……嘘……理由はわからないけど、アギット様は私をからかっていらっしゃるんだわ。
でも……アギット様が嘘をつく理由もなければ、メリットもない。
もし……もしも、アギット様の言っている事が事実なら……私は……私は……私は……?
「辺境伯様と結婚できない……という事……?」
なら、なんのために私は……。
「そもそも、父とは結婚なんて出来ません。父はここオスマンサスでは愛妻家で有名で、生涯、妻はたった一人と公言しております。両親は今もとても仲が良いですし。」
「……あ、愛妻家? ……では、若くて美しい女性を沢山囲っていらっしゃる、というお話しは……」
っまさか! ……まさかよね……ラウラ……あの子っ……私に嘘を教えたの!?
「ヘキシルカノールでは、父についてそんな噂が流れているのですか? おかしいですね、何故隣国の辺境伯ごときになぜそのような大層な噂が……? ましてや、父のようなチビデブハゲに……それでは、ただの変態オヤジではないですか。」
……?! 今、なんて言いましたの? チビデブハゲですって? 変態オヤジですって!? どうしてそうなるのよ! 辺境伯様には、女性を囲うことが出来るほどの魅力と甲斐性があるということでしょうが!
「ちっ……チビデブハゲ? ……酷いわ……自分の父親になんて事を……」
この息子、なんて男なの……あんなに優しい辺境伯様を……そんなふうに言うなんて……。
「イヴリン、貴女も貴女で、何故そんな噂を耳にしていて、チビデブハゲの変態おやじと結婚しようなどと?」
私が彼に幻滅のまなざしを向けているにも関わらず、それでも彼はニコリと笑顔で答える。
「ああ、すみません……父は自分でも自分の事を“チビデブハゲ”と言うのですよ。そんな人が不相応に愛人なんて、作ると思いますか? 母との結婚すら、“オスマンサスの奇跡”と言われて、ましてやそれを自ら自慢しているのですよ?」
「……オスマンサスの……奇跡……結婚がですの?」
奇跡なのは、相手の女性でしょう? あんなに素敵な方の妻になれたのだから。
いずれにしても、私にもその奇跡、起きてくれないかしら……。
「……ご納得、頂けましたか? つまり、貴女の結婚相手は私で間違いではないのです。大丈夫です、勘違いは誰にでもあります。まぁ、夫がチビデブハゲでなくて良かったと、前向きに考えたら良いではないですか。」
ほれ見ろ、と言わんばかりのアギット様の表情に、若干苛立ちを覚えるも、反論の余地のない話の内容に、初めから自分の勘違いであったと納得せざるを得ない。
だがしかし……。
「いいえ、私の結婚相手はチビデブハゲだけど優しいオジサマ(辺境伯様)のはずです!」
馬鹿なことを言っていることは百も承知だが、私は拳を握りしめ、自分の辺境伯様への届かぬ想いを、願望を、声にした。
「……い、イヴリン?」
「事実はどうであれ、私は辺境伯様をお慕いしてここまで参りました。この際、結婚などにはこだわりませんわ。愛人が駄目であれば……側仕えでも結構です。息子の嫁などではなく、辺境伯様を慕う一人の人間として、御側にいたいとお願いしてみますわ。」
なんだかもはや、私も意地になってきた。
そうでなくても、はい、そうですか、とすぐに息子にお乗り換えなんてことはしたくない。
それに、なぜだかわからないが、私はアギット様の、作ったような笑みと、人を小馬鹿にしたような話し方が、非常に癇に障るのである。
「なぜですか? 父なんかより、私の方が若く、見た目も良い方でしょう。」
「自分で言わないでくださいませ! そういうところです。女性がみんなアギット様のような方に惹かれると思わない方がよろしいのでは? 少なくとも私は、たとえお歳を召していても、チビデブハゲだとしても、辺境伯様の方が断然好ましいですわ。一緒にいるだけで幸せな気持ちになりますもの。」
こんな事を言う可愛げのない女は、アギット様の方から願い下げだと言われるに違いない。むしろそう言ってもらい、アギット様の方からこの話を白紙にして頂きたい。
「すみませんが、もう一度辺境伯様の所へ案内して頂けませんか?」
私の言葉がよほど衝撃的だったのか、言葉につまるアギット様に私は追い打ちをかける。
「父に会って、我々の結婚をなかったことにしろとでも言うつもりですか? それは困ります。」
「なぜですの?」
「私は父が選んだ女性に間違いはないと信じています。きっと、私たちはうまくいくはずです。」
いったいこの人は何を考えているのだろうか。
……ほんの数時間前に会ったばかりの相手を、父親が選んだからという理由だけで、盲目に、うまくいくはずだなんて、よく言えるわね。
現時点で、こんなにも相性が悪いというのに。
「アギット様、私はこんな風に感情を荒立ててお話しなければならない方と、うまくいくとは思えませんわ。御父上を信じられるお気持ちは素晴らしいとは思いますが、可能ならば結婚相手くらいはご自身でお決めになられては?」
あのお優しい辺境伯様のことだ。きっと、本人の気持ちを優先にお考え下さるだろう。
「……イヴリン、貴女は自分がなぜ父に、私の結婚相手として選ばれたのか気にならないのですか?」
……え、それは少し気になるけど……アギット様はご存知なのかしら?
「辺境伯様がお相手でないとわかった今となっては、とても気になりますわ。」
正直、私やチュベローズ伯爵家と縁を結ぶにあたり、爵位の面からしても、資産の面からしても、格上である辺境伯様にとっては、なんのメリットも無いはずだ。
むしろ、今後、チュベローズ伯爵家のような馬鹿共とのつながりのせいで、迷惑を被る可能性の方が大きいのではないだろうか。
「私もです。」
「……はい?」
「私も、父が何故私の結婚相手として貴女を選んだのか知りたいのです。」
「それは後でご自身でお聞きになってはいかがかしら?」
自分の父親なのだから、いつでも聞けるでしょうに。
「残念ながら、それは叶いません。我が家の結婚のしきたり上、相手の選定等に関する一切を父に質問してはならない決まりでして。」
確か、先ほどもしきたりがどうとか言っていたが、何なのだそのしきたりとは……。
「なら、もしかしたら一生わからないままかもしれませんわね。でも、私達は御縁がなかったという事で、関係はなくなる予定ですので、アギット様はまた次の御縁に期待したらよろしいですわ。」
「私は、貴女でいい。いや、貴女がいいです、イヴリン。」
……そんな作ったような笑みで、全く気持ちがこもっていない言葉では、嬉しくもなんともないわ。
「お気持ちは嬉しいですが、きっとお互いに後悔しますわ。辺境伯様の所に案内してくださいませ。私からお話しいたします。」
「……」
辺境伯様のお側にいる事が叶わないならば、もう貴族なんてやめて自由気ままに平民として働きながら暮らすのもいいだろう。
私は無理矢理アギット様をデパンダンスとやらの外へ引っ張りだし、辺境伯様のお部屋へ引き返してもらったのだった。
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