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2 辺境伯の七人兄弟
しおりを挟む(sideアギット)
さかのぼる事ひと月前。
「アギット! 聞いたか?! ついに親父がお前の嫁さん見つけてきたって!」
「……は? ……聞いてない……」
俺の名前はアギット・オスマンサス。
オスマンサス辺境伯の息子の一人で、今年で21歳になる。
我が家は両親の仲が良く……いや、良すぎるくらいなのだが……次から次へと子を設け、俺が一番末の息子であり、なんと、兄が6人いる。
他に姉がいるわけでもなく、男ばかりの7人兄弟である。
我が家はもはや、むさ苦しいなんてものではない。
しかし、そんなオスマンサス家のむさ苦しさを中和するかのように、ここ数年、毎年兄達が順番にお嫁さんを貰っており、数名の美しい女性達がこの辺境へと移り住んでくれている。
そして今、本人すら知らない情報を持ってきたのは、オスマンサス家6男のコンラート兄さんだ。
「いやぁ~、俺の時から間が空いたから親父も苦戦してるんだと思ってたけど、良かったな!」
「苦戦って……」
そう、我が家のお嫁さんは全員が等しく、俺達の父親であるオスマンサス辺境伯自らが見繕い、わざわざ本人のもとへ出向き、女性達の人となりを見てから婚姻を進めているのだ。
なぜか?
それは、ここオスマンサス辺境伯領が理由あって、女性にとっては非常に過酷な地であるからだ。
長男で次期オスマンサス辺境伯であるルドルフ兄さんは……いいや、ルドルフ兄さんだけでなく、俺を含めて、オスマンサス辺境伯家の息子達は、揃って全員が、非常に女性に好まれる容姿をしている。
そのため、結婚相手を探しにパーティーへ顔を出せば、女性達が群がってくるため、相手を選ぶ事だけであれば、そんなに苦労はない。
だがしかし……王都で開催される貴族の未婚の女性達が集まるパーティーで出会い、婚約、婚姻と上手く事が運んだとしても、いざ辺境へと足を踏み入れると、女性達はひと晩と保たずに、破談を決意し、逃げるようにオスマンサス領から去って行く。
素晴らしい容姿だけでなく、人当たりも性格も良い、良き兄であるルドルフ兄さんが、立て続けに二人の令嬢と同じ理由で破談となる様子を目の当たりにした次男、三男と、続く弟達は皆、等しく辺境での自分達の結婚を諦めたのである。
「でも、親父が選んだ相手なら、間違いないからな、お前も安心しろよ! 義姉さん達もだが、俺のニーナも最高の嫁さんだぞ! 本当に親父には頭が上がらないぜ。」
「……まぁ、それは……そうだな……」
そんな息子達を見かねた親父が十年前から始めたのが、息子の嫁さん探しだ。
親父は特別に女性を見る目があるわけではないが、俺達の母親との結婚は、“オスマンサスの奇跡”と呼ばれている。
お世辞にもいい男とは言えない親父だが、母親は隣国の第二王女だった人で、その美貌は近隣諸国から求婚が絶えなかった程に有名であったと聞いている。
俺達息子の容姿が女性に好まれるのは、容姿に関しては完全に母親の遺伝子を受け継いだからと言えよう。
そんな母親は、7人もの息子を育てあげた今でも、親父の事が大好きでしたかないようなのだ。それはオスマンサス領の民ですら周知の事実。
親父はチビデブハゲの三拍子揃った冴えないおっさんなのだが、そんな見た目を一切気にさせない程の何かを、親父は持っているのだ、と母親は言う。
「アギットの嫁さんは、どこから来るんだろうなぁ?」
「……どうせまた、“本人から聞きなさい”だろ?」
親父は、婚約期間を一切設けることなく、すぐに婚姻出来る女性を選んでくる。
さらに、俺達は自分の妻となる女性について一切の情報を与えてはもらえないのだ。
相手の女性がこの屋敷へ到着した時に自ら出迎えをする決まりなのだが、そこで初めて相手の顔を知り、自分の名を名乗った後、ようやく妻となる人の名を知る事になるのである。
親父が選んで来る女性には、オスマンサス領でひと晩過ごしても、すぐに逃げ出すような者はいない。それはこれまでの兄達のお嫁さん全員で証明されている。
だからこそ、夫婦関係をどんなものにするかは、完全に当人同士に委ねられてしまう。
面白いもので、親父はオスマンサス領でも耐えられる女性を適当に選んでいるだけかと思いきや、それぞれの息子の性格などにあった女性を選んでくれているようなのだ。
ルドルフ兄さんのお嫁さんは、次期辺境伯夫人に相応しく、とてもしっかりした女性で、兄さんとも夫婦というより夫婦以上にお互いが信頼し合うパートナー、と言った関係だ。
かと思えば、次男と四男、六男にはその性格に合わせた女性を選んだようで、三組ともが大恋愛の末に結婚をしたかのような愛し合う夫婦関係である。
三男に至っては、本人でも自覚していなかったにも関わらず、親父は何かを見抜いていたのか、なんと結婚相手として男性を選んできたのだ。
本人も含め、家族全員が驚いてはいたが、今ではとても深く愛し合う夫夫となっている。
そして五男の相手は、なんと母親よりも歳上の女性だったのだが、これもまた、大正解。とても良い夫婦関係のようだ。
長男から六男までは毎年のように相手が決まっていたのだが、最後となる7男の俺だけ、親父はなかなか相手を見つけてはくれなかった。
理由はわからないが、俺に合う女性が見つからなかったのか、それともそもそも俺に合う女性がどんな人なのかを決めかねていたのか……どちらかだろう。
「それよりアギット、お前、初夜は大丈夫か? 訓練だのなんだのばかりしていたが、女を抱いた事あるのか?」
「……」
初夜? ……そうか……それがあったか……。
「おまっ! まさか無いのか?! 王都にも行ったりしてただろ?! パーティーでそんな雰囲気になった女性はいなかったのか?! いや、そうでなくとも、娼館にすら行かなかったのか?!」
そんなに驚かれるとは思わなかった。
別に経験が無いとか、そんな事が結婚に重要だとは思わなかったのもあるが、何よりも……。
「……パーティー会場で女性達の香水の匂いにやられて、そんな気分にならなかったんだよ……」
俺は人より鼻がいいんだ。
「アギット、悪い事は言わない。すぐにでもその鋼鉄のパンツを脱ぎ捨てて来い。初夜に童貞はヤバい。ガッカリさせたら、せっかくの嫁さんが逃げていくかもしれないぞ?」
いや、俺、鋼鉄のパンツなんてはいてないけど……。それに、いきなり経験してこいと言われても……一体どこで……。
「俺が隣国で開かれてる仮面舞踏会の招待状を貰ってきてやるから! そこで、素性を隠して適当に済ませて来いよ! 隣国だし、仮面有りだし、下手くそだったとしても、二度と会うことも無いし、いい考えだろ?」
「……仮面舞踏会って……兄さん、さすがに、いかにもすぎないか?」
「だからこそ、手っ取り早くて後腐れなくていいんだろ? まぁ、とりあえず行って来いって! な?」
そりゃあ確かに、男女ともにそういった出会いが目的のパーティーではあるから、ベッドに誘う事は問題ないだろうが……。
「不安なら、経験豊富そうなお姐さんに正直に話して、逆に教えてもらってこいよ! お前は、兄弟の中でもとび抜けて美男子なんだから、仮面があろうが、女性は寄ってくるさ!」
「……わかった、行くだけ行ってみる」
俺のために見繕ってくれた親父の苦労を、初夜の不手際のせいで水の泡にするわけにはいかない。やれる事はやっておく事にしよう。
……。
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