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9 心配で仕方ない

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(sideアルバン)
 
 
 父の恩人の子であるリーケにあのような裏路地のボロ屋を使わせるのはシュティーア侯爵家としての沽券にかかわるので正直嫌ではあるが、本人が目を輝かせてあの物件がいいというので仕方がなかった。
 
 その代わりと言っては何だが、高価な魔道具や家財道具を一式贈ったのだが……家財道具が彼女のもとに届いた日に通信用の魔道具でお礼の連絡がきたのを最後に、あれ以来まったく音沙汰がない。



 
「……なぁエミール、リーケは大丈夫だろうか?」
 
「毎日朝晩とそのお言葉を耳にしますね……そんなに心配ですか?」
 
 父の代からずっとこの家で執事してくれているエミールにそう返され、私は無自覚にリーケを心配していることを気付かされた。
 
「そんなに何度も聞いていたか? すまない……」
 
「いえいえ──……リーケちゃんは多少抜けているところもございましたが、あの年齢にしてはとてもしっかりしていましたし、きっと元気にしていると思いますよ」
 
 それは私もわかっている。わかってはいるが……。
 
「しかしだな……もうすぐ二週間になるが、13歳でしかない幼い少女が、金も要求してこないし腹も空かせて来ないなんて……私に気を使っているんだろうか?」
 
「お金は足りていて、お腹も満たされているのでは?」
 
「銀行もしらない子だぞ? もしかして今頃誰かに騙されて助けを求められないような状況だったりするんじゃないだろうか……」
 
 リーケは空腹時に食べ物をくれると言われたら、どんな奴にでもついて行きそうだからな。
 
「はぁ……では坊っちゃん、フーゴに弁当でも作らせて、それを持って様子を見に行かれてはいかがですか?」

 なんだかエミールに呆れられているような気がするが、いい考えかもしれない。そうしてみるか。
 
「……そ、そうだな、丁度研究室にも行かなければならないしな。そのついでに少し街に寄ってみてもいいだろう」
 
 エミールはニコリと微笑み、すぐにフーゴにリーケ用の弁当を作るよう指示してくれ、私はその弁当を持って昼前に屋敷を出た。
 
 
 久しぶりに外へ出たので、リーケの所へ行く前に自分の職場である国の魔道具研究室へ顔を出した。
 今行っている研究の途中経過を書き記したものを置いてくるためだ。
 
 父が急死し急遽爵位を継ぐことになった私は、室長のご厚意でしばらくは在宅で仕事をさせてもらえているのだが、たまにこうして顔を出して研究の話しや世間話をしている。
 
「おっ、アルバンじゃないか! どうだ、そろそろ家の方は落ち着いてきたか?」
 
「室長、おかげさまでなんとか大きな混乱も無くこれまで通り回せるようになってきました」
 
 父のやっていた侯爵家の仕事を私がそのまま引き継いだのだが、父も魔法省の仕事の傍ら侯爵としての仕事をこなしていただけあり、人に任せられる部分は上手く振り分けて任せていたようだ。
 そのおかげで私も、誰に何を任せているかを把握し、上がってきた報告書に目を通して指示を出すだけでよかった。
 しかし、自分の指示が適切かどうかも全くわからない状態なので、今はまだ執事のエミールに相談しながらなんとかこなしている。
 
「そうかそうか、それは良かった。研究室の事は心配しなくていいからな、在宅も無理するなよ?」
 
「本当にありがとうございます。ですが、研究は息抜きになるので在宅でできることはどんどん回してください」
 
「そうか? そういってくれるなら遠慮なく回してしまうぞ? っはははは!」
 
 父よりも少し年上の室長は、不愛想だったり物静かな者が多い研究室では珍しく、とても明るく陽気な性格をしている。
 そのおかげで、他の部署との交渉もスムーズにできているところがあるため、室長はこの研究室において絶対欠かせない存在なのだ。
 
 
 ──────……。
 
 
 研究室を出た私は、フーゴの弁当を持ってそのまま歩いてリーケのいる街へと向かった。
 
 薄暗い裏通りに入ると、わりとすぐにリーケのいるボロ屋に到着するはずなのだが、一向にあのボロ屋が見当たらない。
 
「あれ……確かこの辺だったと思うんだが……」
 
 ボロ屋という印象でしか覚えていなかった私は、ボロ屋を探してウロウロとしばらく裏路地を彷徨う羽目になってしまった。
 
 
「あれ?! もしかして、アルバン様?!」
 
 幸いなことに、買い物袋を持ったリーケが、丁度外から戻ってきたところに出くわすことが出来た。
 
「っ! リーケ! 会えて良かった。お前にフーゴの弁当を持ってきたんだが、お前に貸した物件がわからなくてな、どこだったかな?」
 
「え、アルバン様の目の前にありますけど……」
 
 リーケはそう言いながら私の目の前の建物を指を指している。
 
 だが、私の目の前にはいつぞやのボロ屋などではなく、少し古いがアンティーク調の小洒落た建物があるだけだ。いつの間にあんな弦に薔薇まで……。
 
「いやいや、もっとボロだっただろ?」
 
「頑張って綺麗にしたんですよ! せっかくですから、中も見て行ってくださいっ! アルバン様が贈ってくださったソファーと、小洒落た衝立は診療所で使わせてもらっているんです!」
 
 小洒落た衝立? ……もしかしてリーケの言うそれは、浴室で使う物ではないのか? まぁいいとするか。
 
 
 外には看板らしきものは見当たらなかったが、中に入るとそれなりに診療所に見えないこともない。 
 
「おじちゃんのお弁当は私が夕食に頂きますね! お茶を入れてくるので、ソファーに座って待っててください」
 
 相変わらずちょこまかとせわしないリーケの姿に、ホッとする。エミールのいうとおり、様子を見に来てよかった。
 
「アルバン様、聞いてくれますか? きちんと診療所を開いて一週間になるんですけど、患者さんが全然来ないんです!」
 
 患者が来ないと言っているわりに、なんとなく嬉しそうで元気そうだ。 
 
「だから初めに話しただろう? 今じゃ診療所は流行らない、治癒魔法は神殿が独占している、と……ましてやこんな裏通りに店を構えたのだから、仕方ないさ」
 
「違うんです、聞いてください! 患者さんはそんなに来ないんですけど、何故だかお金にも食べ物にも困らないんです!」
 
「……え、なんだって?」
 
 
 ──……
 
 
 どうやらリーケは、持ち前の人懐っこい性格のおかげで近くの商店街の人に可愛がられているようだ。
 13歳にしては少し幼さの残る容姿も相まって、周りの大人達は私と同じように一人で頑張っている彼女を放っておけないのだろう。

 差し入れで腹は満たされ食費がかからず金も減らないとは……どうりで私を頼ってこないわけだ。
 
 いずれにしても、上手くやっているようで何よりだ。
 
「そうだリーケ、近いうちに陛下との謁見が叶うから、ようやく私も正式にシュティーア侯爵として認められるんだ。その後、ささやかなパーティーを開くから来てくれるか?」
 
 父が亡くなり間もないが、貴族の間に私が侯爵となったことを正式に知らせる必要がある。気は進まないが、パーティーを開き一気に人を集めてしまうのが一番手っ取り早いのだ。
 
「……お貴族様のパーティーに私が? とんだ場違いですし、またエルヴィンに嫌味を言われてしまいますから、お気持ちだけで十分です!」
  
 リーケは未だにエルヴィンが自分に突っかかってきたことを根に持っているようだ。
 
「そうか……リーケは祝ってはくれないのか……」
 
「お、お祝いしていないわけではなくてですね……」
 
「殿下もリーケに会いたがっていらっしゃるぞ、屋敷を出たお前の行き先を何度も聞かれたが、流石にこんな場所に殿下が来るのは危険だろうから教えなかった」
 
 ほんの余談のつもりだったのだが、リーケは思いのほか大真面目にギョッとした表情を見せた。これは……本気で嫌だと思っているのではないだろうか。
 
「安心しろ、そんな顔をしなくてもここの場所は私以外知らないから。これからも誰にも言うつもりはない」
 
 付け足した私の言葉に、あからさまにホッとするリーケの態度を不思議に思ったが、よく考えたら貴族ではないリーケが王族と関わりたいわけがなかった。
 
「……アルバン様、ここ、診療所なのにおもてに看板がついてないの、気になりませんでしたか? さっきキョロキョロして探してましたよね?」
 
 突然何の話かと思ったが、その話もしようと思っていたので丁度良かった。
 
「おお、そうだそうだ、それも聞こうと思ったんだ。お金が足りなくて看板を作れないのなら私が出してやるぞ?」
 
「必要ありません。もともと看板は掲げるつもりないので……アルバン様、私、二週間ここで生活してみて決めたんです。私の診療所は神殿に行っても治療を受けられない街の人達に来てもらおうって。──知ってましたか? 神殿はただの風邪で……熱覚ましの薬を出すだけなのに一万イェンも取るんですよ? 一万イェンと言ったら、私のひと月の食費ですよ。あ、ちなみに、私の風邪薬は熱も下がるし鼻水も止まるし喉の痛みも咳も止まる優れもので、五回分でなんと千イェンですよ。原価は100イェンくらいですからね。ぼろ儲けです。何が言いたいかわかりますか?」
 
「……」
 
 私はリーケのチカラ強い言葉に、ひどく胸を打たれた──……13歳の少女が、そんなことまで考えて商売をしているなんて……。
 
 “すべての国民を皆平等に”──などと大それたことを掲げている裏で、神官たちが患者を金で選別していることは、私も聞いたことがあった。
 だが知ったところで“魔力持ち”ではない私には何もできない。
 治療費が払えない人を治療してやることも出来なければ、全員の治療費を肩代わりしてやることもできない。
 
 ──だが、リーケは違う。
 
 リーケは治療してやれるんだ。
 
 金はなくても、魚ならある。金はなくても、肉ならある……神殿では門前払いされてしまう者でも、リーケにとっては金は、何匹魚が買えるか、に換算されるのだ。
 物々交換で治療をひきうけるとは、田舎育ちの良さが良く出ている。
 
 しかし……
 
「リーケ、素晴らしい考えだと思うぞ。でもな、王都には“税金”というものがあってだな、商売をしている以上、それを収める必要があるんだ。それは物々交換は出来ない、金だ」
 
「……ぜ、ゼイキン?」
 
「そうだ。診療所の場合は、一年間に何人診察や治療をしていくら稼いだか、毎年国に報告するんだ。その前に診療所を開きましたって、国に登録する必要もあるんだぞ。したか?」
 
「そ、そうなんですか!? 私、登録なんて何もしてません! 捕まっちゃいますか? アルバン様時間ありますか? 今から一緒に行って教えてくれませんか!?」
 
 いつもはしっかりしていても、自分の知らない話に対して急に不安そうになるリーケの姿は、やはりまだまだ子供だ。
 
「いいぞ、私に任せろ」
 
 これからも私が見守ってやらねば。
 
 
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