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4 金・銀・黒
しおりを挟む次期侯爵様から、全面的に私の診療所開設に協力してくれるという約束を取り付けた私は、そのまま彼に案内されるがまま馬車に乗り、少し離れた墓地へと向かった。
ここだ、と言われた場所にあった真新しい墓石には、“アルフレート・シュティーア”と故人の名前が書いてあり、沢山の花が供えられている。
「侯爵様は、ご病気ですか?」
「いや……魔力量の多い人間は短命だと言われているんだ。父もその一人だった……それでも長生きしたほうだよ」
次期侯爵様の言葉に、私は耳を疑った。
「魔力量が多いと早死にする? ……まさか、そんな事あるわけ──」
──“ない”と言いかけたが、彼らは“人間”だった。私達魔女とは違い、人間にとって魔力というものは理に反するものであり、身体に害をなすものなのかもしれない。
「お会いしてみたかったです……」
「屋敷に肖像画があるから、後で見せてあげるよ」
私はお墓の前で手を合わせ、静かに目を閉じた。
──……侯爵様、貴方の息子さんはなかなか話のわかる人ですね、いい育て方しましたね。早期の借金返済が出来るように、私、頑張りますね。あ、そうそう、母に恩があると聞きましたが、一体何があったんですか? 息子さんは知っていますか? 聞いたら教えてくれますかね? ところで、息子さんは明日物件を見に行こうと言っていましたが、私は今夜、どうしたらいいんでしょうか、泊めてくださいと頼んだら、泊まらせてくれますかね? 今から街で宿を探すのも正直面倒なので、こちらの余っている部屋でいいので泊めて頂けると助かるんですが……。
「……ずいぶん長いが、父と何を話しているんだ?」
……私もよくわからない。一体私はお墓の中の侯爵様に何を話していたのだろうか。
「……私は今日どこで寝泊まりしたらいいのか、侯爵様に相談していました」
「ちなみに……父はなんと?」
「……私の息子に頼むといい、とおっしゃいました」
──……なんてね。
お墓から屋敷へと戻る馬車の中で次期侯爵様は、もし今夜の宿が決まっていなければうちの屋敷に泊めるつもりだった、と言ってくれ、私は無事に今日の寝床をゲットした。
「次期侯爵様、あの馬車はどなたの馬車ですか? 私がこちらに着いた時に一緒だったんです」
屋敷に戻ると、私がここへ来た時に門を開けてくれた馬車がまだ同じ場所に停まっていた。
「……? ああ……あの馬車はおそらく弟の友人達が来ているんだろう」
「弟さんはおいくつですか? そういえば、次期侯爵様もおいくつですか?」
私の予想では、30歳手前ってところだろう。
「その“次期侯爵様”はやめないか? ……アルバンでいい、私は24になる。弟のエルヴィンは14歳だよ、君のひとつ上かな」
24歳か……以外と若かった……。
「──アルバン様は……ご苦労なさってるんですね……あ、私の事はリーケでいいですよ」
「おい、苦労ってそれどういう意味だ? いくつに見えたんだ?」
弟のエルヴィンとやらは、私と同年代か。
──……フッ……きっと都会のお坊ちゃんなんか、どうせガキだろう。辺境伯の所の息子のディーターも同じ歳だったけどガキだった。
「──……あ、着きましたね」
「……」
馬車を降り屋敷の中へ入ると、丁度正面の大階段から男の子が三人下りてきたところに出くわしてしまった。先ほどアルバン様が言っていた弟のエルヴィンと馬車の持ち主達だろう。
一人はアルバン様にそっくりの金髪にグリーンの瞳の生意気そうな男の子。
一人は銀髪にブルーの瞳の育ちの良さそうな男の子。
一人は黒髪にパープルの瞳の何考えてるかわからない系の男の子。
私は貴族のお坊ちゃまなど相手にしているほど暇ではない。ひとまずペコリとお辞儀だけしてみたが、隣にいたアルバン様が彼らに話しかけた。
「お帰りですか? 殿下、公子様」
──……殿下と公子?
「いいや、君たちが戻ってくるのが見えたから挨拶をしようと思ってね──アルバン殿、そちらの可愛らしいレディーはどちら様かな」
殿下なのか公子なのかわからないが、銀髪の少年が気取った感じでアルバン様に答えた。
すると、アルバン様の答えを待たずに弟らしい金髪が私を睨みながら同じ事を尋ねてくる。せっかちな奴だ。
「兄さん、その子誰? どうせまた僕達の妹だと思い込んでる奴なんだろ? どうして今日はそんな奴の相手してるんだよ。いつもはすぐ追い出すのに」
私が誰なのか答えを聞く前に思い込んでる奴呼ばわりにそんな奴呼ばわりとは、いくらなんでも失礼ではないだろうか。もし私がどえらい貴族の令嬢だったらどうするつもりだ。これだから世間知らずのお坊ちゃんは。
私は自分の事を棚に上げ、心の中で一つ年上の男の子達に好き放題言っていた。
「殿下、この子は父の恩人の子でして、しばらく当家に滞在する予定なのです。エルヴィンには後で説明するから……──リーケ、自分で挨拶できるか?」
アルバン様は小さな子供に言うように私に尋ねてきたが、まったくもって心配無用だ。殿下だろうが公子だろうがただの子供ではないか、挨拶くらいできる。それよりも、しばらく滞在させてもらえるのだろうか? それは朗報だ。
私はアルバン様に視線を合わせて頷き、一歩前へ出た。
「はじめまして、私は貴族の令嬢ではなく、ド平民のフリーデリケと申します。アルバン様からはリーケと呼ばれていますので、どうぞ同じようにお呼びください」
特にその他の情報を与える必要はないだろう。母からも、自分の名を名乗るときは十分に考えて気をつけろと言われている。リスクを冒すほどこの三人組と深く関わる気はない。
「はじめましてリーケ、僕はクリスティアン・フォルモント。クリスでいいよ」
「……オスカー・レーヴェだ」
この国の名がついているということは、銀髪の方が“殿下”なのだろう。そして黒髪が“公子”だ。
「貴方はエルヴィンよね、アルバン様の弟でしょう? 私の一つ年上だと聞いたわ、少しの間お世話になるけど、すぐに出ていくから安心して」
私に対してなぜか敵意むき出しのエルヴィンに、出ていけと言われそうな気がしたため、先に予防線を張っておく。先手必勝である。
「……なっ! お前、年下のくせに生意気な口を!」
「おいおいエルヴィン、言っただろう父上の恩人の子だ。失礼のないようにしろ」
「でも兄さんっ!」
──……フッ勝った。お母様、侯爵様に恩を売っておいてくれてありがとう。
納得がいかない様子のエルヴィンだったが、殿下の方は私に興味津々なのかずっと私を見ている。
「ねぇ、さっき僕たちがここに来るとき門の前にいた子だよね?」
「そうです、貴族のお屋敷をどうやって訪ねたらいいかわからず困っていたので、あなた方の馬車が門を開けてくれて助かりました」
──……あ、ついつい馬車にくっついて勝手に門の中に入ったことを自分からばらしちゃった。
「ははっ──ここはあちこちで魔道具が使われているし、普通の貴族の屋敷とは違うからね。わからなくて当然だ」
「あ、やっぱりそうなんですね。この屋敷の中はやたらあちこちから純粋な魔石の気配がすると思ったんです、お金持ちはすごいなって思ってました」
自然界に漂う魔力が長い年月をかけて結晶化したものを純粋な“天然魔石”と呼んでいるが、数に限りがあり大変高価なものだ。しかし今は、誰でも魔道具を使えるようにと、天然魔石ではなく、魔力を使い切った後の空の結晶石に人間が魔力を注入した“人工魔石”が開発され、そちらが主流だと聞いたことがある。
「シュティーア侯爵家の領地は魔石がよく採れるんだよ、だから使い放題なのかもしれないね」
殿下は我が物顔で私にうんちくを垂れてくれたが、魔石など必要ない私にとっては、正直あまり重要ではない。それに、シュティーア侯爵家が金持ちなのには変わりないのだから。
でも、空の結晶石を安く譲ってもらっておいて、私の魔力が溢れそうな時に注入すれば後々売れるだろうか? うむ、副業として行けるかもしれない。
「へぇ~……」
「おいお前! 殿下に対してその口の利き方は不敬だぞ! 改めろ!」
エルヴィンはしゃべりだすと、まるで気性の荒いレトリバー犬がギャンギャン吠えているようだ。私、うるさい奴は苦手なのよね。
「アルバン様、どうも私が口を開くと不敬らしいので、捕まりたくありませんし、もう行きませんか?」
「え? あ、ああ……では殿下、公子様我々はこれで、ごゆっくりなさってください」
「ああ、ありがとう。──またねリーケ」
公子は頷くだけだったが、殿下は私に手を振っている。……王族を無視するわけにもいかないので、会釈だけしてアルバン様とその場を去った。
──……またね、と言われても、私のような者は金輪際、王族と関わることなどないんです、さようなら、殿下。
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