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第二章
29 エイミーとユノン
しおりを挟む結果から言おうと思います。
ラクランさんが連れていたのは……ドラゴンの赤ちゃんでしたぁ!
しかもね、しかもね!
どうやって連れて来ていたと思う?!
“モンスターボール”だったの!
爆笑しちゃったよ、私。
ポケ◯ンかっての!
まぁ、ドラゴンに関して言えばアルドの右に出る者はいないから、我が家に連れて来てくれて大正解だったわけなのだが……。
羽を怪我していたので、すぐにアルドが治癒魔法で治してあげれば、すっかり元気になったそのチビドラゴンは、地味に可愛い。
「子供……と、いう事は、どこかに親が?」
「いや……あり得ない……絶滅したと言われているのに……番で生息していただなどと……世界が仰天だ」
「……生まれてさほど経ってはいないと思うんだが、近くに卵の殻も見当たらなくてな……」
アルドとサム、ラクランさんが真面目な話しをしている脇で、私達はマティに獣化してもらい、チビドラゴンから話しを聞いてもらっていた。
それにしても、チビドラゴンとチビ狼のツーショット、尊すぎる……。
しばらくして、ポンッと人化したマティが、チビドラゴンから聞いた話しを私達にも訳してくれたのだが……そこで、とんでもない事が判明する。
「エイミー様、この子はドラゴンではないみたいです」
「「「「「ぇえ!?」」」」」
ロン以外の護衛4人と私は、驚愕する。
この見た目でドラゴンでないのなら、一体何なんでしょうか、何の突然変異種なのでしょうか……。
「この子は、自分は蛇なのだと言ってます……ヨルムンガンド様の言葉を伝えるために地中から出て来た、と……」
出たっ!
ドラゴンにラタトスクにフェンリル、残るはヨルムンガンドだ、と思ったんだ私。
「……昨今の蛇には羽が生えているのですね」
ビルが興味深そうに呟く……他の3人もその謎の生き物に注目している。
「世界樹の根元深くで眠りについたとされるヨルムンガンドが現存するとは驚きだが、それを言うなら私のドラゴン達も同じだろう……して、その言葉、とは?」
アルドがマティに視線を移す。
「はい……“何者かが世界樹の枝を折った”と……」
は? それだけ?
……枝くらい、風で折れたりするもんでは? 樹齢何年か知らないけど、そりゃ折れても仕方ないし、その人もわざとじゃないかもよ?
しかし……。
「「なんだとっ!?」」
アルドとラクランさんが取り乱して驚いている……え、そんなにヤバいことなわけ?
私は馬鹿にせずに教えてくれそうなロンに尋ねる。
「(小声)……ねぇロン、なんであの2人はあんなに驚いてるの?」
「……世界樹、機嫌損ねる……世界に災いもたらす……」
(なんだとっ!? )
あ、アルド達と同じリアクションになっちゃった。
「(小声)……誰かが世界樹の枝を折った、つまり、世界樹激おこぷんぷんなわけ?」
「……ぷんぷん……」
それってつまり、災いが起きるの? は? やめてよ、せっかくもふもふの義理の息子ができて楽しくなってきたのに。
大体、原作にこんな展開あったかなぁ……?
……あ、いや、あったわ。
原作じゃなくて、私が演じた舞台の脚本に!
あまりにもファンタジー過ぎた原作は、舞台上で再現する事が難しい部分も多く、最終的にドラゴンだのフェンリルだのは実際に登場する事はなく、脚本家は原作ではただの“神”のシンボル的な存在でしかなかった“世界樹”を、ラストの山場に登場させたのだ。
ただの“樹”なら、舞台上でも容易に準備ができ、セリフもないためローコストで済む。
それに……“世界樹”が出てくるのは、私が演じた“エイミー”が死刑になった後の事だったので記憶が薄れていたのだろう。
こういってはなんだが……原作を読んでいた私にとっては、舞台の脚本はとてもチープな展開になったように感じた事を覚えている。
(舞台のラストはどうなったんだっけ……)
……たしか、ヒーローが世界樹の災いに立ち向かい、ヒロインが世界樹に怒りを沈めるために祈りを捧げる、的な流れだった気がするが、アルベール王子とジュリエットには……無理……ですねっ! なんて言ったって、妊婦だもの!
それもそうだけど、枝を折った犯人って誰だったっけ?
世界樹の怒りを沈めても、そいつがいたら、また折るかもしれない、と思うのは私だけだろうか。
犯人の目的と、世界に災いをもたらした責任を取らせなければ……。
「(小声)……で、ロン、災いって具体的には何が起こるの?」
「……魔物が出てくる……沢山……」
魔物くらいであれば、魔法使いのいるこの世界ならば対した問題ではないだろう。
人間にとって最も厄介なのは、伝染病や天災などだ。
原作には伝染病や天災のシーンもあったが、それはたしか、リタとビルのエピソードシーンとして、彼等が大活躍だった気がする。
つまり、そうなったらリタとビルに寝ずに働いてもらえばなんとかなるはず……。
「(小声)……魔物、だけ?」
「うん……古い文献によれば」
その文献は誰がいつ書いたものなのだろうか……。
アルドとラクランさん、サムは難しい顔をして何やら相談している。
マティも気持ち程度に混ざる様子がまた可愛い。
ビル、レイ、リタのノルディリア3人は、面白がりながら蛇を観察している……あっちとこっちで温度差が激しすぎる。
すると、ヨルムンガンドの遣いらしい蛇は、マティの足元へ移動し、再び何やら話しがしたい素振りを見せたため、マティは獣化した。
一同は2人の会話に注目する。
「世界樹の枝を折ったのは……」
会話を終えたマティの口から出た言葉に、その場にいた全員が息をのむ。
「「……折ったのは?!」」
「「「……」」」
「「「……?!」」」
「……真っ赤な髪をした女性だった、と……」
「ぇえ?!」
真っ先に反応したのはもちろんこの私。
いや……アリバイありまくりですけど……常に護衛かアルドと一緒にいるのだからね。
しかし、皆の視線は私の髪に集まっている。
「そう言えば、枝が折られたのはいつ頃の話しなの?」
「あ……すみませんっ3年ほど前との事と言っていました」
っ3年ほど前?!
そんなに昔なの?! つまり、私がエイミーになるちょっと前ではないか。
まままままさかエイミー?! やらかしたのか?! そんで世界樹の祟りで高熱が出たのか?!
おい蛇! どうして今頃になって言いに来たの……ん? 待てよ……マティがいなければ蛇は誰とも意思の疎通が出来なかったのではないだろうか。
……いや、まさかそれで3年も経ってしまったとか……?
勘弁してくれヨルムンガンド。
「この者は、“エスティリアの君主”が目覚めた気配を感じて、レジェンドに会いにこちらに向かっていた途中に怪我をしたのだそうです」
マティが付け足す。
だから陸路を来ていたラクランさんに出くわしたわけね……ラクランさんが無視してたらどうなっていたことやら。
やっぱり偶然が重なるあたりが小説の世界という感じだ。
どうやら蛇はドラゴンを介してアルドにこの件を伝えるつもりだったようである。
それにしたっって、アルドが“エスティリアの君主”に覚醒したのは、枝が折られてから1年後くらいの頃のはずだ。
おい蛇、まさか地面を這ってしたんじゃないだろうな? そのご立派な羽は飾りか?
「でも、何で3年もの間、災いが何も起きてないの?」
「それが……この者が言うには、“枝を折った者には相応の報いを受けさせた”と世界樹が言ったそうなのです……」
やややややっぱり、その報いとやらが関係して異世界人の私が憑依したのだろうか……と、いう事は、もしかするとエイミーはユノンに入っているのかもしれない……。
心配だ……私の身体で何をしているのだろうか……。
「それ相応の報いとあらば、枝を折った者はすでに命は無いのだろう……ならばそっちは気にせずとも良いな……だが……」
アルドは蛇の話しを冷静に分析して、あらゆる可能性を導きだしているようだ。
……いや、でもちょっと待って……聞き捨てならない。
枝折ると即死刑なの?!
アルドもさ、気にせずとも良いなって……いや、まぁ、気にせずともよいけれどもさ……。
アルドは私が本物のエイミーではない事を知っている。
その上でさっきの言葉を口にしているのかは、わからないが、彼はエイミーが本当にやらかしたとは思っていないのだろうか……その表情からは全くわからない。
「良かった、僕一瞬エイミー様かと思って焦りましたよ」
おい、レイ、正直が過ぎるぞ……と、思ったら……。
「俺も」
「私も」
「私も」
「……僕思ってない……」
「僕も思ってません!」
「いやぁ~、実は俺も」
ロン、マティ……ありがとう、大好き。
それにしても、ラクランさんまで酷い……まぁ、私の噂知っていたし、仕方ないか。
アルドは何も言わなかったが、何を考えているのだろうか。
「でも、なら蛇君は何を伝えに来たの? マティ、何か他に聞いた?」
「はい、じつは……」
蛇君が言うには、世界樹は枝を折った者に制裁を加えた後も怒りがなかなか収まらず、ずっとイライラしており、あれ以来一度も、実をつけていないのだという。
……実? ……禁断の果実的な?
「「「なんだとっ!?」」」
またもや、アルドとサムとラクランさんが驚き声を揃えた。
「(小声)……ねぇロン……実をつけないと不味いの?」
「……世界樹の実、魔除けの効果ある」
ロン曰く、世界樹の実を食べた魔物が巣へ戻り糞をすると、その糞が影響し、巣の魔物も一掃されるらしいのだ。
……ゴキブリ退治するヤツみたいだな……。
もちろん、人間が食べればどんな病も治るとされるスーパーフルーツらしいのだが、世界樹には魔物がうじゃうじゃいる森を抜けないとたどり着く事が出来ないため、人間が手に入れる事は難しいのだという。
……エイミー……か、どうかはわからないが、枝折った奴、たどり着いただけでも凄いな。
……つまり、その実が数年実っていない……つまり……魔物の巣では出産ラッシュで魔物が大量発生している……と言う事、らしい。
なんだとっ?!
ってなるわな。
「(小声)……でもさ、どうして枝なんか折ったんだろ……」
「……世界樹の枝、持って帰って植える……葉がつくと……どんな願いも叶える」
え? つまり世界樹は挿し木で増やせると? ……その葉が願い事を叶えてくれると……?
もし、エイミーの目的が願い事を叶える事なら、もしかしたらファリナッチ公爵邸の庭に、植わってるのでは?
私がそんな事を考えていると、アルド達が慌て始めた。
「不味いな、生後2、3年の生体は知性はないが1番凶暴だ……」
「ああ、そんなのがうじゃうじゃいるとなると、我が国だけの問題ではない」
「急いで各国に伝えねばならないが……」
「……世界樹の枝を折った者がいる、などとは言えぬ……ヨルムンガンドの遣いに聞いた、などとも言えぬしな……」
みんな、真面目だなぁ……。
“魔物大量発生中、原因は現在調査中、警戒せよ”とかでよくない?
それよりも、私はエイミーが枝を折った犯人かも含めてファリナッチ公爵邸へ行かねば。
「アルド、私、ちょっと実家に用事が出来たから、転移申請をば……」
私が言いかけると、アルドから『この異常事態に何を言い出すんだ』と言う視線を感じた。
しかし、何か解決の糸口が見つかるかもしれないので、行かないわけにはいかない。
「アルド、私にとっても大事な事なの! 大至急、シュドティリアに転移申請して! 魔物の事を知らせてパニックになる前に! ……出来れば3泊4日で往復……」
「……エイミー……私は君が心配なんだ……」
アルドが私の頰に手で触れながら、せつなそうな表情をする。
「レジェンド、我々もエイミー様と共に行きますのでご安心ください」
レイ、ロン、マティが私の背後に立ち、後押ししてくれた。
「しかしだな……」
なかなか首を縦に振ってくれないアルド……色々急がないといけないのに。
「……エイミー、護衛3人と私のドラゴンに乗って行け、今後各国で転移申請の窓口が機能しなくなる可能性もあるからな……それと……申し訳ないが、ラクラン殿……あと、サムは残って私と共に王宮へ行き、事情を知る者として一緒に対策会議に参加して欲しい」
どうやらアルドの頭も、この短時間でアレコレとフル回転していたようである。
確かにそうだ、転移門事態が機能しなければ私達は帰って来れず、アルドとも離れ離れ……陸路は魔物がうじゃうじゃで超危険なのだから無理なわけで……。
何か世界の危機が起きた時は、間違いなく、アルドとラクランさんの側にいるのが最も安全に違いない……私の生存本能がそう告げている。
「イエス、アルド! レイ、ロン、マティ、すぐ出発するよ! アルド、ドラゴンちゃんはどの子でもいいの?」
「ああ、飛びたがってるやつに乗ってやってくれ、レイ、ロン、シュドティリアに入国したらなるべく隠密魔法で周囲の目を惹かぬようにファリナッチ公爵邸まで行くんだ」
「「イエス、サー! おまかせください」」
アルドはさらに、ビルとリタにもドラゴンに乗り上空から魔物の森の偵察を指示し、状況的に必要ならば森と街との境界を護るヴァロア辺境伯にも伝えてくるようにとも命じていた。
ドラゴンに乗れるなど、めったにない経験であるため、護衛6レンジャー達もなんだか浮き足立っているような気がする。
ビルとリタはすぐに出発し、私はアルノーにバードコールを繋ぎこれからドラゴンで向うと伝えてから、すぐに出発の支度をした。
ドラゴンのスピードならば、ファリナッチ公爵邸までは1、2時間で到着するはずである。
何せ、新幹線並みのスピードだからね……シートベルトもないため、ドラゴンから振り落とされてしまうし、魔法でシールド這ってもらわなければ、そもそも息も出来ないし、目も開けられない。
でも、ドラゴンに乗るのは好きだ、絶叫マシンに乗っているみたいで。
こうして、マティはレイの服の中に入り、私達は3頭のドラゴンに乗り、デンジャーな里帰りをするのであった。
○○●●
「姉上! おかえりなさいませ、驚きましたよ一体何が?」
ファリナッチ公爵邸に到着すると、アルノーの他、リュシアンまでいた、暇なのか? 第2王子は……。
「詳しくはまだ話せないの! それより、ねぇアルノー、私、3年前、高熱出す前にどこか遠出したっけ? 覚えてないのよ」
憑依した時からずっとそうなのだが、何故か私にはエイミーが高熱を出す直前の記憶がないのだ。
「え? ああ……そう言えば、2、3日見かけなかった日があったかもしれません……が、あまり記憶にありません……」
あの頃、エイミーとアルノーの関係は最悪だったので気にもしていなかったのだろう、仕方あるまい。
やっぱり……枝を折った犯人はエイミーなのだろうか。
一体何のために彼女は危険な魔獣の森に入り、世界樹の枝を? ……願いを叶えるため? まさか、アルベール王子との恋愛成就を願うために?
憑依してみて感じたが、エイミーはアルベール王子の事をそんなに好きだったようには感じないのだが……。
エイミー、貴女は一体何を考えていたの……?
とにかく私は庭に出て、レイ達3人とで手分けをして3年目くらいの小さな木を探す事に……庭師にも聞いてみるが、それらしい情報は得られなかった。
素人が挿し木をした所で、根付く可能性は低い……おまけにちゃんと切ったわけでもなく、ただ折った枝だ。
しかしそこは世界樹、というだけあり、成長している可能性は多いにある。
が……。
「エイミー様、これだけ探してもないとなれば、ファリナッチ公爵邸の庭にはないか、枯れてしまったのかと……」
レイが言う。
「……そうみたいだよねぇ……他に何処に……」
ふと、私はエイミーの自室から見えた高い丘を思い出し、そこに走って向う。
「エイミー様?! どちらへ!?」
マティが私を追いかけ走りながら超ビッグサイズに獣化し、私を乗せてくれたので私は方向を指示する。
その様子を見ていたアルノーとリュシアンは、マティの獣化に絶句しているようだ。
まぁ、レイが上手く説明してくれるだろう。
丘の上にたどり着き、マティから降りた私は、自分の部屋から見えた大きな木の後ろに隠されるように生えた1本の木を見つけた。
「マティ……見てこれ……3年目くらいじゃない?」
「……あ! これ! 本で見たことあります、世界樹の葉によく似てます!」
ハート型のような不思議な形をした葉を生い茂らせたその木があるという事は、やはり世界樹の枝を折った犯人はエイミーだった。
「……どうしよう……」
「……エイミー様の記憶が無くなる直前に、植えられたのでしょうか……」
マティが気を使ってか、わざわざ記憶をなくした部分を強調してくれている。
「これ、このまま植えとけば実も生るのかな?」
「はい、これだけ成長しているならば……ビルさんに聞いてみないとハッキリとはわかりませんが」
私はありったけの魔力を込めて、成長促進の魔法を唱えてみる。
すると……
「わぁあ!」
チビ世界樹は、沢山の実をつけた。
「エイミー様、マズイです! 世界樹の実は魔物を引き寄せます!」
「ぇえ?! そうなの?! あ、だから魔物達は死ぬのに食べちゃうのか!」
マズイ、マズイ……私はなった実をひとまず全て収穫し、四次元ポケットにしまう。
ならば余計に、こんな木をここに生えたままにしておくわけにはいかない。
「マティ、この木にも何かしたら災いが起きるのかなぁ?」
「どうでしょうか……前代未聞の事態ではないかと……世界樹に聞いてみては?」
「え、マティ、樹とも話せるの?」
それはびっくりである。
「違います違います、もし、エイミー様がこの樹を植えたのであれば、この樹の主はエイミー様です、世界樹は主と繋がりを持つらしいので、話しかければヨルムンガンドのように意思の疎通が出来るのでは、と……思いまして……」
マティ、天才少年か?
ちなみに、ヨルムンガンドは世界樹の主ではなく、世界樹がヨルムンガンドの主なのである。
「よし、やり方はわからないけど、やってみる!」
私はチビ世界樹に両手の平で触れ、バードコールにするように目を閉じ、魔力を流して話しかけてみる。
「……チビ世界樹さん……聞こえますか? 話しが出来ますか?」
『……』
すぐに反応はない。
だが、不思議とそこに誰かがいるような感覚がする……私にはそれが伝わってきていた。
『……エイミー?』
「……え?」
『もしかして、貴女エイミー? いいえ、ユノン?』
「……っ!?」
私は見知らぬ女性の声とその言葉に動揺してしまう。
「……エイミー、なの? 本物の……」
『やっぱり! ユノン、貴女がそっちの私に入っていたのね! そうよ、私が本物のエイミー・クリフォード・ファリナッチよ!』
「その言い方からすれば、エイミー、貴女は今、私の身体にいるのね?! それなら、私が本物のユノンよ! 私の身体を返してよ!」
『ちょっと落ち着きなさいよユノン』
落ち着いていられるかってんだ、この身体の本当の持ち主であるエイミーと世界樹を通じて話が出来るなんて、誰が想像出来る?!
おまけに、私の身体に入ってるだなんて!
私の身体で何してるのよ、勝手な事してないでしょうね!
言いたい事は山のようにあった。
……だが今はそれどころではない。
「エイミー、教えて……貴女、世界樹の枝を折ってここに植えたのね? 私達は今、ファリナッチ公爵邸の近くの丘に生えてる小さな木を通じて話しが出来てるの」
『懐かしいわね、ファリナッチ公爵邸とか! アハハッ!』
アハハッじゃねぇよ、質問に答えろ。
『答えはイエスよ、私がわざわざ危険を冒して世界樹の枝を折りに行ったの……皆知らないけど、私、特別な魔法が使えたのよ』
「どうしてそんな事したのよ! 災いが起こるって知ってたんでしょ?! ……特別な魔法って何よ」
『何? 3年も経ってるのに、今更災いだなんて言ってるの? 大体、災いは私に降りかかったの、終わったはずよ』
どうやらあちらの世界と、時間の流れは同じのようだ。
「怒りが収まらずに、あれからずっと実をつけていなかったらしいの!」
『あら、それはそれは……大変ね……魔物大丈夫?』
何を呑気な! お前のせいだってのに。
「どうして枝を折ったの? 植えたって事は願い事があったの?」
『……そうに決まってるでしょ』
「でも……葉が付く前に貴女は私と入れ替わった……」
『そうね……本当は死ぬ所だったけど、私の特別な魔法で生き延びたわ』
やっぱり、世界樹の祟りで死ぬ所だったのか……。
「貴女の特別な魔法ってなに? 私も使えるの?」
『使えるんじゃないかしら? 今の私には使えないから、身体にチカラがあるのね、きっと』
何なんだ、その特別な魔法とチカラとは……。
『私にはラタトスクのチカラがあるの、つまり人と人とを繋ぐ事が出来る……』
ああ、それなら身を持って経験済ですわ……アルノーにもあるよ。
『それだけじゃないの、私は命のあるもの同士を入れ替える事も出来ちゃうの』
「ぇえ!? 何その楽しい魔法!」
『でしょ、でしょ、でしょ?! 凄く楽しかったわぁ~』
なんだ……不本意だが、本家エイミーとは気が合いそうだぞ。
「なら、その魔法というかチカラで、死ぬ間際に異世界の私と入れ替わったの? 何で私だったのよ」
『ユノンを指定したわけじゃないわ、死にそうだったのよ? 大体、異世界の貴女の事なんて知らなかったわ』
確かに……私はエイミーを知ってたけど、エイミーは知るはずないか。
『きっと、私の願いとユノンの願いが合致したから入れ替わったのよ』
「エイミーの願いってなに?」
『わからない? 私の身体にいるのに』
「わからないわよ……」
『私は自由になりたかったの……アルベール王子なら王太子だから、結婚すれば全てが手に入ると思ったけど……よく考えてみたら違った』
エイミーは続けた。
どうやらエイミーは、チカラの使い方に気付いてから、こっそりと色々な人や動物の身体と入れ替わり様々な事を見聞きしていたようなのだ。
……そんな楽しそうな記憶が、何故今の私に無いのか不思議だが……。
『……知ってしまったら、なんだか全部どうでもよくなったのよ……そっちの世界じゃ、女は結婚して紅茶飲みながら腹の探り合いするだけ……超つまんない人生……』
しかしエイミーは、私の世界へ行き、今まさに自分が望む人生が手に入ったと言い出した。
『ユノン、貴女、凄いじゃない、色々やランキングで1位だからか、私、どこを歩いても声をかけられるわっ』
エイミーは突然異世界で有名人になった事を嬉しそうに私に話す。
「え、貴女まさかまだ日本にいるの?!」
『ええ、貴女の知識は全部あるから何不自由なく暮らしてるわよ、この前撮った映画が大ヒットしてね、今度、カンヌへ呼ばれたわ』
カンヌだとぉ!?
「タレント続けてるの!? 私、引退したのよ?!」
『事務所にやっぱり気が変わった、と言ったら、ひとまず海外の仕事を入れてくれてね、1年して帰ってきて日本で復帰したの』
なんじゃそりゃー!
「私の夢は?! 夢を叶える為に引退したのに……復帰するなんて……婚期が……」
『あら、信じられないと思ったけど、やっぱり貴女の夢は結婚だったのね? なら、今頃私の身体で夢が叶ったんじゃない?』
「……夢が叶った……? エイミーの身体で……?」
『まぁ、派手に婚約解消しちゃったから新しい婚約者もいなかったけど、どうせ、お父様が誰か見つけてきたのでしょ? 誰と結婚したの? 伯爵令息? 侯爵令息? 貴女の大好きなイケメンだった?』
エイミーめ……夢が叶ったから入れ替わったっていいだろ、と言いたいのか?
「ふざけんじゃないわよ! 私がユノンとして夢を叶える為にどれだけ努力して色んな事を我慢して来たと思ってるのよ! それを貴女は全部……私の築き上げた全てを横取りしたのよ?!」
『悪いと思ってるわよ……でも、ユノン、貴女は今、エイミーとして生きてて不幸なの? 戻れるなら戻りたいの?』
頭に桶が落ちてきたような気分だった。
不幸? ……私は今、不幸……なんかじゃない。
自分を愛してくれる夫がいて、家族も同然の大切な護衛達がいて……愛するファリナッチ公爵家の家族がいる。
「し、幸せよ! めちゃくちゃ幸せよ! ……聞いて驚きなさいエイミー・クリフォード・ファリナッチ! 貴女の身体はね、今エイミー・クリフォード・エスティリアよ!」
『……まさか、あのおデブと結婚したわけ?! なんでよ! せっかく解消してあげたのに!』
エイミーが動揺している気がする、ざまあみろ。
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『ねぇ……ユノン、貴女はもうエイミーよ、そして、私がユノンなの……お互い、今の新しい人生を歩まない?』
私は今のこの会話を最後に、もとに戻るチャンスを失うのだろうか……。
でも……何度考えても答えは変わらないだろう……私はもう、アルドや護衛6レンジャー達のいない人生は考えられない。
「……わかった! まぁ、戻す方法もわからないしこのまま、お互いに幸せになろっか、ね、ユノンっ!」
『ええ……そうしましょう、エイミー……』
こうして、私達は互いに全ての記憶とチカラを更新し合って、さよならした。
後にわかった事だが、私は欠けていたエイミー記憶を取り戻し、さらには先ほどユノンが言っていた、ラタトスクのチカラも使えるようになったのだった。
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