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47 ライギ現る

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 その人は突然現れた。
 
「レイラン、ソウハは眠ってる。今夜はもう起きないよ。アイツは今日のような年に何度かの特に大きな満月の夜が苦手なんだ。」
 
 
 え、あ、そうなんだ……今夜はスーパームーンだったのか。言われて見れば……。

 で、ソウハは眠って……って……え? ぇえ?

 



 
 その夜、いつもとまったく変わらない様子で寝室に現れた彼だが、話の内容から察するに、目の前のこの人はもう一人の彼、ライギなのだろう。
 
 
「えっと……ライギは初めまして?」
 
「何を言っている、いつも一緒にいるではないか。私はソウハでもあるのだぞ。」
 
 ……こいつもか。俺はアイツ、アイツは俺ってね。……中二病め。
 
 
「今、ソウハが眠ってるって事は、この時間は共有してないって事なの?」
 
「まぁ、今は、な。ソウハが目覚めれば、過去の記憶として共有される。だから、多少曖昧だがな。」
 
 ふ――ん。難しいな、奥が深いぜ。
 
「どうしてソウハはスーパームーン今日みたいな満月が苦手なの? ライギは平気なの?」
 
「……。」
 
 
 ライギは少し黙ってから話してくれた。
 
 
「……私達の母親が亡くなったのが今日のような満月の夜だったからだ。――月明かりに照らされながら、ソウハが血だらけで横たわる母上を見ていた時、私は眠っていた。」

 
 
 
 ……ああ、気軽に聞いちゃまずかったやつかな……。こんな時、なんて声をかけようか悩む。
 
 “私なんて、生みの親の顔も知らないよ”と、明るく振る舞うか……“答えにくい事を聞いてしまってごめんね”と謝るべきか。
 
 二つを組み合わせるか……。
 
 
「そうなんだ……。答えにくい事聞いたみたいでごめんね……私は自分の両親の顔も知らないからさ、想像もつかないけど……ライギもソウハも辛かったよね……。」
 
「いい。レイランには知っておいて欲しい。――私達の母親は、先代の皇后として、私達をこのような容姿に産んでしまった事を悔やみ、責任を感じていた。その事でずっと精神を病んでいたんだ。」
 
 こんなパーフェクトな容姿の息子はなかなかいないのにね。本当に美醜の価値観の闇だよね。
 
「レイラン、私達の子もおそらくは私達に似た子が生まれてくるだろう。だが――。」
 
 ああ、ライギが、ソウハが、何を言わんとしているかわかった気がする。
 
「ストップ! ライギ、私はむしろ、ライギとソウハに似た子が欲しいよ。めちゃめちゃ可愛がる。だから、私の心配はしなくて大丈夫。」
 
 ノープロブレム。何も問題なし。安心して、私は精神を病んだりしないから!
 
「……そうか、レイランならばそう言ってくれるのではないかと、少しは期待してしまっていたのだが……よかった。嬉しい。」
 
 はぅぅっ! ライギの笑顔も天使! マイエンジェル!
 
 
 
「そうだライギ、酔っぱらいから私の事助けてくれたのはライギだったの? あのピアスはどうした?」
 
 ずっと気になっていた。あの時のマイヒーローの事。本当はどちらだったのか。
 
「ああ、あれは間違いなくソウハだよ。でもあの日は今日のような満月の日だったろ? だから、夕方過ぎにはアイツは眠ったから、ピアスを懐に仕舞ったままにして、無くしたんだ。あ。言ってしまったな。ははは。」
 
 な、ななななな無くしただと?!
 
 
 だからピアスの話しを出した時、いつもなんかちょっとおかしかったのか!
 
 そりゃ確かに皇帝陛下が付けるには安物かもしれないけど……!
 何が“今日の出会いの記念に”だ!
 ソウハめ! 顔を隠していたからって、チャラ過ぎるだろ! プレイボーイめ!
 
 むむむっ!
 
 私は大事に大事にもってるのに!
 
 あ、でも待てよ……。
 
 
「なら、あの夕暮れ時に、“追われてる身”って言ってたのは、“満月に追われてる”って意味だったのかな?! 眠ってしまうから?」
 
 ……文豪か! 
 
 なんだ、早く帰りたかっただけかよ。そもそも、どうしてあんな場所に皇帝陛下があんな格好でいたんだよ。
 
 
「……うむ、それだけではないが、その通りかもしれないな。」
 
 なんとなく、ライギの笑顔が悲しげな気がするのは、何故だろうか。
 
 
「ライギ、なんかあるんでしょ。いい機会だから、ソウハが隠してる、私に言いにくい事、全部教えなさい。本当に結婚しちゃう前に知っておかないと、フェアじゃない。」
 
 その理屈だと、私も異世界から来た事を、いつかは言わなきゃだけど。
 
「参ったな、私もソウハだと言っているだろう。」
 
 でも、ライギはこれまでの会話の中で、一度も私の事を“猫”と言ってない。
 
 今のセリフだって、きっとソウハなら……
 
 “好奇心の塊の猫め”っとか言っているに違いない。
 
 もしかして、ピュアピュアなのはライギの方で、鬼畜エロエロなのはソウハの方なのかもしれない。
 
 
「だが、レイランの言うとおりかもしれないな。後で私達以外の者の口から聞いてしまうくらいならば、私が話そうか……いいかいレイラン、あまり楽しい話しではないよ。それでも聞いてくれるかな?」
 
「うん。」
 
 ライギは私の手をとり、私をテディベアのように抱き込んで、ベッドへ腰かけた。少しひんやりと感じるライギの手が、これからの話が楽しいものではない、ということを表しているような気がしたので、私はギュッと彼の手を握る。
 
 
「私の背中にある痣だが……。」
 
「白虎と鬼、なんでしょ?」
 
「そうだ。あれは……私達なんだ。」
 
 ……ん? 白虎と鬼が戦うのが、ソウハとライギなの?
 
「ソウハの中には“羅刹鬼”がいる。そして、私の中には“白虎”がいるんだ。」
 
 おっと、いきなりファンタジーきましたね。

 ソウハが心に鬼を飼ってて、ライギは白虎を心に宿してて――……うんうん、それで?

「……。」
 
「――実はね……母上が亡くなったあの日、心を病んでいた母上は、ソウハと共に心中しようとしたんだ……。首を絞められ苦しんだソウハは、意識の薄れた状態になり……その日初めて、ソウハの中の鬼が目覚めてしまったんだよ……。」
 
「……――ぇ。」

 それってつまり、お母さんを手にかけたのはソウハって事? いや、意識は鬼だったんだろうけどさ。
 正当防衛にせよ、意識が戻った時のソウハの気持ちって……私なんかには、想像もつかない。
 
 その後のライギの話しでは、ソウハの鬼が目覚めた夜、意識を取り戻したのは、鬼を制御した白虎であるライギ自分だったそうだ。
 ソウハは自分の無意識世界で起きた事を、しばらく受け入れる事が出来ず、そのままずっとライギに代わったままだったという。

「ソウハは、今でもあの夜のような事が再び起きるのではないかと、スーパームーン今日のような満月の夜を恐れているんだよ。だからこうして自ら眠り、事前に私に代わるんだ。」

「……。」

「ああでもね、あの夜の真実を知るのは、今では私達と数名の深い関係者のみだ。表向きは、気を病んでいた母上が、自ら命を絶ったという事になっている。」

 ――……まぁ、そうだよね。


 いつぞやの後宮で、第一番妃が言ってた、“皇帝陛下は羅刹鬼を御身にお宿し”っていうのは、ただの見た目の事を比喩っただけだろうし。

「……対して私の“白虎”は、普通の虎とは違って神聖な獣として太古から崇められていてね……。知っているかい? 実は鬼というのは神聖なものに弱いんだ。」
 
 へぇ……神聖なものに……鬼って意外と単純なんだね。
 
「なら、ソウハはライギに弱いの? 鬼になったソウハを何とか出来るのはライギだけって事?」
 
「そう、そのとおり。利口な頭をしているねレイラン。私達は二人で一つであることで、“人”として生きていくことが出来ているんだ。」
 
「そうだったんだね。」
 
 ただの二重人格じゃなかったのか。それぞれがそれぞれの役割があったわけね。
 
「ちなみに、代々、この国の皇帝陛下は皆そうなの?」

 私達の子も、背中に痣を背負って生まれてくるのだろうか? 彫り物入りの赤ちゃんとか、シュール過ぎるな。

 
「いいや、そういうわけでもない。父上……先代皇帝の背中には痣はなかった。」
 
 なるほど……つまりは、選ばれし者ってわけね。ますます、ファンタジー来ましたね。
 
「実はね、秘密なのだけど、ソンリェンの背中には白蛇の痣があるんだよ。」
 
「ぇぇええ?!」
 
 ソンリェンにも彫り物があるの?! 見たい! 見た過ぎる!
 
「ソンリェンの系譜は、代々皇家に私達のようなものが生まれてきた場合の見張りのような家柄なんだ。公にはされていないので、“影”としてずっとそばにいるだけなのだけどね。」
 
 ああ、白い蛇は神聖なわけね。なら私は白龍でも彫ろうかな?



「ねぇ、私もいつかソンリェンと会話が出来る日が来るかな?」
 
 そして是非とも、そのお背中の白蛇様を見せてもらいたい。
 そういえばアイツ、私の事抱く時も寝る時も、服脱がなかったからな。下半身だけ出して……。
 
「どうだろうか。ソンリェンは自分が伝えたい相手に伝えたい時しか伝えないからね。とにかくあの系譜は謎が多いんだよ。」
 
 え、超能力者みたいだな、ソンリェン。やっぱりテレパシーだったのか。
 でもつまり、私とは話したくないってことね。ちょっとショック。身体の関係まであった仲だって言うのに。
 


「――……レイラン……ソウハを……私達を怖がらないでほしい。今日のような満月の夜以外は、本当に安全なんだ。それに、あれ以来、私達はきちんと制御出来ているから、一度も鬼は目覚めていないよ。」
 
 ライギは少し不安そうな表情で私を見つめている。
  
 ……もう! 愛を誓いあった私に、そんなこと言うの? 寂しいじゃん……。
 
「怖がるわけないでしょ。ソウハにはライギがついてるし、ソンリェンもジュンシーもいるでしょ?」
 
 きっと、“私を歓迎してくれている家族のような者”って言ってたのは、ジュンシーの事だろう。歓迎しているという点については、勘違いだったけどね。
 
「今日からは、私もいるよ。私みたいな吹けば飛んでいくような奴、信用できないかもしれないけど、私の心はもうソウハとライギに預けてあるので。」
 
 私はライギの手を、ぎゅっと握り直し、本心からの言葉を伝えた。


 しかし……。

 
「……レイラン――……実は……もう一つあるんだ。」
 
「……ぇ、まだなんかあるの?!」


 後回しにしたという事は、これ以上に深刻な秘密なわけ?!


 
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