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44 勘違いの男子達
しおりを挟む(side男子達)
「すまない、遅くなったな。始めてくれ。」
その日の諸公達の集う全体会議は、とても殺伐とし、静かだった。
その理由は明確――。
軍部の若き天才軍師ウンランと次期将軍フェイロンの二人がとても険悪なムードであるがゆえの、惨事である。
さらには、皇帝陛下までもが諸用により遅れて来る、というなんとも上手く進まない日であった。
定例の報告と用意されていた議案が可決されると、場の様子を見兼ねた皇帝陛下が尋ねた。
「なんだ、軍部のウンランとフェイロンは喧嘩しておるのか?」
その場の空気をかき混ぜる事ができるのは、もちろん皇帝陛下お一人のみ。
皇帝陛下は皆が聞きたくても聞くことが出来なかった言葉を、いとも簡単に口にする。
「恐れながら陛下、我々は喧嘩などしておりません。」
「そうです陛下。もともとこんな感じでございます。」
喧嘩ではないにしろ、二人の間に何かがあった事は明らかだったが、皇帝陛下は深堀りする事はせず、話しを進めた。
「そうか、ならば、私から少しいいだろうか。――後宮を廃止したので知る者は少ないと思うが、私には現在、一人の妃がいる。近くその妃を正式に立后するつもりだ。」
っどよっっ――……。
その場にどよめきが起こる。
「へ、陛下それは誠にございますか?! 何故そんなに重要な事を突然っ! 一体、その妃とはどちらの姫――……。」
皇帝陛下が突如後宮を廃止した事は、その時すでに広く知れ渡っていた事から、皇后陛下の立后などという話しに関しては、全員が寝耳に水であった。
さらには、政権のチカラ関係にも大きく影響を及ぼす立后に関しては、皆がいち早く情報を得たかったのである。
さらには、この場には後宮をおわれた元妃達の親達も少なくはない。
「シュウ家の姫だ。」
――再びのどよめき。
「「「「ㇱ……シュウ家?! ――……とは、あの医に長けたあのシュウ家の事でございますか?!」」」」
何人かの耳聡い者達が反応を示す。
「そうだ、そのシュウ家だ。」
これまでシュウ家は、国政や派閥争いなどには一切縁も興味もなく、中立とすら言い難い家門であった為、医療分野に関する事以外でその名を知る者は少ないのだ。
「しかし、シュウ家に姫などおりましたかな……本家には息子が一人いただけだったような……。」
自分の娘を後宮に入れていた権力を好む一人が疑うように呟く。
「最近、娘が見つかったのだ。」
どよめき、再び――……。
「なっ! まさかっ! シュウ家の現当主は奥方とそれはそれは仲睦まじいと聞きますぞ! 他所で子を作るなんて事は考えにくいのでは?」
その場の全員が、何故か突然皇族に興味を持ったシュウ家の現当主が、関係のない女を、養女に迎えたのではないかと疑っていた。
「私は“娘が見つかった”と言った。私の妃となる姫は、間違いなく、シュウ家の現当主と奥方の子に間違いない。その姿を見ればわかるぞ。心配なら、呪術師にでも言い、確認させてみるといい。」
この世界にDNA判定などというものはなく、もっぱら呪術や妖術に頼っている。
笑顔の皇帝陛下ではあるが、どこかひんやりとした空気を察し、さらには、皇帝陛下の目論見どおり、突然の“シュウ家”の名前の登場に困惑しているのか、それ以上その場では疑いや反対を口にする者はいなかった。
――しかし。
「恐れながら陛下っ! それは……決定事項なのですか!」
シュウ家の姫がレイランだとは知らないフェイロンが、ダンッと会議机を叩いて椅子から立ち、声を荒げた。
「……。」
ウンランも、静かに机の下で拳を握りしめている。
彼らはつい先日、まるで想い合う男女のように仲睦まじい様子の、皇帝陛下とレイランの姿を、実際にその目で見たばかりだ。
――……なんとも言えない行き場のない感情がフェイロンとウンランに芽生えていた。
「決定事項、だ、フェイロン。私はシュウ家の姫が気に入っている。皇帝を支え、沢山の子を産む、よき皇后となるだろう。……何か問題があるかな。」
皇帝陛下の回答に、フェイロンはまさか、この場で“レイラン”などという名前を出すわけにもいかず……。
「――いいえ……自分は何も……問題はございません。申し訳ございませんでした。」
と、答える他なかった。
「……そうか。して、シュウ家の姫はすでに私の妃として宮廷入りしている、もし見慣れぬ女子を見かけたら、直に皇后となる者と思い丁重に振る舞うことだな。」
“見慣れぬ女子”……この言葉に、その場の全員がそわそわし始める。
それからしばらくは、噂のシュウ家の姫を一目見ようと、用もないのに無駄に宮廷内をウロウロとする輩が増えたのだった。
「ウンラン、お前、シュウ家の姫なんか知ってたか?」
フェイロンの問いに、ウンランは無言で首を左右に振った。
「……だが、陛下があのように言うからには、本当にそうなのだろう。確か、シュウ家の現当主と息子は我々と同じだ。」
つまり、女子供に恐れられる鬼の容姿に似た、“ゲテモノ”である。
「珍しいな、俺達と同じ類で、二人も子供がいるなんて。……ああ、仲睦まじいとか言ってたな。」
“ゲテモノ”達には、結婚すら難しく、珍しい事なのだ。
だからこそ、レイランのような女は奇跡のような存在だったのである。
「……なら結局、陛下とレイランは何にもなかったのか? ――ぁあったく、もう! あの人、いっつも笑ってっから、何考えてんのかわかんねぇんだよな。」
ガシガシと頭をかくフェイロンに対し、ウンランはいたって冷静だった。
「……もともと、皇帝陛下と遊女とでは、住む世界の違う者同士だ。レイランとてわかって身を引いたのだろう……。かなりの変化球ではあるが、家柄も申し分ないシュウ家の姫とご結婚なさるというのだから、臣下として喜ばしいではないか。」
「まぁ、そうっちゃそうだよな。ライバルが減ったわけだしな! 俺、しばらく長期休暇とってレイランのいる宿に泊まってよっかな。」
「……おい、真似をするな。」
「お前もかよっ!」
会議の翌日から、長く休み無しで働きっぱなしだった二人は、本当に休暇をとりレイランが働いていた食堂を訪れていた。
もちろん、食堂で顔を合わせ初めてバッティングした事に気付いたのである。
「「や、辞めた?!」」
我先に、と、レイランはどこか、と女将に尋ねた二人は、衝撃の事実を知る事になった。
「ええ、二週間以上前になるかしらぁ……退職して、ソンリェンと出て行ってしまったわ。仕事も出来るいい子だったのに、残念なの。」
「女将、“ソンリェン”という男とレイランはどういう関係なんだ?」
ウンランは自分達のような容姿にも憶せず会話をする女将が親しげに名を呼ぶ“ソンリェン”という男の名が、少し気になった。
「やだよぅ、男と女が連れ立ったんだっ……そういう関係って事でしょうに! 野暮な事を聞きなさんなっ」
と、皇帝陛下によって意図的に勘違いをさせられた女将は照れながらウンランとフェイロンにそう話す。
「「……。」」
こうして、ウンランとフェイロンそれぞれの、“傷心するレイランを慰めよう”という計画は水の泡となった。
(side男子達)fin..
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