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42 ジュンシーと野良猫

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(sideジュンシー)


 陛下がレイラン野良猫を皇后にすると言い宮廷入りさせてから二週間が過ぎた。

 陛下の“猫”についておかしな噂が出まわりだしたこともあり、ついに次の軍事、行政、監察の諸公が集う全体会議で、皇后陛下の立后についてを、おおやけにする事となったのである。


 先日の顔合わせ以後シュウ家と野良猫の関係はまるで本当の家族であるかのように仲睦まじい様子だ。
 シュウ家の嫡男にいたっては二日に一度は野良猫に会いに来ては、まるで女子おなごのように三時間ほどベラベラと話しをして帰って行く。
 嫡男の来ぬ日は、野良猫がシュウ家へ赴き、奥方と話しをしていると聞く。


 そして意外な事に、野良猫はなかなかに勉強熱心であり、私が妓館から連れてきた禿と共に宮廷の作法などを学び、皇后として恥じぬようにと頑張っていた。

 全くといっていいほどに品は無いが、頭はなかなかに利口なようだ。


「ねぇジュンシー、ちょっと見てて! こうしたら、品があるように見える?」

 公に姿を見せる際の立ち振舞いを見てくれと、朝から私のもとへやって来た野良猫だったが、以前よりも姿勢はとても良くなってはいたが、やはり品は無い。
 品なんてものは、育ちが大きく影響するため、遊女として奔放に生きてきたであろう野良猫が一朝一夕で身につける事はなかなか難しいだろう。


「……。」

「ねぇ、なんかコメント! ください!」

「……。」

「――っもう! ジュンシーが無言という事はダメって事ね!」


 彼女は、ちっとも落ち込む様子はない。


 さらには、さすがは“ゲテモノ専用遊女”と呼ばれた女とも言えようか、野良猫は私を恐れずにしっかりと私の目を見て話しをしてくる。
 その点に関しては大変好ましいが、だからこそ私は心配だったのだ。

 昔から大変な苦労をされてきた陛下であるからこそ、初めて自分を受け入れてくれた野良猫に、心酔してしまったが故に、後先もお考えにならずに野良猫を皇后になどとおっしゃっているのではないかと……。

 しかしこの二週間、私が陛下と野良猫の二人を観察していてわかった事がある。

 ……――どうやら野良猫は、陛下に心底惚れているようなのだ。

 女子おなごに縁のない私とて、わかってしまうほどに、野良猫が陛下を見つめるその目には、深い愛が感じられる。
 親しみのこもった愛のようである時もあれば、信頼をよせる愛であるような時もあった。
 時たま、神を見るような目をする時もあるが、それは野良猫が変なので仕方あるまい。

 一方で、陛下は言わずもがな、目に入れても痛くないというほどに愛しい者を見る目をしておられる。
 時に、本当に“猫”だと思っておられるのではないかと思ってしまうほど、野良猫を可愛がり、愛でめで、それでいて、心から楽しんで、心から喜びを感じていらっしゃる。

 常に笑顔を絶やさない陛下だが、私にはわかる。

 野良猫の前では、意地が悪い顔をされたり、困った顔、ムッとした顔、悲しげな顔……と、様々な表情を見せられて、これまでの“余裕”のある陛下はどこへやら、といった感じだ。

 皇帝陛下はこれまで、あくまでも“皇帝”であり続けていたが、ようやく一人の“人間”として向き合い支え合える相手を見つけられたのだろう。






 ……――困ったな。



 私もそろそろ腹を決めて、“レイラン妃”と呼ばねばならないかもしれん。



(sideジュンシー)fin..



 ○○●●

 

(side名もなき軍部の官)
 



 
「遅くなったな、すまない。始めてくれ。」
 
 
 その日、会議に遅れていらした皇帝陛下は、何故かとても……お召し物が乱れてらっしゃった。
 
「陛下、お召し物が……失礼してよろしいでしょうか。」
 
「ん? ああ。すまない。」
 
 と、たまたま近くに立っていた私は、陛下の衿元を正すため、その高貴な御方のお召し物に触れる事を許された。
 
「……ん? ――っ! へ、陛下! こ、このお怪我はいかがされたのですか! 狼藉者でも?!」
 
 私の言葉に、会議室にはどよめきが走る。
 
 それにしても、一体なんという事だ、尊き御身にこのような……。
 
 その時私の目に入ってきたのは、陛下の首筋から肩にかけて無数にある、真新しい傷だ。
 まさか、お召し物が乱れているのもここにいらっしゃる前に襲撃に?! なんという事だ……。
 我々軍部の者達はこんな所に集まっている場合ではないではないか!
 すぐにでも警備の強化をっ!
 
 
 ――しかし。




「問題ないよ。」
 
 陛下はいつものようにニコニコとした笑顔でおっしゃった。
 
「しかし陛下っ!」
 
「本当に問題はない。飼い猫に襲われただけだ。」
 
 ……ね、猫に襲われた?!
 陛下は猫なんて飼っていらっしゃったか? しかし、だとすれば……。
 
「そのような凶暴な猫など、おやめください! 私が穏やかな性格の別の猫を連れてまいりますゆえっ」
 
「――不要だ。私は今いる猫が可愛いのだ。大人しい猫などつまらぬ。」
 
 ……飼い猫の好みは自由ではあるが……陛下は被虐趣味でもお有りなのだろうか。
 まぁ、懐かぬ者ほど可愛いという事もあるかもしれない。
 
「……承知いたしました。出過ぎた事を申しました事、何卒お許し頂きたく……。」
 
「よい、私を思っての事だ。感謝している。」
 
 陛下はニコニコと私に笑いかけてくださり、事なきを得た。
 ……いや、陛下は基本的にいつもニコニコされているのだが。
 
 
 
 

 
 そして会議終了後、私は一人の官から話かけられた。
 
「お前、陛下のお噂を知らないのか?」
 
「お噂?」
 
 それは、陛下のおっしゃっていた“猫”というのが、どうやら人間の女性らしいという噂だった。
 
 つまり、皇帝陛下の身体に、あんなにも沢山の傷を付けるような女性がこの国に存在するというのだろうか。
 
 私はそちらの方が信じ難かった。
 
 陛下は後宮を廃止されるほど、女性には興味がないと認識していたのだが、どうやら私の勘違いだったらしい。

 アレだけの傷をつけられてもなお、いつもの笑顔で“可愛い”とおっしゃるほどに、大切に思われている女性がいたという事か。




 
 
 そしてそれからしばらくの後、私が宮廷の回廊を歩いていると、中庭の大きな木の木陰に陛下のお姿をお見かけした。
 
 私は慌ててその場に立ち止まり頭を下げる。
 
 しかし、いつもなら陛下からお声をてくださるのだが、今日はお声がかからない。
 
 何か失礼があっただろうか、やはり先日の件を不快に思われていただろうか、と、私は恐る恐る顔を上げる。
 
 

 
 ところが、私を見る陛下は笑顔だった。

 それだけではなく、口元に人差し指を一本あてて、“静かに”とおっしゃっている。


  
 そしてよく見れば、木陰で胡座をかいて座ってらっしゃる陛下の膝を枕にして、黒髪の女性が身体を丸くして眠っているではないか。
 その姿はまるで――……。








 
 
 ……あぁ、猫だ。
 
 
 
 その女性こそ、後のこの国の皇后陛下であり、四名の皇子殿下と一人の皇女殿下の御母堂となられる御方だった。



 (side名もなき軍部の官)fin..
 
 
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