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41 この国の裏ボス
しおりを挟む私とソウハは一緒に朝食を取った後、別行動だった。
また後でね、と言って仕事へ向かったソウハを見送り、私もリンちゃんとおしゃべりをしながら客人とやらと会うために支度を始める。
「リンちゃん、ビックリしたぁ! でもすっごく嬉しい!」
「私もです。まさかレイラン様が皇帝陛下のお妃様となられて、私などを侍女につけてくださるなんて……。」
どうやら、突然妓館に現れたジュンシーが、リンちゃんをお買い上げしたのだという。
シアさんも驚きの状況だったらしいが、ただの禿だったリンちゃんはお金さえ支払えば購入可能だったので、すんなり引き渡されたようだ。
「私、レイラン様が私の分まで館長に支払ってくださったと聞いて……いつか御恩が返せたら、と思っていました。ですので、こうしてまたレイラン様にお仕えすることができて、幸せです。」
リンちゃんは、私が支払ったことで年季があと残り五年まで減っていたそうだ。つまり、17歳で年季を明けて晴れて彼女は自由の身だったのだ。
それなのに、こうして私の所に来てくれたというのだから……私、感動して泣いちゃう。
さらに、彼女は五年後の自分の未来のために、仕事の合間にシアさんから勉強を教わっていたのだという。
「勉強していてよかったです、レイラン様に恥をかかせないために、これからももっと頑張りますね!」
「うぇ~ん! リンちゅわぁん! 大好きだよぉ! もう絶対離れないからぁ!」
「レイラン様っ、お化粧が!」
……はい、すみません。
そして……。
「……うわぁ、すごいね。宮廷の女って感じ……。」
リンちゃんは私を、いつぞやの後宮で出会った、名前は忘れたけど、第一番妃のように豪華に仕上げてくれた。……私もうちわで顔を半分隠した方がいいだろうか? 邪魔だからいらないけどね。
「お綺麗ですレイラン様、もちろん以前からお綺麗でしたが……」
リンちゃんは、うっとりとした表情で私を、いや、自分の作品、を見ている。
こんな貧相な私でも、こうして褒めてくれる子がいてくれるのだから、私はこのポジションにいる以上は、この子を守れるような人間にならなければならない。
リンちゃんが貧相な私の侍女であることで、他の侍女からいじめられないように。
「レイラン、支度はできたかな?」
「ソ、陛下っ! 丁度、できました。」
「客人に会う前に、改めてジュンシーを紹介しよう。ジュンシー、入ってこい。」
ジュンシーは、中に入り、私の姿を見るなり、顔を青くした。
「へ、陛下っね、猫殿はどちらに? そしてなぜこの者がこちらに?!」
ははぁん、さては、ジュンシーも陛下に一杯食わされた系男子だな。わかる、わかるよ、その気持ち。でもね、彼の笑顔を見てごらん、もう、なんでもいいやってなるからさ。
「ん? 猫はそなたの目の前にいる。」
ニコニコと笑顔を振りまく陛下。そして私の隣に立ち、私の腰を抱き寄せ言った。
「ようやく捕まえて来れたのだ。可愛いだろう、私の猫は。」
「にゃん!」
私は陛下の悪ノリにのっかってみた。
「……嫌な予感はしておりましたが……陛下、一体……何をお考えに……?」
ジュンシーは頭痛でもしてきたのか、こめかみを押さえ、ふらついている。いいね、わかりやすいリアクションですね。
「レイランをこの国の皇后にする。」
「なりません! そんなことを誰が認めるとお思いですか!」
「誰が認めないと言うんだ? それに、何が問題なのだ。三十文字以内で申してみろ。」
「っさ、三十文字……またそんな戯れをっ!」
「レイランが私の子を産んでくれなければ、皇家の血は途絶えるぞ。それでもいいのだな。」
「っ! さすれば、彼女とは別に、後宮にいた妃の中からでも皇后を立てて下され! その上で、猫を愛で、子を産ませるのであれば、そう大きな問題にはなりませぬ。」
でたでた……まったく、ご都合主義なんだから。でも、ここは口を挟まずに黙って聞いていた方がいいだろう。お口にチャックだ。
「なぜ別の皇后が必要なのだ、レイランが皇后では、謀反でも起こると?」
「っ……そうでございます!」
そ、そんなのは困るよ、陛下! 死んじゃ嫌! いや、もしや、死ぬのは私か?
「それなら問題ない、レイランはシュウ家の姫となるからな。」
「なっ!? シュウ家の?! どういうことですか陛下!」
「どういう事もなにも、そう言う事だ。シュウ家の者達は、レイランの話しをしたらそれはそれは喜んで、二つ返事で承諾したぞ。」
なるほど……そのシュウ家とやらがどんなお家柄かはわからないけど、私をそこのお家に養子縁組させて、表向きは良家から嫁入りしたことにするわけね。よくラノベで読む、平民を王家に嫁がせる時に使う技ですね、陛下。
「……レイラン、驚かせてすまないね。今日これから会わせようと思っていた者たちがシュウ家の者達だ、ジュンシーのせいで、順序がおかしくなってしまったね。」
「陛下、シュウ家とはすごいお家なのですか?」
一応、ジュンシーの前なので、敬語を使ってみることにする。
「ん? そうだよ。この国でシュウ家に逆らえるものはいないんだ。」
えぇぇ! こわっ! 何それ!
「シュウ家はね、代々優秀な医官を輩出している由緒正しい家でね、シュウ家と揉めると病気になっても見殺しにされるんではないかと皆が恐れているんだ。実際、その様な事はありえないのだがね。」
なにそれ! ウケる。そうか、みんな、病気は怖いんだね。
「その様な由緒正しいお家の方が、私との養子縁組を受け入れたのですか? まさか陛下、脅したりはされていませんよね?」
「ははは、脅してどうにかなる相手ではないよ、そうだな、百聞は一見に如かず、レイランもこれから当主と奥方に会えば、理由がわかると思うよ。」
ジュンシーは、シュウ家の名前が出て来てから、口をパクパクさせているだけで、声が出ていない。まるでモンスター鯉だ。
きっと、反論したいが、いい返す言葉が無いのだろう。
こうして私は、この国の裏ボスであるシュウ家とやらのご当主とその奥さんと、なぜかその息子と会う事となった。
「待たせたな、楽にしてくれ。」
その部屋で待っていたのは、驚くべき人物だった。
私は、驚くあまり、声を出したいけど、出せない状況になり、口をパクパクしてしまう。まるで先ほどのジュンシーだ。
「紹介しようレイラン、そなたの家族となるシュウ家の者達だ。」
……え、それだけ? まぁ、見た目で誰が当主で奥さんで息子かはわかるけどさ! 陛下、適当すぎ!
「レイラン妃、貴女様とご縁を結べましたこと、大変光栄に存じます。私はシュウ家当主、泰然(タイラン)と申します。こちらは妻の林杏(リンシン)です。」
「っ……。」
シュウ家のご当主は、“ゲテモノ”だった。そして、その奥さんはこの世界の美女なのだろう、ふっくらとした、とても優し気な女性だ。そしてその息子……。
「シュウ家嫡男、ハオランと申します。――レイラン姉さん、と、お呼びしてもよろしいでしょうか?」
そう、私が童貞を狙っていた、あの、ハオランだ。
ハオランのお父さんはゲテモノだが、奇跡的にゲテモノ好きのお母さんと出会い、愛を育み夫婦となったのだという。そして、ハオランが生まれたのだそうだ。
もちろん、ゲテモノ好きなお母さんなので、ハオランのことも可愛がり、結果、天真爛漫なハオランが出来上がった、と、いうわけである。
ソンリェンが私を調べていたのなら、陛下はハオランが私のお客だったと知っていると思うのだが……。
「息子から、レイラン妃の事は常々聞いておりました。花街を離れられた後、息子はとても落ち込み、元気がなくなっておりましてね――」
「ち、父上!余計なことは言わない約束でしょうっ!」
「レイラン様、私達、殿方の趣味が同じようですわ。仲良くなれると思いますの。」
ああ、私の義家族が最高すぎる予感。
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