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30 おいてきぼりの男達
しおりを挟む(sideウンランとフェイロン)
「ウンラン! なんだよあの態度! レイラン、怖がって逃げてったじゃねぇか! せっかく見つけたのに!」
その日、中央から少し離れた田舎街の有力者による、軍の高官ばかりを招待した会議も兼ねた接待の宴席が設けられていた。
宴席には全く興味の無いウンランとフェイロンだったが、宴席の前に開かれた会議にはどうしても出席しなくてはならず、渋々その田舎街の宿を訪れていた。
「俺はいたって冷静でいつもどおりだった!」
「どこが冷静だよ。あんなおっかねぇ低い声出して、何が“レイランに決まってるだろ、俺たちの前でこんなに落ち着いて酒を注げる女などいない。”だ。お~怖い怖い。」
ウンランとフェイロンの二人が、レイランが妓館を去った事を知ったのは、レイランがフェイロンを拒絶した日から二週間も経った後の事だった。
つまり、レイランが去ってから、一週間以上後の事だ。
ゆえに、その時点から二人がレイランの足取りを追うことなど、到底不可能であり、結果的に二人はレイランを引き止める事も、連れ戻す事も出来なかった。
当初、ウンランは、フェイロンとレイランの間に何があったのかは知らず、フェイロンもレイランが皇帝陛下とひと晩過ごした事を知らなかったため、お互いがレイランに関する大事な事実を黙っていた事に腹を立て、二人は先ほどまで冷戦状態だったのだ。
しかしウンランは、シアが二人にレイランを追わせないため、ましてや連れ戻すような事がないように、わざとすぐには教えなかったとのではないかと考えていた。
その為、彼は余計に面白くなかったのだ。
ウンランは、少なからず、フェイロンとシアは、自分と同じ“ゲテモノ”として、自分達を受け入れてくれるレイランを大切に想う“仲間”だと思っていたからである。
レイランの退職の話しを聞いたその日、ウンランとフェイロンはシアと三人で腹を割って話しをした。
その時に出た話しでは、レイランがフェイロンを拒絶したあの日、フェイロンはシアには何も言わずに、急用が出来た、と言って帰っていた。
そのためシアは、レイランが自分から話すまでは、フェイロンとの間に何が起きていたのか全く分からなかったのだ。
それで突然のレイランの退職願いとくれば、シアは一体何がどうなったのか、理解できなかった。
レイランもレイランで、シアには、ただひと言、“客と寝れなくなってしまった”、と話すのみで、退職を願い出たというし、ウンランは自分の納得のいかない事態にイライラとしていたのだ。
しかし、納得の糸口はレイラン付きだった禿、リンの証言により、僅かに見え始めた。
皇帝陛下とレイランは以前より面識があり、レイランは皇帝陛下だとは知らずに、若干好意を抱いていた事が判明したのだ。
「好きになりかけだった相手に抱かれちまったら……そらもう他の奴なんか無理になるわな……。つまり、俺は陛下に負けたのか? ……レイランはあんな男が好みだったのか? 信じられん……見る目なさすぎるだろ……あんなニコニコしてるだけで、何考えてんのかわからない男……不気味じゃないのか?」
フェイロンは地位や権力以外で自分の何が皇帝陛下に劣るのかが分からなかった。
「フェイロン、お前こそ見る目ないな。お前はあの御方の恐ろしさを理解できていない。あの笑顔の裏にどれだけの数の顔が存在しているか……。」
ウンランはうっすらだが、陛下の多面性に気づいていた。
「フェイロン、ウンラン殿……仮にレイランが皇帝陛下と知らずに陛下をお慕いしていたとしても、皇帝陛下はレイランをただの遊女としか見られていないのでは?」
シアは誰もがそう思う事を確認するように聞いた。
ウンランとフェイロンは互いに視線を合わせる。
「……今はまだ公には出来ないが、陛下は突然“後宮制度の廃止”という勅令をだされた。もしそれが、何かしらレイランに関係するとすれば……。」
ウンランは考えたくない仮説にたどり着いた。
「陛下もレイランに本気って事か? いやいや、無理だろ、遊女を皇后になんて。あり得ない。」
フェイロンの言うとおりだった。
「しかし、後宮が無くなるならば、皇后ただお一人を据えるおつもりという事なのでは?」
「もしくは、皇后を置かず、未婚のまま、かな。」
「レイランを側に置き、皇帝としての義務を放棄なさるおつもりか?」
「だが、陛下の事だ。カタチばかりの皇后を置き、子はレイランに産ませ、皇后の子とする可能性もある。それならば陛下も皇后も両者の体面が保たれるしな。」
「そんなのっレイランが可哀想だろ! 陛下の妾として一生日影の存在でいるって事かよ!」
「本人がそれでいいならば、しょうがないだろ。」
「……問題はレイランが陛下とは知らずに、このまま取り返しのつかないほどに愛してしまった後では……事実を知った時、傷つく事は間違いない。あの子は、アレでなかなか遊女である自分に対する周囲からの目や評価をよくわかっている。」
「……。」
「……。」
「陛下が何をお考えなのか、全くわからねぇ……。」
「俺も、あの御方だけは読めない。」
「でも、一番手っ取り早いのは、レイランに惚れている男の正体を話しちまえば、終わりだろ? 陛下だって、さすがにレイランが遊女を辞めてどこにいるかまではわからないはずだ。」
「フェイロン、俺達だってわからないだろ。」
「……。」
「……。」
「一応言っておくと、あの御方もジュンシー殿も、アレから一度もいらしてない。ゆえに、レイランが辞めた事はお前達がベラベラと会議の後に喋らなければわからないだろう。」
「……そうか! レイランが辞めた事を知ってるのは俺達以外には後は誰がいる?」
「誰かは言えないが、二人だ。」
ハオランとソンリェンの二人は、度々妓館に顔を出していたので、ウンランやフェイロンよりもシアから先に伝えてあった。
「なら、陛下より俺達が一歩リードだな。陛下にバレる前にレイランを見つけて、教えてやろう。」
「だが……そんな事が陛下に知られでもしたら……。」
「ウンラン、陛下だって俺達のレイランを奪うような真似をしてるんだ、これは身分に関係なく、男と男の戦いだ。」
「……ったく、だからお前は“戦狂”だなんて言われるんだぞ……」
っと、いう話しになっていた所に、今日の突然のレイランの発見だったのだ。
「フェイロン、お前だってレイランかどうかを疑ってばかりで何も出来なかったではないか!」
「だって髪の色が全然違ったじゃないか!」
「つけ毛だろ、あの俺達の前での怯えのない態度と美しい瞳に気付かないお前が理解できんな。まったく、お前はこれまで、レイランの身体しか目に入ってなかったのか。」
「ふざけんな! 誰が身体目当てだ!」
「違うか?」
「お、お前だってそうだろうが! なら、レイランを抱かずに過ごした夜があったか?!」
「……。夜、以外ならある。」
「ほれみろ、夜はないんじゃないか! お前だって身体目当てだろ。」
「断じて違う!」
「違わねえよ。」
「……。」
「……。」
「「っふん!」」
二人は再び冷戦状態に入った。
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