上 下
29 / 51

29 月はずっと綺麗だよ R15

しおりを挟む
 
 
「レイラン! 待て!」
「レイラン!」
 
 フェイロンとウンランの二人の制止の声も聞かずに、走って逃げ出した私を、会場にいた人々は何事かと見ていたが、二人には悪いが、きっと、私が二人に怯えて逃げ出したとでも勝手に解釈するだろう。
 
 私は従業員用の露天風呂に逃げ込み、ウィッグを外しメイクを落とし、誰もいないことを確認して、ざぶんと勢いよく湯船に浸かった。
 
 まだ心臓がバクバクしている。
 
 大丈夫、明日は食堂もお休みだし、部屋に閉じこもっていれば私がここで生活していることはバレないはず。
 


 でも、ウンランの話とは一体何なのだろうか。夜の相手でしか接点のない私達に、話すことなどあるだろうか。
 
 
 そういえば、今日は国の軍部の高官の宴会だとミンミンは言っていたが、一体あの二人は何者なんだろう。席は一番上座だった。つまり軍部で最も偉い人か、それに準ずる人だということだろう。
 
 でもそうか、だから後宮を管理するジュンシーとも知り合いだったのか。
 
 ここに来て、自分のお客だった人たちの事を知ることになるとは思わなかったが、今となっては過去のこと。
 
 私がもう一度遊女として男と寝れる日が来るかどうかは正直わからないが、今はまだ、目を閉じると思い出すのはソウハの笑顔だけだ……。
 
 花街を離れて、ソウハとの接点が無くなるのは正直一番心残りだったけど、あのまま遊女として過ごして、ソウハ以外のお客を断るわけにもいない。
 
 私は、こうするしかなかったのだ。と、自分に言い聞かせる。
 
 


 


 その夜、なんとなく不安でなかなか眠れず、ポッポと熱っぽい身体を冷まそうと、窓を開け夜風にあたった。

 今夜は、満月とは言わないがそれに近く、とても明るい夜だ。
 
 宴会はまだ続いているのか、楽器の音や手拍子、人々の笑い声が聞こえる。
 
 こんな夜は、本当に自分が独りなんだと思い知らされる。
 
 
「ねぇ店長、“月がきれいになったね……”」

 二階の窓の外に見える少しかけている月が、まるで自分の気持ちのようで、ついつい浸ってしまう。
 真ん丸に完成しそうなのに何かが足りない……少しかけている。

『……お……。』

 一人二役で店長のセリフを言おうとした時だった。





「月はずっと綺麗だよ。……レイラン。」

「……っ。」













「……ソウハ様……。」
 
 
 窓の下にソウハが一人、立っていた。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 ソウハは、以前となんら変わらない笑みで、チョイチョイッと手招きをしている。

 どうしてここに? 偶然? ……のわけはないし、もしかしたら彼も宴会に呼ばれていたのだろうか……。
 
 私が窓から動かないからか、ソウハが言った。

「レイラン、おいで、眠れないなら、少し外を歩かないか。」




 ……今行きます!




「レイラン、なかなか顔を見に行けずすまなかったね。遊女を辞めたと聞いて驚いたよ。」

「……。」

 ソウハは私が彼のもとにつくなり、手を差し出した。

 私はその手を握るが、彼を見てから一向に鳴り止まないうるさ過ぎる自分の心臓の鼓動がバレないかと、ヒヤヒヤだった。

 夜の街を歩きながら、近くを流れる河川敷まで行くと、ベンチがあったので、腰を下ろした。


「もう会えないかと思いました。」

 少しいじけたような言い方をしてしまった。どうしてソウハの前だと、取り繕う事が出来ないのだろう。

「……どうして? 私がひと晩寝たら去るような、ひどい男だと思っていたのだろうか。」

 いやいや、だって……もうひと月以上音沙汰なしだったら、普通そう思うよね? 違う? ひと月くらいなら、早とちりなのか?

「レイラン……抱きしめてもいいかな?」

「……。」

 私はその言葉に、自分からソウハに抱きついた。
 ギュッとチカラいっぱいに……。

「……寂しかったんだね。ごめん。」

「……。」

 ……ああ、やっぱり彼のこの落ち着いた声が好きだ。
 ほんわかとゆったりと話すテンポも好き……私を包み込むこの匂いも好きだ。


「っよいしょ。」

 ソウハは私を自分の太ももの上に向かい合うように乗せ、腰に手を回し、支えてくれている。

「……またこの体勢ですか? 好きですね。ふふ。」

「……好きだよ。君の可愛い顔がよく見えるからね。」

 彼のセリフに、自分の事を好きと言われたわけでもないのに、ドキッとしてしまう。

「安心して。今日は嬉し恥ずかしいハプニングは起きないはずだ。」

「ちゃんと服着てますもんね。ふふっ。」

 お茶目な所も本当に可愛いくて癒される。


「……(小声)ここが外でなかったら、わからなかったかもしれないな。」

 こそっと私の耳元でそんな事を囁くソウハ。



 ソウハと寝た夜以来、全く誰にも反応しなかった私の身体がほんの少し、疼きだした。

 ああ……このままこの人から離れたくない。

 私はギュッとソウハにしがみつく。
 
 
 
「レイラン? ……そんなにくっつかれると、色々と我慢がきかなくなる……ほら、顔を見せてくれないか?」

「……。」

 駄目だ見せられない。今、私はドスケベな顔をしているに違いない。拒否する意味を込めて、さらにギュッとしがみつく。


「……レイランはこんな公共の場で、私を狼にしたいのかなぁ。困ったな。」

「今日はまだ満月じゃないですよ。」

 私はしがみついて顔を彼の肩に埋めたまま答える。

「……ちゃんと聞こえているじゃないか。」

「……。」

 もう、この人、何なんだろう。こんなにも人畜無害です、みたいな感じなのに、背中にはあんなにかっこいい物を背負ってて……。
 私のど真ん中を射ってくる……私の忍耐力を試しているとしか思えない。


「レイラン、そろそろ顔を見せてくれないか。君に口吻くちづけをしたい。」

「……。」

 それを聞いた私は、シュッと瞬時に顔をあげ、期待の眼差しでじっとソウハを見つめる。

「……。」

「っははは! 本当に可愛いな。口吻くちづけがしたかったのか。」

 むむ……。

 私が少しふくれていると、彼は首をかしげチュッと唇を重ねて、すぐに離れてしまった。
 
 え、それだけ? もうおしまい?

 キスしちゃった! っみたいな可愛い顔してますけど……ちょっとあなた……。

「……。」

「私の愛しい猫は、今のでは物足りなかったようだ。」

 ソウハはそう呟き、再び唇を重ねた。


「……っ! ……ん……んんっ……。」

 あ、食べられる。

 少し強引に舌を割り入れこじ開けられた口内で、ソウハの舌が私の舌の絡めとっていった。

「む……んふ……っ、はぁ……はぁ……っ……」

 気持ちいい……。

 久しぶりすぎて、もうキスだけでイッちゃいそう。

 ソウハは私の身体を抱く腕にグッとチカラを込め、キスを続け、深く深く私を官能のソウハ沼に落としていく。





 
 
「っ……この辺でやめておかないとかな。」

「……ぁ。」

 幸せだった気分が、一気に現実に引き戻された。



「レイラン、必ずまた来るよ。それまでいい子に“待て”ができるかな。」

「……猫は待てが出来ないかも。」

「大丈夫、私の愛猫はなかなかお利口なんだ。」

 彼の優しい笑みを、私はその目に焼き付ける。






「ソウハ様……待ってます。絶対また会いに来てください。」

「もちろん、絶対に会いに来ないと、私がどうにかなりそうだ。約束する。」

「……ん、約束ですよ。」



 私達は、チュッと約束のキスをして、しばらく抱きしめ合った。

 
 
しおりを挟む
感想 30

あなたにおすすめの小説

最愛の番~300年後の未来は一妻多夫の逆ハーレム!!? イケメン旦那様たちに溺愛されまくる~

ちえり
恋愛
幼い頃から可愛い幼馴染と比較されてきて、自分に自信がない高坂 栞(コウサカシオリ)17歳。 ある日、学校帰りに事故に巻き込まれ目が覚めると300年後の時が経ち、女性だけ死に至る病の流行や、年々女子の出生率の低下で女は2割ほどしか存在しない世界になっていた。 一妻多夫が認められ、女性はフェロモンだして男性を虜にするのだが、栞のフェロモンは世の男性を虜にできるほどの力を持つ『α+』(アルファプラス)に認定されてイケメン達が栞に番を結んでもらおうと近寄ってくる。 目が覚めたばかりなのに、旦那候補が5人もいて初めて会うのに溺愛されまくる。さらに、自分と番になりたい男性がまだまだいっぱいいるの!!? 「恋愛経験0の私にはイケメンに愛されるなんてハードすぎるよ~」

イケメン社長と私が結婚!?初めての『気持ちイイ』を体に教え込まれる!?

すずなり。
恋愛
ある日、彼氏が自分の住んでるアパートを引き払い、勝手に『同棲』を求めてきた。 「お前が働いてるんだから俺は家にいる。」 家事をするわけでもなく、食費をくれるわけでもなく・・・デートもしない。 「私は母親じゃない・・・!」 そう言って家を飛び出した。 夜遅く、何も持たず、靴も履かず・・・一人で泣きながら歩いてるとこを保護してくれた一人の人。 「何があった?送ってく。」 それはいつも仕事場のカフェに来てくれる常連さんだった。 「俺と・・・結婚してほしい。」 「!?」 突然の結婚の申し込み。彼のことは何も知らなかったけど・・・惹かれるのに時間はかからない。 かっこよくて・・優しくて・・・紳士な彼は私を心から愛してくれる。 そんな彼に、私は想いを返したい。 「俺に・・・全てを見せて。」 苦手意識の強かった『営み』。 彼の手によって私の感じ方が変わっていく・・・。 「いあぁぁぁっ・・!!」 「感じやすいんだな・・・。」 ※お話は全て想像の世界のものです。現実世界とはなんら関係ありません。 ※お話の中に出てくる病気、治療法などは想像のものとしてご覧ください。 ※誤字脱字、表現不足は重々承知しております。日々精進してまいりますので温かく見ていただけると嬉しいです。 ※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・すみません。 それではお楽しみください。すずなり。

地味女で喪女でもよく濡れる。~俺様海運王に開発されました~

あこや(亜胡夜カイ)
恋愛
新米学芸員の工藤貴奈(くどうあてな)は、自他ともに認める地味女で喪女だが、素敵な思い出がある。卒業旅行で訪れたギリシャで出会った美麗な男とのワンナイトラブだ。文字通り「ワンナイト」のつもりだったのに、なぜか貴奈に執着した男は日本へやってきた。貴奈が所属する博物館を含むグループ企業を丸ごと買収、CEOとして乗り込んできたのだ。「お前は俺が開発する」と宣言して、貴奈を学芸員兼秘書として側に置くという。彼氏いない歴=年齢、好きな相手は壁画の住人、「だったはず」の貴奈は、昼も夜も彼の執着に翻弄され、やがて体が応えるように……

転生したら、6人の最強旦那様に溺愛されてます!?~6人の愛が重すぎて困ってます!~

恋愛
ある日、女子高生だった白川凛(しらかわりん) は学校の帰り道、バイトに遅刻しそうになったのでスピードを上げすぎ、そのまま階段から落ちて死亡した。 しかし、目が覚めるとそこは異世界だった!? (もしかして、私、転生してる!!?) そして、なんと凛が転生した世界は女性が少なく、一妻多夫制だった!!! そんな世界に転生した凛と、将来の旦那様は一体誰!?

私が美女??美醜逆転世界に転移した私

恋愛
私の名前は如月美夕。 27才入浴剤のメーカーの商品開発室に勤める会社員。 私は都内で独り暮らし。 風邪を拗らせ自宅で寝ていたら異世界転移したらしい。 転移した世界は美醜逆転?? こんな地味な丸顔が絶世の美女。 私の好みど真ん中のイケメンが、醜男らしい。 このお話は転生した女性が優秀な宰相補佐官(醜男/イケメン)に囲い込まれるお話です。 ※ゆるゆるな設定です ※ご都合主義 ※感想欄はほとんど公開してます。

黒の神官と夜のお世話役

苺野 あん
恋愛
辺境の神殿で雑用係として慎ましく暮らしていたアンジェリアは、王都からやって来る上級神官の夜のお世話役に任命されてしまう。それも黒の神官という異名を持ち、様々な悪い噂に包まれた恐ろしい相手だ。ところが実際に現れたのは、アンジェリアの想像とは違っていて……。※完結しました

旦那様が多すぎて困っています!? 〜逆ハー異世界ラブコメ〜

ことりとりとん
恋愛
男女比8:1の逆ハーレム異世界に転移してしまった女子大生・大森泉 転移早々旦那さんが6人もできて、しかも魔力無限チートがあると教えられて!? のんびりまったり暮らしたいのにいつの間にか国を救うハメになりました…… イケメン山盛りの逆ハーです 前半はラブラブまったりの予定。後半で主人公が頑張ります 小説家になろう、カクヨムに転載しています

異世界の美醜と私の認識について

佐藤 ちな
恋愛
 ある日気づくと、美玲は異世界に落ちた。  そこまでならラノベなら良くある話だが、更にその世界は女性が少ない上に、美醜感覚が美玲とは激しく異なるという不思議な世界だった。  そんな世界で稀人として特別扱いされる醜女(この世界では超美人)の美玲と、咎人として忌み嫌われる醜男(美玲がいた世界では超美青年)のルークが出会う。  不遇の扱いを受けるルークを、幸せにしてあげたい!そして出来ることなら、私も幸せに!  美醜逆転・一妻多夫の異世界で、美玲の迷走が始まる。 * 話の展開に伴い、あらすじを変更させて頂きました。

処理中です...