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28 私、もってる
しおりを挟むソンリェンの紹介で働き始めた食堂は、隣に大きな旅館があり、そこの宿泊客で客足が途絶えることのない忙しい食堂だった。
どうやら、旅館と食堂のオーナーが同じ人のようで、私は旅館の一室に住み込みで働かせてもらえることになり、三食露天風呂付のとてもいい条件の職場だ。
ソンリェンは私とミンユーさんを引き合わせた後、対価として私の身体を求めるわけでもなく、すぐにどこかへいなくなったが、二日に一度の頻度で食堂に現れて、ただ食事をして帰って行く。
もちろん、一言もしゃべらない。
本当に、謎の男である。
「レイランちゃん、今日はもう上がっていいわよ! よく働いてくれて助かってるわ。礼儀正しいし、ハキハキして元気があるし! 本当、ソンリェンに感謝しないとね。」
「いえいえ、私みたいな貧相な女じゃ看板娘にもなれずに申し訳ないですけど……その分頑張ります! お疲れさまでした! お先に失礼します!」
前に一度、女将さんにソンリェンとの関係や会話のコツを尋ねてみたが、自分の口からは話せないから、ソンリェンから聞いてくれ、と言われてしまったのだ。
つまり、私は一生知る事は出来ないだろう。……何故なら、会話が成立する気がしないから。
食堂での仕事は、日本で学生の頃やっていた居酒屋のバイトと大差ないので、何とかこなしていけている。
与えられた旅館の一室も快適で、さらには私には今、毎日の楽しみが出来た。
それは、従業員用の露天風呂での晩酌だ。
旅館側が毎日決まった時間だけではあるが、従業員への福利厚生として、用意してくれているのである。
まだ見ぬオーナーさんが、食堂の従業員である私も利用してもいいと言ってくれたので、お言葉に甘えてみたところ、まんまと、はまってしまったのだ。
そして、その晩酌が楽しみなわけは、もう一つある。
「あ! レイラン! お疲れ!」
「ミンミン! お疲れ!」
彼女は、私の露天風呂晩酌仲間のミンミン。なんと、彼女も元遊女で、年季をあけてから、ここの旅館で芸者として働いているのだと言っていた。
「ミンミンは今日、これからお座敷入ってるの?」
「そうだよ~、だから、少ししか飲めないの……。」
毎日、わずかな時間だが、こうして女同士酒を交えながらおしゃべりして過ごす時間が、とても楽しい。
「あ、そうだレイラン、明日なんだけどね、お偉いさんが集まる大きな宴会があって、芸者が足りないの、日当弾んでもらえるからさ、ヘルプで入れない? ただ、お酒注いでニコニコしててくれればいいの! お願い!」
「それくらいならいいよ、ミンミン、一個貸しだからね。」
こういう世界は人手が足りない時はお互い様、相互協力は惜しまない。
「ほんと?! ありがとう! 助かる! 宴会の準備で食堂の方も駆り出されるから、多分午後は食堂はお休みになると思うよ。」
そうなのか、明日はたぶんソンリェンが来る日なんだけど……。まぁ、閉まってれば諦めて帰るだろう。
こうして、私は遊女、キャバ嬢、ストリッパー、と続き、芸者のヘルプまですることとなったのだった。
「レイラン、ほんっとに綺麗! もっと太ったら、絶対に人気芸者になれるのにぃ!」
いいえ、太りたくありません、芸者にもなりたくありません。
私はこの日、念のためジョルジュ風ウィッグで変装して、ヘルプに入ることにした。遊女時代のような濃い目のメイクをしているので、知り合いにでもあったりしたら面倒だ。
「今日はね、国の軍部の高官方がお集りみたいなの、素敵な殿方がいっぱい来ているみたいだから、レイラン、いい人いたら唾つけときなさいよ! 玉の輿よ! キャッ!」
玉の輿ねぇ……ごめん、ミンミン、私あんまり興味ないわ。
宴会がスタートし、乾杯の挨拶の後、私達は中へ入り、一人で二名の相手をするということだった。
私は貧相な女なので、一番下っ端の人の相手をしようと、上座から最も遠い席に座る男性二人の所へ向う。
「お注ぎいたします。」
ニコニコして、お酒を注ぐだけの、簡単なお仕事です。
そう言われていたので、本当にそれしかするつもりはない。
男性二人は、貧相な私には見向きもせず、難しい話をしながらお酒を飲んでいたので、私は二人の間に座り、グラスが空になるたびに適当に注いでいるだけ。まるでわんこそばだ。
時折、ミンミンの芸者っぷりを遠目に見ながら、会場全体を見回す。
良かった、知り合いはいないみたい。
「お酒を取ってまいります、少々失礼いたします。」
持ってきた酒が無くなったので、取りに行くと、バタバタした様子の幹事さんらしき人に着物の衿をつかまれた。
「ちょっと君! 上座のお二人に誰もついてないから、今すぐ行って! ほら、急いで!」
えぇぇぇ……私、貧相だから、上座の人なんかについたら、怒らせちゃいますよぉ? っと、言いたかったが、どこの世界でも、幹事さんとは大変なお役目なので、黙っていうことを聞いてあげることにする。
「お待たせして申し訳ございませんでした。お注ぎいたします。」
私は下座の人たちへの対応と何ら変わらず、二人の間に座り、目が合うと厄介なので、相手の顔も見ずに、ただ機械的にお酒を注いだ。
「……。」
「……。」
上座の御二方は、静かだった。時折、ため息が聞こえるだけ。つまらないのだろうか。
上座からは、踊るミンミンがよく見えたので、私はミンミンを見ながら一人で勝手に楽しんでいた。
曲が終わり、私が上座にいる事に気付いたミンミンが手を振っている。どうやら、こちらへ来てくれるようだ。
「ミンミン、とっても素敵だった。」
「ありがとうレイラン! 手伝うわね。」
ミンミンの登場により、上座は一気に華やぐ。よかった、一安心である。
しかし……。
「……レイラン?」
「……嘘だろ、本当にレイランか?」
どこか懐かしく聞き覚えのある二人の声がしたので、私は手元のお酒から視線をはずし、自分が注いでいた上座の二人の顔を見た。
「……ウンラン様……フェイロン様……。」
「レ、レイランお知り合い? なら、ここは任せてもいい?」
「……あ、うん……。」
ミンミンもやっぱりこの二人の見た目が怖いのか、他の席へ移ってしまった。
「……。」
数少ない知り合いの中でも、とっても気まずい二人に会うなんて、私ってばもってるね……。
「本当にレイランか?」
ウィッグをつけているからか、フェイロンはやけに疑っている。このまま別人のフリをしてしまおうか。
「レイランに決まってるだろ、俺たちの前でこんなに落ち着いて酒を注げる女などいない。」
ウンランが言った。
ウンランはなんだか少し機嫌が悪そうに見える。やっぱり、何も言わずに姿を消すなど不義理なことをした私に怒っているに違いない。
「私ではご気分を損ねてしまうようですので、別の者と変わりますね。」
私は極力二人と目を合わせないようにして、その場を離れようとしたのだが、私の手をつかみ引き留めたのは、ウンランだった。
「どこへ行く、静かなところで少し話がしたい。俺の部屋に来れるか?」
なんだろう、今日のウンランはものすごく怖い。最後に会ったときは、確か私が熱を出して寝込んでいた時だっただろうか……あの時はとっても優しかったのに……。フェイロンとシアさんから事情は聞いているだろうし、これ以上は二人に合わせる顔が無い。
「そう言ったサービスは行っておりません。失礼いたします。」
私は逃げた。
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