27 / 52
27 再スタート
しおりを挟む「いらっしゃいませ! 二名様ですね、ご案内します! ーーご新規二名様、藤の間お通ししまぁす!」
「「「「いらっしゃいませぇ!」」」」
ご注意いただきたい、ここは日本の居酒屋ではない。決してない。
遊女として、役立たずとなった私は、いち従業員として、申し訳が立たず、いたたまれなくなる前にと、すぐに妓館を退職した。
シアさんは、“客と寝れなくなる事なんて、遊女ならよくあることだ”と言って、退職を申し出た私を引き留めてくれたが、そんな甘いことを言ってはいられない。
働かざる者、食うべからず!
シアさんに預けていた私の給与は、とんでもない額になっていたが、私はその半分以上を“迷惑料”として妓館に支払って出てきた。
私の退職の決断から妓館を出るまでの期間は、わずか三日。
そんなに急いだ理由は、決心が鈍るのも怖かったが、それ以上に、フェイロンはもちろん、ウンランやハオランにも会わせる顔がなかったからだ。
結果、誰にも挨拶はせずにひっそりと最低限の荷物だけを持って、出てきた弱虫なのである。
リンちゃんは、最後まで、泣きながら私と一緒に行く、と言ってくれたが、リンちゃんにはリンちゃんの年季やらの事情やらがあるのでそれは出来なかった。
でも、私も凄くリンちゃんと離れる事が寂しかったので、リンちゃんの趣味の手作り人形を一体もらって、旅のお供にすることにしたのである。
私はこの世界にきて、一番自分がお世話になった人であるリンちゃんに、今までのお礼がしたかったので、シアさんにお願いして、迷惑料を支払って残った半分のお金で、リンちゃんの年季を減らしてもらえるように交渉し、お金を置いてきた。
妓館を出た私は、ただ一つ、心配な事があった。
それは、私のヌード画だ。誰だかわからない絵だったらいいが、人物を特定出来るような絵なのであれば、私が買い取らなければ……と思ったのだ。
そのため、まずはジョルジュを探そうと、街で聞き込みを行ったのだが、彼の手掛かりはまるでつかめず、途方に暮れること、わずか数時間。
正直面倒になったので、ジョルジュ探しは早々に諦めて、私はそのまま、一度も振り返ることなく花街を出た。
「花街を出てきたはいいけど、地理がまったくわかんなぁ~い! あはははは!」
気付けば、いつの間にやら誰もいない田んぼ道に出ていて、ぽつんと一人になったので、思わず叫んでみた。
そうだった、ここ、異世界だった。
「えぇっと、どこに行きましょうかね。」
『行先も決めずに出てきたのかよ! 馬鹿かお前!』
「だって、しょうがないじゃん……。」
『意地なんてはらずに、シアさんに甘えておけばよかったのに!』
「いやいや、それは出来ないよ。」
『じゃぁこれからどうするんだよ! 金もほとんど置いてきて! ほんと馬鹿! お前、ほんと馬鹿!』
私はリンちゃんにもらった小さな手作り人形に、“店長”と名付け、旅のお供と決めて、一人二役でおしゃべりしながら進むことにした。
独り言を言う女など、怖くて誰も話しかけてこないだろう、という作戦でもある。
「でもとりあえずさ、ジャパニーズおもてなしの心があれば、接客業は出来ると思うんだ。だから、どっかの大きな街に行って、まかない付きでお腹も満たせる一石二鳥な食堂とかで働こうと思ってるの。」
『食い意地はってんな!』
「いいのいいの、腹が減っては戦はできぬってね!」
『……。』
……どうしよう、秒で飽きてきた。
結局無言で歩き続けること数時間。
さっきから、私の後ろを同じペースで歩き続ける人がいる。私が止まれば不自然に止まり、私が走っても、同じ距離を保ってついてくる。
いつぞやのソウハのように、フードを目深にかぶり、口元に布を巻き、わざとらしく顔を隠している、めちゃめちゃ怪しげな奴だ。
やっぱり、女一人で旅は危険すぎるだろうか……。独り言くらいじゃ、インパクト弱かったかな……。
こりゃやっぱり、旅の商人さんとかと一緒に移動しないと駄目そうだな。次に出くわしたらお願いしてみよう。
「店長……誰かついてくるよ、どうしよう……。」
『追い越してもらえばいいじゃねぇか!』
「さっきからそれを試みてるんだけど、いっこうに追い越してくれないんだよ。」
『なら、襲うつもりもないんじゃないか? 話しかけてみろよ。』
「えぇ!? 話しかけて、やばい奴だったらどうするの店長!」
『死ぬときは一緒さ!』
「店長!」
『……。』
よし、わかったよ店長。話しかけてみるね。
私は方向転換し、ついて来ているであろう奴をめがけて大股に近づく。
「……! すみませんっ! 後ろを歩かれると気になるので、お先にどうぞ!」
「……。」
表情が見えないので、わからないが、どうやら私の行動に、驚いて固まっているようだ。一体、なんなんだ。
「……。」
しかし、数秒経過するも、まったく動く気配がない。
「あの、聞いてますか?」
「……。」
しびれを切らした私は、相手の顔を見てやろうと、思いきってフードを取った。
そして現れた人物とは……。
「ソンリェン?!」
「……。」
ソンリェンとは、遊女時代の数少ない私の顧客で、ハオランと同時期に現れた、名前しか知らない無口で無表情な男だ。
「何してんの? まさか、ストーカー?」
「……。」
そうだった、この人に話しかけても無駄なんだった。
「ソンリェン、私、もう遊女辞めたの。ごめんね、溜まってるなら、他あたってくれる?」
「……。」
「じゃぁ、私、行くね、もうついてこないでね。」
「……。」
そう言って歩き始めると、やっぱりついてくる。
先に行けと言っても行かない、ついてくるなと言ってもついてくる。
どうしたらいいんだ。
「ソンリェン、お願いだから、しゃべるか、ついてこないか、先に行くか、どれかにしてくれない?!」
「……。」
すると、ソンリェンは私の提示したすべてに当てはまらない行動に出た。
突如私を横に抱き上げ、走り出したのである。そりゃもう風のごとく猛スピードで。
「店長……ソンリェンは忍者だったみたい……。」
『ohh!』
あっという間に次の街に到着したかと思えば、ソンリェンは私を地面におろし、そのまま私の手を引いてどこかに向かった。
知ってる街なのだろうか?
「ねぇ、どこ行くの? 連れ込み宿とかやめてね、私もうそういうのやめたの。」
「……。」
くっそ、しゃべれよ。口ついてんだろ!
そして、急に足を止めたその場所は、一軒の旅館隣接の食堂のような場所だった。
……なんだ、お腹空いたのね。
そして、そのまま中に入るソンリェン。
すると……。
「いらっしゃいませ! ……っあら、ソンリェンじゃないの! 珍しい、可愛い子連れてっ。デートなら、こんな店じゃなくてもっとオシャレな店に連れて行きなさいよ。」
「……。」
「え? そうなの? それは大変そうねぇ……。」
え、この店の女将さん、ソンリェンと会話してるの!? 会話が成立してるの?! どういうこと?! テレパシー的な?!
「……。」
「しょうがない、ソンリェンの頼みなら聞くしかないわね。わかった、引き受けてあげるわよ。」
なんだかよくわからないが、交渉は成立したようである。
「そこのお嬢さん、今日からウチで働いてくれるんですって? よろしくね、私はこの食堂の女将の明玉(ミンユー)よ。」
えぇぇ!? 今のわずかなやりとりで、そんな会話がなされてたの?! ソンリェン、一言もしゃべってなかったよね?!
でも、もしかして、ソンリェンは、私に仕事を紹介してくれたの? かな?
あ……。思い出した。
歩き始めたばかりの時に、お人形の店長と食堂で働きたいとおしゃべりしていたことを……。きっと、ソンリェンはそれが聞こえちゃっていたに違いない。恥ずかしい。
でも、正直、有難い。
「初めまして、レイランです。急なお願いにもかかわらずお引き受け下さりありがとうございます。精一杯頑張りますので、よろしくお願いします。」
こうして、私の異世界生活は、食堂からの再スタートをきった。
164
お気に入りに追加
563
あなたにおすすめの小説


どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。

今夜は帰さない~憧れの騎士団長と濃厚な一夜を
澤谷弥(さわたに わたる)
恋愛
ラウニは騎士団で働く事務官である。
そんな彼女が仕事で第五騎士団団長であるオリベルの執務室を訪ねると、彼の姿はなかった。
だが隣の部屋からは、彼が苦しそうに呻いている声が聞こえてきた。
そんな彼を助けようと隣室へと続く扉を開けたラウニが目にしたのは――。

【完結】『飯炊き女』と呼ばれている騎士団の寮母ですが、実は最高位の聖女です
葉桜鹿乃
恋愛
ルーシーが『飯炊き女』と、呼ばれてそろそろ3年が経とうとしている。
王宮内に兵舎がある王立騎士団【鷹の爪】の寮母を担っているルーシー。
孤児院の出で、働き口を探してここに配置された事になっているが、実はこの国の最も高貴な存在とされる『金剛の聖女』である。
王宮という国で一番安全な場所で、更には周囲に常に複数人の騎士が控えている場所に、本人と王族、宰相が話し合って所属することになったものの、存在を秘する為に扱いは『飯炊き女』である。
働くのは苦では無いし、顔を隠すための不細工な丸眼鏡にソバカスと眉を太くする化粧、粗末な服。これを襲いに来るような輩は男所帯の騎士団にも居ないし、聖女の力で存在感を常に薄めるようにしている。
何故このような擬態をしているかというと、隣国から聖女を狙って何者かが間者として侵入していると言われているためだ。
隣国は既に瘴気で汚れた土地が多くなり、作物もまともに育たないと聞いて、ルーシーはしばらく隣国に行ってもいいと思っているのだが、長く冷戦状態にある隣国に行かせるのは命が危ないのでは、と躊躇いを見せる国王たちをルーシーは説得する教養もなく……。
そんな折、ある日の月夜に、明日の雨を予見して変装をせずに水汲みをしている時に「見つけた」と言われて振り向いたそこにいたのは、騎士団の中でもルーシーに優しい一人の騎士だった。
※感想の取り扱いは近況ボードを参照してください。
※小説家になろう様でも掲載予定です。

番から逃げる事にしました
みん
恋愛
リュシエンヌには前世の記憶がある。
前世で人間だった彼女は、結婚を目前に控えたある日、熊族の獣人の番だと判明し、そのまま熊族の領地へ連れ去られてしまった。それからの彼女の人生は大変なもので、最期は番だった自分を恨むように生涯を閉じた。
彼女は200年後、今度は自分が豹の獣人として生まれ変わっていた。そして、そんな記憶を持ったリュシエンヌが番と出会ってしまい、そこから、色んな事に巻き込まれる事になる─と、言うお話です。
❋相変わらずのゆるふわ設定で、メンタルも豆腐並なので、軽い気持ちで読んで下さい。
❋独自設定有りです。
❋他視点の話もあります。
❋誤字脱字は気を付けていますが、あると思います。すみません。

美人な姉と『じゃない方』の私
LIN
恋愛
私には美人な姉がいる。優しくて自慢の姉だ。
そんな姉の事は大好きなのに、偶に嫌になってしまう時がある。
みんな姉を好きになる…
どうして私は『じゃない方』って呼ばれるの…?
私なんか、姉には遠く及ばない…

私が美女??美醜逆転世界に転移した私
鍋
恋愛
私の名前は如月美夕。
27才入浴剤のメーカーの商品開発室に勤める会社員。
私は都内で独り暮らし。
風邪を拗らせ自宅で寝ていたら異世界転移したらしい。
転移した世界は美醜逆転??
こんな地味な丸顔が絶世の美女。
私の好みど真ん中のイケメンが、醜男らしい。
このお話は転生した女性が優秀な宰相補佐官(醜男/イケメン)に囲い込まれるお話です。
※ゆるゆるな設定です
※ご都合主義
※感想欄はほとんど公開してます。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる