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25 まぁ、いっか

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 その夜、私は熱が出た。
 
「馬鹿も風邪ひくんだな……まぁ、なれない後宮生活から戻ってすぐにご新規の宿泊だったからな、疲れが出たんだろ、しばらくはゆっくり休め。」
 
「ふぇ~ぃ……ずみばぜん……。」
 
 
 シアさんの変わらない薄塩対応が、なんだか店長みたいで落ち着く今日この頃。
 
 あ~あ。店長のおかゆが食べたいな……。
 
 体調が悪いと、思い出したら負けな気がする、元の世界の事を思い出しちゃうから嫌だよね。
 
 熱出てホームシックとかありきたり過ぎて我ながら笑える。
 
 
 
 
 薬を飲んで眠っていると、その間にも額の濡れたタオルをこまめに取り替えてくれる優しい手の存在を感じた。
 
 その何度目かの交換時に、うっすら目を開けると、そこにいたのはウンランだった。
 
 
「……あれ……幻覚? ウンラン様がいる。」
 
「……目が覚めたか、具合はどうだ? ……一応言うが、幻覚ではないぞ。」
 
 
 目つき悪い系イケメン……私の大事な顧客様。
 
 
「シア殿に無理を言ってあげてもらったんだ、金は取られてないから、お前は何もしなくていい。」
 
 つまり、自分は客ではないから、気を使うな、と言いたいのだろう。まったくもう、ツンデレなんだから。

「……へぇ、シアさんにも無料タダでいい、なんていう心があったんですね。」
 
 ツンデレに気付かないフリをして、私はいつものように冗談を言う。

「っふ……そんな冗談が言えるなら、元気そうだな、安心した。」
 
 
 あ、デレた。可愛い。
 
 
「……よし、生存確認は出来たし、帰る。起こしてしまったようで悪かったな。」
 
 え、もう帰るの?
 
 私は咄嗟に、立ち上がったウンランの着物の裾を掴んだ。
 
「時間があるなら、少しおしゃべりしませんか?」

 ウンランと過ごしていれば、その時だけはソウハを思い出さなくていいからだ。
 
「……無理はするな、お前が元気になったら、また客として来てやる。」
 
 ブレないな、ツンデレラ、ウンランめ。
 ……本当は優しい人なクセに。バレバレだぞ。
 
 
 でもそうだよね、お客様としてしか、私とウンランは会うこともないよね。 
 
「……やっぱり、私はセックス同衾するしか価値がない女ですかね……。」
 
 なんか駄目だ、熱があるせいかメンタルがやられてる気がする……かまってちゃんかよ、私。 
 
「っな! そんな事があるわけはないだろ! 馬鹿な事を言ってないで寝てろ。」
 
 ウンランは、私の顔を覆い隠すように、掛布団を勢いよく引っ張りあげた。
 
 
「……ウンラン様、あんよが寒い。」
 
「……。」
 
 引っ張り上げ過ぎたせいで、掛布団から脚がはみ出してしまったので文句を言うと、ウンランは無言で直して、最後にポンポン、と布団を優しく叩いてくれた。
 
 
「っふふ、ウンラン様ってば、やっさしぃ~い。」
 
「いいからもう寝ろ。またな。」
 
「……はい……ありがとうございます、来てくれて。会えて嬉しかったです。」
 
 
 
 
 
 
 その後、三日ほどで熱は下がったが、私の事を心配してか、シアさんはすぐには客を取らせてはくれず、かと思えば、立て続けに生理が来てしまった。
 
 その間、私はリンちゃんとシアさん以外の人と交流がまったくなく、嫌でもソウハの事を考えてしまい、その度になんだか胸が苦しくなるので、早めに気持ちを切り替えようと、生理中でもハオランあたりなら通してほしい、とシアさんにお願いしてみる。
 
 ……ハオランは、待ってましたとばかりに、すぐに現れた。
 
 


「レイランさん、大丈夫? なんか生気失ってない? しばらく会えなくて、ちょっとだけ寂しかったよ。」
 
「ちょっとだけかい。……んなこと言って、シアさんに呼ばれて、すぅぐ来てくれたくせして。何がちょっとだよ、超、の間違いかな? 僕ちゃん。」
 
「ちょっとであってるよっ……来たのは、一応ほら、せ、生存確認だよ!」
 
 ウンランもハオランも、生存確認って……私って、そんなにすぐ死にそうに見えるのだろうか? あ、痩せてるから?

 
「それはそれはご心配おかけいたしましたねぇ、来てくれてありがと、ハオラン。」
 
「え、何っ?! レイランさんが素直だと、なんか怖いんだけど!」
 
 こいつ……。
 
「……あ、そうだハオラン、聞きたいんだけどさ、この国に彫師っている? 近くにいたら紹介して欲しいんだけど。」
 
「……堀師? って何? 何を掘るの?」
 
 おや? お子ちゃまハオランは知らないのかな?
 
「入れ墨だよ、ほら、身体に綺麗な絵を描いてる人いるじゃん。」
 
「え、普通、身体に絵なんて描かないでしょ……レイランさん、やっぱりまだ体調悪いの?」
 
 おや? ……ハオランの顔を見るに、冗談ではなく、本気で私を心配しているように見える。
 
「いるでしょ、ほら、背中に桜吹雪とか観音様とか、虎とかの絵が入ってる人! 見たことないの?」
 
 ハオランは、本当に知らない、という表情をしている。
 
「まぁ、じゃぁいいや。」
 
 フェイロン辺りは知ってるかもしれないから、今度会ったら聞いてみよう。
 
「そんな人を紹介して欲しい、ってことは、レイランさんも、身体に絵を描きたいの?」
 
「え? あ、うん、そうなの、ちょっとしたスタンプラリー的な感じで、入れてみたいなって。」
 
「へぇ~、スタンプラリーってなに? まぁでもいいや、その時は俺も誘ってよ、一緒にお絵描きしてあげるよ。」


 
 ……この世界から元の世界に戻れるかわからないけど、もし戻れた時に、忘れたくない人達の事を思い出せるように、この世界にいた事実を身体に刻んでおきたい。
 
「でもさ、身体の絵、とは違うけど、この国の皇帝陛下の背中には一面にでかでかと白虎と鬼の痣があるって話しだよ。」
 
「……白虎と鬼の……痣?」
 
 私はハオランの言葉に、耳を疑った。あまりにもソウハの図柄と同じだったから。
 
「痣で白虎とか鬼とかわかるわけないじゃん。」
 
 痣なんかどうせ、シュミュラクラ現象程度でしょ。
 
「違うよ、だって生まれたと時からハッキリくっきりしてて、成長に合わせても大きさが変わっていくらしいよ。あ、これ絶対秘密ね。皇帝陛下の乳母と側近と担当医官しか知らないらしいから。」
 
 どうしてお前がそれを知ってんねん。ツッコミどころ満載だよ。
 つまり、ハオランの親はきっと皇帝陛下の乳母か側近か医官なわけね。お口の軽いお宅の息子さん、どうにかした方がいいですよ。
 
 それにしても、生まれた時から背中に白虎と鬼と背負ってるなんて、やべー奴だな皇帝陛下……。
 
 あ、もしかして、ソウハはそんな皇帝陛下をリスペクトして、同じの入れたのかな? 可愛い人なんだから。
 
 ……ん? でもそういえば、呪いとかなんとか言ってた気もするな……。まぁ、いっか。
 ……ん? でもそういえば、結局、ソウハが宦官じゃないのに後宮に出入りできる理由、分からずじまいだったな……。まぁ、いっか。
 
 
 私は、なぜか全然“まぁ、よくない”ことを、“まぁ、いっか”と目を背けてしまったのだった。
 
 
 
 ○○●●
 
 
 
 (sideシアとウンラン)
 
 
 レイランが熱を出した翌日、レイランがここへ戻っていることを知っていたウンランが現れたため、シアは正直に熱を出していると面会を断った。

 しかしウンランは、ひと目顔だけ見たら帰る、と言って聞かないので、シアは仕方なくウンランをレイランの居室へと案内した。もちろん、レイラン付きの禿も同席させたうえで、だ。
 
 と、いうのも、シアはレイランの様子が少し気になっていた。
 熱を出す前に一緒に過ごしたご新規が帰られた後、レイランはずっと眠っていた。これまでは、朝までフェイロンの相手をしていようが何しようが、必ず昼前には起きて何やら運動だのトレーニングだのと言って汗を流していたというのに。
 
 それに、あのご新規についても気になる点がいくつかあった。シアの妓館は基本的に既存顧客からの紹介か、身元をしっかり提示してシアがよしとした人間しか客にはなれない。
 
 あのご新規が持っていた紹介状の紹介主の名前は、シアがあまり信用できないと思っていた人物……。ジュンシーの物だったからだ。
 ジュンシーは顧客ではないが、身元はしっかりしている上に、多額の料金を支払ってくれた男だ。
 あの時は、さすがに断ることが出来ずにレイランをつけたが、やはり断った方がよかっただろうか……と、今になって悔やんでいたのだ。
 

 
 そして、レイランの顔を見に行っていたウンランが、一時間ほど経った頃、帰りがけにシアの所へ礼を言いに来た。
  
「シア殿、感謝する。先ほどレイランが少し目を覚ましてな、生存確認が出来たので、俺は帰る。今は禿がそばにいる。」
 
「そうですか、わざわざご苦労様でした、またのご予約をお待ちしております。」
 
 シアは当たり障りない言葉で見送ろうとした。が、しかし、ウンランは足を止め、シアに尋ねた。
 
「……シア殿、つかぬことを聞くが、レイランの後宮から戻った後の様子はどうだ? 元気がないと感じはしなかったか?」
 
「……元気が無いとは思いませんが……もしウンラン殿がそう感じられたのなら、ご新規を一人相手した後に熱を出したので、疲れが出ているのでしょう。」
 
 何だ……また何かあるのか、と、シアはウンランの言葉に注視する。


「そうか……そのご新規については聞いても答えないだろうが、これだけは言っておく。毛色の薄いニコニコとした俺達のような男が来たら、なんでもいい、適当な理由をつけて追い返してくれ。絶対にレイランをつけないで欲しい。」
 
「……なぜかお聞きしても?」
 
 シアは思った。毛色が薄く、ニコニコとした自分達のような男……それこそ、先日のご新規だったからである。
 
 そして、その後のウンランの言葉を聞き、激しく後悔する。
 
 
「この国で最も尊き御方が、ここに来るかもしれないからだ。」
 
 
 
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