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18 食べちゃ駄目だ。
しおりを挟む「リンちゅわん、じゃ、私、ちょっくら行ってくるからね! 先に寝てていいからねんっ! たぶん、朝まで帰れないからさっ!」
「はい、いってらっしゃいませっ!」
私は生徒ゼロで迎えた第一回房中術講座の直後、ジュンシーに一枚目のカードを切りたいと願い出た。
もうさ、ストレス溜まったからさ! 使うなら、今日しかないな、って思ったわけ。それに、誰かに後宮生活の愚痴も聞いてもらいたかったし。
フェイロンかなぁ~? ウンランかなぁ~? 今日はどっちでも嬉しいや。
私はウッキウキのルンルンでジュンシーの用意してくれたと言う部屋へ向かった。
部屋にはすでに灯りがついているようだが、もうどちらかが来ているのだろうか?
どうする? 普通に入るのもなんかつまんない? でも何すればいい?
……もーなんでもいいか。早く会いたいっ!
「レイラン、入りまぁす! 貴方はだぁ~れだっ!?」
と、ハイテンションな私が引き戸に手をかけると同時に、その扉は自動ドアのように開いた。
私は扉の前に立つ人物の顔を見る事なく、そのまま抱きつく。
「っおっと!」
……む。
フェイロンでもウンランでもないが、聞き覚えのあるその声の主は……。
「っへ……ぇあ?!」
なななななぜ、マイヒーローがこ、ここここに?!
私は思わずパッと身体を離し、後ろへ後ずさる。
「おや、離れてしまうのか、残念だ。」
にこにこと柔らかな笑みのマイヒーローに、私はいつもの調子が出ない。
「っな……フェ……ウ……ジュ……」
「なぜ私がここにいるかって? フェイロンは? ウンランは? ジュンシーに頼んだはず……? ……正解?」
はい、正解です。
「さっきそこでフェイロンに会ってね、急ぎの用事が出来てしまったようなんだ。それを君に伝えに……あと、フェイロンの代わりになるかわからないけど、今夜の相手に私はいかがかな? と誘いにね。」
今日はフェイロンが呼ばれていたのか……。
でもちょっと待って。今、私の前にはマイヒーローがいて、今夜の相手?! えぇ?! いいんですか!?
こ、断った方がいいだろうか……でも、ジュンシーに許された週に二回のうちの一回のカードを今回使用してしまった以上、今日を逃すと私は次、いつ誰とできるかわからない……。
でも……こ、心の準備がっ! マイヒーローに抱かれちゃうの!? 今日のパンツ、どんなのはいてたっけ?! ブラは?!
……でも待って、私ってば何考えてたんだろ……浮かれちゃって……こんなんじゃ、プロ失格だ。
フェイロンもウンランもあくまでも私の“お客様”であって、恋人じゃない。つまり、これは仕事……。お金の出どころはどこかわからないけど、今日今この時も、妓館にはお金が支払われているはずだ。
「私はフェイロン様のお相手をするために参りましたので、フェイロン様がいらっしゃらないのであれば、戻ります。」
うぅぅ……フェイロンめ、次会ったら覚えてろよ……腹上死させてやるからな……っうぇ~ん……。
私はマイヒーローに背中を向け、部屋を出ようとした。
「……そうか、行ってしまうのか。」
「……え? 何かおっしゃいましたか?」
いや、なんですかその捨てられた子猫みたいな……お目々がうるうるしてこぼれ落ちそうですけど。
「いいや、何も。」
え、マイヒーロー、もしかして私とやりたいのかな? あ、そっか、この人もイケメンだから、相手に困ってるんだ……。
そういう事なら仕方ない……よね? いいよね? これ、私の判断間違ってないよね?!
「そうだっ……お、お名前を伺ってもよろしいでしょうか?」
きゃっ聞いちゃった! 聞いちゃった名前!
「滄波(ソウハ)だよ。」
はうっ……かっこよき……。
「来儀(ライギ)の時もあるけど、今はソウハだよ。」
……は?
「……え? 名前が二つあるんですか? ……珍しいですね。」
え、どういう事? 異世界あるある? ミドルネームとかそんな感じじゃなさそうだけど……。だって、今はって……。
「そうかもしれないね。少し珍しいかもしれない。」
この件については、あまり掘り下げない方がいい、と私の第六感が言っている。
「……ソウハ様、とお呼びしてもいいでしょうか?」
「二人の時ならいいよ。……でも私はまだ、君の名前を教えてもらってないから、名前を呼べないんだけどな。」
えっ! あ、そうだったかもしれない! 私ってば、マイヒーローの前だと、本当に駄目だ。いっつもなんか抜けてる。
「す、すみませんっ! 私はレイランです、玲蘭(レイラン)。」
名前を教え合うだけで、何分時間を費やしたんだろうか……。
「レイラン、今夜は一緒にいたい。ジュンシーがお膳立てしてくれた、せっかくの機会だ。ゆっくり話しがしてみたい。」
はぅ~……今夜の相手って、健全な方だったわけね。
私はてっきり、身体と身体で体話するんだとばかり……けしからん私の煩悩よ、滅びよ。
「そういう事でしたら、ひと晩お付き合いします! 私もソウハ様とお話ししてみたかったんです。」
「そうか! それならば、少し外を歩こう。ほら、手を。」
嬉しそうな柔らかな笑顔で、ソウハは私に手を差し出した。
……ヤダ……アラ〇ン? “僕を信じろ”的な?
やだぁ。キュンキュンさせないでぇ~! 慣れてないんだからぁ! 秒で恋に落ちまーす!
私は、初めて男性と手を繋ぐ思春期の女子のような気持ちでソウハの手を取った。
……あ、手、湿ってないかな……大丈夫かな。
ソウハは初日に出くわした池に私を連れて行った。
夜は鯉達も寝てるのか、静かだ。
「レイランに言われたから、私が餌をやり始めたんだけどね、最近鯉が肥ったと思うんだ。どうしたらいいかな。庭師に叱られそうだよ。」
そうなの~? ソウハ、可愛いねぇ~食べちゃいたい。
……はっ! 違う違う、駄目だ。
食べちゃ駄目だ、食べちゃ駄目だ、食べちゃ駄目だ……。
ってか、池の鯉って、庭師の管轄なんだ。初めて知った。
「……おかしいな……昨日までは蛍が沢山飛んでいて、綺麗だったから、レイランにも見せてあげたかったのに……今日はいないな。」
……見えます。見えますよ、私には蛍が! キラキラしてます! ソウハの周りだけ!
「……ごめんね、つまらないようだね。もう行くかい?」
突然、ソウハがしょんぼりしてしまった。
「っえ?! すみませんっ! 心の中で勝手に返事をして一人で盛り上がってました! めちゃめちゃ楽しんでます!」
マジで私、キモいんだけど。心で会話ってなんやねん。絶対変な奴だと思われたわぁぁぁ~。
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「そうか、めちゃめちゃ楽しんでるのか? よかった。他にも見せたいものがある。来てくれ。」
ねぇ、本当にさぁ勘弁してぇ~、どうしてそんなに私の“萌え”を刺激するのぉ! これ以上一緒にいたら、私、萌え死にしそう。
ソウハの爽やかな笑顔が、私の胸にハートの矢となって、現時点で99本くらい刺さっている。
100本達成しちゃったら、私、ソウハを襲うかもしれない……。
「……レイラン? また心で会話してるのか? 一緒にいるのだから、私と会話をしないか。」
あ~……100本達成おめでとうございます。
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