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17 子猫の皮を被った白虎
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「キャンセル?! どういう事だよシア!」
「悪いフェイロン、レイランは短期……いや、期間未定で出張中なんだ。」
「はぁ? 期間未定の出張? んな話し、聞いた事ねぇよ。どこ行ったんだよ。……まさか逃げたのか?」
レイランが後宮へ行き、入っていた予約を全てキャンセルせざるを得ず、シアはこうして数名から責められ、問い詰められていた。
「レイランの名誉のためにもこれだけは言うが、アイツは逃げていない。そんな女じゃない事はお前も分かるだろ。」
レイランが後宮に到着してものの数分で逃げ出そうとして失敗した、などとはつゆ知らず、シアは彼女を庇い、さらに客から詰め寄られる。
「なら、どこのどいつなんだよ、レイランを独り占めしたやつは! 金か? それなら俺が倍払うから、戻してくれよ。」
「金もそうだが……戻すのは無理だろうな。なにせ……レイランが自分で行くと言ったんだから、仕方ないだろ。」
それを聞いたフェイロンは、こころなしかショックを受けているように見えた。
「……他の遊女を……胡蝶をつけるから、我慢してくれ。」
妓館のナンバーワンだ、なんとかしてくれるだろう。
「……いや、いい……今日は帰る。もうレイラン以外抱く気が起きない。戻る日が決まったら、その日に予約入れといてくれ、何があっても来るから。」
「……わかった。」
シアは悩んでいた。
正直言えば、キャンセルを伝えた客のうち、すでにハオランと無口なソンリェンまでもが、フェイロンと同じ事を言い、同じ要求をして行ったからだ。
だが、友の落ち込む様子に、今回ばかりは特別に彼の要求をのむことにした。
フェイロンが帰った後、入れ替わるようにウンランが現れ、シアと話しがしたい、と言ったため、シアは個室を用意した。
「……レイランは、ジュンシー殿に連れて行かれたのだろう?」
さすがはこの国の軍師であるウンラン、彼の推測は鋭い。が、シアは答えるわけにはいかない。
「ウンラン殿といえど、それはお答えできません。」
「……口がかたいのはとてもいい事だ。……だがシア殿、今回ばかりは見誤ったな……。」
「……なぜそうお思いに?」
シアは天才軍師の見解が気になり、ついウンランの推測を肯定するかのように尋ねてしまう。
さすがは策士だ。
「あの御方は、絶対にレイランを手放さないぞ。」
シアは、自分のジュンシーから聞いている話しと、ウンランの知る話しが何か異なる点があるような気がし、探りを入れる事にした。
しかしそれはウンランとて同じ事。
ここに、狐と狸の化かし合いのゴングが鳴った。
「……あの御方、とは……?」
「決まっているだろ、後宮の主だ。」
ジュンシーの話しでは、レイランには後宮にいる妃達に房中術を指南するという話だった。それがなぜ、後宮の主、すなわちこの国の最高権力者であられる皇帝陛下の手中などと言う話になるのだ。
「レイランは、その様な尊き御方のご尊顔を拝むことすらないと思いますが……何か、私の知らぬ事情があるのでしょうか?」
「……まず第一に、あの御方は当初から俺とフェイロンが贔屓にしている遊女に、とても興味をお持ちだった。」
シアは思った。それは誰でも興味がわくだろう。この国の天才軍師と次期将軍を虜にする遊女が存在するとなれば……一度は見てみたいと思うものだ。
「シア殿は知らぬと思うが、あの御方は、子猫の皮を被った白虎だ……考えてもみろ、周囲の反対を押し切り、俺なんぞを軍師にとお決めになられたのはあの御方だ。結果どうなった? 反乱軍を一網打尽にし、あの若さとあの容姿で、今のお立場を確立された……あの朗らかな笑顔の裏では、俺よりもはるかに崇高な策を弄していらっしゃるんだ。」
「それがレイランとどう関係が? ……尊き御方は後宮や御世継ぎには一切興味がなく、脚を踏み入れる事すらしないと耳にしましたよ。そうであれば、後宮にいるレイランとの接点など、無いに等しいのでは?」
……あ、しまった。とシアは後悔した。レイランの居場所を自分から言ってしまった。完敗だ。
「やはり、ジュンシー殿がレイランを後宮に連れて行ったのだな……。」
直後、ウンランの眉間に、より深いしわが刻まれる。
「フェアではないから俺も話すが、今回は、あまりにも女に興味を示さない陛下にしびれを切らしたジュンシー殿が、暴走したのだ。他の高官たちにたきつけられ、陛下に女の良さを知ってもらおうなどと……。」
女の良さを知ってもらう? ……シアは気になる言葉を拾った。
「つまり、レイランは皇帝陛下の閨のお相手として後宮へ連れて行かれたと言うのですか?! 遊女ですよ、レイランは! 一国の皇帝が相手をするような女ではないでしょう!」
もはや二人の会話にオブラートに包む、などと言う言葉は存在しない。
もしも皇帝が遊女などと身体を交えたと知れば、後宮にいる妃達は一斉に非難するだろう。
それほどに、この国では遊女の立場とは蔑まれているのだ。
ましてや後宮にいる妃の親は誰もかれも、チカラのある家の者たちばかりだ。だからこそ、後宮に入れるというもの。
「嫉妬やプライドを傷つけられたなどと言うくだらない理由で、レイランは消されかねない!」
「……シア殿の言う通りだ。だから俺もフェイロンもレイランの話が上がった時には濁しておいたんだが……。結局、こうなってしまった。」
シアは拳を握り、行き場のない自身の感情を抑え込む一方で、ウンランはこめかみを押さえ、頭痛を和らげようとしていた。
「だが、幸いにもジュンシー殿はレイランに陛下の相手をさせることに消極的だった。俺達は彼に賭けるしかない。」
ウンランはそう言っているが、シアはどうもジュンシーの事が信用できなかった。とはいえ、レイランが後宮という男子禁制の場にいる以上、シアやウンランにできることなど、何もない。
狐と狸は両者引き分けにより、勝負を終えざるをえなかった。
シアとウンランがそんな大層な話をして自分を心配してくれているともつゆ知らず、レイランは後宮生活、五日目にして、早速ジュンシーに一枚目のカードを使用すると願い出ていた。
ジュンシーはフェイロンとウンランのどちらを寄こすのか。
レイランはルンルン気分で夜を待つのだった。
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