上 下
15 / 52

15 思い立ったが吉日

しおりを挟む
 
 
「じゃーん、ジョルジュみたいにしてみたよ。」
 
「すごいです、その付け毛ならば、絶対にレイラン様だとは誰にもわかりません!」
 
 私は先日街へ出たときに購入したウィッグと新しい眼鏡をかけ、洋装に着替えた。念のため、リンちゃんにも付け毛と眼鏡を装着する。









 
 
「よし、行こうか。」
 
「はい。」
 
 ……と、意気込んだはいいものの……どっち? あっち? こっち? え?
 
「リンちゃん、つかぬ事を伺いますが、出口はどっちかな?」
 
「……。」
 
 リンちゃんは、私を見つめて、“え、知らずにこんな変装までして出てきたんですか? ”っという表情を見せたあと、にっこり笑って、頼もしい言葉をくれた。
 
「私たちはあっちから来ましたので、来た道を戻るのはいかかでしょう!」
 
 さすがは私の相棒。頼りになる。
 
 リンちゃんに言われたとおり、来た道を戻っているつもりで忍者のごとく歩き続け、いくつかの簡易門をくぐり、開けた場所へと出ることが出来た。
 しかし、また恐らくは後宮、もしくは隣接する敷地の中のように思える……なぜなら、地面の作りが同じだからだ。
 
「あ! 誰か来ました!」
 
 リンちゃんが小さく叫んだので、私達は慌てて近くにあった池の側の大きな木の陰に隠れる。
 
 数メートルほど先に、ふとっちょの男性が二人歩いていた。
 
 私達は息を殺し、二人が通り過ぎるのを待つつもりだったのだが、大きな誤算が生じる。
 なんと、腹を空かせた池の鯉たちが、私たちを見て口をあけて寄ってきてしまったのだ……おまけに、よほど空腹なのか、水が跳ねるほどに、大群で押し寄せている。
 
 ……ギャー! 気持ち悪いっ! 餌くらい与えておいてよね!
 
「おい、なんだ? 鯉が暴れてるぞ。」
「本当だ、お前見て来いよ。」 
 
 やはり、気付かれてしまった! まずいっ! ゲームオーバーか!?
 
「リンちゃん、走れる?」
「はい、走ります!」
 
「せーの、で行くよ……。」
 
 と、心臓をバクバクさせながら、私はリンちゃんの手を握りしめ、木の陰からスターティングポーズをとる。
 
 しかし……。
 
「おーい! ちょっとこっち手伝ってくれぇ!」
 
 私達に、救世主が現れた。声だけの。
 
 手伝いを求めて叫んでくれた人のおかげで、鯉の異変に気付いた二人は、そちらへ駆けていった。
 
「……っぷはぁ! あぁぁ~……もうだめかと思った……ね、リンちゃん……バレなくてよかったね。」
 
 無意識に息を止めていた私は、一気に呼吸を再開する。
 
「……すごい脚の震えが止まりませんっ。ですがレイラン様、見つかったら私たちはどうなるのでしょう?」
 
「え? ただ連れ戻されるだけでしょ。大丈夫、きっと、罪に問われたりはないよ。もしそうなっても、リンちゃんの事は絶対に私が守るから、安心して。」
 
 どうやって守ればいいかわからないけど、最悪、なんかすごい人っぽいお客さんにお願いしてみようか。ハオランの親とか、絶対すごい権力者っぽいし。
 
「……それにしても、ここの鯉達もかわいそうだね……こんな狭い池にこんなに沢山詰め込まれて……あげく、飢えてるなんて……。」
 
 この池はまるで、後宮……そのものではないだろうか、と私は思った。たった一人の皇帝に対して、九人も妃が毎日何もせずにいがみ合ってるとか、まったく生産性ないよね。
 
「皇帝さんもさ、こんな不気味な池には入りたくないだろうよ……ねぇ、リンちゃ……っ?!」
 
「(んん!!)」
 
 隣で一緒にしゃがんで池の鯉を見ていたリンちゃんの方を見ると、リンちゃんは男に口を押えられて、声を出せない状況にいた。
 
 
「そうだよね、私もそう思うよ。」
 
「っ?!」
 
「……ところで、お嬢さん方はどなたかな? どこから来たのかな?」
 
 ……お兄さんこそ、どなたかな? ここはどこかな?
 
 
 にこにこと笑顔のお兄さんを前に、私達は、絶体絶命のピンチを迎えていた。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
「えぇっと……こ、ここはどこでしょうか? 私達は先ほどキョンシー……っじゃなくて、ジュンシー様に連れられて後宮に来たばかりなのですが、道に迷ってしまって……えへへへ……。」
 
「……ジュンシーと?」
 
 正直にジュンシーの名前を出すと、お兄さんは少し反応を示した。
 どうやらこのお兄さん、ジュンシーの事を知っているようだ。よかった。いや、良くないけど、良かった。
 
「そうか、後宮に……では、お嬢さんが噂の“ゲテモノ専用遊女”かな?」
 
 え!? 私、そんなに有名人なの!? でもそっか、この笑顔のお兄さんもイケメンだからか……。
 妓館に来てくれれば、おもてなしするから、ここは見逃してくれないだろうか。うまくいけば本当外に出られるかもしれないし、交渉してみる価値はあるかもしれない。
 
 ……ん? でも待てよ……この声……この髪……。
 
 ……はっ!!!!
 
「あ! あのっ! 以前、街で酔っ払いに襲われてる女性を助けませんでしたか?」
 
「酔っ払いに襲われてる女性? ……ああ、そんなこともあったかもしれないね。その時にピアスをもらったんだった。そうだ、思い出したよ、ありがとう。」
 
 え、何がありがとうなんだ? キャラが掴めない人だな。
 
「私、その時に助けていただいた女ですっ、その節はありがとうございました。」
 
「え、そうだったのか、驚いたな……でも見た目が全然違うね。」
 
「今は、カツラをかぶってますので! 本当は、黒髪です。」
 
 ウィッグを取ると、ボサボサになるので、とりあえず今は外すことはしないでおく。
 
「……あのピアス……は付けていないんだね?」
 
 お兄さんは、おもむろに私の耳に手を伸ばし、耳たぶに触れた。
 
「っ! (ビクンッ)」
 
 お兄さんの指が触れただけだと言うのに、電気が走ったように身体が反応してしまう。
 
「あ、ごめんね、静電気が……痛かったでしょ。」
 
 ……なんだ、静電気か。
 
 
「ところで、お嬢さん達はどこへ行こうとして、迷子になったのかな? 遠くなければ案内するよ。」
 
「本当ですか?! 外です! この敷地の外! 私達、街に戻るんです!」
 
 一緒にどうですか? そのまま、一晩いかがですか? と誘いたい気分である。
 
 
「……外……? 来たばかりではなかったかな?」
 
「はい、来たばかりなんですけど、話が違うんで帰ろうと思って!」
 
 思い出したら、またイライラしてきた。 
 
「ジュンシーはなんと?」
 
「やだなっ、ジュンシー様に話して帰らせてくれるわけないじゃないですかっ! あの人が悪の根源なのに。」
 
「っふふ、悪の根源とはまた……ジュンシーが聞いたら悲しむよ。」
 






 駄目だ、この人のやんわりした雰囲気好き。癒される……笑顔も素敵……。
 
 
 
「このままお嬢さん達を街に送ったら、ジュンシーに叱られそうだから、ひとまずは後宮に戻ろうか。送るよ。確か、十番妃の所に滞在するんだったかな?」
 
 がーん……この人もジュンシーの回し者だったか……ガックシ……。
 
 でも……この人がいるなら、もう少し、ここにいてもいいかな、と思ってしまう自分がいた。
 
しおりを挟む
感想 30

あなたにおすすめの小説

騎士団寮のシングルマザー

古森きり
恋愛
夫と離婚し、実家へ帰る駅への道。 突然突っ込んできた車に死を覚悟した歩美。 しかし、目を覚ますとそこは森の中。 異世界に聖女として召喚された幼い娘、真美の為に、歩美の奮闘が今、始まる! ……と、意気込んだものの全く家事が出来ない歩美の明日はどっちだ!? ※ノベルアップ+様(読み直し改稿ナッシング先行公開)にも掲載しましたが、カクヨムさん(は改稿・完結済みです)、小説家になろうさん、アルファポリスさんは改稿したものを掲載しています。 ※割と鬱展開多いのでご注意ください。作者はあんまり鬱展開だと思ってませんけども。

異世界の美醜と私の認識について

佐藤 ちな
恋愛
 ある日気づくと、美玲は異世界に落ちた。  そこまでならラノベなら良くある話だが、更にその世界は女性が少ない上に、美醜感覚が美玲とは激しく異なるという不思議な世界だった。  そんな世界で稀人として特別扱いされる醜女(この世界では超美人)の美玲と、咎人として忌み嫌われる醜男(美玲がいた世界では超美青年)のルークが出会う。  不遇の扱いを受けるルークを、幸せにしてあげたい!そして出来ることなら、私も幸せに!  美醜逆転・一妻多夫の異世界で、美玲の迷走が始まる。 * 話の展開に伴い、あらすじを変更させて頂きました。

冷徹義兄の密やかな熱愛

橋本彩里(Ayari)
恋愛
十六歳の時に母が再婚しフローラは侯爵家の一員となったが、ある日、義兄のクリフォードと彼の親友の話を偶然聞いてしまう。 普段から冷徹な義兄に「いい加減我慢の限界だ」と視界に入れるのも疲れるほど嫌われていると知り、これ以上嫌われたくないと家を出ることを決意するのだが、それを知ったクリフォードの態度が急変し……。 ※王道ヒーローではありません

今夜は帰さない~憧れの騎士団長と濃厚な一夜を

澤谷弥(さわたに わたる)
恋愛
ラウニは騎士団で働く事務官である。 そんな彼女が仕事で第五騎士団団長であるオリベルの執務室を訪ねると、彼の姿はなかった。 だが隣の部屋からは、彼が苦しそうに呻いている声が聞こえてきた。 そんな彼を助けようと隣室へと続く扉を開けたラウニが目にしたのは――。

ただ貴方の傍にいたい〜醜いイケメン騎士と異世界の稀人

花野はる
恋愛
日本で暮らす相川花純は、成人の思い出として、振袖姿を残そうと写真館へやって来た。 そこで着飾り、いざ撮影室へ足を踏み入れたら異世界へ転移した。 森の中で困っていると、仮面の騎士が助けてくれた。その騎士は騎士団の団長様で、すごく素敵なのに醜くて仮面を被っていると言う。 孤独な騎士と異世界でひとりぼっちになった花純の一途な恋愛ストーリー。 初投稿です。よろしくお願いします。

イケメン社長と私が結婚!?初めての『気持ちイイ』を体に教え込まれる!?

すずなり。
恋愛
ある日、彼氏が自分の住んでるアパートを引き払い、勝手に『同棲』を求めてきた。 「お前が働いてるんだから俺は家にいる。」 家事をするわけでもなく、食費をくれるわけでもなく・・・デートもしない。 「私は母親じゃない・・・!」 そう言って家を飛び出した。 夜遅く、何も持たず、靴も履かず・・・一人で泣きながら歩いてるとこを保護してくれた一人の人。 「何があった?送ってく。」 それはいつも仕事場のカフェに来てくれる常連さんだった。 「俺と・・・結婚してほしい。」 「!?」 突然の結婚の申し込み。彼のことは何も知らなかったけど・・・惹かれるのに時間はかからない。 かっこよくて・・優しくて・・・紳士な彼は私を心から愛してくれる。 そんな彼に、私は想いを返したい。 「俺に・・・全てを見せて。」 苦手意識の強かった『営み』。 彼の手によって私の感じ方が変わっていく・・・。 「いあぁぁぁっ・・!!」 「感じやすいんだな・・・。」 ※お話は全て想像の世界のものです。現実世界とはなんら関係ありません。 ※お話の中に出てくる病気、治療法などは想像のものとしてご覧ください。 ※誤字脱字、表現不足は重々承知しております。日々精進してまいりますので温かく見ていただけると嬉しいです。 ※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・すみません。 それではお楽しみください。すずなり。

美醜逆転異世界で、非モテなのに前向きな騎士様が素敵です

花野はる
恋愛
先祖返りで醜い容貌に生まれてしまったセドリック・ローランド、18歳は非モテの騎士副団長。 けれども曽祖父が同じ醜さでありながら、愛する人と幸せな一生を送ったと祖父から聞いて育ったセドリックは、顔を隠すことなく前向きに希望を持って生きている。けれどやはりこの世界の女性からは忌み嫌われ、中身を見ようとしてくれる人はいない。 そんな中、セドリックの元に異世界の稀人がやって来た!外見はこんなでも、中身で勝負し、専属護衛になりたいと頑張るセドリックだが……。 醜いイケメン騎士とぽっちゃり喪女のラブストーリーです。 多分短い話になると思われます。 サクサク読めるように、一話ずつを短めにしてみました。

責任を取らなくていいので溺愛しないでください

澤谷弥(さわたに わたる)
恋愛
漆黒騎士団の女騎士であるシャンテルは任務の途中で一人の男にまんまと美味しくいただかれてしまった。どうやらその男は以前から彼女を狙っていたらしい。 だが任務のため、そんなことにはお構いなしのシャンテル。むしろ邪魔。その男から逃げながら任務をこなす日々。だが、その男の正体に気づいたとき――。 ※2023.6.14:アルファポリスノーチェブックスより書籍化されました。 ※ノーチェ作品の何かをレンタルしますと特別番外編(鍵付き)がお読みいただけます。

処理中です...