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6 なんとか鬼と神

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 (sideシアとフェイロン)
 
 
「よぉシア、悪いが誰かつけてくれ。」
 
 その夜、シアが館長を務める妓館を訪れたのは、この国の防衛の最前線で活躍し、次期将軍だとも言われている男、フェイロンだ。
 彼はシアの古い友人でもあり、気の知れた相手であった。
 
 フェイロンは仕事で血を見るとその身体が滾り、気持ちが昂り女を抱きたくなるため、その度に妓館ここへやってくる。
 
「フェイロン……また誰か斬ったのか?」
 
「ノーコメントだ。機密情報だからな。」
 
「っは、言ってら。」
 
 フェイロンは、シアと同じ部類の男だ。
 

 “羅刹鬼らせつき”と呼ばれる、美しい男性の姿で人々を惑わし、女や子供を食ったとされる鬼。
 
 その鬼については、これまでに沢山の書物や肖像画、彫刻によってその姿が残されており、この国では幼い頃からその鬼が恐怖の象徴として植え付けられて成長する。
 
 そして、その鬼の容姿こそ、シアやフェイロンのように背が高く、目鼻立ちがハッキリとした、色白の男性の姿をしているのである。
 
 さらには、鬼を書き記した数多くの書物に、鬼のその身体には、一切無駄な脂肪がなく、いくつもに割れた筋肉がついているとされていたことから、人々は筋肉を悪とし、自らの身体に脂肪を蓄え始めたのだ。
 
 そのうちに、身体にたっぷりと脂肪を蓄えた男性が、豊穣の神とされる“出芽照神デメテルシン”の想像画によく似ているとされ、縁起がいいからと、いつからかその容姿が男性女性ともに好まれるようになったのである。
  
 シアもフェイロンも、生まれ持ったその顔立ちはどうすることもできず、さらには太ろうと思っても逆に筋肉がついてしまう自身の身体に、もはや太る事は諦めていた。
 
 女と子供からは、目が合うだけで怯え、逃げられ、会話はままならない上に、男性からは同情の目を向けられ、陰では“ゲテモノ”と呼ばれていることすらも、30年もの間、耐えてきたのだ。
 
 彼らは、何も悪くない。ただ、不運だっただけ……。
 
 幸い、シアもフェイロンも、諦めを通り越し、無の境地を手に入れているため、周囲の心無い態度は気にせずにはいるが、ただ、一つ……。
 
 彼等は自分に似た子が生まれる事を恐れて、結婚を諦めている。
 
 
「そうだ、変わった女が入ったんだ。」
 
「お前がそんな事言うなんて、相当変わってんだろうな。どう変わってんだよ。」
 
「自分から働きたいとここへやってきて、断ろうとしたら、俺のモノを咥えた。挙句、自分は俺達みたいな“ゲテモノ専門”になる、と言っている。」
 
「ッブハ! 嘘だろ?! あり得ない、お前の冗談分かりづらいんだよ。」
 
 フェイロンは、いつも真面目なシアがこういった冗談を言うとは思っていなかった。
 
「……。」
 
「……本当なのか?」
 
 コクリ。
 
 シアは無言で頷く。
 
「……その女はもう男取ってんのか? なら、今日は俺につけてくれよ。」
 
「いや、昨日来たばかりだ、もう少し慣れさせてからと思っている。」
 
「っなんだよ、まぁ、結局どいつも一緒だしいいか。じゃ、部屋にいるわ。またな。」
 
 シアはその日、レイランにフェイロンを担当させるつもりは本当になかった。
 しかし、どの遊女もフェイロンを恐れ、体調を崩したり他の顧客を呼び寄せたりと、あからさまに避けてしまったのだ。
 
(……仕方ない、困った時の胡蝶か)
 
 胡蝶はプロ意識が高く、ゲテモノであっても無難にこなしてくれる遊女だ。それがこの妓館のトップたる理由の一つでもある。
 
 しかし、シアが胡蝶に頼みに行くと、月のものが来てしまったというではないか。フェイロンは体力のある男だ。本番無しでは満足できないだろう。シアは頭を悩ませた。
 
 すると、胡蝶は言った。
 
「フェイロン様なら、レイランの初めてのお相手に相応しいんではないかしら? 無理な要求はなさらないし、紳士的で立派な方ですもの。」
 
 シア達のようなゲテモノは、そうでもしなければ、相手をする女の怯える表情や、身体の強張りなどから、本当に自分が鬼にであり、女を襲っているような気分になるので、なるべく優しく丁寧に、と心掛けている。
 それでも駄目なら相手の女に目隠しをしながら行為を行うこともあるが、そこまでして抱くことはあまりない。
 
 胡蝶の言うとおり、フェイロンならば、もしレイランが何か粗相をしたところでどうにかなるかもしれない、と考え、気は乗らなかったが、シアはレイランにフェイロンの相手をさせることにしたのだった。
 
 
 
 
 そしてその夜、いつもある程度の時間で部屋から出て来て帰るフェイロンが、いつまでたっても出てこないことに違和感を覚えたシアは、レイラン付きの禿に尋ねてみた。
 
「レイランは? 旦那様はまだお帰りにならいのか?」
 
「館長様っ! はい、レイラン様はまだ旦那様と奥のお部屋で共になさっています。」
 
 奥の部屋で、ということはつまりこんな時間になっても身体を交えているという事だ。
 
「そうか、何かあれば知らせてくれ。」
 
「はい!」
 
 
 結局その夜、レイラン付きの禿が遅くにシアの元を訪れ、“旦那様はこのままお泊りになられるとのことです。”と言った。
 
 フェイロンがこの妓館に泊まるなど、初めての事だった。
 
「そうか、朝、旦那様がおかえりになる前に私の所に案内してくれるか。」
 
 シアはレイラン付きの禿のそう伝え、一つため息をついた。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 翌日、昼も近い時間に、フェイロンがシアの元を訪れた。
 
「シア、レイランの事だろ、お前のを咥えた女って。」
 
 シアは、フェイロンがたった一晩過ごしただけの遊女の名を、聞いて覚えていたことに驚いた。シアの記憶では、フェイロンが名前を聞いた遊女は、胡蝶だけだ。
 基本的にフェイロンは遊女の名前など確認しないし、顔すら覚えない時もあるほどに興味がない。
 
「……そうだ。ご満足頂けたようだな、お前のそんなスッキリした顔初めて見るぞ。」
 
「おお、おかげ様でな。館長、これからは俺にはレイランを付けてくれ。それと、あいつはあの貧相なままがいいな、軽いからくるくるといろんな体位が試せて、ついつい朝になっちまった。」
 
 女を抱いた後はいつも逆に疲れているような表情ばかりだったフェイロンの、初めて見る爽やかなその笑顔に、一体レイランは彼に何をしたのだろうか、とシアは興味がわいた。
 
「貧相なままだと遊女としての価値がない。」
 
「まぁまぁ、俺が稼がせてやるからっ、安心しろよ館長様!」
 
 
 
 それからフェイロンは、その言葉の通り、間を置かずに頻繁にレイランに会いに来るようになり、それも、毎回宿泊なのでとんでもない額を妓館にもたらすのだった。
 
 
 
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