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建国 編Ⅱ【L.A 2071】
いきたままの へいき
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アオイに声を掛けようとジェイソンとドレアスで探していたはずだった。しかし、結局見つからずじまいだったのでそのまま始まることになったが、見付からなかったのだから仕方がない。
文句を言われても困る。
「そ、そいつは」
ファミは犬歯をむき出しにして顔を引きつらせている。アオイの横、床に引きずりながら持ってきたものは、どう見たってヒトであり……その姿、身に付けている鎧からどこに所属するものかなどトーマたちには一目で理解できた。
「ジェロシア配下の精鋭部隊……なのだよ」
偵察、と言っていたがまさかジェロシアの本陣へ直接行ったんじゃないか、と悪い想像が一瞬で膨らみ冷たい汗が噴き出しかける。
「ヒ、ヒィィ!!」
「すっごい怯えてるけど、アオイなにかした?」
ちょこんとしゃがみ首根っこをアオイに掴まれたまま暴れる兵士をジェイソンは観察する。それは捕らえられた捕虜というには違和感のある怯え方だった。
「してないよぉ、見つけた時からこんなだった」
「どこへ偵察に行ってたんだ?」
そんな聞かなくても分かるようなことわざわざ聞くユリウスに対してトーマはため息をこぼす。
「シンドラとスヴァラルの国境~~。そこから連れてきたの」
ほらやっぱり、と言いかけたが思っていた場所ではなかった。てっきりミドラスだとばかり信じ込んでしまっていたものだから、体の強張りがほんの少し緩む。
30年以上も前になるだろうが、たしかにこの鎧はジェロシアの部隊の兵士である証だ。それがなぜシンドラとスヴァラルの国境になど……。
「こ、こ、ここにい、いたって、私は、わたしはっ……あああぁぁぁ!!」
「取り乱し方が尋常じゃないですね……」
年数が経ってアオイの噂が誇張された、とは考えにくい。これはアオイへの恐怖からくるものではない。その視線はアオイはおろか、自分たちすら目に入っていない状態だった。
「……まさか」
サイロンが暴れる兵士を押さえるようにジェイソンとドレアスに指示を出し、鎧を剥ぎ取っていく。
「やめろぉ!! やめてくれぇ!! さわるなあぁああ!!」
「うるさい」
鈍器で殴ったような音の直後に兵士は意識を手放した。信じられないようなものを見る目線が集中しても殴りつけた本人のアオイはケロリとして、兵士の首根っこを捕まえていた手を離した。
一応ちゃんと生きているか、ドレアスが首元の脈を確かめほっとする様子を見た周囲も同じように胸を撫で下ろす。
「体に、魔術陣を描かれている……黒魔術の」
「……ヒトの体を丸ごと使った、爆撃兵器です。まさか、精鋭部隊の兵士を使うなんて」
兵士の胸には刃物で皮膚を抉って刻み込んだ魔術陣が描かれていた。血は黒く変色し、傷口は腫れている。
ファミの言葉を一瞬で理解することができずに、その場にいたものたちは言葉も動きも止まっていた。どうなるかを想像してしまったのだろう、一人の民が我慢しきれず嗚咽を洩らしながら涙目で部屋を出ていく。
「ひどい……あれっ」
「お、おいおいおい! 光ってんぞ! やべぇんじゃねぇか!?」
視線を逸らしたくなるような痛々しい傷跡が、黒いもやを纏い赤黒い光を発する。意識がないはずの兵士の体は大きく痙攣し始め、魔術陣を刻んだ皮膚が盛り上がっていく。
「対黒魔術消し消し軟膏~~」
ユリウスがトーマの剣を引き抜いたと同時のことだった。赤黒い光はふっと消え、兵士の体もぴたりと動きを止めている。
どこから出したのか、小瓶に入れられた緑色……のような青色のような、よく分からない液体をアオイが兵士の胸に描かれた魔術陣に塗り込んでいる。
絶対に爆発すると思っていた面々は、へたりとその場に座り込んでしまった。
「……は?」
「ただの即効性の傷薬なんだけどね」
爆発の威力や恐ろしさを知っているファミは全く分からなかった。ユリウスのとった行動が、一番有効であると思ったから自身も己の腰に下げた剣を引き抜いたのに。
爆発する前に、魔術陣ごと爆弾にされたヒトの体を真っ二つにする。それしか爆発を止める手段はないと、判断した。
「なんでもありかよ……」
「どーなってんだぁ、一体」
即効性の傷薬とやらをアオイは魔術陣全体に塗り込みのばしていく。多少の傷は残ったが、血も出ていなければ腫れもない。また不可思議な新しいものを増やしてくれたものだ、とトーマは痛む頭をおさえていた。
「それにしてもよく分かったな、サイロン」
「……ミドラス軍に襲撃された村が大きな爆発を伴っているという情報と、ジェロシアの配下が脱走兵として捕縛される事例が相次いでいるという情報があったのだよ。まさかと思ったらやはり、案の定……というわけだね」
サイロンはその巨体からは想像できないが隠密行動に長けていた。度々、アオイに移動魔術を使ってもらってミドラスへの調査に赴いていたことをトーマたちは知っている。
「魔術陣は直接何かに描く、頭の中で描いた魔術陣を具現化させる。後者は、術者がその場にいなければ発動しません。遠隔で、しかも時間制限がある魔術陣なんて……」
魔術とはその場に術者がいるからこそ発動を可能にするのが絶対条件だと思っていた。しかしベネットやアオイの遠視魔術といった離れている動物の目線を映し出すものを考えれば、もはや魔術の絶対的な条件というものは誤りだったと言わざるを得ない。
「では、ジェロシアの黒魔術を回避するなら魔術陣の一部を消せば対抗できるのでは!?」
「今のは魔術陣が描かれている場所が分かって、その即効性の傷薬で皮膚に直接描いた魔術陣が消えたから効力がなくなっただけです」
魔術師の多くは頭で術式を考え具現化する、言葉で紡ぐものがほとんどだ。この土地を守るアオイの結界も、この魔術陣と同じようなもので大地に描いているからこそ発動し続けている。一部を消されても稼働するように何重にも魔術陣を描いているとかよく分からない手法をとっているらしいから、そう簡単に結界が破壊されることはないという。
だが具現化したものや言葉で発動する魔術は止めようがない。術者を攻撃するほかないのである。
「ジェロシアを攻撃したり殺したりしたら発動する黒魔術の可能性も、視野にいれねぇとな……」
だったらどうすればいいのだ、とファミの目線に気付きながらもドレアスは答えを持ち合わせていない。むしろ自分が聞きたいくらいなのだ。
「その、ジェロなんとかって……なんなんですかい?」
「前にここを襲ってアオイにこてんぱんにされちゃったの」
随分可愛らしく聞こえるし、かなり端折って説明している。トーマは横から『そのときのベネット様のお力がどれだけ偉大だったかの説明もあるでしょう』と突っ込みを入れようと1歩進むと、半開きの扉がノックされた。
「会議中すまない。アオイ、は……何してるんだ」
赤ん坊を抱いたアラシが隙間から顔……もとい仮面を覗かせる。
「新作軟膏の試し塗り~~。どしたの?」
「赤ん坊にちょっと発疹が出てて……少し熱もある、診てもらえるか」
アオイがファミの服の裾で軟膏がついた自分の指を拭っている瞬間を、ドレアスは見逃さなかった。
「大変だぁ、なんかのアレルギーかな~? ミルク合わなかったとか……それじゃちょっと抜けるね! 兵隊さんが起きたら事の仔細を聞くんだよ」
「はぁーい」
返事をしたのはジェイソンだけ。
頭が追い付かないことが次々に起こり、考えなければならないことも山積みだった。口から出るのは、対策案ではなくため息ばかり。
「なんつーか……様になってんだよなぁ」
「ご夫婦ですか?」
正直なところ、この少ない住民の中で恋仲とか夫婦とかそういった間柄のものたちの話はない。あの二人を除いての話ではあるが。
「アオイはアラシのこと伴侶じゃないって言ってたぞ!」
ユリウスの言葉をファミは鵜呑みにするが、鼻の利く赤い狼やドレアスは信じることができない。ユリウスにもアオイの言葉はあまり信じないように言わなければ、とドレアスは決めたのだった。
「オレたちゃ筆頭が男か女かも知らねぇんだよなぁ」
「30年ちょいも一緒にいるのにか!?」
隣で思わず突っ込んでしまったドレアスだが、自分たちは7年ほど共にいるはずなのだ。そのことは棚上げである。
「…………おい」
「すいやっっ、せんっっ!!」
腹の奥にずんと重く響く声に肌が粟立つ。フリードリヒが何に怒っているのかも、赤い狼たちが何に対して謝っているのかも分からないまま。
文句を言われても困る。
「そ、そいつは」
ファミは犬歯をむき出しにして顔を引きつらせている。アオイの横、床に引きずりながら持ってきたものは、どう見たってヒトであり……その姿、身に付けている鎧からどこに所属するものかなどトーマたちには一目で理解できた。
「ジェロシア配下の精鋭部隊……なのだよ」
偵察、と言っていたがまさかジェロシアの本陣へ直接行ったんじゃないか、と悪い想像が一瞬で膨らみ冷たい汗が噴き出しかける。
「ヒ、ヒィィ!!」
「すっごい怯えてるけど、アオイなにかした?」
ちょこんとしゃがみ首根っこをアオイに掴まれたまま暴れる兵士をジェイソンは観察する。それは捕らえられた捕虜というには違和感のある怯え方だった。
「してないよぉ、見つけた時からこんなだった」
「どこへ偵察に行ってたんだ?」
そんな聞かなくても分かるようなことわざわざ聞くユリウスに対してトーマはため息をこぼす。
「シンドラとスヴァラルの国境~~。そこから連れてきたの」
ほらやっぱり、と言いかけたが思っていた場所ではなかった。てっきりミドラスだとばかり信じ込んでしまっていたものだから、体の強張りがほんの少し緩む。
30年以上も前になるだろうが、たしかにこの鎧はジェロシアの部隊の兵士である証だ。それがなぜシンドラとスヴァラルの国境になど……。
「こ、こ、ここにい、いたって、私は、わたしはっ……あああぁぁぁ!!」
「取り乱し方が尋常じゃないですね……」
年数が経ってアオイの噂が誇張された、とは考えにくい。これはアオイへの恐怖からくるものではない。その視線はアオイはおろか、自分たちすら目に入っていない状態だった。
「……まさか」
サイロンが暴れる兵士を押さえるようにジェイソンとドレアスに指示を出し、鎧を剥ぎ取っていく。
「やめろぉ!! やめてくれぇ!! さわるなあぁああ!!」
「うるさい」
鈍器で殴ったような音の直後に兵士は意識を手放した。信じられないようなものを見る目線が集中しても殴りつけた本人のアオイはケロリとして、兵士の首根っこを捕まえていた手を離した。
一応ちゃんと生きているか、ドレアスが首元の脈を確かめほっとする様子を見た周囲も同じように胸を撫で下ろす。
「体に、魔術陣を描かれている……黒魔術の」
「……ヒトの体を丸ごと使った、爆撃兵器です。まさか、精鋭部隊の兵士を使うなんて」
兵士の胸には刃物で皮膚を抉って刻み込んだ魔術陣が描かれていた。血は黒く変色し、傷口は腫れている。
ファミの言葉を一瞬で理解することができずに、その場にいたものたちは言葉も動きも止まっていた。どうなるかを想像してしまったのだろう、一人の民が我慢しきれず嗚咽を洩らしながら涙目で部屋を出ていく。
「ひどい……あれっ」
「お、おいおいおい! 光ってんぞ! やべぇんじゃねぇか!?」
視線を逸らしたくなるような痛々しい傷跡が、黒いもやを纏い赤黒い光を発する。意識がないはずの兵士の体は大きく痙攣し始め、魔術陣を刻んだ皮膚が盛り上がっていく。
「対黒魔術消し消し軟膏~~」
ユリウスがトーマの剣を引き抜いたと同時のことだった。赤黒い光はふっと消え、兵士の体もぴたりと動きを止めている。
どこから出したのか、小瓶に入れられた緑色……のような青色のような、よく分からない液体をアオイが兵士の胸に描かれた魔術陣に塗り込んでいる。
絶対に爆発すると思っていた面々は、へたりとその場に座り込んでしまった。
「……は?」
「ただの即効性の傷薬なんだけどね」
爆発の威力や恐ろしさを知っているファミは全く分からなかった。ユリウスのとった行動が、一番有効であると思ったから自身も己の腰に下げた剣を引き抜いたのに。
爆発する前に、魔術陣ごと爆弾にされたヒトの体を真っ二つにする。それしか爆発を止める手段はないと、判断した。
「なんでもありかよ……」
「どーなってんだぁ、一体」
即効性の傷薬とやらをアオイは魔術陣全体に塗り込みのばしていく。多少の傷は残ったが、血も出ていなければ腫れもない。また不可思議な新しいものを増やしてくれたものだ、とトーマは痛む頭をおさえていた。
「それにしてもよく分かったな、サイロン」
「……ミドラス軍に襲撃された村が大きな爆発を伴っているという情報と、ジェロシアの配下が脱走兵として捕縛される事例が相次いでいるという情報があったのだよ。まさかと思ったらやはり、案の定……というわけだね」
サイロンはその巨体からは想像できないが隠密行動に長けていた。度々、アオイに移動魔術を使ってもらってミドラスへの調査に赴いていたことをトーマたちは知っている。
「魔術陣は直接何かに描く、頭の中で描いた魔術陣を具現化させる。後者は、術者がその場にいなければ発動しません。遠隔で、しかも時間制限がある魔術陣なんて……」
魔術とはその場に術者がいるからこそ発動を可能にするのが絶対条件だと思っていた。しかしベネットやアオイの遠視魔術といった離れている動物の目線を映し出すものを考えれば、もはや魔術の絶対的な条件というものは誤りだったと言わざるを得ない。
「では、ジェロシアの黒魔術を回避するなら魔術陣の一部を消せば対抗できるのでは!?」
「今のは魔術陣が描かれている場所が分かって、その即効性の傷薬で皮膚に直接描いた魔術陣が消えたから効力がなくなっただけです」
魔術師の多くは頭で術式を考え具現化する、言葉で紡ぐものがほとんどだ。この土地を守るアオイの結界も、この魔術陣と同じようなもので大地に描いているからこそ発動し続けている。一部を消されても稼働するように何重にも魔術陣を描いているとかよく分からない手法をとっているらしいから、そう簡単に結界が破壊されることはないという。
だが具現化したものや言葉で発動する魔術は止めようがない。術者を攻撃するほかないのである。
「ジェロシアを攻撃したり殺したりしたら発動する黒魔術の可能性も、視野にいれねぇとな……」
だったらどうすればいいのだ、とファミの目線に気付きながらもドレアスは答えを持ち合わせていない。むしろ自分が聞きたいくらいなのだ。
「その、ジェロなんとかって……なんなんですかい?」
「前にここを襲ってアオイにこてんぱんにされちゃったの」
随分可愛らしく聞こえるし、かなり端折って説明している。トーマは横から『そのときのベネット様のお力がどれだけ偉大だったかの説明もあるでしょう』と突っ込みを入れようと1歩進むと、半開きの扉がノックされた。
「会議中すまない。アオイ、は……何してるんだ」
赤ん坊を抱いたアラシが隙間から顔……もとい仮面を覗かせる。
「新作軟膏の試し塗り~~。どしたの?」
「赤ん坊にちょっと発疹が出てて……少し熱もある、診てもらえるか」
アオイがファミの服の裾で軟膏がついた自分の指を拭っている瞬間を、ドレアスは見逃さなかった。
「大変だぁ、なんかのアレルギーかな~? ミルク合わなかったとか……それじゃちょっと抜けるね! 兵隊さんが起きたら事の仔細を聞くんだよ」
「はぁーい」
返事をしたのはジェイソンだけ。
頭が追い付かないことが次々に起こり、考えなければならないことも山積みだった。口から出るのは、対策案ではなくため息ばかり。
「なんつーか……様になってんだよなぁ」
「ご夫婦ですか?」
正直なところ、この少ない住民の中で恋仲とか夫婦とかそういった間柄のものたちの話はない。あの二人を除いての話ではあるが。
「アオイはアラシのこと伴侶じゃないって言ってたぞ!」
ユリウスの言葉をファミは鵜呑みにするが、鼻の利く赤い狼やドレアスは信じることができない。ユリウスにもアオイの言葉はあまり信じないように言わなければ、とドレアスは決めたのだった。
「オレたちゃ筆頭が男か女かも知らねぇんだよなぁ」
「30年ちょいも一緒にいるのにか!?」
隣で思わず突っ込んでしまったドレアスだが、自分たちは7年ほど共にいるはずなのだ。そのことは棚上げである。
「…………おい」
「すいやっっ、せんっっ!!」
腹の奥にずんと重く響く声に肌が粟立つ。フリードリヒが何に怒っているのかも、赤い狼たちが何に対して謝っているのかも分からないまま。
応援ありがとうございます!
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