もう転生しませんから!

さかなの

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魔王と勇者 編【L.A 2034】

いざ、ぼうけんへ

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 たくさん勉強しなくちゃ。

 たくさん手伝わなきゃ。

 たくさん、たくさん。

 でも、誰かが私の頭を撫でてこう言うの。

 『頑張りすぎは、よくないぞ』

 だって、仕方ないもの。私には頑張ることしかできないもの。

 でも、そう言ったのは……誰だっけ?

**************

「ベネット……」

 透き通る、綺麗な涙。
 陽の光に反射する水の膜の内側にある空色は煌めいている。

「寝不足と、頭のパンクと、慣れない高位魔術の行使による……疲れですね」

 そうだ、私は……ジェイソンさんの鎖を外そうとして、いや、外れたんだった。そのあと、安心したらふっと意識が途切れてしまって。

「えへへ……ごめんなさい。でも、これで怪我をしないで外せますね」
「肝が冷えたぜ……」

 ドレアスは後ろ髪をガリガリと掻きながら大きく息を吐いた。

「うぐっ……ぐしゅっ……」
「君の泣き方汚いですね」
「ばびゅしゅっ」
「ウギャーーッ!!僕の服で鼻をかまないでください!」

 ちーん、と綺麗な音を立ててジェイソンはトーマのかろうじて羽織ることが出来ている服と呼ぶべきかはぎれと呼ぶべきか、それに鼻水をべっとりつけている。

「こいつぁ……布が必要になるな」
「枷が外れたら洞窟に行きましょう。あそこは宝が眠ってますからね。魔物が多いから近寄るものも少ないですし、ザックザックです」

 歯を食いしばったままひし形に唇を尖らせてトーマは眉間にも顎にも皺を寄せて告げた。できるだけ鼻水のついた部位が体に付着しないよう引っ張りながら。起き上がったベネットは三人の顔を順番に見て、俯く。

「……街に、行かなきゃだめですよね」
「採ったからには売らねぇとな」
「……ヒト族は見た目が違うってことを第一に判断してる。だから、ツノが生えてれば魔族だって言って攻撃してくる。ベネットが行けば危ない」

 ベネットがヒトの住む街でどういう扱いを受けたかを彼らには伝えていない。それでも察するのは容易かった。自分たちが、そういう判断をする側だったから。

「……しかし、はっきり言いますと……私たちの感覚で買い物をするのは危険です」
「やべぇな」
「トーマ無駄遣いする」

 じと、と両脇から受けている視線にトーマは気付かないふりを続けた。前世で面識があり、それなりに財産もあったからこそ分かっているのだ。トーマの浪費癖を。

「認めます、万が一魔術具の店があっても私を野放しにしないでください、絶対止めてください」
「前世を聞く限り、生活品を買うのはベネット様に任せた方がよさそうだ」

 トーマの金銭感覚を責めてはいるが、自分たちも似たようなものである。貯蓄だとか、節制にとんと縁のない暮らしをしていたものだから、必要であれば額など見ることもしなかった。短期間の野営はできても、自給自足を続けることは難しい。
 それを考慮した上で、自分は平民だと言い、現在においても自給自足で生きていたベネットに任せる他ないのだ。

「でも、私……っ」
「はい、帽子」
「わぷっ」

 ぼふ、と埃と砂が一気に巻き上がる。一体どこから引っ張ってきたのか、ジェイソンはたっぷりと広いつばの大きな三角帽子の埃をはたく前にベネットに被せる。勿論、全員がむせていた。

「おい貴様ベネット様に何を」

 胸倉を掴まれてもジェイソンは誇らしげにふんぞり返る。勿論、むせながら。

「けほ、これなら……ツノも、すっぽりです。ありがとうございます、ジェイソンさん」
「うん」

 結果的にはずっと眉尻を下げていたベネットがようやく笑って、トーマはぱっとジェイソンから手を離す。
 そしてベネットが回復する頃に、残る二人の枷も外されたのだった。


「あの……洞窟……洞窟って……」
「ベネット様は洞窟を初めて見るのですか?」

 ベネットが想像していた洞窟とは、ちょっとしたほら穴のような、山を越えるために掘ったものだとばかり考えていた。しかし目の前にあったのはほぼ岩、いや、どこを見ても全部が岩だ。岩の中に、岩に塞がれた穴がある。
 そもそもこれをどかしてまでこの奥に行きたがるヒトなどいるのだろうか?きっと、危険だから岩で塞がれているのだろう。

「大丈夫ですよ、少し大きな肉食動物や昆虫がいるだけです」
「たまに……おいしいやついる。殻あるやつは、大体おいしい。大蛇は鶏肉……」
「げぇっ……それ、もしかして俺らも食べるんじゃ……」

 喋っている内容が明らかにおかしい。少し?大きな肉食動物……えっ、肉食?
 ベネットはまさか昆虫まで肉食というわけじゃ……とトーマの顔色を伺うが怖くて聞けない。そもそも自分が付き添ってもかえって邪魔になるのでは?と思うが言い出す機会を逃してしまった。

「むかしよく食べた……」
「あぁ……ドレアス、あなた……彼が鶏肉のソテーと言って食事に出し続けた三日目にようやく大蛇だったことに気付いたあのこと根に持ってるんですか」
「やめろ!思い出させるな!」

 過去の話をする三人のうち一人は肉を思い浮かべているのだろう、にく……と涎をこぼしながら何もない空間を見ている。残りは虚ろな視線のままため息をついていた。

「……ベネット様、笑ってるな?」
「ふふっ、ごめんなさい。楽しい旅をしていたんですね、皆さん」

 ベネットはたまに紡がれる三人の過去の話を聞くのが好きだった。自分からは聞かないけれど、たまにこぼれてくる他愛ない冒険譚が。今までの人生で決してすることのなかった旅の話、仲間の話。それら全てが新鮮なのだ。

「うん、他にも仲間いたよ」
「転生し続けて、あんなに賑やかだったのは前のときくらいだな」
「私は今が一番充実しています。むさくるしいパーティーでしたから……料理ができるのも一人だけでしたし……それなのにゲテモノ料理ばかりで……う゛っ」

 さっきまでの緊張が和らいでいくのが分かる。早くに両親を亡くし、一人で生きていくのが精一杯で、それでも長く生きられなかった今までの人生。育った家から、街から出たことなどなかった。
 初めての、冒険に一歩踏み出すのはやっぱり怖い、しかしそれと同じくらい……いいや、上回るくらいの期待も確かにあるのだ。

「お料理は任せてください!カエルやヘビも大丈夫です!虫は……毒がなければ大丈夫、だと……」
「僕はベネット様のサラダを食べますからね」
「待てよコラ、じゃあ俺は普通に森で動物狩ってくるぞ」
「食べ物とっても……調味料ない。そのまま焼いても別に……いいけど。ベネットの手料理食べたいから……調味料とか、フライパンとか……買うお金必要だよ」

 森で動物を狩るということもできたが、それを選ぶのは難しいのだ。前世の記憶があるとはいえ、今の体は子供である三人が分かれて行動するのは得策ではない。かといってどちらもこなすとなれば時間も必要になる。
 だからこうして、洞窟に行けば金銭に替えられる水晶も採集でき、食糧も同時に調達できる。そして洞窟探索を散歩感覚で今までこなしてきた三人は、洞窟に対して恐怖を抱いたことはない。

「うっ……たしかに森でとれるもんの額はたかが知れてるな……」
「鉱石や水晶は洞窟に入らなければ採れませんからね……洞窟で採集できるものは希少である分高価格で買い取りしてもらえます」
「そ、そうなんですか」

 率先して洞窟を選ぶのはごく少数だ。この中で一般的な反応であるのがベネットなのであって、三人の感覚がずれていることに誰も気づきはしない。
 鉱石や水晶が希少で高額という理由は『採れる量が少ない』からではなく、『採りにいく者がいない』からなのだ。誰も、狭い暗闇で魔物と戦いたいとは思わない。森や広い場所でなら退路を確保することができるが、洞窟はそうもいかないのだ。

「たまに綺麗な石が多いところだとキラキラしてて綺麗だよ。……大丈夫、ベネットのことちゃんと守るから、一緒に行こう」

 屈託のない笑顔を浮かべ、ジェイソンはベネットに手を差し伸べる。その先は踏み入れたことのない闇だというのに。

「僕がっ……言おうと……思っていたのに……っっ」

 ドレアスが生ぬるい視線でトーマの肩をぽむぽむと叩いてやる。これが天然の力か……とトーマは加えてぼやいていた。

「……わ、私、行きます!」

 恐怖もある、不安もある、それ以上の期待もある。指先まで伝わる鼓動の震えは止まらないけれど、足は前に進んでいた。



「たのしかったね!!」

 陽の高さが入る前とあまり変わらないうちに四人は洞窟から汗だくになって出てきた。

「お前だけだ!!見ろ!ベネット様もあんなに息を切らせて……!!」
「ありゃおめーが魔物の巣をつつかなきゃよかっただけだろ!武器もない状態で魔物相手はさすがにキツいぞ!」

 出てくる直前に何があったかと言えば、トーマの「おや、珍しい」という言葉を最後に上から大量のオオムカデが降ってきたということ。そしてトーマの手には木の棒が握られていたのにそれが消えていた。経験上……というか過去にも同じことを繰り返しているのだから何をしでかしたのかは察するに容易い。卵でもつついたのだろう。

「……っ、こっ……」
「ほら!怖かったそうだ!」

 ベネットだけが立てずに座り込んでいた。未だに大きく肩を上下させながら。ドレアスは食糧を置いていけないと駄々をこねたジェイソンと魔物の巣をつついたであろうトーマを叱責する。

「鉱石って……あっ、あんなに……綺麗にっ、光ってるんですね!初めて見ました!」

 しかしながら、ベネットの瞳は洞窟に入る前以上に爛々と輝いていて、エプロンの中へ大事にしまいこんだ鉱石や水晶をぎゅっと抱きしめている。

「……へ」
「ベネット、いっぱいとったね」
「ちっちゃいのばかりですけど……」

 嬉しそうに、採ってきた水晶を陽に当てて満足そうに笑う顔を見ては、ドレアスもそれ以上二人を叱ったままではいられなかった。怒りすらも冷ましてしまうベネットのあどけなさ、純粋さに張り詰めていた肩の力が一気に抜ける。

「ま、初めての洞窟探索にしては上出来だな」
「はぁ……ジェイソンはしっかり大蛇とオオサソリを持ってきてるんですね」
「ごはん」

 十匹以上は確かに仕留めていたはずだったが、両脇に抱えてさらに背負おうとしていたジェイソンを無理やりドレアスが首根っこを掴んで引っ張ってきたのだ。それでも二匹ともしっかり持ち帰るという根性にトーマはもう一度ため息をつく。

「早く売って調味料とか買わないとこいつ腹減って動けないとか言い出すぞ」
「はいっ」

 食糧という体で引きずられて持ち帰られているオオサソリと大蛇を見ながらトーマとドレアスは、帰り道がてら森で食糧の調達もできたのでは……と思ったが両方とも捌く気でいるベネットを見ると言い出せず、あっという間に城へ着いてしまったのだった。

「まずは、ベネット様に幻術を使って鉱石を売って頂きましょう」
「俺たちや帽子被っただけのベネット様の見た目だとなめられちまうしな……」

 そしていよいよ、ベネットの腕の見せ所がやってきたのだ。
 このままヒトの街を避け続けて暮らすには何もかもが足りなすぎる。あるものでまかなおうにも、そもそも必要なものが形を留めないほど朽ちていたり部品が紛失していたり。フライパンらしきものもあるにはあるのだ。だがそれは、取っ手がないもの。
 そしてそれらを新たに購入しようにも金銭がない。物々交換でもいいが交換するにも全てが朽ちかけた年代物。それならば、一気に金銭に変えた方が手っ取り早い。この四人で今もっとも必要なのは、金である。

「どんな姿になれば……」
「うんと怖い大男」
「こ、こんな感じですか!」

 やはり何もない空間に指をなぞらせ、その跡が光の筋を辿り浮かび上がる。空間がぐにゃりと曲がったかと思えば、ベネットの姿は自分たちが初めて出会ったときの大男に近い姿へと変わった。

「……一番最初に見た姿からヒトの形を抜き出した感じですね。いかにも冒険者、って感じを出すのに全身鎧でもいいかもしれません」

 トーマの助言を受けて鎧を加えると納得したようにドレアスも頷いてくれる。

「台詞もちゃんと言わなきゃな」
「はいっ!」

 しかし、大男から出ている声がベネットという差異に苦笑いをしてしまうのだった。
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