転生少女とヤクザ者

門久一

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出会い

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午前三時

まばゆいネオンがまだ煌びやかに輝く都会から、おおよそ小一時間ほどの山道を登り詰めると、その廃墟が見えてくる。

身の丈を軽く超えるほどもある草木に覆われたその建物は、かつてフレンチレストランを併設した高級ホテルの面影など微塵もなく、ただひっそりと漆黒の闇の中に佇んでいる。

そのエントランスと思しき広場に連なる車一台分ほどの一本道を、1人の男が今にも倒れそうなほどの前屈姿勢で登ってくる。

「…なんで…ハァ、ハァ…なんで俺が…」

肩で大きく息を切らし、膝に両手をつきながら、この真夜中の闇の中を歩いてくるのは、山本虎徹という名の男である。

プロレス好きの父親が往年のレスラーにちなんで名付けたものだが、名前に違わず大柄な暴れ者に成長してしまい、いわゆる反社に所属するヤクザ者である。

「ハァ…ハァ…こんな夜中に、山登りなんてせにぁならんの」

あたりを照らすのはそこいらで適当に手に入れた安物の懐中電灯だけなので、余計に足元が覚束無い。

「ええい、クソ!ホンマにこの道でおうとるんかいのう…」

と、虎徹のズボンから携帯のけたたましいベルが鳴り響く。

「ハイ、虎徹です」

「オウ、コテツか!わりゃあ今どこにおるんじゃ」

電話の主は兄貴分の中川からであった。

「アニキ…ドコちゅうて…言われとる廃墟を探しよるトコですけど」

「まだ着いとらんのか!お前、今何時や思とるんじゃ。夜が明けてまうぞ」

虎徹は舌打ちして、やにわに声も大きくなる。

「草がボーボーで真っ暗闇で、オマケにこんな手書きの地図なんかもあてになりゃせんのですよ!」

「ナビを使わんかい、ナビを!」

「ワシのはガラケーですけぇ、そがな洒落たモンはついとりゃせんのですわ!」

一瞬の間が開き、中川の声のトーンが変わる。

「…おい、虎徹よ。お前この仕事、もしヘタ打ったらどうなるか分かっとるのォ」

「…わ、分かっとりますよ。そんなモン」

「ほんだらサッサと廃墟行って、停めてある車ん中の武器見つけて持ってこんかいや!ガキでも出来るおつかいやろが!」

「分かりましたけえ!ぎゃーぎゃー言わんと待っとってつかぁさいや!」

虎徹はまだ何かまくし立てる中川を無視して、携帯の切りボタンを力一杯押し込んだ。

「何も知らんと…お前が行けや…」

ブツクサ言いながら、携帯をポケットにねじ込むと懐中電灯を照らしながら山道を登って行った。

――――――――――

「あっ!あのガキ切りやがった!」

事務所では応接セットにふんぞり返った中川が一方的に切られたスマホの画面を睨みつけている。

「来週から戦争が始まるちゅーのによ。ホンマあの糞ガキが」

中川は側にいる若い組員を「おい!」と呼びつける。

「ノミとハンマーの用意しとけや」

「ハイっ!」

組員はイソイソと事務所の奥へと向かう。

「風呂沸いとんのか!」

「へぇ、用意しとります」

組員が向こうから返事するのを聞き、立ち上がると

「…あのガキ、ヘタうちやがってみい、しっかりケジメ付けさしたるからな」

ネクタイを緩めながら部屋を出ていった。

――――――――――

静まり返った闇夜の山道に、虎徹の「ハァハァ」という荒い息吹と草木を分ける音だけが鳴り響いている。

「…ったく、どこにあるんじゃ~廃墟ォ~」

さらに山道を分け行っていくと「ん?」と何かに気付く虎徹。

暗闇の向こうに目を逸らすと、ぼんやりと巨大な黒い影が見えてくる。

「…あれかいや」

無数のツタが絡み合って佇むその建物は、切れかかる雲の合間から時折顔を出す月の明かりに照らされて、いっそう不気味な雰囲気を醸している。

「オバケでも出そうじゃのう…」

エントランスの中ほどまで入り込んできた虎徹は、自分の発した言葉に怖くなり、もう一度「オバケ!?」と呟くと、辺りをキョロキョロと見回しながら足早に奥へと進んで行った。

「アァ~嫌じゃ嫌じゃ…コワイコワイ…クルマクルマ…黒のクラウン…と」

かつての駐車場であったような所を恐る恐る進んで行くと、奥まったところにぽつんと1台だけ黒い車が停まっている。

廃墟に置かれている割には、ピカピカに磨き上げられてはいないものの、最近停められたようで、そのギャップがまた異様さを感じさせる。

「アレ…か?」

虎徹は黒い車を見つけると、傍に行き地図の裏面に書かれた文字を懐中電灯で照らす。

「ええと…世田谷310の…」

メモと車のリアナンバーを交互に照らし、突合する。

「…13と…おぉ、おうとるおうとる」

虎徹はスラックスのポケットをまさぐり、車のキーを取り出すと、運転席の鍵穴に差し込みまるで試乗車に乗るようにそうっとドアを開け乗り込んだ。

車内は整然と片付けられており、運転席、助手席、後部座席の下を覗き込んでみても紙屑ひとつ落ちていない。

「トランク…だわな。そりゃ」

空のダッシュボードを閉めながらそう呟くと、トランクのレバーを引く。

武器の売買でシノギを拡げ、それなりの勢力を固めてきた久留間組にあって、元々自衛隊あがりの虎徹にとっては、まさに願ってもない職場だった。

子供の頃から空気銃やエアライフルなどを万引きするなどして自宅の裏に隠し集めて、家族が寝静まったあとに布団から抜け出して、並べて悦に入る程の武器マニアであった。

なので山登りのおつかいには辟易するものの、いざ武器を拝めるとなると、途端に心が踊るのだ。

「さぁて、どんな武器が入っとるんかのう」

先程まで悪態をついていた男とは思えないほど、子供のような笑顔でワクワクを抑えようともせず両手を擦り合わせながら車体の後ろへ回り込む。

僅かに開いたトランクに手をかけて、勢いよく持ち上げた瞬間、虎徹の目に飛び込んできたのは、横たわった女性の姿だった。

「ウワァァァ!!」

虎徹はあまりの衝撃に、弾き飛ばされるように後ろに仰け反ると、そのままの勢いでその場に尻もちをついた。

「し、死体!?」


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