あたしがいるのは深い森~鎖国日本の学生エージェント

江戸川ばた散歩

文字の大きさ
24 / 36

23.広場に流れる有線広報の音。

しおりを挟む
 翌朝、夜明けとともに目を覚ましたら、既に野郎どもは起きていた。

「おはよっす」

 一ヶ所に置かれていた自転車の調整をしていた高橋が、あたしに声をかける。

「おはよー。元気だねえ、あんたは」
「こういうことは俺好きだもん。それにこれから上りだろ? 少しでも自転車の負担軽くしないとね」
「手伝おうか?」
「や、いいよ。自分のだけちゃんとやってくれれば。森岡は慣れてる?」
「あたしはね。結構あちこちあれで回ってきたから」
「そうだよなあ。結構使い込まれてたしな。それで結構、管区内くらいだったら、自転車で済んでしまうし。自動車が復活する時代はやっぱりそう簡単にはこねーよなあ……」
「来て欲しいの?」
「そりゃあね。来てほしくないって言ったら、嘘だぜ。俺が憧れてるのは、鎖国前の時代だもん」
「鎖国前の」

 自分の声が、やや硬くなるのを、あたしは感じた。

「どういうとこ?」
「ん? だってさ、日本って、その頃、車の輸出大国だったんだろ? うちの地区とか、静岡地区の西部とかもそういうことでは有名でさ。何か、一家に一台なんてまるで普通だったって言うじゃん」
「そういう時代も、あったんだね」
「俺としちゃ、うらやましい限りだよなあ。昨日通ってきた道も、元々は車のものだった訳じゃん。するするとあの道この道を通ってさ、こんなに移動に時間かからなくてさ。すげえうらやましいよ。俺としては。でもそういうことを大声では言えないんだよな」

 そうだね、とあたしはうなづいた。

「別にさ、俺は運転したい訳じゃないんだ。それでもさ」
「違うの?」
「俺は作るほうでいいの。だから誰が乗ろうと、別に俺はどっちでもいい。ただ、乗った奴が気持ちよく乗っているとこを目撃できたら嬉しいってとこだよなー」
「へえ」

 感心してみせると、嫌みかよ、と言われた。

「そう言えば、松崎くんは?」
「ああ、あいつだったら、まだ寝てるんじゃねーの?」
「彼が?」
「何か昨夜、ずいぶん遅くまで眠れなかったようだし。何があったんだか知らないけれど」
「ふうん……」
「でもま、奴も立ち直りは早いはずだから。予定は変えなくてもいいよな」
「いいんじゃねーの?」

 遠山が起き抜けのぼさぼさ頭のまま、やってくる。お前に言ってねーぞ、と高橋がどなるが、知ったことじゃないらしい。

「うっす」
 にやりと笑って遠山はあたしに手を挙げた。そう来るか。



 びく、とその時高橋は飛び上がった。

「ななななんだよ」

 思わず振り返る。目線の上にある拡声器を見て、ふう、と肩を下ろした。

「何でえ、驚かすなよ」
「あ、あれは効いてるんですよね」

 若葉はざらざらとした、広場に流れる有線広報を耳にしながら、つぶやいた。

「こないだあたしが来た時もそうだった。あれは生きてるのね」
「ええ。でもだいたい人がやるんですが」
「本当に、一人残らずいなくなったのかよ?」
「私が探した範囲では、そうでした」

 結局、あたし達が東永村にたどりついたのは四日目の午前中だった。
 前日の夕暮れに、結構近くまで来たので、そのまま突き進もう、という意見もあった。
 しかし夜、そこで何か妙なものが出てきたら対応しようがない、という松崎の意見に、皆とりあえず賛成した。
 夜明けになり、少し腹に物を入れて、村にたどりついた。
 その時の松崎の顔は、何とも言えないものだった。
 辺りを見渡し、静かすぎる、と彼は言った。こんな静かなはずはない、と。
 おそらくすぐにでも自転車で駆け出したい衝動があったのだろう。しかし彼はそれを精一杯押しとどめているようだった。

「とりあえず、若葉の家から行ってみよう」

 自分の家ではなく。ふうん、とあたしは彼に対し、その時感心した。好きというのも本気ではあるのだな。

「ここよ」

 若葉が案内したのは、村に点在している家の中でも大きなものだった。
 近隣で採れる良い木材をふんだんに使っているのだろう、柱や梁の一本一本が実に太い。
 戸を開ける。するとがらがらという音が玄関の土間に大きく響いた。
 村長の家であっても、農作業はやはり欠かせないものであるらしい。広い土間には、わらで編んだむしろが大きく敷き詰められ、やはりわらで作りかけた縄や草鞋が作りかけで置かれていた。
 ただし、昔の草鞋とは違うサンダルの形をしているものもある。まるまる靴の形をしているものもある。

「若葉も作るの?」

 作りかけの靴型の草鞋を手に取って、あたしは問いかける。

「ええ。だって普段はこっちの靴のほうが、楽ですもの。軽いし、自分の足にあったものが作れるし」
「俺だって普通の草履は作れるぜーっ。ほらこーやって足の指にはさんでさ」

 高橋は「普通の」昔ながらの草履を一つ取り上げる。

「森岡は履いたことないのか?」
「残念ながら」
「都会っ子やなあ」

 森田はうんうん、とうなづく。

「慣れだとは思うんですけどね。でも革や布の靴は、長さや幅がちゃんと合うものがそうそう入ってくる訳じゃあないんですよ。だけど合うものじゃないと、農作業はやりにくいです。粗悪な底ゴムだったりすると、すべるし」
「それはそぉや」

 森田は納得したようにうなづく。

「俺も村にいた頃はそぉやった」
「でしょう? たぶん、革や布にしても、自分の足に合わせて作ればいいんでしょうがね」
「あれもそうそう出回らないからなあ」

 遠山もうなづく。

「まず革業者があるだろ? その前にその革の原料を確保しないといかんだろ?
 この管区にはあまりそれ用の牛というのは少ないからなあ」
「だから高いのかしら?」

 若葉は興味を持ったように訊ねる。

「ああ。革が少ないから、高くなる。高いから需要が少なくなる。それを加工する所も少なくなるし、工賃だって高くなる。だからまたそれで一つあたりの代金が高くなる。安くするには、人を集めて働かせるよりまず、牛を増やさなくちゃならない。最初の原料がたくさんあれば、安く出回ることもあるだろうな」
「へえ」
「親父さんの受け売りか?」

 高橋は問いかける。遠山はそれには答えなかった。
 遠山は――― 迷っているのだろう、とあたしは思った。
 父親の評判を落とそうと思えば、これまでだって簡単に落とせたと思う。何かしら手はあったはずだ。彼は決して頭が悪い訳ではない。
 ただ。
 ただそれでも、彼は父親のことを、完全に憎んでいる訳ではないような気がするのだ。
 だから表だった反抗ではなく、地学部に入って地道に活動していたり、あたしの目から見たら、中途半端なぐれ方をしているのだと思う。
 もちろんそれはあたしの目から見たものに過ぎないが―――
 と同時に、彼は。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

お飾りの妻として嫁いだけど、不要な妻は出ていきます

菻莅❝りんり❞
ファンタジー
貴族らしい貴族の両親に、売られるように愛人を本邸に住まわせている其なりの爵位のある貴族に嫁いだ。 嫁ぎ先で私は、お飾りの妻として別棟に押し込まれ、使用人も付けてもらえず、初夜もなし。 「居なくていいなら、出ていこう」 この先結婚はできなくなるけど、このまま一生涯過ごすよりまし

断罪まであと10分、私は処刑台の上で「ライブ配信」を開始した〜前世インフルエンサーの悪役令嬢、支持率100%でクズ王子を逆処刑する〜

深渡 ケイ
ファンタジー
断罪まで、あと10分。 処刑台の上で跪く悪役令嬢スカーレットは、笑っていた。 なぜなら彼女は―― 前世で“トップインフルエンサー”だったから。 処刑の瞬間、彼女が起動したのは禁忌の精霊石。 空に展開された巨大モニターが、全世界同時ライブ配信を開始する。 タイトルは―― 『断罪なう』。 王子の不貞、聖女の偽善、王家の腐敗。 すべてを“証拠付き・リアルタイム”で暴露する配信に、 国民の「いいね(=精霊力)」が集まり始める。 そして宣言される、前代未聞のルール。 支持率が上がるほど、処刑は不可能になる。 処刑台は舞台へ。 断罪はエンタメへ。 悪役令嬢は、世界をひっくり返す配信者となった。 これは、 処刑されるはずだった悪役令嬢が、 “ライブ配信”で王子と王国を公開処刑する物語。 支持率100%の先に待つのは、復讐か、革命か、 それとも――自由か。

​『イージス艦長、インパール最前線へ。――牟田口廉也に転生した俺は、地獄の餓死作戦を「鉄壁の兵站要塞」に変える』

月神世一
SF
​【あらすじ】 ​「補給がなければ、戦場に立つ資格すらない」 ​ 坂上真一(さかがみ しんいち)、50歳。  かつてイージス艦長として鉄壁の防空網を指揮し、現在は海上自衛隊で次世代艦の兵站システムを設計する男。  背中には若き日の過ちである「仁王」の刺青を隠し持ち、北辰一刀流の達人でもある彼は、ある日、勤務中に仮眠をとる。 ​ 目が覚めると、そこは湿気と熱気に満ちた1944年のビルマだった。  鏡に映っていたのは、小太りで口髭の男――歴史の教科書で見た、あの「牟田口廉也」。 ​ しかも時期は、日本陸軍史上最悪の汚点とされる「インパール作戦」決行の直前。  部下たちは「必勝の精神論」を叫び、無謀な突撃を今か今かと待っている。 ​ (……ふざけるな。俺に、部下を餓死させろと言うのか?) ​ 現代の知識と、冷徹な計算、そして海自仕込みのロジスティクス能力。  すべてを駆使して、坂上(中身)は歴史への介入を開始する。  精神論を振りかざすふりをして上層部を欺き、現地改修で兵器を強化し、密かに撤退路を整備する。 ​ これは、「史上最も無能な指揮官」の皮を被った「現代の有能な指揮官」が、確定した敗北の運命をねじ伏せ、数万の命を救うために戦う、逆転の戦記ドラマ。

父が再婚しました

Ruhuna
ファンタジー
母が亡くなって1ヶ月後に 父が再婚しました

さようなら婚約者

あんど もあ
ファンタジー
アンジュは、五年間虐げられた婚約者から婚約破棄を告げられる。翌日、カバン一つを持って五年住んだ婚約者の家を去るアンジュ。一方、婚約者は…。

(完結)醜くなった花嫁の末路「どうぞ、お笑いください。元旦那様」

音爽(ネソウ)
ファンタジー
容姿が気に入らないと白い結婚を強いられた妻。 本邸から追い出されはしなかったが、夫は離れに愛人を囲い顔さえ見せない。 しかし、3年と待たず離縁が決定する事態に。そして元夫の家は……。 *6月18日HOTランキング入りしました、ありがとうございます。

裏長屋の若殿、限られた自由を満喫する

克全
歴史・時代
貧乏人が肩を寄せ合って暮らす聖天長屋に徳田新之丞と名乗る人品卑しからぬ若侍がいた。月のうち数日しか長屋にいないのだが、いる時には自ら竈で米を炊き七輪で魚を焼く小まめな男だった。

処理中です...