あたしがいるのは深い森~鎖国日本の学生エージェント

江戸川ばた散歩

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23.広場に流れる有線広報の音。

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 翌朝、夜明けとともに目を覚ましたら、既に野郎どもは起きていた。

「おはよっす」

 一ヶ所に置かれていた自転車の調整をしていた高橋が、あたしに声をかける。

「おはよー。元気だねえ、あんたは」
「こういうことは俺好きだもん。それにこれから上りだろ? 少しでも自転車の負担軽くしないとね」
「手伝おうか?」
「や、いいよ。自分のだけちゃんとやってくれれば。森岡は慣れてる?」
「あたしはね。結構あちこちあれで回ってきたから」
「そうだよなあ。結構使い込まれてたしな。それで結構、管区内くらいだったら、自転車で済んでしまうし。自動車が復活する時代はやっぱりそう簡単にはこねーよなあ……」
「来て欲しいの?」
「そりゃあね。来てほしくないって言ったら、嘘だぜ。俺が憧れてるのは、鎖国前の時代だもん」
「鎖国前の」

 自分の声が、やや硬くなるのを、あたしは感じた。

「どういうとこ?」
「ん? だってさ、日本って、その頃、車の輸出大国だったんだろ? うちの地区とか、静岡地区の西部とかもそういうことでは有名でさ。何か、一家に一台なんてまるで普通だったって言うじゃん」
「そういう時代も、あったんだね」
「俺としちゃ、うらやましい限りだよなあ。昨日通ってきた道も、元々は車のものだった訳じゃん。するするとあの道この道を通ってさ、こんなに移動に時間かからなくてさ。すげえうらやましいよ。俺としては。でもそういうことを大声では言えないんだよな」

 そうだね、とあたしはうなづいた。

「別にさ、俺は運転したい訳じゃないんだ。それでもさ」
「違うの?」
「俺は作るほうでいいの。だから誰が乗ろうと、別に俺はどっちでもいい。ただ、乗った奴が気持ちよく乗っているとこを目撃できたら嬉しいってとこだよなー」
「へえ」

 感心してみせると、嫌みかよ、と言われた。

「そう言えば、松崎くんは?」
「ああ、あいつだったら、まだ寝てるんじゃねーの?」
「彼が?」
「何か昨夜、ずいぶん遅くまで眠れなかったようだし。何があったんだか知らないけれど」
「ふうん……」
「でもま、奴も立ち直りは早いはずだから。予定は変えなくてもいいよな」
「いいんじゃねーの?」

 遠山が起き抜けのぼさぼさ頭のまま、やってくる。お前に言ってねーぞ、と高橋がどなるが、知ったことじゃないらしい。

「うっす」
 にやりと笑って遠山はあたしに手を挙げた。そう来るか。



 びく、とその時高橋は飛び上がった。

「ななななんだよ」

 思わず振り返る。目線の上にある拡声器を見て、ふう、と肩を下ろした。

「何でえ、驚かすなよ」
「あ、あれは効いてるんですよね」

 若葉はざらざらとした、広場に流れる有線広報を耳にしながら、つぶやいた。

「こないだあたしが来た時もそうだった。あれは生きてるのね」
「ええ。でもだいたい人がやるんですが」
「本当に、一人残らずいなくなったのかよ?」
「私が探した範囲では、そうでした」

 結局、あたし達が東永村にたどりついたのは四日目の午前中だった。
 前日の夕暮れに、結構近くまで来たので、そのまま突き進もう、という意見もあった。
 しかし夜、そこで何か妙なものが出てきたら対応しようがない、という松崎の意見に、皆とりあえず賛成した。
 夜明けになり、少し腹に物を入れて、村にたどりついた。
 その時の松崎の顔は、何とも言えないものだった。
 辺りを見渡し、静かすぎる、と彼は言った。こんな静かなはずはない、と。
 おそらくすぐにでも自転車で駆け出したい衝動があったのだろう。しかし彼はそれを精一杯押しとどめているようだった。

「とりあえず、若葉の家から行ってみよう」

 自分の家ではなく。ふうん、とあたしは彼に対し、その時感心した。好きというのも本気ではあるのだな。

「ここよ」

 若葉が案内したのは、村に点在している家の中でも大きなものだった。
 近隣で採れる良い木材をふんだんに使っているのだろう、柱や梁の一本一本が実に太い。
 戸を開ける。するとがらがらという音が玄関の土間に大きく響いた。
 村長の家であっても、農作業はやはり欠かせないものであるらしい。広い土間には、わらで編んだむしろが大きく敷き詰められ、やはりわらで作りかけた縄や草鞋が作りかけで置かれていた。
 ただし、昔の草鞋とは違うサンダルの形をしているものもある。まるまる靴の形をしているものもある。

「若葉も作るの?」

 作りかけの靴型の草鞋を手に取って、あたしは問いかける。

「ええ。だって普段はこっちの靴のほうが、楽ですもの。軽いし、自分の足にあったものが作れるし」
「俺だって普通の草履は作れるぜーっ。ほらこーやって足の指にはさんでさ」

 高橋は「普通の」昔ながらの草履を一つ取り上げる。

「森岡は履いたことないのか?」
「残念ながら」
「都会っ子やなあ」

 森田はうんうん、とうなづく。

「慣れだとは思うんですけどね。でも革や布の靴は、長さや幅がちゃんと合うものがそうそう入ってくる訳じゃあないんですよ。だけど合うものじゃないと、農作業はやりにくいです。粗悪な底ゴムだったりすると、すべるし」
「それはそぉや」

 森田は納得したようにうなづく。

「俺も村にいた頃はそぉやった」
「でしょう? たぶん、革や布にしても、自分の足に合わせて作ればいいんでしょうがね」
「あれもそうそう出回らないからなあ」

 遠山もうなづく。

「まず革業者があるだろ? その前にその革の原料を確保しないといかんだろ?
 この管区にはあまりそれ用の牛というのは少ないからなあ」
「だから高いのかしら?」

 若葉は興味を持ったように訊ねる。

「ああ。革が少ないから、高くなる。高いから需要が少なくなる。それを加工する所も少なくなるし、工賃だって高くなる。だからまたそれで一つあたりの代金が高くなる。安くするには、人を集めて働かせるよりまず、牛を増やさなくちゃならない。最初の原料がたくさんあれば、安く出回ることもあるだろうな」
「へえ」
「親父さんの受け売りか?」

 高橋は問いかける。遠山はそれには答えなかった。
 遠山は――― 迷っているのだろう、とあたしは思った。
 父親の評判を落とそうと思えば、これまでだって簡単に落とせたと思う。何かしら手はあったはずだ。彼は決して頭が悪い訳ではない。
 ただ。
 ただそれでも、彼は父親のことを、完全に憎んでいる訳ではないような気がするのだ。
 だから表だった反抗ではなく、地学部に入って地道に活動していたり、あたしの目から見たら、中途半端なぐれ方をしているのだと思う。
 もちろんそれはあたしの目から見たものに過ぎないが―――
 と同時に、彼は。
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