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16.皆で東永村へ行こう
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「東永村へ、行く?」
そうよ、とあたしはにっこりとうなづいた。
「何か…… 判ったんですか? さつきさん」
金網越しの若葉は、身を乗り出した。
「判ったこともあるし、そうでないこともあるけれど」
うん、と一緒に昼飯を食べていた高橋がうなづく。
「だけど、ここでじっとしているだけでは進まないと思うの」
「だけど、危険じゃないか? 若葉の聞いた、あの何か乱暴な奴らがいるかもしれないし」
「あたしが行った時には、いなかったわ。というか、たぶん、あそこにはもういないんじゃないか、と思うの」
「もう?」
松崎は身を乗り出して問い返す。あたしはうなづく。
「移動しているって、ことか?」
「うん、さすが頭の回転も速いね。高橋君」
「で、でもどこに」
「さてそこなんだけど、若葉ちゃん、浮草渓谷を知ってるよね?」
「え? ええ、もちろん」
「そっちじゃないかな、と思うのよ」
「え!」
若葉は小さく声を上げ、どうして、とあたしに問い返した。
「そこにお宝があるからだよ」
低い声が、頭上から振ってきた。
「遠山」
高橋は露骨に嫌そうな顔をする。何でお前がそんなこと口出すんだよ、と早口でつぶやく。
だけど、遠山はそれには答えずに。
「お前ら東永村に行くんだろ」
うん、とあたしは大きくうなづいた。え、と他の男どもは顔を見合わせる。
「俺も行く」
「お前が?」
あまりの驚きに思わず弁当を落としそうになった高橋に、遠山はじろ、と視線を落とした。
「何だよ、俺が行くんじゃまずいのか?」
どすの効いた低い声。明らかに怒りが入ってる。あたしは手をひらひらと振る。
「別にーっ。まずくないよ。おいでおいで」
「ほれ、お前らの姉御もそう言っている」
「誰が姉御だよ!」
腕を伸ばし、遠山の腹を軽くゲンコで突く。そういうとこやん、と森田はぼそっとつぶやく。
「で、お宝って何なんだよ」
高橋はめげずに問いかける。
「絹雲母」
「きぬうんも? 何だそりゃあ?」
「鉱物の一種だよ。それが、浮草渓谷の奧で昔は採れたみたいよ」
「だけど、それがダイヤとか…… 宝石だったら、何かお宝って感じはするけど、それがどうして?」
若葉の疑問は当然だ。
「若葉は化粧しないよね」
「ん? だって、化粧って肌に良くないって言われてるし」
「それでも綺麗になれるなら、したいって思わない?」
「そりゃあ、まあ」
彼女がお風呂で、時間かけて顔の手入れをしていることをあたしは知っている。
おばーさんから毛抜きを借りて、気を抜くとどんどん太くなってしまう眉をちゃんと形良く保っておこうとしていたり、蒸しタオルを顔に乗せたりして、疲れた肌を元に戻そうとしたり。
別段何か特別なものをぬったりつけたりする訳ではないけれど、気を使っているのは知っている。髪も綺麗に編んでいる。
一見何の飾り気もない若葉ですらそうなのだ。
「絹雲母ってのは、化粧品の材料なの」
それがどの原料か、ということは言わない。言ったところですぐには理解しにくいと思う。
「それも、昔、今の東永村で採れた奴は、世界的にも質が良いものだったんだって。だから、世界で作るその化粧品で使う絹雲母の九割近くが、そこの奴だったって言うの」
「九割!」
松崎は声を上げた。
「そのくらい質がいいものだったんだろうね。ということは、それが今でも採れる、ということが『外』に判ったらどうなのかしら?」
ちら、とあたしは遠山の方を見る。
「外国で、欲しがる連中はいると思うぜ」
「そういうもんかねえ」
高橋はやや困ったような顔をする。どうやら化粧品にそこまでする気持ちが判らないのだろう。まあ当然と言えば当然だ。
「前につきあってた女がさ、すげえ化粧上手でさ」
ぽつん、と遠山は言った。
「朝になって顔洗ったとこみると、全然顔が違ったりするんだよな。さすがに俺も驚いたけどさ、そこまでして、とにかく自分を綺麗に綺麗にしようってのは、可愛いよな」
「朝…… かよっ」
思わず高橋は引く。ふふん、と余裕の笑みと、ややふんそり返った姿勢で遠山は同級生を見る。
「そりゃそーだよ。男だって、そのくらい女に対してしてみろっての」
「俺等に化粧しろって言うのかよ!」
「んなことできるかっての!」
遠山と高橋は口を揃えた。
「ま、その話題はちぃと置いておこうやないの」
ぱたん、と弁当のふたを閉じて、森田が口をはさむ。
「別に遠山くん一人増えても減ってもそぉ変わりがある訳やなし。皆で行こうや皆で」
穏やかな笑みを浮かべて言う森田に、思わず高橋と遠山は顔を見合わせ、肩を落とした。
「けど、東永村まで、どのくらいかかるんだ? 俺等が移動するんだから、自転車だろ」
「森岡、そのお知り合いさんに頼めないのかあ?」
「ぜーたく言うんじゃないわよ。あたしだって、そうそうそんなことしてもらえないって。たまたまだってば。だいたい図体のでかい野郎どもこんなに乗れると思ってんの?」
図体のでかい男どもは黙り込む。
「若葉は一週間かかったんだよね」
「ええ。でもそれは私が地図持っていなかったから、というのもあると思うの」
「道が判らなかった」
「だからちゃんと道を探してから行けば、もっと短時間で済むんじゃないかしら」
それはそうだな、と皆納得する。
「じゃあ、ものすごーく時間がかかったとして、一週間として。その間の授業はどうすんだ?」
うーむ、と皆考え込む。休む、という発想には彼らにはないようだ。
「黙って休むと、後が怖いよなあ」
「でも理由がないぜ?」
松崎は眉を寄せる。
「何かしら理由があればいいの?」
「まあね。それがちゃんと学術的調査、とかだったら認められることもあるし」
ぽん、とあたしは手を叩く。
「じゃあそれ行こうよ」
「へ」
「あーと、ただし、ちょっと手続きはいるのかな」
そうよ、とあたしはにっこりとうなづいた。
「何か…… 判ったんですか? さつきさん」
金網越しの若葉は、身を乗り出した。
「判ったこともあるし、そうでないこともあるけれど」
うん、と一緒に昼飯を食べていた高橋がうなづく。
「だけど、ここでじっとしているだけでは進まないと思うの」
「だけど、危険じゃないか? 若葉の聞いた、あの何か乱暴な奴らがいるかもしれないし」
「あたしが行った時には、いなかったわ。というか、たぶん、あそこにはもういないんじゃないか、と思うの」
「もう?」
松崎は身を乗り出して問い返す。あたしはうなづく。
「移動しているって、ことか?」
「うん、さすが頭の回転も速いね。高橋君」
「で、でもどこに」
「さてそこなんだけど、若葉ちゃん、浮草渓谷を知ってるよね?」
「え? ええ、もちろん」
「そっちじゃないかな、と思うのよ」
「え!」
若葉は小さく声を上げ、どうして、とあたしに問い返した。
「そこにお宝があるからだよ」
低い声が、頭上から振ってきた。
「遠山」
高橋は露骨に嫌そうな顔をする。何でお前がそんなこと口出すんだよ、と早口でつぶやく。
だけど、遠山はそれには答えずに。
「お前ら東永村に行くんだろ」
うん、とあたしは大きくうなづいた。え、と他の男どもは顔を見合わせる。
「俺も行く」
「お前が?」
あまりの驚きに思わず弁当を落としそうになった高橋に、遠山はじろ、と視線を落とした。
「何だよ、俺が行くんじゃまずいのか?」
どすの効いた低い声。明らかに怒りが入ってる。あたしは手をひらひらと振る。
「別にーっ。まずくないよ。おいでおいで」
「ほれ、お前らの姉御もそう言っている」
「誰が姉御だよ!」
腕を伸ばし、遠山の腹を軽くゲンコで突く。そういうとこやん、と森田はぼそっとつぶやく。
「で、お宝って何なんだよ」
高橋はめげずに問いかける。
「絹雲母」
「きぬうんも? 何だそりゃあ?」
「鉱物の一種だよ。それが、浮草渓谷の奧で昔は採れたみたいよ」
「だけど、それがダイヤとか…… 宝石だったら、何かお宝って感じはするけど、それがどうして?」
若葉の疑問は当然だ。
「若葉は化粧しないよね」
「ん? だって、化粧って肌に良くないって言われてるし」
「それでも綺麗になれるなら、したいって思わない?」
「そりゃあ、まあ」
彼女がお風呂で、時間かけて顔の手入れをしていることをあたしは知っている。
おばーさんから毛抜きを借りて、気を抜くとどんどん太くなってしまう眉をちゃんと形良く保っておこうとしていたり、蒸しタオルを顔に乗せたりして、疲れた肌を元に戻そうとしたり。
別段何か特別なものをぬったりつけたりする訳ではないけれど、気を使っているのは知っている。髪も綺麗に編んでいる。
一見何の飾り気もない若葉ですらそうなのだ。
「絹雲母ってのは、化粧品の材料なの」
それがどの原料か、ということは言わない。言ったところですぐには理解しにくいと思う。
「それも、昔、今の東永村で採れた奴は、世界的にも質が良いものだったんだって。だから、世界で作るその化粧品で使う絹雲母の九割近くが、そこの奴だったって言うの」
「九割!」
松崎は声を上げた。
「そのくらい質がいいものだったんだろうね。ということは、それが今でも採れる、ということが『外』に判ったらどうなのかしら?」
ちら、とあたしは遠山の方を見る。
「外国で、欲しがる連中はいると思うぜ」
「そういうもんかねえ」
高橋はやや困ったような顔をする。どうやら化粧品にそこまでする気持ちが判らないのだろう。まあ当然と言えば当然だ。
「前につきあってた女がさ、すげえ化粧上手でさ」
ぽつん、と遠山は言った。
「朝になって顔洗ったとこみると、全然顔が違ったりするんだよな。さすがに俺も驚いたけどさ、そこまでして、とにかく自分を綺麗に綺麗にしようってのは、可愛いよな」
「朝…… かよっ」
思わず高橋は引く。ふふん、と余裕の笑みと、ややふんそり返った姿勢で遠山は同級生を見る。
「そりゃそーだよ。男だって、そのくらい女に対してしてみろっての」
「俺等に化粧しろって言うのかよ!」
「んなことできるかっての!」
遠山と高橋は口を揃えた。
「ま、その話題はちぃと置いておこうやないの」
ぱたん、と弁当のふたを閉じて、森田が口をはさむ。
「別に遠山くん一人増えても減ってもそぉ変わりがある訳やなし。皆で行こうや皆で」
穏やかな笑みを浮かべて言う森田に、思わず高橋と遠山は顔を見合わせ、肩を落とした。
「けど、東永村まで、どのくらいかかるんだ? 俺等が移動するんだから、自転車だろ」
「森岡、そのお知り合いさんに頼めないのかあ?」
「ぜーたく言うんじゃないわよ。あたしだって、そうそうそんなことしてもらえないって。たまたまだってば。だいたい図体のでかい野郎どもこんなに乗れると思ってんの?」
図体のでかい男どもは黙り込む。
「若葉は一週間かかったんだよね」
「ええ。でもそれは私が地図持っていなかったから、というのもあると思うの」
「道が判らなかった」
「だからちゃんと道を探してから行けば、もっと短時間で済むんじゃないかしら」
それはそうだな、と皆納得する。
「じゃあ、ものすごーく時間がかかったとして、一週間として。その間の授業はどうすんだ?」
うーむ、と皆考え込む。休む、という発想には彼らにはないようだ。
「黙って休むと、後が怖いよなあ」
「でも理由がないぜ?」
松崎は眉を寄せる。
「何かしら理由があればいいの?」
「まあね。それがちゃんと学術的調査、とかだったら認められることもあるし」
ぽん、とあたしは手を叩く。
「じゃあそれ行こうよ」
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