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24.「『さて諸君、如何かな?』」

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 元々ぞんざいな口調に、敵意のようなものがミックスしている。どうやらこの鋼鉄の女性は、ある部分においてひどい潔癖性らしい。

「……だが君のその言葉自体が全部嘘ということも考えられないか?」
「と言うと? 編集長」

 中佐は投げ出していた足を組み、その上に頬杖をつく。

「俺と彼女が目撃した時の君は、ずいぶんと長く『絢爛の壁』の前で話し込んでいたようだが」

 暇だねえ、と彼は思う。
 どんなに長く話し込んでいようが、内容が聞き取れなかったら意味はない。あの時彼らはかなり小声で喋っていたし、帝国公用語に近い言葉で話していたのだ。
 この惑星で生まれ育ち、その他へ出たことのないような学生達にはまず理解できないだろう。
 無論、そんな言葉で会話していること自体、この閉鎖的な地においてはなかなか危険ではあるのだが、幸運なことに、この惑星上では、小型の集音装置はそう発達していない。
 盗聴器にせよ、当局の監視につながる電話には取り付けられているだろうが、各個宅に見つからないように設置するような小型のものは存在しない。あるとしても、それはコストと効果を天秤にかけると、結局使わないという方向になるくらいのものである。
 それでも盗聴器自体の存在はよく知られているので、彼らは電話を恋人達やシンパ同士の通信手段には使わないというのが定石なのだが。恋人達の通信手段は、専ら専用の私書箱だった。

「だからあんたも、誰かを引っかける時には、そのくらい時間かからない? あいにく俺はその時には振られたんだけど」

 その言葉にはゾーヤもぐっと詰まる。
 確かに、長々とした会話の後、彼女と編集長の見た二人は、あっさりと手を上げて別れていった。連絡をしあっているように、明らかにその時は見えた。だがそういけしゃあしゃあと言われては。

「……だけど」
「だけど、何?」
「まだ君が、そういう趣味かどうかははっきりしていない」

 ふう、と中佐はさすがに呆れ半分でため息をつく。

「仕方ないなー」

 彼は横に座っているキムの肩をつついた。ん? と言いたげな表情で彼は中佐の方を向いた。

「証明しろ、だってさ」
「ああ……」

 はいはいはい、と彼は立ち上がると、当たり前のように中佐の首を抱え込んだ。ヴェラがあ、と声を立てた。
 ひどく露骨に、キムは、中佐の唇に吸い付いていた。 
 息を呑む音が、中佐の耳に届く。視界は相手の顔に遮られている。
 数十秒、その状態が続いただろうか。けろっとした顔でキムは中佐に訊ねた。

「こんなもんでいいの?」
「上等」

 中佐はにや、と笑った。あ、そとキムは肩をすくめ、また椅子に座る。

「『さて諸君、如何かな?』」

 それは劇中の道化師の台詞だった。



 ちょっと、とヴェラは解散後、二人に声をかけた。

「何ヴェラちゃん。何かまだ聞きたいことあんの?」
「あなたじゃないわ」

と彼女は言って、中佐を押しのけ、キムの前に出た。

「俺?」
「そうよキム君、あなたよ」

 きょとんとした顔で彼はヴェラを見る。練習中も彼は、ずっとこの元アトリエで、団員と客員の動きを観察していた。
 来た時にはまだ陽も高かったアトリエも、すっかり窓の外は暗くなっている。ここで練習が終わると、いつもこんな時間だった。

「おいもう閉めるぞ!」

 モゼストが入り口付近で溜まっていた三人に声を張り上げる。

「何部長さん、門限があんのかい?この部屋には」
「一応学校側がサークル活動に許可した時間帯はもう終わりなんだよ」
「あれ? だって、向こうの文系サークル棟なんて、一晩中灯りがついていることだってあるじゃない?」
「よく知ってるな、キム君」

 イリヤが口をはさむ。

「特に部長さんの新聞部なんて、そうなんじゃないですか?」
「確かにね。だけど文系はそういうものだろう? ここは、もとアトリエで、全体的には、美術系の棟に入るんだ。だから管理の管轄が違う」
「ふうん」

 キムはうなづいた。

「だってさ。ヴェラちゃん、こいつにお話があるのはいいけど、ここじゃまずいんだって。移動しない?」
「……いいわよ」

 彼女は非常に露骨に嫌そうな顔を見せた。

「長い話じゃないわ。個人的に聞きたいことがあるだけよ」
「あれ。じゃあさっき聞けばよかったじゃない?」

 中佐はにやにやと笑いを浮かべながら彼女の横をすりぬけて扉を背にする。

「さっき、聞きたいことができてしまったのよ!」

 できた、ね。またもや中佐には何となく予想ができてしまった。

「じゃまた寮まで送るけど? 女の子一人では物騒だしな」
「あれ? そちらの彼女はいいの?」

 キムはイリヤと並んで歩き出していたゾーヤの方へ視線を送る。ゾーヤはゾーヤで、先ほどの光景を目にしてから、ひどく露骨に、……練習で顔をつき合わせなくてはならない「コルネル君」はともかく、窓のそばで椅子に逆座りしているキムとは決して視線を合わせようとしなかった。

「いいんでしょ。彼女には彼氏が送ってくれるんだし」
「……閉めるよっ!」

 部長は声を張り上げた。やれやれ、と彼らは廊下に出、やがて外に出た。ヴェラはじゃあね、と部長達に手を振った。
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