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18.「確かに外見は怪しいが」
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中佐もまた少尉に言われるまでもなく、ある程度の情報は連絡員の口から聞いてもいた。
シミョーン医師は、カシーリン教授のようにその思想や方針が書かれた本がある訳ではない。
ただ、十五年前の大学の学費値上げ闘争に始まり、次々と「独立」を明言する外の州との交流、つい最近の、「学祭時の大通りの使用規制」に至るまで、実際の運動に参加し、その名前をつらねている。
そしてまた、当局との交渉に当たっているという点において、実績があることは事実だった。
ただ、あくまでそれがこの有名ではあるが狭い都市、学校に属している動きであるということではあるが。
「だから確かに彼が一声掛ければ学内のシンパは参加するとは思いますが、学内に止まるということも考えられます」
「そうだな」
そうでなくてはいけない。中佐は喫い尽くした煙草を足下に落とし、ぎり、と踵で地面になすりつける。途端にそれまで煙草のにおいにかき消されていたキンモクセイの匂いが押し寄せてくる。
「……もの凄い匂いだな」
「キンモクセイですか」
「そうなのか?」
「あ、上に……」
ふうん、と中佐はうなづく。何の興味も示していないように少尉の目には映る。
「でかい家だな」
不意に言われて少尉はえ、と中佐の方を向く。
「家、ですか?」
「そこの門から見えた。ずいぶんと金持ちの家だったようだな」
「ああ、そうですか?」
「気付かなかったのか?」
ええ、と少尉はうなづく。うなづいて、みせた。
*
「見たか?」
イリヤは訊ねた。
「見た」
ゾーヤはうなづいた。
「君に言われた通りだ。あの廃屋敷の前に、確かに居た」
そして彼女は厳しい顔つきになり、ジーンズのポケットに手を突っ込んだ。
「ちょっとした広場」から一歩引っ込んだ通りの、百貨店の段差にべったりと腰を下ろし、学内新聞の編集長とその友人は数十分前から話し込んでいた。
当初は、世間話だった。
「コルネル君か? イリヤ、君は彼が怪しいというのか?」
彼女は灰色の瞳を動かすと、彼女の友人に訊ねる。友人は迷うことなくうなづく。
「確かに外見は怪しいが」
「中身も充分怪しいと思うけどな? 先日ヴェラの妹がカシーリン教授拉致の現場に居合わせただろ? その時彼女と一緒に居たのが、あのコルネル君、の友人らしいな」
「ヴェラはそんなことは言っていなかったが。君は聞いたのか? イリヤ」
いや、と彼は首を横に振る。
「ヴェラはああ見えて、妹のことになると口が固い。それは昔からそうだ」
「君は昔から彼女を知っているからな」
「ああよく知っている。彼女達がここに昔住んでいた頃から知っている」
それは初耳だ、とゾーヤはほんの微かに笑みを浮かべた。
「君はそんなこと私に言ったことはないではないか」
「君に特別、言う程の事柄ではないと思ったからさ。それともゾーヤ、君は俺に言って欲しかったとでも言うか?」
「ふん」
ゾーヤは鼻を鳴らしながら、すっきりとした眉を片方上げた。
「私がそういうことを言わないと知って言う。君のそういうところが私は嫌いだ」
「だが全般的に見れば、君は俺のことを好きだろう?」
「ふん」
再び彼女は鼻を鳴らす。
「あいにくな。どうにもこうにも自分がこう趣味が悪いのかと唖然とする」
「散々な言い方だな」
くくく、とイリヤは笑う。そんな時、イリヤの眼鏡の下の瞳は、宝の地図を見付けた子供のようにひらめく。
事件も革命も、この男にとっては同じなのだ、とゾーヤは知っている。そこが嫌なのだが、そこが好きである自分も知っている。理性的であれ、と律する自分の、唯一律しきれない部分だった。
感情は、理性では制御しきれない。
「吸うか?」
彼は彼女に細い煙草を差し出した。もらおう、と彼女はすっと細い指で一本取り出す。
「ヴェラは私が喫煙するのを嫌うからな。君と居る時くらいしか気楽には喫えない」
「よく我慢していると思うけどな?」
「ヴェラはああいうひとだ。彼女はとても正しいことを言う。だから私は気に入っている。彼女が妥協して声の一つも上げない事態など、私は好かない」
同じ煙の匂いが辺りに漂う。百貨店の高い壁の上に見える空が青い。高い秋空。
「まあ尤も、ヴェラがああなのは、妹のせいでもあるんだがな」
煙をぱあ、と吐き出しながらイリヤはやや呆れたように言う。
「また妹か。全く、羨ましい妹だ。ジーナと言ったな」
「君でさえそう思うか?」
「思う。女の私から見ても、ヴェラの中身を独占している相手というのは何やら羨まれる。まあそういう時、相手は気付かないのだがな」
「それを俺の前で言う訳?」
彼は苦笑を浮かべる。
シミョーン医師は、カシーリン教授のようにその思想や方針が書かれた本がある訳ではない。
ただ、十五年前の大学の学費値上げ闘争に始まり、次々と「独立」を明言する外の州との交流、つい最近の、「学祭時の大通りの使用規制」に至るまで、実際の運動に参加し、その名前をつらねている。
そしてまた、当局との交渉に当たっているという点において、実績があることは事実だった。
ただ、あくまでそれがこの有名ではあるが狭い都市、学校に属している動きであるということではあるが。
「だから確かに彼が一声掛ければ学内のシンパは参加するとは思いますが、学内に止まるということも考えられます」
「そうだな」
そうでなくてはいけない。中佐は喫い尽くした煙草を足下に落とし、ぎり、と踵で地面になすりつける。途端にそれまで煙草のにおいにかき消されていたキンモクセイの匂いが押し寄せてくる。
「……もの凄い匂いだな」
「キンモクセイですか」
「そうなのか?」
「あ、上に……」
ふうん、と中佐はうなづく。何の興味も示していないように少尉の目には映る。
「でかい家だな」
不意に言われて少尉はえ、と中佐の方を向く。
「家、ですか?」
「そこの門から見えた。ずいぶんと金持ちの家だったようだな」
「ああ、そうですか?」
「気付かなかったのか?」
ええ、と少尉はうなづく。うなづいて、みせた。
*
「見たか?」
イリヤは訊ねた。
「見た」
ゾーヤはうなづいた。
「君に言われた通りだ。あの廃屋敷の前に、確かに居た」
そして彼女は厳しい顔つきになり、ジーンズのポケットに手を突っ込んだ。
「ちょっとした広場」から一歩引っ込んだ通りの、百貨店の段差にべったりと腰を下ろし、学内新聞の編集長とその友人は数十分前から話し込んでいた。
当初は、世間話だった。
「コルネル君か? イリヤ、君は彼が怪しいというのか?」
彼女は灰色の瞳を動かすと、彼女の友人に訊ねる。友人は迷うことなくうなづく。
「確かに外見は怪しいが」
「中身も充分怪しいと思うけどな? 先日ヴェラの妹がカシーリン教授拉致の現場に居合わせただろ? その時彼女と一緒に居たのが、あのコルネル君、の友人らしいな」
「ヴェラはそんなことは言っていなかったが。君は聞いたのか? イリヤ」
いや、と彼は首を横に振る。
「ヴェラはああ見えて、妹のことになると口が固い。それは昔からそうだ」
「君は昔から彼女を知っているからな」
「ああよく知っている。彼女達がここに昔住んでいた頃から知っている」
それは初耳だ、とゾーヤはほんの微かに笑みを浮かべた。
「君はそんなこと私に言ったことはないではないか」
「君に特別、言う程の事柄ではないと思ったからさ。それともゾーヤ、君は俺に言って欲しかったとでも言うか?」
「ふん」
ゾーヤは鼻を鳴らしながら、すっきりとした眉を片方上げた。
「私がそういうことを言わないと知って言う。君のそういうところが私は嫌いだ」
「だが全般的に見れば、君は俺のことを好きだろう?」
「ふん」
再び彼女は鼻を鳴らす。
「あいにくな。どうにもこうにも自分がこう趣味が悪いのかと唖然とする」
「散々な言い方だな」
くくく、とイリヤは笑う。そんな時、イリヤの眼鏡の下の瞳は、宝の地図を見付けた子供のようにひらめく。
事件も革命も、この男にとっては同じなのだ、とゾーヤは知っている。そこが嫌なのだが、そこが好きである自分も知っている。理性的であれ、と律する自分の、唯一律しきれない部分だった。
感情は、理性では制御しきれない。
「吸うか?」
彼は彼女に細い煙草を差し出した。もらおう、と彼女はすっと細い指で一本取り出す。
「ヴェラは私が喫煙するのを嫌うからな。君と居る時くらいしか気楽には喫えない」
「よく我慢していると思うけどな?」
「ヴェラはああいうひとだ。彼女はとても正しいことを言う。だから私は気に入っている。彼女が妥協して声の一つも上げない事態など、私は好かない」
同じ煙の匂いが辺りに漂う。百貨店の高い壁の上に見える空が青い。高い秋空。
「まあ尤も、ヴェラがああなのは、妹のせいでもあるんだがな」
煙をぱあ、と吐き出しながらイリヤはやや呆れたように言う。
「また妹か。全く、羨ましい妹だ。ジーナと言ったな」
「君でさえそう思うか?」
「思う。女の私から見ても、ヴェラの中身を独占している相手というのは何やら羨まれる。まあそういう時、相手は気付かないのだがな」
「それを俺の前で言う訳?」
彼は苦笑を浮かべる。
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