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4.惑星ノーヴィエ・ミェスタとは

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 ヴェラは学内新聞の編集長の名を出す。彼女の妹の専攻の先輩にあたるこの人物は、確かに顔が広いのだ。

「今回の演目、人数というか、内容に合う役者がいまいち今回見つからない、と部長が嘆いていただろう?」
「そうだったわね。インパクトの強い、だけど何処か道化めいた……」
「確かにその読みは間違いないと私も思うのだが」

 殆ど愛想というものを何処かに置いてきたような口調でゾーヤは説明する。ヴェラもそれにはうなづくしかない。確かに編集長イリヤは顔が広いのだ。この日の彼女を何やら悩ませている情報を持ち込んだのも、彼だった。

「じゃあ紹介がてら、今日はイリヤも来るかしら」
「たぶん来るのではないか?部長と違って、実習も実験も多くはあるまい。確か奴はもう卒論の執筆にかかれる筈だ。来ない理由もあるまいし」

 そうよね、とヴェラはうなづく。その様子を見て、ゾーヤはぽん、と彼女の肩を無言で叩く。

「私は茶を呑むが、君は呑むか?」
「いただくわ。湯沸かしにお湯はあるから。早く湧かし過ぎてしまって、どうしようと思っていたところなの」
「それはありがたい。だがいい加減簡易ポットの一つも余ってないものか? 確かに予算に余りはないが」
 そう言うとゾーヤは、台所の隅に居心地悪そうに置かれている小さな冷蔵庫の中から、紺色の茶葉の缶を取り出した。
 細々としたものは、部員がそれぞれ少しづつ持ち寄ったものだった。冷蔵庫も、卒業して抜けていく部員が寄付したものだった。

「ほらヴェラ。熱いから気を付けてくれ」
「ありがとう」

 ヴェラは大きなカップを受け取りながら、ほっとする自分が判る。
 表情はさほど変わらないが、ゾーヤのこういう所はヴェラにとってはひどくありがたかった。
 言葉にしろ、態度にしろ、彼女にはひどく乾いた感触がある。一つ違いの妹との生活が、日々交わす言葉にせよ、態度にせよ、妙に湿り気が多いように感じるせいか、この表情の少ない相手との接触は彼女には心地よかった。

「それにしても、あの人物はなかなか興味深いな」
「あなたがそう思うの?」
「そうそうお目にかかれる類ではないな」

 確かに、とヴェラも思う。

   *

「よ、お帰り」

 ベッドに寝そべって本を読んでいた連絡員は、扉の開く音に身体を起こした。
 真っ赤な髪に、悪趣味な程に補色な緑のクロッシェ帽をかぶった中佐が戻ってきたのだ。
 帽子だけではない。身につけているジャケットやら中に着ているTシャツ、靴に靴下に至るまで、どうしてこんなにとんでもない配色になるんだ、というくらい強烈な配色だった。
 彼はその姿を見るたびに、何やら笑いが止められない自分に気付く。とんでもないくせに、まあ似合っていること似合っていること。
 まあだが、その笑いはちょっとばかり横に置いて。編んだ長い髪を後ろに回して、彼は本を閉じた。図書館で借りてきた、ジナイーダから聞いた「参考図書」だった。
 中佐は帽子と上着を取ると自分のベッドに放り投げる。そして自分自身をも放り出すと、煙草に火を付け、天井の染みを眺めた。
 彼らが居たのは、学生向きの共同下宿だった。
 キムは備え付けの棚からトマトジュースのパックを一つ取ると、軽く投げた。中佐は片手でたやすく受け取ると、ふうん、とストローを差込みながらパッケージを観察する。

「おいキム、こいつはスーパーで買ったのか?」
「んにゃ。学生用共同組合があってさ。そこのほうが安いって、可愛い女の子に教えてもらった。ほら、マークがついてるだろ?」
「ああ本当だ。ほー……」
「あんたこそ、結構遅かったじゃん」

 煙草をひとまず灰皿に置き、ちゅ、とトマトジュースを一口すすった中佐は、つまらなさそうに答える。 

「あー? いきなり歓迎会よ。学生ってのは、くだらん事が好きだ全く」
「あ、いーなあ。早速呑み会?」
「呑み会って言ったってなー。貧乏学生の集まりだから、まあ滅茶苦茶だ」

 くす、と笑いながら、ふとその口調があまり好意的ではないことにキムは気付いた。
 中佐がそういう集まり自体が嫌いではないことは、キムもこの惑星に来る前の宿舎でのそれで知っているのだが。

 彼らがこの惑星ノーヴィエ・ミェスタにやってきたのは、ほんの二週間ほど前だった。
 この惑星には、大陸が三つあるが、最も大きい第一大陸は、居住するにはやや平均気温が低すぎた。住んで住めないことはないが、最初の移民はそこまで手を伸ばさなくてはならない程の数ではなかった。
 従って、そこは主に資源の産出と、農業工場に使用されている。つまりは、人々の倉庫であり、食料庫な大陸なのだ。
 働く人間の帰るべき家は、居住区である第二大陸に持っていることがほとんどである。そしてその両方に住処を持つことが可能な程度には、この惑星の住民は、富んでいた。
 実際、この惑星に住む人々は、植民以来、そんな外的環境に苦しんだことはさほどに無いとも言える。
 第二大陸は、その位置からか、海流や山脈の関係からか、気候が安定していて、極端な天災が起こることはない。
 第一大陸のほうがそれは大きいが、それは当初から懸念されていたことなので、それ相応の施設が、企業の力で作られていた。その程度は、企業の義務として果たしていたらしい。
 つまりは、ある程度の理想的な発展をしていたということだった。
 もう一つの、第三大陸は、第一大陸に対し、赤道を挟んだ反対側とも言える場所にある。
 そこは未だ手をつけられていない状態、とも言える。とりあえずそこまで手を出す必要はないのだ。
 そして彼らは、その第三大陸に近い側の島に上陸し、そこからエラ州近くのシャオリン島へ移り、更にそこから州内へと潜入した。

「そういや、ソングスペイを学内で見たか? お前」
「んにゃ。奴は確かあんたの方が見やすいんじゃないですかね。社会学群の方へ入り込んだんでしょ?」
「ああ」

 そう言って中佐は再びちゅ、とトマトジュースを吸う。
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