71 / 168
六角盤将棋ミツバチ杯の顛末(セルーメとデタームとセレジュ)
33 井戸の側、手を汚す。
しおりを挟む
結果、第一案は却下された。
一応話し合いには行った。
そこへは伯爵家から追放された元分家筋の男を連れていった。
多額の借金から逃げ出したくなった男に俺は声をかけた。
ともかく自分のやったことに怯え、逃げ出したくなっている奴を誘うのは容易だった。
ちなみに伯爵家から追放されたそいつは、俺のことを知らなかった。
偽名だったから、と言ってしまえば何だが、俺自身が若くして領外に出てから滅多に親戚筋との付き合いを絶っていたから、というのもある。
しかもそいつは、伯爵家の後継に選ばれたことで、分家の子爵家の風来坊の顔なぞ知ったことではない、という態度だったのだ。
一帯誰がこいつを推挙したんだ、と俺は腹立たしい限りだった。
いくら彼女自身が前伯爵夫妻を消したとは言え、家自体は彼女の実家だ。
それを他家に吸収させる羽目になった奴、そいつを推挙した奴に関して俺は怒っていた。
だからこそ、こいつにはそれ相応の仕事をしてもらおうと思った。
ランサム侯爵家への話し合いについて来させ、まず第一案を出した。
そこで了承してくれれば、本当に良かったのに、と俺は思う。
名だけでいい、とも言った。
侯爵家の名が欲しいのだから、と。
だがランサム侯爵は、そもそもできるだけ宮廷のいざこざそのものと関わるのが梃子でも嫌なのだ、と言った。
ここで、ただ領民達と平和に暮らして行くことだけが望みなのだ、と。
惜しいな、と俺は思った。
本当に良い領主だろうに、と。
そこで俺は「やれ」と元伯爵の男に命令した。
武術は俺同様修めていた奴なので、丸腰の侯爵とその妻は、声一つあげる間も無くその場に転がった。
そしてまた折良く、子供達もやってきた。
「どうします?」
と元伯爵は聞いてきた。
「外に連れてって売り飛ばしますかね?」
「いや、……」
黙って手を横に引いた。
男は怯えて動けない子供達もその手に掛けた。
ただ、一人だけ外に逃げ出した。
どうします、と奴が聞いたので、そこにはこう答えた。
「俺が行く」
さすがに、自分が全く手を汚さないというのはもうできない、と思った。
最後の子供は庭の井戸の近くまで逃げ出した。
怯えながら、目を見開きながら、後ずさりする子供を、井戸のヘリまで追い込んで、一息に喉を切り裂いた。
そしてそのまま、井戸へと落とした。
地獄に行くな。さすがに。
俺は子供が落ちる音を聞きながら、思った。
惨劇の起こった部屋は一旦閉ざし、元より多く無かった召使い達には、こう説明した。
侯爵は急に遠距離の旅に出た。しばらくこの屋敷は閉めるので、一旦宿下がりして欲しい、と。
その後、自分は知り合いの某子爵で~と彼等がうんざりするほとくどくどしいでっちあげの説明をした。
その上で急な用事の内容と、彼等に言わずに済まなかった、という話を付け加えて。
はあ、と人の良い彼等は旦那様にもそんなことがあるんだなあ、と疑うことが無かった。
どれだけ彼等が「旦那様」を信用しているか。
それを思うと、本当に惜しい領主を殺してしまったものだ、と思った。
彼等は俺から出したやや多すぎる程の給金を手にし、それぞれの故郷へと戻っていった。
遺体の始末をしたのは、その後だった。
俺達は既に頭が相当マヒしていたに違いない。
夜の闇の中、血が漏れない様に絨毯を切ってくるんだそれを、一つ一つ井戸に落としていった。
「それで俺は、これからどうすればいいんですかね」
元伯爵は作業が終わった後、井戸の前で俺に訊ねた。
「約束した金は渡す。それでほとぼりがさめるまで、何処へでも行け」
「判りましたよ、セレーメの次男坊」
いつの間にそれら気付いたのか。
その口調には、いずれまた俺を探し出し、金を無心するだろうことが目に見えた。
俺は即座に奴の腕を捻り上げ、接近した位置で、左の鎖骨から真っ直ぐに剣を突き立てた。
辺境伯のところで騎士達に教わった方法だ。
短剣であっても、確実に心臓を刺せる暗殺法なのだ、と。
絶命したのを見届けて、俺は奴をも井戸に叩き込んだ。
一応話し合いには行った。
そこへは伯爵家から追放された元分家筋の男を連れていった。
多額の借金から逃げ出したくなった男に俺は声をかけた。
ともかく自分のやったことに怯え、逃げ出したくなっている奴を誘うのは容易だった。
ちなみに伯爵家から追放されたそいつは、俺のことを知らなかった。
偽名だったから、と言ってしまえば何だが、俺自身が若くして領外に出てから滅多に親戚筋との付き合いを絶っていたから、というのもある。
しかもそいつは、伯爵家の後継に選ばれたことで、分家の子爵家の風来坊の顔なぞ知ったことではない、という態度だったのだ。
一帯誰がこいつを推挙したんだ、と俺は腹立たしい限りだった。
いくら彼女自身が前伯爵夫妻を消したとは言え、家自体は彼女の実家だ。
それを他家に吸収させる羽目になった奴、そいつを推挙した奴に関して俺は怒っていた。
だからこそ、こいつにはそれ相応の仕事をしてもらおうと思った。
ランサム侯爵家への話し合いについて来させ、まず第一案を出した。
そこで了承してくれれば、本当に良かったのに、と俺は思う。
名だけでいい、とも言った。
侯爵家の名が欲しいのだから、と。
だがランサム侯爵は、そもそもできるだけ宮廷のいざこざそのものと関わるのが梃子でも嫌なのだ、と言った。
ここで、ただ領民達と平和に暮らして行くことだけが望みなのだ、と。
惜しいな、と俺は思った。
本当に良い領主だろうに、と。
そこで俺は「やれ」と元伯爵の男に命令した。
武術は俺同様修めていた奴なので、丸腰の侯爵とその妻は、声一つあげる間も無くその場に転がった。
そしてまた折良く、子供達もやってきた。
「どうします?」
と元伯爵は聞いてきた。
「外に連れてって売り飛ばしますかね?」
「いや、……」
黙って手を横に引いた。
男は怯えて動けない子供達もその手に掛けた。
ただ、一人だけ外に逃げ出した。
どうします、と奴が聞いたので、そこにはこう答えた。
「俺が行く」
さすがに、自分が全く手を汚さないというのはもうできない、と思った。
最後の子供は庭の井戸の近くまで逃げ出した。
怯えながら、目を見開きながら、後ずさりする子供を、井戸のヘリまで追い込んで、一息に喉を切り裂いた。
そしてそのまま、井戸へと落とした。
地獄に行くな。さすがに。
俺は子供が落ちる音を聞きながら、思った。
惨劇の起こった部屋は一旦閉ざし、元より多く無かった召使い達には、こう説明した。
侯爵は急に遠距離の旅に出た。しばらくこの屋敷は閉めるので、一旦宿下がりして欲しい、と。
その後、自分は知り合いの某子爵で~と彼等がうんざりするほとくどくどしいでっちあげの説明をした。
その上で急な用事の内容と、彼等に言わずに済まなかった、という話を付け加えて。
はあ、と人の良い彼等は旦那様にもそんなことがあるんだなあ、と疑うことが無かった。
どれだけ彼等が「旦那様」を信用しているか。
それを思うと、本当に惜しい領主を殺してしまったものだ、と思った。
彼等は俺から出したやや多すぎる程の給金を手にし、それぞれの故郷へと戻っていった。
遺体の始末をしたのは、その後だった。
俺達は既に頭が相当マヒしていたに違いない。
夜の闇の中、血が漏れない様に絨毯を切ってくるんだそれを、一つ一つ井戸に落としていった。
「それで俺は、これからどうすればいいんですかね」
元伯爵は作業が終わった後、井戸の前で俺に訊ねた。
「約束した金は渡す。それでほとぼりがさめるまで、何処へでも行け」
「判りましたよ、セレーメの次男坊」
いつの間にそれら気付いたのか。
その口調には、いずれまた俺を探し出し、金を無心するだろうことが目に見えた。
俺は即座に奴の腕を捻り上げ、接近した位置で、左の鎖骨から真っ直ぐに剣を突き立てた。
辺境伯のところで騎士達に教わった方法だ。
短剣であっても、確実に心臓を刺せる暗殺法なのだ、と。
絶命したのを見届けて、俺は奴をも井戸に叩き込んだ。
2
お気に入りに追加
2,409
あなたにおすすめの小説
悪役令嬢になるのも面倒なので、冒険にでかけます
綾月百花
ファンタジー
リリーには幼い頃に決められた王子の婚約者がいたが、その婚約者の誕生日パーティーで婚約者はミーネと入場し挨拶して歩きファーストダンスまで踊る始末。国王と王妃に謝られ、贈り物も準備されていると宥められるが、その贈り物のドレスまでミーネが着ていた。リリーは怒ってワインボトルを持ち、美しいドレスをワイン色に染め上げるが、ミーネもリリーのドレスの裾を踏みつけ、ワインボトルからボトボトと頭から濡らされた。相手は子爵令嬢、リリーは伯爵令嬢、位の違いに国王も黙ってはいられない。婚約者はそれでも、リリーの肩を持たず、リリーは国王に婚約破棄をして欲しいと直訴する。それ受け入れられ、リリーは清々した。婚約破棄が完全に決まった後、リリーは深夜に家を飛び出し笛を吹く。会いたかったビエントに会えた。過ごすうちもっと好きになる。必死で練習した飛行魔法とささやかな攻撃魔法を身につけ、リリーは今度は自分からビエントに会いに行こうと家出をして旅を始めた。旅の途中の魔物の森で魔物に襲われ、リリーは自分の未熟さに気付き、国営の騎士団に入り、魔物狩りを始めた。最終目的はダンジョンの攻略。悪役令嬢と魔物退治、ダンジョン攻略等を混ぜてみました。メインはリリーが王妃になるまでのシンデレラストーリーです。

完】異端の治癒能力を持つ令嬢は婚約破棄をされ、王宮の侍女として静かに暮らす事を望んだ。なのに!王子、私は侍女ですよ!言い寄られたら困ります!
仰木 あん
恋愛
マリアはエネローワ王国のライオネル伯爵の長女である。
ある日、婚約者のハルト=リッチに呼び出され、婚約破棄を告げられる。
理由はマリアの義理の妹、ソフィアに心変わりしたからだそうだ。
ハルトとソフィアは互いに惹かれ、『真実の愛』に気付いたとのこと…。
マリアは色々な物を継母の連れ子である、ソフィアに奪われてきたが、今度は婚約者か…と、気落ちをして、実家に帰る。
自室にて、過去の母の言葉を思い出す。
マリアには、王国において、異端とされるドルイダスの異能があり、強力な治癒能力で、人を癒すことが出来る事を…
しかしそれは、この国では迫害される恐れがあるため、内緒にするようにと強く言われていた。
そんな母が亡くなり、継母がソフィアを連れて屋敷に入ると、マリアの生活は一変した。
ハルトという婚約者を得て、家を折角出たのに、この始末……。
マリアは父親に願い出る。
家族に邪魔されず、一人で静かに王宮の侍女として働いて生きるため、再び家を出るのだが………
この話はフィクションです。
名前等は実際のものとなんら関係はありません。

いっとう愚かで、惨めで、哀れな末路を辿るはずだった令嬢の矜持
空月
ファンタジー
古くからの名家、貴き血を継ぐローゼンベルグ家――その末子、一人娘として生まれたカトレア・ローゼンベルグは、幼い頃からの婚約者に婚約破棄され、遠方の別荘へと療養の名目で送られた。
その道中に惨めに死ぬはずだった未来を、突然現れた『バグ』によって回避して、ただの『カトレア』として生きていく話。
※悪役令嬢で婚約破棄物ですが、ざまぁもスッキリもありません。
※以前投稿していた「いっとう愚かで惨めで哀れだった令嬢の果て」改稿版です。文章量が1.5倍くらいに増えています。

【完結】あなたに知られたくなかった
ここ
ファンタジー
セレナの幸せな生活はあっという間に消え去った。新しい継母と異母妹によって。
5歳まで令嬢として生きてきたセレナは6歳の今は、小さな手足で必死に下女見習いをしている。もう自分が令嬢だということは忘れていた。
そんなセレナに起きた奇跡とは?

義母に毒を盛られて前世の記憶を取り戻し覚醒しました、貴男は義妹と仲良くすればいいわ。
克全
ファンタジー
「カクヨム」と「小説家になろう」にも投稿しています。
11月9日「カクヨム」恋愛日間ランキング15位
11月11日「カクヨム」恋愛週間ランキング22位
11月11日「カクヨム」恋愛月間ランキング71位
11月4日「小説家になろう」恋愛異世界転生/転移恋愛日間78位

【完結】領主の妻になりました
青波鳩子
恋愛
「私が君を愛することは無い」
司祭しかいない小さな教会で、夫になったばかりのクライブにフォスティーヌはそう告げられた。
===============================================
オルティス王の側室を母に持つ第三王子クライブと、バーネット侯爵家フォスティーヌは婚約していた。
挙式を半年後に控えたある日、王宮にて事件が勃発した。
クライブの異母兄である王太子ジェイラスが、国王陛下とクライブの実母である側室を暗殺。
新たに王の座に就いたジェイラスは、異母弟である第二王子マーヴィンを公金横領の疑いで捕縛、第三王子クライブにオールブライト辺境領を治める沙汰を下した。
マーヴィンの婚約者だったブリジットは共犯の疑いがあったが確たる証拠が見つからない。
ブリジットが王都にいてはマーヴィンの子飼いと接触、画策の恐れから、ジェイラスはクライブにオールブライト領でブリジットの隔離監視を命じる。
捜査中に大怪我を負い、生涯歩けなくなったブリジットをクライブは密かに想っていた。
長兄からの「ブリジットの隔離監視」を都合よく解釈したクライブは、オールブライト辺境伯の館のうち豪華な別邸でブリジットを囲った。
新王である長兄の命令に逆らえずフォスティーヌと結婚したクライブは、本邸にフォスティーヌを置き、自分はブリジットと別邸で暮らした。
フォスティーヌに「別邸には近づくことを許可しない」と告げて。
フォスティーヌは「お飾りの領主の妻」としてオールブライトで生きていく。
ブリジットの大きな嘘をクライブが知り、そこからクライブとフォスティーヌの関係性が変わり始める。
========================================
*荒唐無稽の世界観の中、ふんわりと書いていますのでふんわりとお読みください
*約10万字で最終話を含めて全29話です
*他のサイトでも公開します
*10月16日より、1日2話ずつ、7時と19時にアップします
*誤字、脱字、衍字、誤用、素早く脳内変換してお読みいただけるとありがたいです
もう私、好きなようにさせていただきますね? 〜とりあえず、元婚約者はコテンパン〜
野菜ばたけ@既刊5冊📚好評発売中!
ファンタジー
「婚約破棄ですね、はいどうぞ」
婚約者から、婚約破棄を言い渡されたので、そういう対応を致しました。
もう面倒だし、食い下がる事も辞めたのですが、まぁ家族が許してくれたから全ては大団円ですね。
……え? いまさら何ですか? 殿下。
そんな虫のいいお話に、まさか私が「はい分かりました」と頷くとは思っていませんよね?
もう私の、使い潰されるだけの生活からは解放されたのです。
だって私はもう貴方の婚約者ではありませんから。
これはそうやって、自らが得た自由の為に戦う令嬢の物語。
※本作はそれぞれ違うタイプのざまぁをお届けする、『野菜の夏休みざまぁ』作品、4作の内の1作です。
他作品は検索画面で『野菜の夏休みざまぁ』と打つとヒット致します。

絶対に間違えないから
mahiro
恋愛
あれは事故だった。
けれど、その場には彼女と仲の悪かった私がおり、日頃の行いの悪さのせいで彼女を階段から突き落とした犯人は私だと誰もが思ったーーー私の初恋であった貴方さえも。
だから、貴方は彼女を失うことになった私を許さず、私を死へ追いやった………はずだった。
何故か私はあのときの記憶を持ったまま6歳の頃の私に戻ってきたのだ。
どうして戻ってこれたのか分からないが、このチャンスを逃すわけにはいかない。
私はもう彼らとは出会わず、日頃の行いの悪さを見直し、平穏な生活を目指す!そう決めたはずなのに...……。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる